ネットにつながるようなので、日記を書いてみることにする。
いま湯布院に来ている。
※晴れた日の由布岳はこちら(wikipediaより)⇒ http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/4/43/Yufudake.jpg
上海へは福岡空港から行くのだが、その福岡空港から湯布院までは高速バスで2時間で行ける。上海に行く前に、湯布院で一人暮らしをしている老母の様子を見に行こうと思って湯布院に寄ったのだった。
湯布院には小学校、中学校時代の友人たちが何人もいる。
ケアマネジャーの仕事をしているイオちゃんもそのひとり。お昼前に、母親の相談も兼ねて会いに行った。
するとイオちゃんが、「パンダ、キンちゃんがいま役場の介護福祉の課におるんよ。キンちゃん、覚えちょるやろ? 私、役場に提出せんといけん書類があるけん、いっしょに行ってみようよ」と切り出した。
おお、キンちゃん。キンちゃんというのは、小学校、中学校時代の同級生。中学校では同じクラスになったことはなかったが、同じ柔道部員だった。とても懐かしい。考えてみたら中学校を卒業して以来会っていない。
役場に着いて、廊下から窓越しに事務所を覗くと、ああ、いたいた。まさにキンちゃんだ。
キンちゃんは中学時代からひときわ背が高く(たぶん学校でイチバンの身長だった)、それだけで柔道部にスカウトされたような男だ。遠くからでもよく目立つ。
キンちゃんはびっくりしたような顔をして廊下に出てきてくれた。
「キンちゃん、パンダや。いやあ、久しぶりやなあ。役場におるとは知らんかったわ」
仕事中のアポなし訪問にもかかわらず、しばしキンちゃんとイオちゃんとで昔話に花を咲かせた。
キンちゃんは昔のことをよく覚えていた。柔道部時代の話や各クラスの担任の先生の話とか。いやー、懐かしかった。
この「釘さん日記」のことも教えたが、果たして探し出してくれるかな?
以下、キンちゃんとのツーショットの写真を載せておきます。いまだにデカイ!!
「コチョーもいま日野病院の介護サービスで働きよるんよ。コチョーにパンダが来るちいうたら会いたがっちょったけん、行ってみようよ」と、イオちゃんがさらにクルマで日野病院(僕らが子供のころからある湯布院の大病院)に連れて行ってくれた。
コチョーも中学3年生のとき僕と同じクラスだった同級生。ほっぺの真っ赤な小柄で可愛い女の子だった。イオちゃんとは昔からとても仲良しで、いまも仕事柄よく会うのだという。でも僕は、やっぱり35年ぶりだったのだ。
会ってびっくり。ほっぺの赤さは取れていたが(笑)、昔と寸分たがわぬ小柄で可愛い笑顔。記念に病院前で写真を撮った。
(左がコチョー、右がイオちゃん)
いやあ、何年経っても昔の友はいいものだ。母親が年老いて一人暮らしをしていても、こういう友がいることで、ちょっと安心していられる。
今度の正月、卒業35周年の同窓会が開かれるらしい。なんとか出席したいなあ。
さて、明日こそ上海なのだ。朝から福岡に舞い戻って、福岡をお昼の飛行機で飛び立つ。
また気が向いたら日記を書くことにしよう。