丸10年前の2002年に、キャリナビというNPO法人が運営するサイトから取材を申し込まれたことがある。
2002年といえば、パフの新卒一期生(入社2年目)と二期生(入社1年目)だけで、会社のほぼすべてのことを運営していた時代。毎日のように事件が起きていた。そして僕は、毎日のように22~23歳の若い社員たちにカミナリを落としていた。良くも悪くも未成熟で、明日のことよりも今日をどうするかで頭がいっぱいだった時代だ。
ひょんなことから、キャリナビのことを思い出し、まだ僕の記事が掲載されているかどうか検索してみた。
あった、あった、すぐに出てきた!
⇒ http://www.carinavi.org/ja/career/214/index.jsp
キャリナビの活動は、やむを得ぬ事情で数年前から休止中なのだが、サイトはいまでもちゃん運営されていたんだな。僕の記事も掲載されていて嬉しくなった。
当時のキャリナビは、現役の学生を記者として社会人のところに派遣し、インタビューからその後の記事作成まで、全部学生自身に任せていた(そのことで学生を育てていた)。
僕への取材には5人の学生が来てくれていた。初夏の土曜日だった。記事を読んでいて思いだした。
長いインタビューだった。僕が喋ったことを、ほぼそのまま記事にして掲載してくれていた。かなりのボリュームだ。
終盤、「釘崎さんの夢は?」という質問があって、そこで僕はパフのことを、「2005年には業界ナンバーワンの会社にする」と答えている。もちろん規模や売上でという意味ではないのだけれど、何の臆面もなく、こういうことを言っていた自分の厚かましさ(?)に感心する。
ちょっと転載してみようか。
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記者: 今後の釘崎さんの夢は何ですか?
この間、社員とも話し合ったんだけど、2005年にはパフを就職情報業界の中でナンバー1の会社にしたいと思っています。ナンバー1というのは、規模で一番になるとか売上が一番になるっていうことじゃなくて、企業が採用を行うためにはパフが絶対欠かせない会社という形にしたいということです。どんな大企業であっても、パフに協賛しないことには良い採用をすることはできない、そういうことが言われるような会社にしたいです。パフはどんなに有名になっても何でもありの会社にはなりません。ビジネス的には2005年で年商十数億円で、利益が3億円くらいは上げられる会社になりたいですね。なぜそこが目安かっていうと、会社を株式公開するための1つの指標なんですよ。会社を作るにあたって30人、ドブに捨てる覚悟でパフにお金を払ってくれた方達と、現在は200人くらいパフに対してお金を出してくれている温かい株主の方々、その方々に対して恩返しをしたいというのが、株式公開を目指す理由です。また、個人的な夢としては、10年後には私はパフという会社からは引退して、北から南までフォークギターを持って、旅をして、高校生や大学生に歌を聞いてもらって、人生とか仕事とかを語れるようなおじさんになりたいですね。 説教おじさんって感じで。
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実現できていないことだらけで恥ずかしくもあるんだけど、10年前の僕が確かに思っていたこと、信じていたことだよな。
いや、もちろん諦めている訳ではない。いま社員たちが練り込んでいる企画が計画どおりに進捗していけば、2020年には業界ナンバーワンになれるんじゃないかな。株式公開するかどうかは別としても、十分な売上と利益をあげられる会社になって株主の皆様への高額配当も実現したい。そして僕は、晴れてフォークギターを抱えての旅に出発できるっていうわけだ。でも2020年っていうと、もう「説教おじさん」ではなく、「説教爺さん」の年齢だけどね(笑)。
いい記事を久々に読んだ。
※記事の全文はこちらから ⇒ http://www.carinavi.org/ja/career/214/index.jsp
取材をしてくれた10年前の記者学生の皆さんに感謝!である。
さて、今夜は早めに寝て、明日はちょいと早起きしよう。読みたい本があるのだ。早朝の経営会議もあるので、試算表のチェックもしなきゃね。
ということで、明日の朝の日記はお休みだ。
では、あと8時間後に行ってきます!