釘さん日記

牛丼よ、いつまでも

昨夜は久々に帰り道に牛丼を食べた。

(牛丼並盛が)380円から280円に値下げされたからではない。

『吉野家史上最高のうまさへ。』という宣伝文句に誘われたからだ。

僕が吉野家にお世話になり始めたのは、高校を卒業して単身上京したころ。

1979年4月。18歳の僕は、東京で浪人生活をスタートさせた。

1ヶ月の仕送りは5万円(これが貧しかった田舎の親にお願いできる精一杯のお金だった)。

四畳半のおんぼろアパートの家賃が(光熱費込みで)1万5千円。予備校までの交通費(定期代)が5千円。残った3万円で、食費、風呂(銭湯)代、洗濯(コインランドリー)代、散髪代、トイレットペーパーや洗剤などの日用雑貨代等々、生活するためのすべての費用を賄わなければならなかった。

銭湯は(洗面所で頭を洗ったり、濡れタオルでカラダを拭いたりすることで)3~4日に1回で我慢することができた。

洗濯もパンツやシャツを手洗いすることで、コインランドリーの利用費用を抑えることができた。

床屋は年に数回。前髪が目に入るくらい長くなると、自分でカッターで切っていた。

参考書は本屋での立ち読みで済ませていた。

しかし、食事だけは節約するにも限界があった。朝は8枚切りの食パンを1枚ずつ食べて1週間もたせていたが、さすがに食べ盛りでもあり、昼食か夕食のどちらかはコメを食べないと死んでしまいそうだった。

そんなとき心強い存在だったのが、吉野家の牛丼。

当時、大衆的な飯屋の定食が平均500円程度だったのだが、吉野家の牛丼は並盛りで300円ぽっきり。

この値段で牛肉を食べられるだけでも凄いことなのに、もう、うま過ぎるくらいうまい。五臓六腑に沁みわたるような美味。2日に1回は吉野家のお世話になっていた。吉野家のおかげで、経済的にも精神的にも辛く厳しかった浪人時代を潜り抜けることができたといっても過言ではない。

で、あれから34年経ったいま。

そんな吉野家から、「史上最高のうまさ」なんていう宣伝をされたら、食べないわけにはいかない。

店に入ると、壁に貼られたこのポスターがすぐに目に入った。期待が高まる。

 

そして、実際に出てきた牛丼がこれ。18歳の頃よりも多少経済的に余裕が出てきた現在、サラダと味噌汁もつけた。なんて贅沢なんだろう(笑)。

 

 美味しかった。

「史上最高のうまさ」かどうかは分からないが、この数年の牛丼とは明らかに味が違っていた。18歳のころの味に戻ったように思う。しかも、値段は35年前よりも20円も安い。かつての僕のような貧乏学生にとっては神のような存在だろう。

安倍さんや黒田さんのインフレ政策に反対する訳ではないが、僕は吉野家の280円牛丼を支持する。

いや、たとえ400円になっても支持する。というか納得できる。

吉野家の牛丼よ。

あなただけは、ずっとあなたのままでいてほしい。50年経っても100年経っても、この味を大切にしてほしい。

ということで、本日はパフの社長としてではなく、吉野家の牛丼ファンであるイチ消費者としての日記でした(笑)。

 

さて、本日は早朝会議。余計な日記を悠長に書いている場合ではなかった(苦笑)。

午後からは、HRプロさんとパフの合同で実施する「合同新人研修」だ。業界を代表する(って自分で言うか、笑)ふたりの社長が自ら講師を務める豪華研修なのだ。

ではでは、そろそろ朝飯(牛丼ではありません)をしっかり食べて、行ってきます!

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