小学5年生に進級する春休み直前の頃だった。僕の両親は、なんと僕に自転車を買い与えてくれた。
たしか小学3年生の頃いちどだけ母親に、「自転車が欲しい」と訴えかけたことがあった。そのときは「そげんもん買うてどげんすっと! あんたには何のために足があっとね!!」と理不尽に叱られて、それっきりだった。
しかし、どうしたことか、ある日突然「キヨヒデさん、あんた自転車が欲しかって言いよったね。買うてやろか」と、母親から持ちかけられた。欲しいと訴えてから2年以上の月日が経っていた。小学生には10年以上の歳月が流れていたのと同じくらいの感覚だった。
大阪万博に行かせてあげられなかったことを申し訳なく思ったのだろうか……。
まあ、そんなことはどうでもよい。
突然、自転車を買ってもらえることになった僕は、天にも昇るような気持ちだった。
3月の終業式の日だった。学校は午前中に終わり、お昼過ぎ、勤め先の旅館から抜け出してきた父親と小学校のそばにある自転車屋で待ちあわせた。
店内には、ピッカピカに光った自転車がズラーッと並んでいた。
僕はブリジストンの、かっこいい5段変速の自転車が欲しかったのが、値札を見てびっくり。「これは無理だろうな…」と思った。
父親が店にやってきた。
「どれにするね?」と、優しく尋ねてくれた。
我が家の経済状況を十分すぎるくらい理解していた僕は、「五段変速の自転車が欲しい」なんて、とても言えなかった。
(ゆったりと続く)