釘さん日記

不思議な縁の大学教授

昨日、某大学の経営学部の教授(名前はKさん)にお会いしてきた。

Kさんは、僕がよく知っている元学生(いまは社会人2年め)が在籍していたゼミの教授。僕のことをご存知だと(その元学生から)聞いていたので、いちどお会いしたいと思っていた。

また、今年の職サークル(特に100×10チャレンジ参加生)には、この大学の学生が目立って増えている。これはきっとKさんが宣伝してくれているに違いない。そう思った僕は、Kさんへのアポイントを申し入れたのだった。

Kさんも「いやあ、実は私もぜひお会いしたいと思っていたんです」と、快く受け入れてくださった。

で、昨日の訪問で分かったこと。

このKさん。前職は、某大銀行の投資担当者。銀行内にVC(ベンチャーキャピタル)をつくって、有望なベンチャー企業を発掘する仕事に従事していた。僕と会ったのはその頃だったのだ。いや、会っていたというか、僕が一方的に見られていたのだが。

1997年に、未公開企業であっても上場企業と同じように株式市場から資金調達できる制度が金融庁の規制緩和の一環で創設された。VIMEXというものだ(のちに日本証券業協会に運営主体が移り、グリーンシート市場と呼ばれるようになった)。

このVIMEXに登録するためには一定の要件を満たす必要がある。その要件のひとつが、経営者の人間性と事業モデルの将来性だ。

パフもこの制度を利用して、多くの投資家から資金を集めようと考え、これら要件をジャッジする審査会に臨むことにした。1998年5月。僕がパフをつくって、まだ半年ほどのころだったと記憶している。

審査会に参加していたベンチャー企業は10社ほどいた。会場には審査員を始めとして多くの投資家たちがいた。その投資家のひとりが、Kさんだったのだ。

Kさんは(リップサービスも多分にあると思うが)僕のプレゼンを見て感動したのだという。他のベンチャー経営者とは対照的な、観客の笑いを取りながらの、およそベンチャー企業の事業プレゼンとは思えないような内容で、ずっと記憶に残っていたということなのだ(Puffの唄まで歌っていたそうだしw)。

「へー、そうだったんですねー」。Kさんからそのことを聞き、当時のことを懐かしく思い出した。

あれから17年。パフはどうにかこうにか生き残っている。

一方で、Kさんの銀行はその後、経営破たんし公的管理下におかれた。いまは別の名前の銀行になっているのだが、Kさんは経営破たんした際に銀行を辞め、いまでは大学教授。そしてパフに多くの教え子を送り込んでくださっている。

なんだか不思議な縁だよなあ…と思った昨日の大学訪問だったのだ。

 

さて、珍しく長い日記を書いてしまった。なぜなら外は大雨で、朝ランを中止したから(笑)。

では、そろそろ朝食後、行ってきます! きょうはタクシーかな~。

モバイルバージョンを終了