できるようになりたくないこと

鬼丸さん、恐縮です…ありがとうございます!
実は先週金曜日の阿久根さんのブログに、心ぐわしぃっ…!と掴まれた岡崎です。
勝手ながら、阿久根さんの感性や繊細さ、解釈の仕方や表現などが大好きです。
あ、もちろん阿久根さんも大好きです!

さてさて。
昨日は珍しくブログ当番を忘れており深夜に用意しているので、いつか使えるかなとメモ帳に書いていたネタからおひとつ。笑
今日は、私が社会人になって、できるようになりたくないことについて書きます!

ジェネラリストもスペシャリストも、何かが「デキる」人、社会人って、言いようもなくかっこいいですよね。

私もできるようになりたいこと、山ほどあります。
バイク乗れるようになりたい、切り替え上手になりたい、算数できるようになりたい(?)。

でも社会人になって様々な方と出会うなかで、この人ものすごく優秀なんだろうなーと思いつつも、全然なりたいと思わない、憧れる気持ちが沸いてこない人もなかにはいたりしました。

「あれ、この人超「デキる人」のはずなのに、この冷めた気持ちはなんだろう 」
そう思ったとき、「こうなりたい」と思う像のなかには、「これができない人」という要素もあるのではないか、と思うようになったのです。

人材要件の定義に使う、「必須要件」「優秀要件」「ネガティブ要件」「不問要件」以外に、「不能要件」(これはできないことが望ましい)があったらちょっと面白いな、とも思いました。

例を挙げるならば、私にとっての憧れる人は、「繕えない」「嘘つけない」「迎合できない」という要素があります。

あとは、「大人になりきれない」「夢を捨てきれない」「好きなこと辞められない」ことも、とても重要な要素です。

他には、一見ネガティブにしか見えない、「人の言葉に耳を傾けられない」「常識がない」「うまくやれない」という要素も、本当は場面によってはとっても役に立つ、素晴らしい要素かもしれない、と個人的には思います。

またよく就活生は、自己PRを製作する段階で、「短所も言い換えれば長所になる!」みたいな回りくどいことをさせられます。
バカなんじゃない、伸び代があるんだ!みたいな。

でもそんなことしなくても、ストレートに「こんな短所ある人求めます!あなたうちに合ってます!あなたのそのコンプレックス、うちにとっては蜜の味」なんてことが言えたら、なんか楽しいですよね。

それどころか。
なんでそれを短所とみなされなくちゃいけないの?なんてこともあったりします。

別に「集団にうまく馴染めない」を「自立している」なんて言い換えなくても、「集団にうまく馴染めない」まんまで長所ととってもいいのではないでしょうか?

例えば、集団にうまく馴染めない人にとって、あまりに集団にうまく馴染む人は、そんなに身近に感じられません。
だからもし、集団に馴染みづらい人たちが、微妙な距離感を保ってうまく回っている組織があるなら、集団に馴染みづらい人が入ってきた方が、よっぽど「馴染む」とは思いませんか?

話があっちゃこっちゃ飛びました。

最初のテーマに戻りますと、私ができるようになりたくないことは次のようなことです。
「口でうまく乗せてやる気にさせる」
「納得してないことを納得したフリをする」
「その場だけうまくやるために誤魔化す」

賛否両論ありますよね。
多分、これができてこそ、できる営業マンになるんだ!という要素もあると思います。
でもそうしたら私は、デキる営業マンになんか欠片もなりたくありません。
そんなデキる営業マン、憧れません。
きっと、今でも会社が違えば、そんな訳分からんワガママ許されないんだろう、とは思うのですが。

とまあ、こんな啖呵を切ってしまいましたが、いざお客様の前に出ると、緊張と「真面目な岡崎さん」が顔をだして、Theなんの面白味もない人になっておる新人です。
はっ!気づけばあと数ヶ月しか、新人ですと言えない!

衝撃の事実に気づいてしまったところで。

お次は、笑顔がはじける愛媛っ子、さとみん!

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