リレー講座「ニッポンの若者に会わせたい…」第五回目だった日
2011年9月8日 (木曜日)
昨日は、リレー講座 「ニッポンの若者に会わせたい一流の社会人」の第五回目。昨日の講師は、多数の就職&キャリア関連の著書で知られる常見陽平さん。全8回中、最年少の講師である。
最年少なのだが、その熱さ、毒舌ぶり、激しさ、不規則さ(?)は、群を抜いていること間違いなし。
昨日の講演も予想どおり過激なものだった。まず講演のタイトルからして過激。「くたばれ!就活エリート」というタイトルだったのだ。
そして、講演開始前のBGMも過激。ヘビメタよりも過激なデスメタルを大音量で流していた。会場は講演が始まる前から異様な雰囲気に包まれていたのだった。
講演の前半は常見さんの生い立ちを紹介してくれた。僕も初めて聞く話があり、「そうか。そうやって現在の常見陽平はつくられていったのか…」と、あらためて納得することしきりだった。
後半は常見さん流のキャリア論。若者には「こうあってほしい論」。激しくも、厳しくも、裏側には優しさと愛が隠れていた。
講演も過激だったのだが、そのあとのQ&Aがさらにヒートアップ。もう誰にも止められなくなってしまった(笑)。
結局、その後のプログラムとタイムスケジュールを大幅に変更することにしたのだが、これがやっぱりLiveの面白いところだね。我々主催者側はハラハラしどおしだったが(笑)。
常見さん、期待を裏切らぬ、いや期待を遥かに上回る講演をありがとうございました!
そして、リレー講座終了後は番外編。
わざわざ中部地方(愛知県と岐阜県)と台湾から、リレー講座の見学に来た同業仲間たちとの情報交換会。
名古屋からは、名大社の山田社長、ジオコスの伊藤社長。岐阜からはNPO法人G-netの秋元代表。そして台湾からはパフの元インターンであるモリヤマ。
この4名と僕との情報交換会だったのだが、その後、ジョブウェブの佐藤孝治社長も合流。実に面白い情報交換となったのだが、特に終盤は面白かった。
何が面白かったかというと、秋元代表の「チューしてもいいですか?」の問いかけである。彼は、人への感謝と敬意の記しとして、「チュー」を迫ることを信条としているらしい。すでに数十、数百という経営者や政治家と、チューをしたのだという。
そして以下の写真。
秋元代表と、佐藤孝治社長と、僕との、「トリプルチュー」の模様である。
まあ、はっきりいって、バカだね(笑)。
しかし、こんなバカなことを一生懸命やることが大事なんだと思う。
就職活動も、仕事も、バカなことを一生懸命マジメにやることで初めて、見えてくるものがあるのだ。
さて、では本日も、そろそろ行って来ます!
焼き魚とニンニクと玉ねぎのニオイに包まれて……。
2011年9月7日 (水曜日)
昨日のお昼前。11時過ぎだった。
臭うのだ。
焼き魚のニオイ。
「誰だ? 早弁なんか食ってるのは!」と思って執務室を見まわしたが、誰も弁当など食べていない。
もっとも執務室から僕の席のサーバールームまでは距離があるから、弁当のニオイがいかに強烈でも、こんなにプンプン僕の席が臭うことはない。
ニオイの発生源が室内ではないとすれば室外だ。
お昼に外に出て、僕が座っている席にもっとも近いビル(パフが入居しているビルの裏側に、隙間が50センチもないくらいに密着して建っている)に回り込んでみた。
なるほど。
すぐ裏のビルの1Fには韓国料理のレストランが入居していたのだ。しかもランチ時。焼き魚や炒めもののメニューが並んでいた。
午後1時過ぎ。来客があった。おやじバンドMSPのMこと、盟友マングローブの今野社長だ。今野さんは、わざわざ移転祝いのお花を持ってきてくれたのだった。
部屋の臭いは、ますます酷くなっていた。
「なんか臭いますよね?」と今野さんが言う。
裏手に韓国レストランがあることを今野さんに伝え、「ちょっと見てみましょうか」と、僕の席の裏側にある非常ドアを開けてみた。
すると……。
うわ!
ぶわーっと焼き魚の煙が部屋の中に吹き込んできたのだ。一瞬、部屋の中が白く霞むくらいだった。
非常ドアを開けたすぐ下が隣のビルの換気扇で、焼き魚の煙がすごい勢いで排出されていたのだった。
泣きそうになった。
肌や服に焼き魚の臭いがべったりとくっついたようだった。部屋中にも染み込んでしまったみたいだ。
今野さん、せっかく来てくれたのに、魚臭くしてしまってゴメンナサイね(苦笑)。
夕方5時半ころ。そろそろ臭いにも慣れてきていた。
今度は僕の兄がやってきた。
「なんか臭うな」と兄は言う。
確かに。
でも昼間の焼き魚のニオイとは違う。
今度は、ニンニクと玉ねぎを炒めたニオイである。
夕飯時。空腹を刺激するといえば刺激するのだが、仕事や打ち合わせをしながら嗅ぐようなニオイではない。
もう恐くて非常ドアは開けられなかった。
いやー、まいったなあ。
ビルの管理会社さんが明日、状況を見たうえで対策を立ててくださるとのことだが、しばらくは、焼き魚とニンニクと玉ねぎの臭いに包まれて、仕事をしなければならないようだ。
昔、ユーミンの唄に『やさしさに包まれて』という名曲(「魔女の宅急便」の主題歌としても使われていたな)があったけど、僕の場合は、『焼き魚に包まれて』なのである(笑…えない)。
ということで、焼き魚とニンニクと玉ねぎの臭いに敢然と立ち向かうべく、本日も行って来ます!
あ、本日は夕方から、第五回目のリレー講座。今回はお楽しみの常見陽平さんの回だ。ある意味、ニンニクや玉ねぎの匂いより刺激的な話が聞けるかも。
来場のみなさん、お楽しみに!!
うまれよ塾の早朝版を行なった日
2011年9月6日 (火曜日)
数年前から、「朝活」というのが社会人の間で流行っているらしい。
会社で通常の勤務を開始する前に、勉強会を開催したり、お稽古ごとに通ったり、ジムに通ったりと、自己研鑚に励む社会人が増えているのだという。
一流のビジネスマンや経営者というのは、だいたいが「朝型」らしいから、この傾向は日本経済の発展にとって好ましいことなのかな。
ところで、この「朝活」。社会人だけではない。学生も早朝から頑張っている。
昨日、朝7時半から、東京駅に隣接するビルにある某大学のセミナールームで、「うまれよ塾」を行なったのだ。
参加した学生は70名。セミナールームが超満員になった。この大学は関西にある大学で、学生たちは、日曜日の夕方にバスに乗り込んで一晩かけて東京までやってきたのだ。東京に着いたのは早朝4時過ぎで、江戸川区の東京健康ランドでひとっ風呂浴びて、セミナールームに集まってきたのだ。
すごい。恐るべし関西の学生たち。
みんな真剣な表情。僕の話を、一生懸命(でも、素敵な笑顔で)聞いてくれた。僕の講座のあと、学生たちは、東京都内の会社で働いているOB・OGたちのところにそれぞれ出かけていった。
がんばれ、学生たち!
朝が早いとやっぱりいいね。会社に戻ってもまだ10時前。
会社に到着すると、次から次へと、アレンジメントフラワーや観葉植物が運ばれてきているところだった。
事務所移転とマジックドラゴン設立を祝って、取引先の方々が贈ってくださったのだ。
上の写真(エントランス)に写っているのは一部で、この他にも応接室や執務室にも置かせてもらっている。
設立時を含めて4度目の事務所移転なのだが、過去最高の贈り物の数だ。嬉しい。有り難い。大感謝である。
夜は全社員集合しての9月度キックオフ会議。新しい会議室(兼セミナールーム)は、全員が余裕で座れる広さがあった。なかなかいいね!
このセミナールームを利用して、これからはさらに頻度高く、学生向けの少人数イベントを開催していきたい。
昨日の朝、関西の学生に実施したみたいな「朝活版うまれよ塾」でもやってみる?
さあ、心機一転。応援してくださる多くの支援者のご期待に添えるよう、パフ&マジドラ、グループ一体となって成果をあげていきたい。
ということで本日もウォーキング通勤。行って来ます!
日本橋茅場町への引っ越しが完了した日
2011年9月5日 (月曜日)
この週末は引っ越し三昧だった。
金曜日の夕方、怒涛の勢いで残っていた荷物を段ボールに詰め込んだ。もう、思い出や感傷に浸っている暇はなかった。
そして夜。段ボールへの詰め込み作業が終わったあと。
築地最後の日を見届けようと、パートナー企業であるGX社の上田ブラザーズ(社長とお兄さん)とさべさんと出向中のタカタの4人がやってきた。
最後の晩餐(?)のためである。
晩餐の場所は、築地の事務所のすぐそばにある本格的中華料理屋。何が本格的かというと、従業員が(たぶん)全員中国人。味もボリウムも本格的。そして値段も、ここは中国かと思わせるくらいに安い。なんたってボリウム満点の料理に、ビールや紹興酒が飲み放題で、ひとり2,980円ぽっきりなのだ。
ほどなくして、すべての片づけを終えた他の社員たちも合流した。
そして全員で茅場町の新オフィスを見学したあと、銀座に繰り出した。
ふだん我々が行かないような高級なお店でカラオケ大会(僕はほとんど寝ていたが…)。全員で10数名いたと思う。上田お兄さんの粋な計らいだった。お兄さん、ありがとうございました!
翌、土曜日は業者さんが築地からトラックで大量の荷物を茅場町に運んでくれた。大型トラックで何往復もしたんじゃないかな。
11時過ぎに様子を見に行ったのだが、足の踏み場もないくらいのたいへんな騒ぎだった。
その後、所用を済ませて、再度夕方4時ころ事務所を覗く。
すると、あらびっくり。
机、椅子、会議室のテーブル、キャビネ、本棚、電話、パソコン(LAN配線含む)、その他什器類すべてが、図面通りに整然と並べられ、あとは我々が段ボールを開梱するだけの状態になっていた。さすがプロだ。
システム担当のマツモトさんが撮影してくれた写真を載せておくかな。
そして翌、日曜日。
社員たちが三々五々集まってきて、自分の段ボールを開梱し、月曜日からすぐに仕事が出来るように、準備を始めた。
僕も世界陸上のマラソンを見終わってすぐに事務所に行き、自席周辺の整理を開始した。
僕の席は、サーバーや通信機器が詰め込まれた部屋の中にある。
いままでもそうだった。僕のPCのディスプレイは、サーバーメンテナンス用のPCと同じ。僕が使っていた机はサーバー設置用の机だった。おかげでA4の書類も置けないほどの狭さだった。
しかし、今回は違う!
なんと自分専用の机が出来たのだ。いやー、嬉しいな。自分の机があるというのがこんなに嬉しいものだとは思わなかった(笑)。
1名だけの来客時の応接や、社員との面談・打ち合わせなどは自席でできるだけのスペースも確保できた。みなさん、どうぞいらっしゃいませ。
さて、本日から正式な出社。30分かけて徒歩通勤する。
が、実は初日の今日は、朝、会社にはいかない。会社を通り過ぎて東京駅に隣接したビルに、これからすぐに行かねばならない。
このビルには、神戸の某大学のサテライトオフィスがあるのだが、約70名の学生が夜行バスで早朝やってくる(もう着いたころかな)。そこで僕は早朝の講座を行なうことになっているのだ。なんと、朝7時半から……。早い!
では、ぼちぼち準備をして行って来ます!
築地最後の日
2011年9月2日 (金曜日)
宇宙人が築地に攻めてきて、市場や本願寺が粉々に破壊されてしまう…という意味のタイトルではない。
パフ・ザ・マジックドラゴンが、築地に棲息する最後の日、という意味だ。
いよいよ移転まであと1日。築地での仕事は、泣いても笑っても本日でおしまいなのだ。
昨日は、昼ご飯抜きで、ずっと周囲の片づけを行なっていた。
いちばん時間がかかったのが、年賀状や手紙の整理。
なにせ10数年分の手紙とハガキである。2千通以上ある。
要る・要らないの判断を瞬時に行なわないと、1日がすぐに終わってしまう。
そこで、DMや宣伝もどきのハガキや手紙は、無条件にすべて捨てた。年賀状も、(とても辛かったけど)一部を除いて、ほとんど捨ててしまった。
「一部を除いて」と書いたけど、ぜったい捨てなかったのは、手書きのハガキと手紙。
手書きの手紙に出くわすと、ついつい仕分けの手を止めて、じっくり読んでしまった。「そういえば、こんなのもらってんだな~」と、懐かしい思い出が込み上げてくる。
なかでも懐かしかったのが、大昔のイベントや就職相談や「うまれよ塾」で出会った学生からのお礼の手紙。
いまでは手紙でお礼を出してくれる学生はほとんどいなくなったが、10年くらい前までは、メールでのお礼よりも、手紙でのお礼のほうが多かったような気がする。
面接に通過したあと、内定が出たあと、会社選択を決心したあと。それぞれのタイミングでのお礼の手紙があった。1文字1文字に感謝の気持ちがこもっていて、いま読んでもとても嬉しい。
これら手書きの手紙は、おそらく(僕が生きている限りは)半永久的に大切に保存されるはずだ。
そりゃ捨てられないよねー。これがアナログのいいところなんだろうなあ……。
日本人は、年に一度、年賀状を書く風習がある。
とてもいいことだと思うのだが、実は僕は、ここ数年あまり書いていない。ついに今年は、いっさい書くのをやめてしまった。
というのも、この数年間は書くことが義務になってしまっていたからだ。感謝の気持ちを十分に込めて出せていなかったのだ。社交辞令のためだけに書いている年賀状もたくさんあった。社交辞令で義務感だけの年賀状だったら、書かない方がマシだろう…なんて思っていた。
とはいえ、罪悪感を感じていたのも事実。
来年の年賀状はどうしようかなあ……。手書きでもらった手紙やハガキの束をみていて、思案を巡らせたのであった。
さて、本日は昔の手紙を読みながら思い出に浸っている時間は、もう残されていない。
18時までにすべての荷物を段ボールに詰めなければならないのだ。
心を鬼にして(いや、感情を無にして)、「要らない」ほうの段ボールに、ポンポンポンと放り投げなければならない。
と、いいつつ、やっぱり「思いで迷子」になってしまいそうな予感もしている……。
ともあれ築地最終日。一歩一歩踏みしめながら、行って来ます!
頑固オヤジのメルマガを転載してみる
2011年9月1日 (木曜日)
パフを創業して10カ月ほど経った1998年の秋から、僕はパフにメンバー登録してくれている学生に対してメルマガを発行していた。
執筆者はもちろん(誰もいなかったので)僕。毎週月曜日の朝に配信していたので、日曜の深夜は、いつも会社に行ってメルマガを書いていた(昔のメルマガ発行システムは、リモート処理ができなかったのだ)。
自分で言うのもなんだが、学生たちの心を掴んでいたという自負がある。
創業間もなかった若いころ(といっても30代後半~40代前半だけど)は、まだ兄貴気分で、学生に対しても率直で素直な物言いができた。
しかし、40代半ばになってきて、だんだんと学生向けの文章を書くのにムリが生じてくるようになった。学生たちとは、20歳以上の年齢差になったわけで、ちょっと兄貴気分というわけにもいかなくなったのだ。
そんなわけで、7~8年ほど前より、メルマガの執筆を若手社員に譲ることにした。
ところがこのたび、大学3年生向けのメルマガの執筆を、入社3年目のツチダから命じられてしまった。若造なのだが、いちおう僕の上司なので、命令に逆らうわけにもいかない。 「はい、分かりました」と素直に従った。
というわけで現在、週に一度、メルマガの冒頭文+αのコラムのようなものを書いている。
どうせ書くなら、背伸びせずに(若づくりせずに)、等身大の自分で書こうと思った。
僕は、いまの学生の親世代。オヤジなのだ。しかもこう見えて、本性は相当な頑固者なのだ。
で、あれば、 「頑固オヤジからの説教」というコンセプトで。
・ちょっと荒っぽい言葉づかいで。
・本当は子供のことが大好きなんだけど、照れくさくてそんなことはとても言えない。
・やたら正義感は強いのだけれど、不器用だから周囲には煙たがられている。
そんな切ないオヤジのメルマガを書いてみようと思った。
昨日がそのメルマガの発行日だったのだが、早いもので、もう連載5回目となった。
日記読者の皆さんは読んだことがないと思うので、昨日の配信号をちょっと転載してみようと思う。
感想などもらえたら嬉しいな。批評ではなく、『ヨイショ』がいいな(笑)。
では以下、(メルマガ全体ではなく、僕が執筆している部分だけ)転載します。
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すべてを自分事として考えろ。無関心な生き方は、かっこわるいぞ。
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おい、みんな元気か? 頑固オヤジの釘さんだ。
今週からこのメルマガが届き始めた奴。俺が誰だか分からんだろうから、まずはこれを読んでくれ。
⇒ http://puff.weblogs.jp/message04/2011/07/vol3.html
ところで、日本の総理大臣が昨日(8月30日)から交代したな。
お前は今度の総理大臣に何を期待する?
俺は先日(民主党の代表選挙前)、とあるテレビ番組を見ていて、ガッカリしたぞ。
ワイドショーみたいなニュース番組(民放の、中途半端にチャラけた、そのくせ、したり顔で政治経済を批評している番組)をたまたま見ていたんだが、そのとき街頭インタビューを行っていたんだな。
「誰に新しい総理大臣になってほしいですか?」という質問。
聞かれた街の人は、代表選に出馬していた5人の顔写真の下に、お花のシールを貼っていくんだな。
誰が一番多かったかということは、もう総理も決まったことなので書かんけど、俺がいちばん憤慨したのは、『誰がなっても同じ』という欄に、多くの街の人たち(二番目に多かったかな)がシールを貼っていたことなんだ。
街といっても、商店街を中心とした場所でのインタビューだったので、主婦たちが回答者の中心を占めていたのではないかと思う。
俺が頭に来たのは2点ある。
☆☆☆
ひとつめは、『誰がなっても同じ』なんて訳知り顔で言うな!ということ。
アンタたち(インタビューへの回答者たち)は候補者5名のことを知ってて、そんなことを言っているのか?
知りもせんくせに、『誰がなっても同じ』なんていうことを抜かすんじゃない!と、俺は言いたい。
もしアンタが小さな子供の母親だったとしたら、その罪はさらに大きいぞ。
子供がお母さんから受ける影響は大きい。お母さんが、そんな厭世的なことを言った途端に、子供たちは将来に対する夢や希望をなくすんだ。この国を自分たちが将来しっかりと立て直していくんだ!という当事者意識を失ってしまうんだ。分かってるのか?
☆☆☆
ふたつめは、テレビ局。
本当に最近のテレビ(特に民放)は、どうしようもない。主義主張をもった偏向報道ならばまだ許せる(いや、それも本当はダメなのだが)。アイドルや芸の浅い芸能人たちのオチャラケ番組に徹するのならばそれでもよい。
しかし、我が国の総理大臣候補を問うアンケートで『誰がなっても同じ』などという選択肢をわざわざ作り、それを無知な街の人々に回答させ、いかにも大多数の人たちは『日本の総理大臣は誰がなっても同じだと思っているようです』なんていうことを公共の電波を使って流す。
なんだそれは?
アンタたち(番組を制作している人間たち)は何を考えているんだ、と言いたい。
☆☆☆
少なくともお前らは、そんな無責任な社会人になってはいかん。無関心な親になっては、もっといかん。
我が国の総理大臣に対してのことだけではない。
お前らの周辺で起きていることすべてに対してだ。
無関心はいかん。すべてを他人事ではなく「自分事」として捉えよ。
そして他人のせいにするな。自分だけ安全なところにいて、訳知り顔で他人を批判し非難するだけの評論家にはなるな。
もちろん言論は自由だが、その言論の及ぼす影響範囲や責任というものを考えろ。
もし、お前がマスコミに入りたいと思うんだったら、上のようなふざけた番組しか作れない現状を変えてくれ。チャラチャラしたうわべのカッコよさや見栄えのよさだけでマスコミには行かないでくれ。
すべてを「自分事」として捉え、自ら責任を持った発言と行動をし、結果を残した社会人こそが、本当にカッコイイ社会人だと俺は思うぞ。
じゃ、また来週な!