パフ代表の徒然ブログ「釘さん日記」

パフが発行する企業向けのメルマガで僕は、『どげえするんか?』というコラムを書いている。

7月10日付のメルマガに掲載したコラムのタイトルは、「26年前の就職業界ベンチャー経営者のメッセージを、どげえ思う?」というものだった。

これは、就職情報誌業界の、かつてのベンチャー企業だった、株式会社UPUの元社長である吉澤潔さんのことを書いたものだった。

このメルマガが配信されたあと、「U社ってどこですか?」という、人事担当者の皆さんからの問い合わせが相次いだという。なかなか刺激的なメッセージだったのであろう。

長くなるけど、そのメルマガを以下、貼り付けてみる。

・・・・・

新卒学生と企業とを橋渡しするビジネスを最初に確立したのは、 誰もが知っ
ているリクルート。かの江副浩正氏が1960年に創業して以来、学生の就職と、
企業の人事採用戦略に、大きな影響を与え続けてきたすごい会社です。

リクルートが誕生した1960年は、奇しくも私がこの世に生を授かった年。そ
して私が(本来は就職活動をしなければならなかった)大学4年生のころに、
約1年間お世話になった会社もリクルート。さらに私が、このパフを起業す
るキッカケを作ってくれたのもリクルート(の先輩社員たち)。

深い縁と、大きな恩義を感じている会社が、リクルートという会社です。

そんなリクルートが、創業時のベンチャーを脱皮し、学生の就職活動におい
て圧倒的な影響力を有し始めた1970年代の中ごろ、この業界に誕生した新た
なベンチャー企業がありました(あえて社名を伏せて「U社」と呼びます)。

U社は、ある種の「こだわり」と「一家言」を持った、とてもユニークな会
社で、私がリクルートで営業マンを務めていたころ、「あの会社には気をつ
けろ。あの会社にだけはぜったい負けるな!」と、ライバル視されるような
会社でした。

企業の規模は(リクルートと比べれば)鯨とメダカ。情報誌のシェアなんて
比べるべくもないベンチャー企業に、なぜそんなにムキになっているのか不
思議に感じたものでした。

そのU社の創業メンバー(かつての経営者)であり、後に経営統合したW社
の役員をつい先ごろ退任されたYさんから、昨日、お手紙と、U社の歴史や
メッセージを綴った一冊の小冊子を頂戴しました。

そうかぁ。あの飛ぶ鳥を落とす勢いだった「大リクルート」が、なぜあんな
にU社を警戒していたのかが、やっとわかったぞ・・・。

頂いた小冊子を読んで、26年前の謎が一気に解けたのです。

頂いた小冊子には、かつてのU社の会社案内に載せられていたという、以下
のコピーが掲載されていました。

│「リクルート(新兵募集)からパーティシペーション(参加)へ」

│(中略)

│数年前、わたしたちは自らの仕事の問題意識を強烈なコピーで主張した。
│わたしたちは、リクルートの考え方は旧い工業化社会の「人手募集」とい
│う人材思想にすぎないと考え、新規採用の意義を「企業の持続的な世代交
│代」ととらえている。
│(中略)
│わたしたちは「採用のためのPR」というビジネスに、新しい企業社会の
│人間と組織の展望を追求してきた。そのテーマはいま、新しい経済社会の
│パラダイムの最大のキーになろうとしている。

またU社は1982年、「反ガイドブック宣言1982」というメッセージを、世の
中に送り出しています。そのときのことを振り返って、Yさんは以下のよう
に述懐しています。

│1982年、U社は新卒採用の世界の「標準」であったガイドブックに対する
│「否」を突き付けました。若気の至りといっていいでしょう。採用企業の
│表層的な情報を定型的に羅列する就職情報誌が、新卒就職・採用という社
│会システムを支配するのではないか、それでいいのか、という批判精神で
│す。

言葉は違えども、私たちパフが世の中に問いかけている「顔の見える就職と
採用」のメッセージと酷似していたことに、とても嬉しくなると同時に、こ
の危険を顧みない(?)、非難や批判を浴びることを覚悟したメッセージを
読んで、私は思わず感動してしまいました。

その感動をすぐにお伝えしようと思い、業界の大先輩であるYさんに、失礼
を承知のうえで「感動しました」というメールをお送りしてしまいました。

するとすぐに、「ぜひ意見交換しましょう」というお返事をいただいたうえ
に、私のブログ「釘さん日記」(
http://puff.weblogs.jp/kugi/ )にYさ
んの実名入りで掲載しても構わない旨の許可までいただきました。

ということで、この話の詳細は、後日(いつになるか分かりませんが)ブロ
グに掲載したいと思っています。私は、若気の至りというには、ちょっと年
を取り過ぎましたし、危険を顧みずに書けるかどうか、ちょっと自信があり
ませんが(苦笑)、若者の問題意識をくすぐるようなメッセージをYさんに
敬意を表しながら書いてみたいと思っています。

・・・・・

U社のYさんこと、株式会社UPUの吉澤(元社長)さんが、つい先日(23日)、パフに遊びに来てくださった。「かつての話」を、いろいろとお聞かせいただいた。

吉澤さんは、僕よりひと回り上。僕と同じねずみ年生まれで年男である。70年代、80年代、90年代、そして現在の2000年代。30年以上に渡って、そのときどきの若者たちに刺激的なメッセージを送り出している。

コラムでもちょっと触れたが、吉澤さんは、企業の表層的な採用情報を定型的に網羅した就職情報誌に痛烈な批判を行っている、

「100の企業があれば100の人材思想がある。100人の学生がいれば100の職業観や選択がある。そのマッチングを図るのに、定型情報が並ぶ就職情報誌システムですませていいのですか」と。

20年以上も前のメッセージである。

時代は変わり、企業の採用情報は、「就職情報誌」から「就職情報サイト」に変わった。しかし、上の図式は何も変わっていない。日本の就職と採用の仕組みというのは、この30数年間、何ら進化していないのである。

この業界に身を置くものとして、自分たちの努力不足を恥じなければならない。口では偉そうなことを言いながらも、結局は、巨大な力をもったモノに迎合したり追随したりしている自分たちがいる。

吉澤さんは、つい先日、UPUを引き継いだ某社の役員を引退し、これから「自由人」としての活動を増やしていくそうである。今後、この業界の大先輩に、いろいろと教えを請いながら、新しい枠組み作りにチャレンジしてみたい。「変える」にチャレンジできるのは、失うものがほとんどない、小企業ならではの特権なのだから。

今朝まで大人俱楽部だった日

2008年7月26日 (土曜日)

まずは昨日の写真の説明から。

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上の写真は、南こうせつ作詞・作曲の「うちのお父さん」の替え歌の歌詞カードだ。我がパフのお父さん的存在である、OHさんの定年をお祝いして、作られた歌だ。

下の写真は、その「うちのお父さん」の替え歌を作詞した、ジャンボリー福田(芸名)さんと、福田さんの奥さんが中学生の頃に買ったという白いギターと、僕が大学生の頃買った12万円のギターである。

 

昨夜7時半から、今朝5時までの9時間半。「大人俱楽部」という怪しげな団体が主催する大暑気払いが開催された。

大人俱楽部というのは、古くからの協賛企業の不良オヤジたち(一部不良マドンナ)で構成される飲み仲間。このうち1名が、このたび会社の要職(社長室長)に就任したので、その祝いを酒の肴にして、暑気払いをやろうということになったのだ。

そして、せっかくならパフの社員や、大昔の人たちもゲストとして招いて、パフのセミナールームを開放して、大人数でやろうということになった。

結局、参加人数30名の大宴会となったのだ。

参加者には、先のオヤジも入れて、6人(組)の祝い対象者がいた。

1.社長室長就任(前出)

2.執行役員就任

3.Jリーグ理事就任

4.会社設立10周年祝い

5.定年退職祝い

6.婚約祝い

の6つである。

事前に、30名の参加者を6つのチームに分け、チームごとにひとつの祝いプレゼンを割り当てておいた。宴会は、このプレゼン大会を中心に繰り広げられたのであった。

ということで、僕のチームでは、5の「定年退職祝い」を担当したというわけである。

各チームの祝いのプレゼン、とっても楽しく面白かった。もう最高である。

なかでも僕のチームのプレゼンは素晴らしかった(と、自画自賛)。

で、昨日の日記の写真は、ほとんどの参加者が帰宅した午前5時まえ、記念に残しておこうと思って撮影したものだったのだ。

ひっさびさに一睡もしない宴会だったが、終わったあとに、とても清々しくなる宴会だった。が、おかげで本日は、時差に苦しんだ1日だった(苦笑)。

明日は福井県の中小企業の経営者や人事の皆さんとの勉強会が、午前と午後の2回、ダブルヘッダーで開催される。僕は過去7年間連続で、福井の学生向けに講演をやっている関係もあり、この勉強会のゲストスピーカーとしてお邪魔することになった。

で、夕方の新幹線(米原からは在来線の電車)で福井に向かうことにした。

と、その前に、昨日から有楽町の国際フォーラムで開催されている、ヒューマンキャピタル2008という、人材ビジネスのイベントを見学していこうと思った。東京駅に向かうついでに立ち寄るには、ちょうどいいロケーションなのである。

このイベント、結構大きなイベントで、特に人事・労務向けのシステムや、教育・研修のプログラムを扱っているベンダーが数多く出展している。

パフと事業提携しているG社も出展していたので、陣中見舞い(お土産はなかったけど)も兼ねて顔を出してきた。

が、一歩、会場に足を踏み込んだとたん、餌食になってしまった。いろーんな会社が、呼び込みを仕掛けてくるのだ。一昔前の、歌舞伎町(新宿)や、国分町(仙台)や、中洲(博多)や、薄野(札幌)の歓楽街のようであった。

無理やり椅子に座らされ、聞きたくもない商品説明をされたり、人材ビジネスには不似合いなコスチュームを身にまとったお姉さまに誘惑されたり、複数のむさ苦しい営業マンたちに取り囲まれたり……。

「この人たち、飢えてるんだなぁ」と思わせるに十分なイベントであった。

人材ビジネスの展示会ではあるのだが、パフと同業の新卒採用の領域(とくにメディア系)の会社はほとんどいなかった。展示会には馴染まない業態なんであろうなあ。

なんだか筋の良くない会社もいたりして、いい意味でも悪い意味でも、この業界の雰囲気をよく醸し出した展示会であったような気がする。

ところで、いま福井のビジネスホテルにいるのだが、福井もやっぱり暑い。入室した時には、部屋にはクーラーが入っておらず、サウナに入ったみたいな感覚だ。

北陸といえども、夏はやっぱり暑いのだな。

さて。明日のために、そろそろ寝るとするかな。

本日の日記のタイトルを見て 、 「おっ、釘さん、きょうは珍しく真面目なことを書くのかな?」と思った読者の皆さんがひょっとしたらいるかも……。

 

きょうは夜9時から、ゴルフの体験レッスンに出かけた。

いっしょに行ったのは、パフの最古参社員であるヨシカワと、ヨシカワの親友のハルちゃんだ。

ハルちゃんは、つい先日、勤め先を退職したばかり。現在、次までのつなぎとして、パフでアルバイトをやってもらっている。

ハルちゃんの自宅からパフまで、電車で1時間半くらいかかる。すごく遠いのだ。

つなぎのアルバイトだというのに、なぜハルちゃんは、こんな遠い場所にあるパフを選んでくれたのか??

それは、 「釘さん日記」に載ってみたいから だという。昔から、この日記に載ることが、ハルちゃんの夢だったというのだ。

すごい!!

#なので、きょうのこの日記で、ハルちゃんの目的は叶ったことになる。ハルちゃん、おめでとう!!!

 

で、話は本日のゴルフの体験レッスン。

なっかなか面白かった。

インストラクターのタナカ先生が、とても素敵だった。

3人ともゴルフはまったくの初心者だったのだが、本日の体験レッスンのおかげで、「これから本格的にやってみたい」という気持ちになった。

50分のレッスンだったのだが、タナカ先生の次の言葉がとても印象的だった。

「スイングの時、軸がぶれないことが大事なんですよ」

なあるほど!!

それって、ゴルフだけじゃなくて、経営でも、仕事でも、就職活動でも、同じ ことなんだ。

ハルちゃんもヨシカワも僕も、妙に納得してしまったのだった。

「よし、きょうの日記のタイトルは、これで決まりだね!」

ということで本日の日記のタイトル、 「ぶれない軸が大切だと教えられた日」となったわけであります。

どうも失礼しました!!

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夏バテが襲ってきた日

2008年7月22日 (火曜日)

どうも朝から体が重い。休みのあいだ、坂道を歩きすぎたからだろうか?

徒歩通勤をやめてバスで会社まで行こうと思ったのだが、連休明けのため道路はすごい渋滞。この渋滞でバスに乗ったりすると、早朝会議に間に合わないかもしれない。

しょうがないのでやっぱり歩いていくことにした。会社に着くと汗が噴き出す。真夏の徒歩通勤は堪える。

毎週はじめの恒例の早朝全体会議。朝8時から8時45分まで各グループやプロジェクトの報告を中心に行われる。

全体の会議終了後、またいくつかのミーティングに参加。そしてその後、すぐに外出。時間はすでに10時半だった。

向かった先は、神谷町に本社があるF社。ヒラハラが担当しており、とても懇意にしていただいている。きょうは、いつものご厚意に対してのお礼を申し上げるのが、僕の訪問の目的だった。

F社は、創業が1981年。実は僕がリクルートの神田営業所で働いていた頃(1983年)、まだ小さかったF社は、隣の小さなビルに入っていた。F社は、リクルートの中途採用情報誌(週刊就職情報)のクライアントでもあったので、よく覚えている。いまパフが入居しているビルよりも小さくて古いビルだった。

あれから25年。現在F社の従業員数は約7千名を数える。本社は神谷町・虎ノ門界隈で、もっとも家賃が高いのではないかと思われる格式の高い立派なビルに入居している。昔の小さかったころのF社を思い出し、なんだか感慨深くなった。

対応してくださったのはF社の採用を担当している課長のSさんと、人事担当取締役のYさん。Yさんは25年前の神田時代にすでにいらっしゃった方で、その頃の話題でしばし盛り上がった。

話をひとしきり行った後、徒歩5分くらいのところにある、小さなラーメン屋さんに連れて行っていただいた。なんとこのラーメン屋さんは、F社が経営しているというからビックリだ。実は社会貢献の一環で、(本業とはまったく関係のない)製麺事業をF社は行っている。台東区に製麺工場があるのだが、ここで障害者の方々を雇用して麺を作っているのだ。その麺を使ったラーメンを、帰りに御馳走していただくことになった。

僕とヒラハラと、S課長とY取締役。4人で小さなテーブルを囲み、汗をかきながらラーメンをすすった。うんまい。なっかなかの味だ。まだお昼時前だというのに、お客さんの数も多い。値段が安い(全品500円!)ということもあるのだろうが、やっぱり麺の味がいいからなのだろう。

汗だくになりつつも、美味しいものを御馳走になった満足感をお土産に、神谷町を後にした。Sさん、Yさん、御馳走様でした。ありがとうございました!!

 

帰社後、多少のデスクワークを行っていたのだが、なんだかやっぱりカラダが重い。ラーメンを食べすぎたか?

午後4時。怒涛のセミナーシリーズの開始時間だ。きょうは7回目。ブランディングがテーマだ。セミナールームに入ると、ほぼ満員のお客様。採用ブランディングは旬のテーマなんだな。

きょうの僕の挨拶は、「社名の由来だけ」に徹した。開き直って楽譜を持ち込み、Puffを長めに歌わせていただいた。前回(6回目のセミナー)は、冷やかな視線に負けてしまったのだが、今回は何があろうと歌うぞ!と決めて臨んだ。それが良かったのか、温かな拍手を頂戴することができた。人事向けセミナーの趣旨を完全に逸脱した挨拶なのだが、これがパフのある種「ブランディング」なんだと勝手に思っている。

2時間後セミナー終了。情報交換会の始まりなのだが、僕は欠席させていただいた。というのも、カラダの重さを通り越して、ダルさになってきてしまったからだ。

こりゃあ、まずい。まだ今週は始まったばかりだというのに。

情報交換会にご参加の皆様には失礼だとは思いつつも、早退させていただくことにした。

そしてこの日記を書いているいま現在(自宅で超リラックスモードです)、ずいぶんと楽になってきた。やっぱり夏バテだったんだろうなあ……。

夏が過ぎ去るまで、あと2か月。体調管理をキチンとせにゃあかんと思った、梅雨明け後、初の正式な仕事日であった。

ポニョを観た日

2008年7月21日 (月曜日)

なぜだか分からないが、「観てみたい」衝動に駆られて、豊洲のユナイテッドシネマに向かった。

『崖の上のポニョ』。ご存じ、宮崎駿の久々の監督作品である。

「なぜだか分からない」と書いたが、たぶん「久々に童心を味わってみたい」と思ったからだと思う。

朝いちばんの回に入場した。周りは小さな子供連れのファミリーばかり。単身で来ている僕はしかし、不思議なことに、恥ずかしい気持ちには一切ならず、上映を待った。

宣伝や予告編のあとに始まった。

ほほう…と感心しながら、しばらくはスクリーンに集中していたが、そのうち、次第に心が離れていってしまった。アニメだし、童話なのだからしょうがないのだが、「あり得ない話」に気持ちがついていけないのだ。

うーん。こりゃいかん。童心を味わうどころか、童心を味わえない自分を発見してしまった。きっと自分が5歳くらいだったら、映像の中にはまり込んでしまったろうに。

ところでこの映画、賛否両論らしい。もちろん、賛否を偉そうに言っているのは、大人たちだ。

アホかと思う。

この映画に賛否をいう資格があるのは、子どもたちと、幼い子どもたちの気持ちになることのできる純粋な人たちだけだ。

なので、僕は何も言う資格がないのだ。批判するとすれば、幼心に戻ることのできなかった自分自身だろう。

 

午後は傾斜角を最大(15度)にしてのウォーキング。きょうは両手にはダンベルではなく、文庫本を持った。

この手に持った文庫本、実は先日観た映画クライマーズ・ハイの原作本(横山秀夫著)なのだが、実に面白かった。

傾斜角15度を時速5Kmで、ゆったりゆったり歩きながら、小説の世界に入り込んでしまった。気がつけばランニングマシンの制限時間(90分)が来てしまっていた。

しょうがなく、筋トレを済ませたあと、更衣室に引き上げた。そして、シャワーを浴びたのち、休憩用の椅子に座って、また続きを読んだ。

約2時間で読破。

いやあ、面白かった。映画も面白かったが、やっぱり小説は深みがある。映画のスクリーン以上の風景や登場人物の心象風景が、頭の中に広がっていく。人間の脳みそって凄いもんだ。

『ポニョ』では幼心に戻れず、ちょっと落ち込んでしまった僕なのであるが、午後、硬派な小説にのめり込めたことで、 「オヤジにはオヤジなりの感動の仕方があるのだ!」と自信を取り戻せた。

以上、朝から文化的な(?)休日を過ごした日であった。

昨日行きそびれてしまったジム。本日は朝イチで入った。なかなかの意気込みである。

ストレッチのあとに取り組んだのは、ランニングマシン。が、本日は走るのをやめて、坂道を歩くことにした。しかもダンベルを両手に持って。

傾斜を8度に設定し、両手には2Kgのダンベルを持ち、ひたすら歩いた。

これがなかなか効く。20分を過ぎたころから、ボタボタと汗が落ち始めた。すごいすごい。この1週間のあいだに溜まってしまった悪い物質が、体内からすべて放出されていく感覚だ。結局、時速6Kmのスピードで1時間歩いた。走行距離は6Kmだが、優に10Kmは歩いた気分だ。

傾斜角度8度と聞くと、たいした坂道じゃないように見えるが、実はかなりきつい。5度だと大したことはないのだが、8度だとズシリと来る。地球の重力というのは偉大だ。少し傾斜をつけて歩くだけで、トレーニング効果が格段にあがる。これ、発見である。

明日は傾斜角度10度でチャレンジしてみよう!!