第14期のキックオフミーティングだった日
2009年7月6日 (月曜日)
きょうは朝から夜まで丸一日のスケジュールで、第14期のキックオフミーティングを全従業員参加で行った。
すでに7月1日から、新しい組織での新しい期は始まっていたのだが、実質的なスタートはきょうから。
午前中は、旧グループから第13期の振り返りと、僕からの第14期経営方針&経営目標の発表。
午後は、新組織のグループに分かれて、新グループの方針や目標や役割についてのミーティング。
その後、また全員が集合して、各グループで話し合われたことの発表とすり合わせをみっちり行った。
最後は、一人ひとりのメンバーからの決意表明。
前期に引き続き、厳しい経営環境が続くであろうこの第14期。会社としての真価が問われる期でもある。
きょうのキックオフミーティングでの全員の発表を聞く限りでは、(楽観視することはもちろん禁物だが)悲観的になる必要はないと感じた。
パフが世の中を変える、輝かしい15期を無事迎えられるよう、この14期は全員の力を結集し、会社に大きなパワーを貯めていってほしい。
<追伸>
経営目標を達成させるために、全社員に以下の3点を、「目標達成に向けての基本」ということで掲げた。備忘のために、以下にも転載しておきます。
天下国家を担うものの熱さを感じた日
2009年7月5日 (日曜日)
僕の好きな昭和30年代を描いたドラマが始まった。
城山三郎の同名小説のドラマ化なのだが、なかなか見応えがある。テレビドラマなので、いろんな制約はあるのだろうが、時代の空気をよく表現できているのではないかと思う。
CGを使っているのだろうが、セットやロケにも、かなり力が入っているようだ。昭和30年代の風景や街並みを見事に再現している。テレビドラマとしては異例なのではないかな。
主役の佐藤浩市が演じる通産省の官僚のセリフに胸が熱くなった。アメリカ人に、国産車を「まるで玩具だ」とバカにされた直後のセリフである。
「俺が日本を、アメリカより豊かな国にしてみせる!!」
この志。不屈の精神。国を思う気持ち。いいよなあ。
立場やキャラはぜんぜん違うけど、僕の大好きな映画「AlWAYS三丁目の夕日」に登場する、鈴木オートの社長と重なってしまう。 「今は小さな修理工だけどな、海外進出だって夢じゃない。でっかいビルジングだって建てられると思ってる」。こんなことを恥ずかしげもなく言えた時代であり、実現した人たちがたくさんいた時代である。
国民全体がハングリーで、追いかける目標が明確だったこの時代。お金はなかったけど、「こうなりたい、こうありたい」という高い志にあふれていた。
翻って現代。
物質的には豊かだけど、心が貧しく、精神力が弱くなってしまった。
我々が追いかけるべき目標は何なのか。国民の真の豊かさとは何なのか。真面目に考えなければならないと時代なんだと思う。
いまの政治家や官僚や経営者たちは、もっと単純に、昭和の時代を熱く生きたリーダーたちの生き様を見習っていいのかもしれない。
勝負に負けてランチの寿司をおごった日
2009年7月4日 (土曜日)
きょうは朝からMSPの(バンドではなくビジネスの)コラボ会議。
会議の中身は、さすがの僕でもここには書けないんだけど、昼食のときの話をちょっとだけ。
実は前日、別件でMと某所で打ち合わせ(?)をしていた。
なぜか打ち合わせのカウンターには、おもちゃの「黒ひげ危機一発」が置いてあった。
樽に短剣を一本一本交替で刺していって、ピョーンと中の海賊が飛び出すとゲームオーバー。飛び出させちゃったほうが負け、という伝統的なゲーム玩具である。
Mが、「お、釘さん。これちょっと勝負しましょうよ。負けた方が明日の昼飯をおごるってぇのでどうですか?ここにいないSの分も含めて」と提案してきた。
僕も勝負事は嫌いじゃないので、もちろんこの提案を受け入れた。
・・・一本一本短剣を差し込んで行く。なかなか海賊は飛び出してこない。
短剣の数が残り少なくなってきた。僕の番だ。いやーな予感がした。
グサッ。
ドカーン!!
やっぱり……。
ということで、きょうの昼御飯は僕がMとSに御馳走する羽目に。
いちばんオイシイ思いをしたのは、Sである。Mが勝とうが僕が勝とうが、昼飯にありつけたのだから(苦笑)。
昼御飯に出かけたのは、築地のはずれにある寿司屋さん。これがなかなか旨いのだ。
が、勝負に負けて食べる寿司は、たとえ旨くても、気分はイマイチだ。
MもSも美味しそうに食べていたけど……。
くそっ。次回は、絶対に勝つぞ!!
<追伸>
読者の皆様へ。土曜の昼間っから、なにを社長3人でバカなことをやってるんだと思わないでください。会議はキチンとやっていますので(苦笑)。
景色が変わった日
2009年7月3日 (金曜日)
先日、「7月からの新組織を発表した日」という日記を書いたが、この組織変更に伴って、社内の席替えを行った。
パフの執務室のフロアには現在、僕の席も含めると27の席がある。この27席を描いた空白の座席表に、社員の名前を一人ひとり埋めながら配置を決めるのだが、これが案外おもしろい。
一応、組織単位の配置にしたのだが、僕の思惑も多少は込めている。
「あいつの隣には、こいつを座らせてみよう」とか、
「あいつは少し監視を強めたいから(?)、社長席の傍にしてやれ」とか、
「あいつらは端っこにおいて油断させといて、後ろから突然ガツンと食らわしてやろう」とか(苦笑)。
今回の席の配置は、僕がほとんど独断で決めた(もちろん相談はしたけど)のだが、なかなか新鮮な景色である。
これから、新しい組織と景色との重なりあいによって、新しい価値が生み出されるようになることを期待したい。
大雨の中を彷徨い歩いた日
2009年7月2日 (木曜日)
きょう、朝9時半のアポイントで、芝浦方面に向かった。
芝浦というのは江戸時代までは海だった場所。東京湾の浅瀬だったらしいのだが、いまは倉庫がたくさん並んでいる。
アポイント先の会社は、地図を見るとずいぶん遠い。田町駅と品川駅の中間点だ。駅から歩くと20分以上はかかる。
が、京浜急行の泉岳寺駅から、JR線路の下の高さ1.5Mのほら穴みたいなトンネルを潜っていくと半分くらいの距離だ。ということは、10分くらいで着きそうだ。現在の時刻はちょうど9時。余裕で到着できる。
僕は迷わず、この経路で行くことにした。
が、これが悲劇の始まりだった。
トンネルを抜けた後、右と左に道が分かれていたのであるが、僕は地図を確かめずに(雨が激しく降っていたため傘で手がふさがっていたのだ)頭の中の記憶だけで、右を選んでしまった。
5分くらい歩いた後で、なんとなく間違えたことに気がついたのだが、そのうち左に曲がる道があるだろうと、そのまま歩き続けた。
ところがずーっと歩いても、一本道だけで左折するところがない。
10分ほど歩いたところで、やっと大通りに出る。
こりゃまずいと思って、慌てて地図を取り出して現在の自分の位置を調べたのだが、目的地から遠く離れた所に来てしまっていることに気がついた。
時間はすでに9時25分。
アポイント先のビルのまえで待ち合わせすることになっていたパートナー会社の方の携帯に電話した。
「すみません。道に迷ってとんでもないところに来ちゃいました。かなり遅れそうです。。。」
「あれ、クギサキさん、待ち合わせは10時ですよ。慌てなくても大丈夫ですよ(笑)」
不幸中の幸いだった。待ち合わせの時間を勘違いしていた。
そこから地図だけを頼りに目的地に向かったのだが、芝浦というのは広大な土地である。歩いても歩いても目的地に近付かない。おまけに雨脚はどんどん強くなっていく。もう泣きそうになった。
結局そこから歩くこと35分。10時ちょうどにアポイント先にたどり着いた。ズボンもカバンもびしょ濡れになっていた。雨の中、都合60分を歩き続けたことになる。
教訓。
「急がばまわれ」である。
楽して近道を行こうと思っちゃいけないのである(苦笑)。
3社の障害者雇用の現場を見学した日
2009年7月1日 (水曜日)
以前の日記で、障害者雇用の現場を視察するバスツアーを企画していることを書いた。
きょうは、そのバスツアー企画にご協力いただけることになった都内の民間企業3社に、ご挨拶かたがた訪問し、打ち合わせを行った。同時に、障害者の方々が働いている現場を見学させていただいたり、お話させていただいたりした。
国の法律では、ある一定数(民間企業では全従業員数の1.8%)の障害者を雇用することが義務付けられている(法定雇用率という)。この法定雇用率を満たすことができないと、納付金という名の罰金を課せられるとともに社名が公表されることになる。この対象は、いままでは大企業だけだったのだが法改正によって、来年から、(段階的に)101人以上の中小企業にまで拡大される。
ここでいう障害者とは、大きく分けると、身体障害、知的障害(発達障害含む)、精神障害の3種なのだが、企業の雇用は(業務の遂行に支障のない)一部の身体障害者に偏っている。へんな話だが、一部の身体障害者にとっては超売り手市場となっているのが、障害者雇用の現場なのである。この状況を利用して、身体障害者の転職(引っこ抜き)を促進させている(いわゆるマッチポンプを繰り返している)人材紹介会社もあったりして、この市場はちょっとイビツな構造になってしまっている。
このイビツな状況を、イビツじゃない状況に変えるためには、いままで求人対象になりにくかった知的障害者の雇用を促進させる必要がある。そのためには、企業側の意識を変えていく必要がある。
そんなわけで、今回のバスツアーでは、知的障害者の雇用に積極的に取り組んでいる会社を視察させてもらい、お話を伺い、みんなで勉強しましょう、ということになったのである。
で、きょうの事前打ち合わせ。まずは僕がものすごく勉強させていただいた。話を聞かせていただいて、目から鱗の状態になった。障害者雇用だけではなく、一般の雇用についても、考えを新たにしなければならないことがあると思った。
そのことをいま中途半端に書くと誤解を与えかねないので、また別の機会に書いてみようと思うけど、何しろこの分野、僕もまったくの素人。これからもっと深く突っ込んでみたいと思った。
パフの第13期が終了した日
2009年6月30日 (火曜日)
本日、パフの第13期が終了した。
あっという間の一年であり、長い一年でもあった。当初立てた計画と現実との乖離が、月を追うごとに大きくなっていった苦しく厳しい一年だった。
でも、このまま今期を終わらせるわけにはいかない。
数字の責任を担う現場のメンバーたちは、最終月の今月、仕切り直しをすべく目標の再設定を行った。
「絶対ここまではやり切る」という目標を決めた。
が、現実はなかなか厳しい。なかなか思うようにはいかない。
しかし!!
あと一日となった本日、ものすごい数の申込書が届いた。
営業メンバーたちがお客様に無理をいって頂戴した申込書の数々だった。
そしてその結果、本日の夕方、「絶対ここまではやり切る」と決めた目標をクリアすることができた。
もちろん下方修正を重ねた中での目標達成なのだから、決して手放しで喜べるようなシロモノではない。
しかし、「絶対ここまではやり切る」と誓った目標を突破したことの意味と意義は大きい。
「明日」を達成して迎えるのと、達成せずに迎えるのとでは、たとえその差が千円であったとしても大きな違いがある。
とにもかくにも、パフを信じ、発注してくださった多くのお客様のおかげである。大感謝である。心よりお礼を申し上げます。
そして最後の最後まであきらめなかったキミたちも凄い。その粘り強さ、あっぱれだ。最大限の敬意を表する。
去年も同じことを書いたような気がするが、最後に。
ああ、毎日が期末だったら良かったのになあ……(苦笑)。