友人の再就職を祝った日
2011年1月26日 (水曜日)
僕の学生時代の友人にYという男がいる。同じゼミでマーケティングを学んだ仲間だ。
彼は大学卒業後、某業界の某大手名門企業に就職。その後、順調なキャリアを積んでいた。
数年前、事業提携先である某外資系企業(たぶん誰もが知っている会社)からのオファーで、その外資系企業に転籍することになる。彼の経験や実績が、その外資系企業から評価されての転籍だった。
しかし、昨年の初め、その外資系企業の本社(米国)の方針が変更となり、日本法人が縮小されることとなった。それに伴い人員も極端に削減。Yは会社を去ることになってしまった。
僕がこのことを知ったのが昨年の秋。Yから「相談にのってほしい」という連絡をもらったときのことだった。そのときはすでに転職活動を開始して半年程が経過していた。
僕らの年齢になってからの転職活動は、正直言って相当に難しい。企業の採用の仕事に携わっているはずの僕であっても、なかなか彼の力になることができず心苦しく思っていた。
ところが、つい先日、嬉しい連絡がYから来た。再就職が無事決まったのだ。転職先の会社は、彼がいままで仕事をしてきた業界とはまったく異なる業界。仕事内容もまったく違う。おそらく、彼の(職種や業界を超えて通用する)能力や人間性が、この会社の経営者から評価されたのではないかと思う。
そして本日、Yが「お礼をしたい」ということで、パフまでわざわざ足を運んでくれた。僕はお礼をされるようなことは何もできていなかったのだが、その気持が嬉しくて、お昼御飯をご馳走してもらうことにした。
昼食を食べながら、転職活動時の辛かった心の内側の話を彼から聞いた。元来、とても明るい性格の持ち主のYなのだが、それでも何度か心折れそうになったのだという。
しかし彼は、負けずに動き続けた。努力し続けた。今回の会社との出会いは、偶然が重なってのことだったのだが、縁を感じた彼は、その会社の業界のことを懸命に勉強し、自分なりに考えた(求められていたわけでもない)事業計画書を二日間連続で徹夜して作り上げ、面接の時にプレゼンしたのだという。
「今回、あきらめずに転職活動を続けてこられたのは、釘ちゃんたち昔の仲間が応援してくれたからだよ。本当にありがとう。いままでの経験が通用しない、まったく新しい業界だけど、オレ死ぬ気で頑張ってチャレンジするよ」
Yは、僕にそう言ってくれた。ジーンと来た。何もしてあげられなかった僕なのに、こんなことを言ってくれるYのことを、本当にスゴイ奴だと思った。
Y、本当におめでとう。そして、ありがとう。友情の尊さと、あきらめないことの大切さ。そして何歳になっても新しいことにチャレンジする勇気を持つことの素晴らしさを、君からあらためて教えてもらいました。お礼を言うのは僕の方かもしれないね。
新春勉強会と今年初の「のろ」だった日
2011年1月25日 (火曜日)
昨夜は6時半から、職サークル参画企業の方々向けに「新春勉強会」と題した、2012年度新卒採用に関わる様々な分析データをご紹介するセミナーを開催。約20社の皆さんが集合してくださった。
講師を務めたのは、HRプロ株式会社の寺澤社長。HRプロさんでは、学生、企業、大学からデータを収集したうえで、(新卒採用序盤戦である)この時期には中間レポートを、大手企業の採用が終息する6月には総括レポートを、毎年発表している。
本来、中間レポートの公式な発表は2月初旬なのだが、昨夜は、職サークル参画企業のためだけに、寺澤社長が特別に発表してくださった。
とてもよくまとめられた生々しいデータだった。意外な実態も分かった。やはりデータは貴重である。
レポートは60ページ以上のボリューム。寺澤さんは、昨日の発表に間に合わせるために、この週末はほぼ徹夜。勉強会が始まる直前までデータを分析していたという。大大感謝なのである。
勉強会後は、参加の皆さんと一緒に、近くの居酒屋で情報交換会。ここでは柔らかい情報交換もありで、大いに盛り上がった。
解散は夜10時半頃で、参加の皆さんそれぞれの家路についた。僕も家路につく・・・はずだったのだが、僕のとなりにいた寺澤さんと「ちょっと軽く一杯いきますか?」ということになった(さんざん飲んだ後に誘う台詞じゃないな、笑)。
年が明けてからはまだ、「のろ」に行っていなかったので、ママへの新年のご挨拶を兼ねて行こうと思ったのだ。
新富町方面に歩いていると、T社のIさんも歩いている。Iさんが“飲んべ”だと知っている僕は、「Iさん、僕ら、のろに行くんですけど一緒にどうですか?」と悪魔の誘いをしてしまった。
Iさんは断るはずもなく、気がつけば「のろ」で3人で盛り上がっていたのだった。(下の写真は、寺澤さんとT社のIさんと僕と、のろのママです)。
それにしても、寺澤さんも、Iさんも、お酒の強いこと強いこと。あっというまにボトルのウイスキーがなくなっていった。
ということで、前日の日記での宣言も虚しく、昨夜はちょっと飲み過ぎてしまったようだ。夜遅いのに、つまみもたくさん食べてしまったし(お雑煮が最高に美味しかったのだ)。今朝は、早朝ランニングも中止。いかんいかん。
今夜以降は、くれぐれも過ぎない程度の新年会を心がけよう。
久々に自宅のノートPCを開いた日
2011年1月23日 (日曜日)
僕は、自宅の机に置いているノートPC(Let's Note)で、いつもこのブログ「釘さん日記」を書いている。会社のパソコンからはブログを書く気がしない。事実、家に帰れないような非常事態(?)を除いては、書いていない。会社で「日記」を書くのはヘンだろ、という感覚があるからかな。
昔は、長い外出や出張時にはノートPCを持ち歩いて、外からも日記を書いたものなのだが、最近は自宅に置きっ放し。代わりに昨年の夏に購入したiPadを持ち歩いている。
しかし、iPadでの日本語入力がどうも慣れず、iPadはいつも閲覧専用。なので、外からのブログ更新は一切行っていない。せいぜいtwitterで10数文字を入力する程度だ。
この週末は、金曜日の午後から本日(日曜日)まで、ずっと外に出ていた。日が暮れて自宅に戻り、いまやっとノートPCを開いたところなのだ。
ということで、金曜日の午後から本日までの出来事を備忘として記録しておこう。
●金曜日
午前の銀行との打ち合わせ後、青山へ。パートナー企業のポーターズさんの会議室で、ふるさと就職応援ネットワーク(Fネット)の拡大幹事会が開催された。
今回の幹事会では、システムに関するプレゼン&討議がメインだった。全社が共通のシステムを利用するようになると、Fネットの結束がさらに強まり、共同事業も加速していく。パフも、Fネット加盟各社とのシステム共通化を、今後の重要課題として検討していこうと思う。
夜はFネット加盟各社の社長たちとの新年会。前日の日記でも書いたが、会場は六本木の叙々苑である。いやー、美味しかったなあ。職サークル協賛企業でもある叙々苑さん。今回は僕らのために、特別料金で特別コースをご用意くださった。感激。4つの島に分かれての会となったのだが、僕らの島は、偶然ミュージシャンたちが集まって、終始音楽談義。いやー楽しかったな。お腹もいっぱいになったし。ワインも飲みすぎたし。叙々苑さん、美味しい食事とお酒を、ありがとうござました!
●土曜日
前日の焼肉を、まだ体内に残しつつも、早朝の新幹線に飛び乗った。目指すは会津若松。会津大学さんの学内イベントをパフがコーディネートしたのだった。
会津若松の積雪量は半端ではなかった。道路は除雪されていたが、道路わきの雪は、軽く1メートル以上は積み上がっていた。学内の雪はさらにスゴイことになっていた。歩ける通路が限られていたため、しばし迷路にはまり込んだ感じ。足元は凍っているため滑りコケないように恐る恐る歩く。同行したヒラハラはスニーカーを履いていたので平気で歩いていたのだが、こちらはそうもいかず。マゴマゴしてしまった(汗)。
イベント(パネルディスカッション&合同説明会)そのものは順調に行なわれた。学生も(授業が休みの日だったにもかかわらず)大勢詰めかけてくれた。
いちばん楽しかったのは帰りの電車。パネルディスカッションに出演してくださった4名の人事の皆さんと、会津若松~郡山~東京の約3時間をご一緒したのだが、盛り上がる盛り上がる。もともと技術者だったR科学工業のNさんとUさんの「科学談義」がビックリするくらいに面白いのだ。ニュートン、アインシュタイン、宇宙の起源、異星人、エスパー、宇宙の外側などなどの話題で、あっという間に東京に着いてしまった。缶ビール2本、カップ酒2本(R科学工業Nさん支給)、おつまみ各種(R科学工業Uさん支給)も、盛り上がりに大いに貢献したようだ。
●日曜日
前日のカップ酒をまだカラダに残しつつも(でも早朝ランニングでかなり抜けていたかな?)、朝9時、本郷三丁目のドトールにて打ち合わせ。パフのホサカ、タカタ、ツチダと僕の4人で、いままでと今後の職サークルのことで議論したのだった。その後、ここから徒歩5分くらいのところにある某大学に移動。ここを舞台に、本日行なわれる学生向けのイベントのために集まった企業の皆さまにご挨拶させていただいた。
このイベントは、職サークルの「No Work No Lifeプロジェクト」の番外編として、有志の採用担当者の皆さんがボランティアで立ち上げたもの。タカタ、ツチダもその応援で駆けつけた。しかしながら僕は、大切な親友(兼お客様)のご家族(お母様)に不幸があったため、告別式に参列するべく、この大学を後にした。
告別式は茨城県の某所。2時間近くの時間をかけて移動した。お葬式というのは人生最後のセレモニー。厳粛な気持ちになる。喪主(親友兼お客様)の最後の挨拶が極めて優れていて(親への深い愛情がユーモアあふれるエピソードのなかで見事に表現されていた。こんな秀逸な告別式でのスピーチを聴いたことがない)、思わず涙を流してしまった。
帰宅後はお腹ぺこぺこ。実は昨日もそうだったのだが、昼飯抜きだったのだ。晩御飯をいつも以上にガツガツ食べてしまった。
あ! そういえば神奈川マラソンに備えて体重を絞り込まなければならなかったのだ。いま日記を書いていて、思いだした。
大会まであと2週間。夜遅い時間の食事は避けなければならないのだ。夜9時以降の食事は絶対ダメ。食べすぎはもってのほか。未確認情報なのだが、夕食としてパスタを食べるといいらしい。実践してみようかな。
あ! と、いいつつ、新年会が2日に1回のペースで予定されている。大会の前々日も新年会だった。むむむ。まあ、なるようにしかならない。飲食は控えめに、練習も無理をせず、時間内の完走を目指して頑張るのだ。
さて。ということで明日からまた新しい1週間が始まるわけだが、夜を中心に慌ただしいことになりそうだ。各種アウトプットに向けてインプットも大量にしなければならない。大きな講演もある。無気味なインフルエンザの恐怖も迫りつつある。もちろん人生初のマラソンも間近だ。心地よいプレッシャーを楽しみつつ、よい加減に頑張りましょう。
2つの新しい出会いと大家族会議だった日
2011年1月21日 (金曜日)
先ほど早朝ランニングから帰ってきたんだけど、きょうは、西の空に満月を、東の空に朝日を、北東方面に東京スカイツリーを、北西方面に東京タワーを、全部同時に見ることができた。なんだかすごい。ぞくぞくするような景色だった。携帯カメラを持っていけばよかったな。
ところで昨日は、タイトルに書いたように、素晴らしき二つの出会いがあった。そして夜は、昨年の12月19日に結成された劇団「大家族」(急きょ命名)が一カ月ぶりに大集合。ほのぼのとした大家族会議を開催した。
二つの出会いのことも、大家族会議のことも、じっくり詳しく書きたいんだけど、早朝ランニングに時間を使いすぎて書く時間がなくなっちゃった(苦笑)。
きっと近いうちに、二つの出会いともに明らかにすることが出来るだろうし、劇団「大家族」のメンバーも、動画などでお披露目することができるだろうから、そのとき、またあらためて。
本日の午後は、ふるさと就職応援ネットワークの今年初の会合だ。夜の新年会は、六本木の叙々苑が会場らしい。叙々苑さんは職サークル協賛企業でもあり、六本木店は同社のお膝元。本社事務所にはお邪魔したことがあるのだがお店に伺うのは初めて。どんな焼き肉が出てくるか楽しみだな。
ではそろそろ行って来ます!
吉野家にお世話になっている日々
2011年1月20日 (木曜日)
2011年の仕事始めから、ちょうど2週間が過ぎた。いつもの年始めなら、週に2~3回は新年会があったりするのだが、今年はとても少ない。いまのところ2回だけである。打ち合わせや研修やイベントなどで夜遅くなることも多く、誘うことも誘われることも控えていたんだな。
ということで、夕食は帰宅途中にひとりで済ますことが、この2週間は多かった(僕は平日、自宅で夕食をとることは原則ない)。そこで強い味方になってくれるのが吉野家。この2週間の吉野家利用率は80%を超えているんじゃないかな。
嬉しいことに吉野家は、年明け早々、並盛270円のキャンペーンを行なっていた(ふだんは380円)。このキャンペーンは17日(月)で終了したのだが、その後も割引券で50円引きで各種セットを食べることが出来る。吉野家ファンの僕としては、とてもありがたいサービスだ。
僕と吉野家との付き合いが始まったのは、初めて東京に出てきた18歳の春。オンボロアパートの家賃や光熱費を払ったあとの生活費が月3万円くらいしかなかった僕にとって、吉野家の牛丼は、安い料金で美味しい牛肉を食べさせてくれる神々しい存在だった。腹ペコで食べる吉野家の牛丼は、本当に美味しかった。一口食べるだけで幸せな気持ちになれた。当時の牛丼は並盛で300円。32年前の当時でも相当に安いと感じたものだが、先日までのキャンペーンでは、それよりさらに30円も安い270円だった。おそるべし、である。
BSE問題や、激しい(競合他社との)競争に巻き込まれながらも、昔ながらの美味しい牛丼を提供している吉野家。先日の発表では業績も戻ってきており海外展開もさらに積極的に行なっていくという。
パフの事務所は、吉野家築地1号店まで徒歩10分程度で行ける。BSE問題で日本中の吉野家が牛丼を出せない時でも、この1号店だけは(原価割れすることを承知で)国産牛肉で牛丼を作り続けていた。そんなこだわりの吉野家が、僕は好きなのだ。
他社の競合店もがんばって安い牛丼を出しているが、僕にとっての「牛丼」は、吉野家の牛丼だけなのだ。ぜひこれからも、昔ながらの味を失わずに頑張ってほしいな。
お、気がつけば吉野家のことをこんなに書いてしまった。単に「昨夜も牛丼を食べました。」というだけの日記にしようと思ったんだけど(笑)。
さて、こんなことを書いておきながら、実は今夜以降、遅ればせの新年会(というか飲みの会合)が2月いっぱいかなりの頻度で組み込まれている。吉野家とはしばしのお別れなのである^^。
名著を久々に読んだ日
2011年1月19日 (水曜日)
いまから9年前。世の中に出た名著がある。
その本の名前は、「キミは就職できるか?-マニュアル就活では就職できない」というタイトル。
著者はなんと僕なのである(笑)。
昨日、パフの税務や会計の指導をしてくださっている会計コンサルティング事務所の担当者と打ち合わせをしているときに、「釘崎さんも本を出したらいいじゃないですか」という話になって、「いや実は、もうずいぶん前になるんだけど書いたことあるんですよ。あれ?見せたことありませんでしたっけ?」ということで、本棚から引っ張ってきたのだ。
何年かぶりに中身を読んでみたのだが、案外(?)いいことを書いている。9年も前に書いているので、時代に合わないかと思いきや、いま読んでも自分自身が「なるほど」と思ってしまう。若かったころ(ってもう40歳にはなっていたけど)のトンガリも感じて、自分が微笑ましい。
さすがにもう在庫はないだろうと思ってアマゾンを調べてみたら、やっぱりなかった。でも中古品のコーナーから買えるようだ。しかもなんと「1円」で!
これを書いた時は、印税を辞退する代わりに、(刷り部数の10%である)千冊の現物を出版社からいただいた。学生やお客さんに気前よく配っていたら、社内の在庫も、もうほとんどなくなってきた。
ひょっとしたら近い将来、1円ではなく、希少価値がついて、1万円くらいになっているかも。いまのうちに自分で中古品を買い漁っておくかな(笑)。
みなさんも良かったら手に入れてみませんか?
既卒者の就職相談を引き受けた日
2011年1月18日 (火曜日)
いやー、寒い。今朝は膝が痛いことを自分自身への言い訳に、早朝ランニングはお休み。暖房の入った室内で、腹筋と腕立て伏せを行なった。ちょっと前まで腹筋は、連続30回くらいでギブアップしていたのだが、最近は連続50回は平気でクリアできるようになった。相変わらず脇腹の贅肉はたっぷりなのだが、へそ下の出っ張りは、多少凹んできたような気がする。神奈川マラソンで制限時間(2時間半)以内に21Kmを完走するためには、お腹をへこませて体重を落とすというのも有効な手段。本番まであと19日。少し気にしてみよう。
ところで昨日の夕方、2年前に大学を卒業した元パフの会員学生の就職相談を受けた。Oさんという美大を卒業した女性なのだが、パフを利用していたのはもう3年前だ。
1年前、新卒で入社した会社を(やむを得ぬ事情で)1年未満で退職し、昨年は新しいステップに向けて、アルバイトをしながら勉強していた。そして、このほど本格的に就職(転職)活動を開始したのだという。
就職活動本格開始に先立ち、まずはパフからのアドバイスを受けたいということで、昨日、パフを訪ねてくれたのだった。
嬉しいことではないか。
Oさんに対してパフが(いまのビジネス領域の中で)できることは限定されているが、出来る限りのアドバイスをして差し上げた。既卒3年未満であり就業経験1年未満でもあるので、国の施策も活用するよう、アドバイスした。
実は(採用の仕事に携わっている社会人であれば)誰にでもできるアドバイスなのだが、このようなアドバイスを身近で受けられる環境が不足しているようだ。いや、環境はある。ハローワークや出身大学などでも相談窓口はある。でも、彼女たちにとっては、心のハードルが高いようなのだ。もっと(気持ち的に)身近で信頼できる相談窓口が必要なのかもしれない。公的サービスではなく、民間サービス(ビジネス)として確立できないものかと思ったりする。
さて、ところで本日は、月に一度の数字と睨めっこする日だ。ドライアイに負けないように、目薬を差しながら、前向きに頑張るのだ。