パフスタッフが綴る何気ない日常。日々感謝をこめて。「パフ・ザ・マジックドラゴン 執務室」

仕事のこだわり

2011年10月31日 (月曜日)

大野からいわれのない紹介をされて困惑している大橋です。。
(いろいろな人がみているのですよ…!)

男性の皆さん、美容室っていかれますか。

私、昔から床屋や美容室が苦手だったのですが、
東京に住み始めてから一年以上通っているお店があります。

そのお店は、

○男性オーナーがひとりで経営している
○時間をかけて丁寧に仕上げてくれる
○これまで話した内容や、これまでの髪型を把握している
(一人ひとり、毎回記録してくれているようです)

偶然にも出身高校が同じで親近感があったということもありますが、
「一人ひとりを大切に」というスタンスが徹底されているところにとても共感を覚えます。

おしゃれにさほど興味のない自分が、おしゃれな空間で、おしゃれな人たちに囲まれ、
髪の毛を切られるというのがなんだかとても居心地が悪く苦手な場所だったのですが、
ここでなら非常にリラックスした気持ちで、仕事のことから恋愛・家族・友だちのことまで
何でも話すことができます。

「世界で、たったひとりのあなたのために」を地でいくオーナー。
いつも癒しと刺激をもらっています。

お客様に対しても会社の同僚に対しても、
そんな仕事を徹底していきたいと思わせくれるひとときなのです。

次は木村にバトンタッチです。

ありきたりな台詞?!

2011年10月28日 (金曜日)

テレビは確かにあまり見ませんが、NHK教育の“オフロスキー”というお兄さん・・おじさん?は気になります。大野です。
——————-

さて最近、学生時代に比べて変わったなぁ~と思うことが増えてきました。

その一つが「『ありがとう』が仕事のやりがいです。」という台詞の受け止め方です。

この台詞って、就職活動時に聞くことが多いですよね。
学生の頃は、説明会等でリアリティ溢れるお話を聞いても

「・・・え?そんなことが!?随分とささやかだなぁ。お礼の言葉なんて日常的に使うし、特別なことではないのに、どうしてそれだけで頑張ることができるのだろう・・・。」

と、不思議でした。

——–

もちろん社会人になると、便宜上のお礼はガシガシ使います。
メールでの挨拶、名刺交換、電話を受けた時、、、1日で使う回数は数え切れません。でも、時々、極まれに、思わず涙ぐんでしまうような『ありがとう』に出会うことがあります。最近、これには共通点があることに気付きました。

「『ありがとう』の言葉を受けた時の感情=その仕事に対する自分の想い」

だということです。

失敗を重ねながらも根気強く取り組んだ仕事、慣れない環境でも、試行錯誤した仕事、
多くの人と一緒に取り組んだ仕事・・・など様々な状況があると思いますが、
とにかく自分の想いが詰まった仕事には魂が宿り、そこにドラマが生まれます。

そのドラマは情熱大陸で放送されることも、プロジェクトXで紹介されることもありません。現時点では、本人しか知らないドラマです。それでも、仕事に対する強い想いが「ありがとう」とつながる瞬間、人は泣けてきちゃうのかもしれません。

——–

学生の皆さんに是非、実践してもらいたいこと!

就職活動時に、「『ありがとう』が仕事のやりがいです。」
と、耳にすることがあれば、「それはなぜですか?」と突っ込んでください。
どこでも放送されていない隠されたドラマが聞き出せる(かも)しれません。

更に!!きっとその回答からは、仕事における、相手(顧客)が誰で、どんな体験(業務)をしていて、どのように心が動くのか(感情)、、ありありと見えてくるはずです。

私のように、「なんだー。よくある台詞だなぁ・・・。」で終わらせてはもったいないです。

では、好きなテレビは“お姉ちゃんがたくさん出ている番組”の大橋にバトンタッチ!(これは内緒です!)

いいね!

2011年10月27日 (木曜日)

10歳まで北海道で生まれ育った岩崎です。
親戚がいるわけではないので、それから2度しか訪れていないのが、
残念で仕方ありません。最近では雪虫が飛び始めたそうです。

近頃、早めに帰宅する日が続いており、一時期よりもテレビを見る機会が多くなりました。
毎週決まった時間に帰宅することができないことも多いため、
必然的に連続ドラマよりもバラエティ番組を見てしまいます。

 

すると、最近の傾向を象徴していると気付いた番組がありました。

 

それは、「ストライクTV」(http://www.tv-asahi.co.jp/striketv/)。
同世代(同年齢)の芸能人が集まり、一人がハマったもの(音楽のことが多い)を
紹介。他の二人もハマるもの="ストライク"を多く集めるという趣旨の番組。
自分と年が離れすぎているとぽかんとしてしまうこともありますが、
近い世代(2~3歳上下)だと、「あぁ~!!」と思わず声を出してしまいます。

 

これって、TwitterのRTやFacebookのいいね!に似ていませんか?

 

 

つまり、自分が共感するものを広めようとする動き。
自分の感性や感覚、意見や思想を表に出して、人に共感をしてもらう。

 

共感してもらうことって、自分が認められたようでとても嬉しくなります。
相手に親近感を覚えるので、仲良くなったり分かり合えたような気になります。
いや、実際そうなのでしょう。

 

そうやって輪を広げていくことはもちろん大切なのですが、
それだけになってしまってはいけないなぁと。
つまりは、自分とは相容れないからといって、その人を嫌ったり憎んだり、
排除してしまうのは違うということ。

根本から自分と異なる人ってたくさんいます。
むしろその方が多いのかもしれません。
だけど、そんな場面に出くわしたとしても、自分の知見を広げるため、
相手を知るチャンスだと思って、真摯に接していくことが、きっとその後の自分に
役に立つのではないかなぁと。

 

共感ばかりを求める世の中って少し危険なのかもしれないな…と。
自戒も含めて、テレビを見ながらぼんやり思ったのでした。

 

明日は、テレビにはあまり興味がなさそうな、大野です。

チームとは

2011年10月26日 (水曜日)

皆さん、こんにちは。東京生まれ(となかなか言われず少しさみしい)の吉川です。

最近、単独で動くことが多い営業職とは違ってチームで仕事をする機会が増えました。ふと、自分のチームづくりやリーダーとしての基礎はどこでつくられたんだろう?と振り返ってみました。

私が、社員の中でも一番長く同じチームメイトとして過ごした仲間は、パフ社員の長崎です。

長崎が入社した直後、「営業第一チーム」という新規開拓中心の営業特攻部隊として、たった二人だけのチームで仕事をすることになりました。

きちんとリーダーとして後輩を育成する責任を担ったのは、その時が初めてだったと記憶しています。

まだ「株式会社パフ」という会社が採用担当の方にほとんど知られていない頃、どんなやり方で営業をしかけるのがよいのか、試行錯誤の日々でした。

今思えば、ハチャメチャな日々でしたが、この二人の営業第一チーム時代が私がリーダーとして一番成長した時だったな、と感じています。

■私が突如、「アポがとれないのは、気合が足りないからだ!」という全く根拠のない根性論を持ち出して、「鉢巻をつけて朝8時からテレアポしよう!」 と提案した時も、「いいですね!」と喜んで実行してくれた長崎。

■夜中、疲れきって気力を失いかけた私に「偉い人の名言集」をおもむろに朗読し、「もっと大きく高い視点で仕事しないと」と元気づけてくれた長崎。

■長崎が大きな提案を前につぶれそうになっていた時に私が書いた「励ましの置手紙」をその後もずっと机に飾ってくれていた長崎。

■私が会社の大イベントに寝坊して遅刻した時、「リーダーたるもの、遅刻は絶対NGです。皆の士気が下がります!」と真正面からおこってくれた長崎。

 

リーダーとしての自信を与え、支え、癒し、
リーダーとしてあるべき姿を一番強く指し示してくれたのは、
後輩の長崎でした。

長崎の「後輩力」ともいうべきすばらしい能力のおかげで私はリーダーを全うできたのだと思います。

以前、あるお客様がチームについてこんな風に語っていました。

「チームというのは、リーダーが引っ張る、メンバーが支えるなんて関係をはじめからつくってはいけない。大波のように幾度となく押し寄せる困難にとにかく一緒に必死に立ち向かい乗り越えていく中で自分たちだけにしか得られないチームワークや仕事のやり方、楽しみが見いだせるものなんだ」

まさに荒波を一緒に乗り越えてくれた長崎のおかげで、私たちらしいチームワークができ、私らしいリーダーの姿というものが習得できたのだと思います。

また荒波を乗り越えた経験が、一生の仲間と思える結束力を生み出し、今では後輩というより良き相談相手という関係です。

今は、会社のメンバー以外にお客様やパートナー企業の方々などより多くの方々とチームワークを発揮しなければならない状況です。後輩力で私を育ててくれた長崎をはじめ、今一緒に働いているすべての方々に感謝をしつつ、チーム作りにさらに磨きをかけたいと思いました!

次は、長崎と同じ北海道生まれの岩崎です。

ブラ。

2011年10月25日 (火曜日)

I野社長とSちゃんの笑顔に救われた保坂です。
電車の中だけでなく、大人らしく、大人しくしなければならないと
深く反省する三十路の秋です。

・・・

運動の秋、食欲の秋、読書の秋、ハイキングの秋、
どれもいまいちイメージに合わない私ですが、散歩は好きです。

遠出はしません、東京の街を歩きます。

東京の街を、ちょっと休憩しながら歩けば、あっという間に1~2時間くらい歩いてしまうものですね。

前にもこのブログで書きましたが、
9月までオフィスがあった築地から東銀座、有楽町、日比谷を抜け、丸の内、大手町の街並みは
それぞれの街が見せる顔がコロコロ変わるところが好きでした。

先日は、わが母校の街、御茶ノ水付近を神田に向けて、歩きました。

よく知っている街ではありますが、久しぶりに歩いてみると新たに気付くこともあります。

神田からみると御茶ノ水は高台にあることに気付きました。
また、神田の街は、新しいオフィスと古いビル、古い家がごちゃっとしていて、
御茶ノ水は、結構すっきりしていることに気付きました(道路整備の結果かな?)

そして、風の吹き方も違うことに気付きました。

 

東京生まれ、東京育ち。
時代はグローバルですが、都会・東京というカントリーに誇りを持って過ごしていきたいと思っています。

・・・

次回は、同じく東京生まれ、東京育ちの吉川です!

ホモサピエンス

2011年10月24日 (月曜日)

こんにちは。保坂とお客様へ訪問した帰り、電車の中で女子高生のように話に花を咲かせていたところ、マングローブ社のI野社長とS村さんに出会ってしまった平原です。女子高生のように、というのは聞こえがよくて、単にうるさかったという状態です・・・恥ずかしい。反省です。

さて、最近、本当にハマっていることがあります。「人類はいかにして誕生し、現在に至るのか。人類史」です。

いわゆる歴史、というものではなく(歴史は最苦手科目の一つ)人類学、考古学、遺伝学、民族学などの混ざり合う領域です。

自分でも不思議なほどハマっているのですが、平原がここ数週間で図書館、雑誌、WEB等で集めた知識の中でも面白いものをいつかをご紹介します。

●46億年前、地球誕生
●40億年前、生命誕生
●500万年前、人類は、チンパンジーと共通の祖先から分岐した。でも当初はほぼチンパンジー。直立二足歩行はするけれど、木にも登る。人類の進化は、全てアフリカにて起こった。アフリカ以外の土地にいたチンパンジーは進化しなかった。
●250年前、食糧がなくなり、それまで草食だった猿人は肉を食べるようになる→高品質エネルギーの獲得→脳の大型化への第一歩!
●200万年前、人類の祖先の数種類が初めてアフリカ大陸を出る!(ジャワ原人や、ネアンデルタール人など。世界に広まるも、絶滅)
●10万年前、現在の人間であるホモサピエンスが誕生。ただし、言語などをつくりあげるのに5万年はかかったのでは。
●5万年前、ホモサピエンス、遂に出アフリカ達成!その一団は、推定150人。たった150人の集団が、その後全世界に広がっていく。(ホモサピエンスの出アフリカは1回のみという説が有力)
●4万5千年~3万年前までは、ヨーロッパでネアンデルタール人とホモサピエンスが共存していた。 当時、ネアンデルタール人はヨーロッパ(寒冷地帯)で暮らして長く、環境に適応して白い肌に金髪だったと思われる。一方、ホモサピエンスは出アフリカから間もなく、肌は黒かった可能性が高い!
●その後、数万年かけて地球全土に分散したホモサピエンスは、それぞれの環境変化に適用しながら、遺伝的浮動の影響も受けながら、それぞれに進化し、現在の多種多様な人種となった。

・ 


初めて人類が誕生してから、ホモサピエンスが誕生するまでの期間、490万年。
ホモサピエンスがアフリカを出るまでに、5万年。
文字が成立し、文献資料で紐解ける歴史は、なんとたったの5000年。
キリスト生まれ、西暦が改まって、2000年。
江戸時代が終わって、144年!!

と、途方もない話をしてしまいましたが、このスピード感、たまらないですよね。今の私たちの生活を当たり前だと思ってしまいがちですが、地球と人類の歴史を見て、改めて奇跡と言える時代に暮らしているのだと痛感します。

その奇跡の時代を作ってきたのは、ホモサピエンスが持つ「どんどん良くする」という、他の動物がもちえない、それまでの人類ももちえなかった改善の能力です。この能力が、私たちを人類絶滅に追い込むことなく、この歴史のスケール感に似合う永続的な発展を果たすことは可能なのでしょうか。

う~ん、想像できない。。。。

今、世の中で言われている「持続可能な社会」づくりは、この人類発展の歴史を眺める目でみると、かなり切羽詰まった課題と言えそうです。

私も切羽詰まった心で「エコ」な人間になろうと思いました。

次は、電車で騒いでしまった事を共に反省した保坂です。

同居人?

2011年10月21日 (金曜日)

こんにちは。

名前の漢字を説明する時に、「『奈良県の奈良』に、
『表彰の彰』に『子どもの子』で、奈良彰子です」と言っている奈良です。

「彰子」という名前は、神主さんにつけていただいた名前です。

将来成功してお金持ちになる名前だそうですが、
残念ながら、まだその兆候はありません。

この先、富豪になる可能性は低そうですが、
人生に悩んだとき、ふっと光が差すように素敵な出会いが訪れるのは、
この名前のおかげなのかな、と思ったりします。

さて、3週間ほど前、花火大会で金魚を掬ってきて、部屋で飼いはじめました。

赤い小さな金魚が3匹、なかなか可愛いです。

最近は私に慣れてきて、仕事が終わって帰ってくると、
パクパクと餌をおねだりしてくるようになりました。

帰り道、金魚が待っていると思うと、うれしくなります。

ずっと一人暮らしをしてきて「一人が気楽だ~」と思っていましたが、
家で待っていてくれる存在というのは、なんだか心が温まりますね。

 

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次は、電車で私の出向先の先輩と出会ったらしい平原です。

出会うべくして、出会うもの

2011年10月20日 (木曜日)

こんにちは。先日、「頑張らないけど、諦めない」と記載されたTシャツを着てジョギングする老紳士を見て、感銘を受けた長崎です。

よくよく考えたら、「頑張ります!」とは簡単に口に出してきました。
学生時代から、社会に出てからも何万回(もしかしたら何億回)も言葉にしてきた気がします。

しかし、「諦めない!」とは、それほど口に出してこなかった気がします。

【頑張る】のは自分ですが、
【諦めない】のは物事や目標に対してなんですよね。

世の中には、「ガンバレニッポン」や「頑張れ東北」なんて言葉が蔓延っていますが、「諦めるな!ニッポン」が正しいのかもしれません。

頑張れ、頑張れ、という個人中心主義から、
諦めるな、という目標中心主義への移行が必要な時期ではないでしょうか。

諦めないためには、頑張るという根性以外にも知恵と工夫が必要ですからね!

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※先月、北海道に帰省した際に函館駅改札前で撮影した垂れ幕です。
  「がんばれ」と「ガンバレ」と「頑張れ」に何か意図がありそうな意味深な垂れ幕。
 

★☆★

毎年、年初に年間目標をたてるのですが、20代後半以降、目標に必ずラインナップするのが「峰不二子化」です。

峰不二子。
なんて甘美な響きでしょう。

身長:167cm
体重:50kg
バスト:99.9cm
ウェスト:55.5cm
ヒップ:88.8cm

という魅惑的なボディ。
そして、大量の悪事を仕掛けるにも関わらず、結局のところ誰からも好かれるという「何をしても許される」キャラクター。

私の永遠の憧れキャラであることは、間違いありません。

何をしても許される。
それは、峰不二子が、皆のことを許しているからなのだろうな、と最近感じ始めています。

許すことによって、自分も許される
認めることによって、自分も認められる
生かすことによって、自分も生かされる

そんな好循環を、ふ~~~じこちゃ~~~んは自然体で生み出しているのでしょう。許すことは簡単ではありません。そして、他人を許すことよりも、自分を許すことの方がもっと難しい。

他人を許し、自分が迷惑をかけ、怒りをかってきた分だけ、将来誰かの役に立つ。pay it forword の生き方を続けることで、自分を許し、誰かを許し、皆に許されることができるのだと、今思っています。

今、いわゆる転機を迎えています。
このタイミングで出会った老紳士と、ずーっと憧れていた峰不二子から、今後の生き方を改めて教わってしまったようです。

頑張らないけど、諦めない。
そして、許すこと。

この2つの言葉を心に刻み、パフで出会った全ての皆さまに心からの感謝と尊敬の意をこめて…

Thank you for the lucky chance to meet you !!!

お次は、おそらく名前の漢字を説明する時に、「『奈良県の奈良』に、『表彰の彰』に『子どもの子』で、奈良彰子です」と説明しているに違いない、奈良です。

三国志に学ぶ人生観 4 陳宮

2011年10月19日 (水曜日)

こんにちは、土田です。

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(以下wikipediaを参考に記述)
天下が動乱の時代に入ると、まず曹操に仕えた。

曹操が徐州の陶謙を攻撃すると、その隙を衝き、陳宮は、陳留太守張邈ともに
反乱を計画し、呂布を盟主として迎え入れた。

その後は、曹操の反撃を受け、下邳に追い込まれる。
陳宮は、局面を打開しようと呂布に献策するなどしたが、
採用されることはなかった。

同年末、呂布配下の侯成、宋憲、魏続が反乱を起こし、
陳宮を捕縛して曹操に寝返った。これにより呂布も戦意を喪失し、
ついに曹操に降伏。呂布、高順らと共に絞殺された。

—————– 

陳宮は、三国志の中でも私が最も好きな人物の一人です。

しかし、今回改めて調べてみると、私の知っている陳宮とはだいぶ違う
陳宮像が浮かび上がってきました・・・
(献策が受け入れられなかったことに対する受け取り方が特に) 

私の好きな陳宮は『蒼天航路』の陳宮です。
純粋戦士・呂布に、これまた純粋な愛をそそぐ、純粋策士陳宮。

曹操を裏切った時は、ただ呂布を担ぎあげただけだったのでしょうが、
下邳の攻防の際には、二人の間には長年連れ添った夫婦のような
空気が漂っていました。

 「今だ!声をあげろ!あげてくれ──!
呂布殿につき従えと声を発しろ!
そうすればここからでも態勢を逆転できるのだ! 
   声をあげてくれ─!」

あのシーンでは、代わりに声をあげたくなりました。

曹操という絶対的・規格外のカリスマに身をゆだねることをあえてせず、
絶対的・規格外の武力を持ちながらも英雄になれない、孤独な戦士呂布に
人生をかける何かを見出し、そして燃え尽きていった陳宮。 

STAR WARSのダース・ヴェイダーにも似たようなものがありますが、
純粋であるが故に、破滅に向かってしまうことが、見ているほうからは
分かっているのに、毎度毎度ドキドキしてしまいます。

三国志随一の破滅型軍師の一人ですが、
アウトローの私としてはいつまでもあこがれの対象です。

次は、長崎です!

 

 

大きい犬

2011年10月18日 (火曜日)

こんにちは。田代です。

私は、幼少期に犬に追いかけまわされ、しまいにはお尻を噛まれるという経験をしてから

大型犬がすっかりトラウマになり、見るだけでソワソワするようになりました。

自然と体が覚えてしまった、拒絶反応。

犬に限らず、誰しもあるはずです。

しかし、苦い思い出は、いつぞや笑い話にかわります。

苦しみほど、後々のすべらない武勇伝になる。

私はそう信じて、いつも苦しいことも前向きに考えるようにしています。

写真は、先日、ソワソワした犬です。

写真

次は土田です。