パフスタッフが綴る何気ない日常。日々感謝をこめて。「パフ・ザ・マジックドラゴン 執務室」

三国志に学ぶ人生観9 荀彧

2012年2月15日 (水曜日)

こんにちは、土田です。

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【荀彧(字:文若)】

若くして「王佐の才」とも称揚され、後漢末の動乱期においては、後漢朝の実

権を握った曹操の下で数々の献策を行い、その覇業を補佐した。しかし、曹操

が後漢朝をないがしろにして自身の栄達を望むようになると、後漢が滅ぶを善

しとしなかったため曹操と対立し、晩年は不遇だった。

 

wikipedia より

———

 

先日、岩波書店が「新卒の応募には社員または著者の紹介状が必要」という発

表を行い「縁故採用を堂々と宣言するのか」と一部から反論があり、話題にな

った。

 

今日紹介する荀彧は、名家の出身で、幅広い人脈を生かし、有能な人物を多く

推挙(要は紹介し、縁故採用)した。

 

主だった人物だけでも、甥(なのに年上)の荀攸をはじめ戯志才、郭嘉、鍾繇、

陳羣、華歆、司馬懿、杜襲、杜畿、辛毘、王朗ら錚々たるメンバー。

(その後、郭嘉が劉曄を、劉曄が満寵を、満寵が呂虔を推挙するという、いわゆる

「芋づる式」の人材囲い込みが行われた) 

 

荀彧による人材基盤構築なしに曹操の勢力拡大はなかったと言っても過言ではない。

 

いまなら「縁故採用・悪の枢軸」としてマスコミにたたかれ、小宮山厚生労働相か

ら調査が入るだろう(笑)

 

———

 

話はそれるのだが、「縁故採用」(岩波書店のケースが「縁故」に当たるのか

はひとまずおいて)は悪いのか?

 

小宮山大臣が長をつとめる厚生労働省による「雇用動向調査」には「転職入職

経路の23.4%が『縁故』」だと書いてある。

 

特に中小企業は、現役従業員から「知り合いでいい人材がいる」という話があ

れば選考を経て採用に至るということが普通にある。

 

実際、パフグループでも縁故採用をした。マジックドラゴン社の坪内は

当社の社外取締役からの紹介で当社と知り合い、また並木は坪内の元同僚。

(選考上の優遇・ひいきは受けていないが)

 

中途では、自社に必要な人間を採用する有効な手段として「縁故」は機能している。

どうしてそれが新卒ではいけないのか?

 

また、現在新卒採用でも、普通に縁故採用はある。

 

にもかかわらず、あたかも縁故採用がないかのように、

「縁故採用など言語道断!」とウソの平等を謳いつつ、陰で縁故採用を行うよりも、

「ウチは社員の紹介状が必要です」と堂々とオープンにしている方がいいに決まっている。

 

新卒採用現場の縁故採用とは?

ビッグクライアントの子息令嬢を「人質」として採用する場合もあれば、親会

社の役員の子が、子会社の選考を受けたり(この場合無条件で内定するケース

は最近どんどん減っている)とレベルの違いはある。が、縁故採用は当たり前

に行われている。

 

教授推薦やリクルーター面談も見方を変えれば縁故採用では?社員の推薦と何

が違うのか?

 

繰り返しになりますが。

そもそも縁故採用と言うのは「息子を雇ってくれないとお前の会社に発注する

のをやめるぞ」という悪質なものでない限り、企業にとっては「自社に合う」

人材を獲得するのに有効な手段なのだ。(中途・新卒にかかわらず)

 

自社の従業員や、長年付き合いのある教授・取引先などは「自分の会社

をよく知っている」信頼できる存在である。採用する側としては、「ウチの

こともよく知っているあの人の紹介なら間違いない」という安心感があるの

だ。

 

立場を濫用したり、権力を笠に着た、悪質なパワハラ系縁故採用と、高い精度

で自社に必要な人材を獲得するための戦略的縁故採用を混同し「縁故採用だ!

キーッ!不平等だ!一律で廃止!」と言う人間の浅はかさには辟易するばかりだ。

 

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荀彧に話を戻す。

 

曹操勢力の礎を強固にした

荀彧でしたが、後年は曹操に疎まれ、失意のうちに亡くなった。

自殺とも言われる。

 

「漢王朝を救い、 国家を安定させるために兵を起こした」という荀彧と

「漢王朝から帝位を奪うべく、曹操を魏公として担ぎあげよう」とした

その他大勢の曹操臣下とが対立してしまったのです。

 

「王佐の才」も、後々トップとビジョンが合わなくなってしまうと、遠ざけら

れ、力を発揮できないまま終わってしまうのですね…

 

次は、坪内です。 

サラリーマン合気道

2012年2月14日 (火曜日)

こんにちは。田代です。

突然ですが、武道の話をします。
皆さんは合気道というスポーツをご存知でしょうか。

合気道というのは
相手の力を利用してより遠くへ投げ飛ばす武道です。

私、箭内道彦さんの「サラリーマン合気道」という言葉が好きです。
これは「自分はこうだ」という個性やこだわりを捨てて、脱力し、
仕事相手の力やその場の空気を自分の力に変えて、実力以上の成果を出す。
というものであります。

先週、私物のi-phoneが完全に調子が悪くなりました。
半年前から画面が割れていたのですが、
むしろ偶然のデザインみたいで愛嬌あっていいかな、なんて思っていましたが、
ボタンを押しても無反応になってしまいました(ぜんぜんスマートじゃないですよね)
ついに、修理しに行くことにしました。

ソフトバンクショップに行ったら「修理は専門店に行ってください」と言われ
専門店に行ったら「全部とっかえるので、バックアップ取ってください」と言われ。
聞く人、行く場所、全部未解決。結局、今日直せなかったのでした。

いやはや、これぞ『たらい回し』。

いや、たらい回しではない。これぞ、サラリーマン合気道の精神。
あっちゃこっちゃ行ってきて、だいぶi-phoneのこと勉強になりました。
分からない時は、相手を信頼し、信頼に乗っかり
どんどんたらい回しにされると、何か楽しくなってくるものです。

困った時は、かっこつけずに、すんなりサラリーマン合気道。
皆さんも時の流れに身を任せるのも、時としてありかもしれません。

次は、土田です。

 

営業という仕事の話_2

2012年2月13日 (月曜日)

こんにちは、高田です。

 

前回に続き、営業の仕事について書いていきます。

 

前回書いたことは以下でした。

 

・営業の持つ役割は社会に欠かせないものである(あった)

・一方、最近できた会社や伸びている会社では、営業がいらないモデルが増えてきている

・お客様は、常に課題を抱えているし、解決方法を探していることには変わりはない

 

 

こんなことは書きました。

今回は、お客様が一体何をしたいのか。つまり、営業に何を求めているのかということから書いていきたいと思います。

 

お客様が求めていること、それは「安く、安全に、簡単に、確実に、自社の課題を解決したい」に尽きると思います。そして、これにより、自社のミッションを達成したいのです。

 

前回も書きましたが、「課題がない」という会社はありません。というか、競合企業が進化している中、現状維持をしていることは後退になりますので、どんな企業も常によりよくなっていく必要があります。

 

だから、自社の課題を発見して、解決していきたいと思っていて、その方法を提供していくために営業が必要なのです。

 

で、お客様の課題を発見したり、提案を行っていく上で、「営業担当」が行ってきた多くのことは、現在では、インターネットやツールによって代替できるようになっているのだと思っています。だからこそ、営業っていらないのではないかと思っているのです。

もっと言えば、インターネットでできることを人が行っているということは、確実にコストを余計にかけているわけです。つまり、お客様にそのコストを負担いただいているわけです。

 

これはお客様への背任行為であると思います。
(お客様の担当者がそれを求めていたとしても、お客様に利益を提供する営業としては、やってはいけないことだと思います)

 

インターネットが代替できることについて、ちょっと例を出してみたいと思います。

 

お客様に説明やヒアリングをさせていただくときに、お客様の会社に行くためのアポをもらうと思います。で、その時に直近2、3日はお互いの予定が合わないとか、または会議室の予定が合わないとかで、訪問が来週になるというようなことがありました。

 

この時代にそのスピード感ってどうなのよ。という感じがしています。

 

これって、skypeをはじめとするビデオチャットツールで行えばいいのではないないでしょうか。

これであれば、お互いがオフィスにいながら実施することができます。

 

あと、そもそも「それは会って話をしなければいけないことなのか」ということもあります。

 

型どおりのサービスの説明は、Webサイトや映像で十分なのではないでしょうか。営業担当の説明よりWebサイトがわかりやすいことって十分にあります。営業はトークの練習をするのであれば、Webサイトの情報を更新した方がいいと思います。

 

また、お客様の情報を聞かせていただき、課題を発見するヒアリングという行為にしてもそうです。

そのヒアリングはわざわざお客様のもとに行って実施しなければいけないのでしょうか。Web上のアンケート等で代替できるのではないでしょうか。

もちろん、お伺いして聞かなければわからないような込み入ったこともあるのも事実です。しかし、その手前のことについては、十分にWebで大体ができると思います。

もっと言えば、込み入った話ですら、必要なのは事実の丹念なヒアリングであり、それは会わなくてもできることなのかもしれません。

 

提案にしてもそうです。インターネットに勝てる提案を本当にしているのかということにもっと自覚的であるべきと思います。

 

 

営業社員の大きな役割に「信頼を得る」という行為があります。

 

Webサイトに書いてあることは信頼できないと思います。僕だってけっこうそうです。または、その企業のこと、営業が言うこと、新しいサービスで、評価が固まっていないものは信頼できないことがあります。だから、課題なんかは教えてくれないし、提案も受け入れてくれません。

 

でも、その信頼を得るという行為ですら、インターネット、ソーシャルメディアや口コミを活用することで、代替が可能なのだと思います。というか、一消費者としては、そっちの方がありがたいなって気がしています。その企業の普段の言動や回りからの評価を見れば、信頼って担保できるのではないでしょうか。営業の人柄や説明よりも、その企業が行っている普段の言動や口コミの方がよっぽど信頼を担保するための情報になると思います。

 

会社は、お客様の信頼を得るために、何度も通うことにコストをかけるのであれば、販売した後のサポートにコストをかけるべきではないかと思います。その方がお客様は幸せになります。

 

もっとインターネット上に商品に関する情報や自社の評価をどんどん公開して、お客様が判断できることはどんどん判断してもらって、コミュニケーションをとるときも、ネットを通じてコミュニケーションしていけば、今よりもっと効率的に効果的になると思います。

 

お客様は、別に営業担当としゃべりたいわけでも、会いたいわけでもないと思います。繰り返しになりますが、「安く、安全に、簡単に、確実に、自社の課題を解決したい」のです。

※もちろん、お客様がしゃべりたくなる営業がいるのも事実だし、それはそれですごいことだと思いますが、本質的ではないと思います。

 

 

営業は終わったのだと思います。

でも、たぶん数十年の単位で現在的な営業は必要とされると思いますし、生き残ると思います。

ただ、それは最先端ではないし、活躍のフィールドは増えることはないと思います。すごい狭い意味でいうと、営業社員の給料は、下降トレンドになっていくと思います。そして、そういう分野には優秀な人は集まらないので、ますます営業という仕事は役に立たないものになっていくのだと思います。

 

一方、僕は営業の本質的な役割や機能がいらないと思っているかというと、今まで営業を行ってきた人たちが用なしになるかというと、実は全然そんなことはないと思っています。

 

また長くなってきたので、続きは次回に。

 

次は、田代です。

 

みなさま、こんにちは。

 

最近 “万歩計” を購入し、

毎日7000歩以上必達 (できれば1万歩を目指す) を目標にしている杉平です。

 

◆ ◆ ◆

 

さて、今日のタイトルは、 “キミに 「ありがとう」 はあるか?!”

当たり前すぎるほど当たり前のこと・・・ですが!

 

先日、とあるレストランで隣に座った3歳くらいの女の子と若いお母さん。

お店の方が、お子さん連れのお客様へのサービスとして、

ちょっとしたオモチャを席にもってきたのですが、

お母さん、当たり前かのように表情も変えず店員の顔を見るでもなく、

そして 「ありがとう」 も言わない!!

 

そして、当然のことながらその女の子も、何も言わずに受け取るだけ。

 

「おおーい、こらーっ!!お母さんしっかりしなさいっ!」 と

心の中で叫ぶこと数回。

 

そのお母さんが大人になるまでに、

周りに叱ってくれる大人はいなかったんだろうか。

かくいう私も、注意する勇気はなく黙っているわけで、ある意味同罪?

などと、考えを巡らせたランチタイムでした。

 

 

「ありがとう」 の語源は、 「有り難し (ありがたし) 」 だといいます。

本来 「有ること」 が 「難い」 こと =  「滅多にない」 とか 「貴重だ」 という意味。

 

誰かに何かしてもらった時に言う 「ありがとう」 は

そんな意味がとてもよくマッチします。

 

でもそれだけじゃなく、

「難」 が 「有ること」 つまり、苦しくツライ時にも 「ありがとう」 と言えるように。

さらに、何でもない日常のものや出来事、自分が生きているっていうことすらも、

「これはとっても奇跡的なことなんだ」 って捉えて、

「ありがとう」 と自然に出てくるような毎日を過ごしたいなと思います。

 

 会社説明会で質問に答えてくれた先輩社員に。

 忙しい中、時間を作ってくれたOBOGに。

 丁寧に予約確認の電話をくれた社員の方に。

 気持ちのよい挨拶で出迎えてくれた受付の方に。

 (たとえ不合格になったとしても) 自分を知ろうと面接してくれた人事の方に。

 相談に乗ってくれたキャリアセンターの職員さんに。

 刺激と情報をくれる就活仲間に。

 期待と応援と発破をかけてくれるお父さんに。

 毎日の掃除洗濯、ご飯をつくってくれるお母さんに。

 

ありがとう、言えてますか?

 

◆ ◆ ◆

 

さて、お次は4月にハーフマラソン出場予定の高田です♪  

 

人事って不思議!

2012年2月9日 (木曜日)

こんにちは、島田です。

歳を取ったおかげで少々のことには動じず、何事も前向きに考えるようになりましたが、学生時代は小心者でした。いや、今も小心者かもしれませんが・・。

 

ところで、実のところを白状しますと、私は採用業務にほとんど携わったことがありません。

私の仕事領域が管理部門系(もちろん人事を除く)とはいえ、人材採用を支援する会社のスタッフとしては失格かもしれません・・(汗)

 

面接で採用される側になったのも1回だけ。

新卒のときだけです。

(転職は何回かしているのですが、すべて「人づて」だったので面接はありませんでした)

 

実は「人事って不思議!」・・と思っています。

 

 

☆ ☆ ☆

 

私が新卒で就職したのは平成4年(1992年)。

今の学生さんには信じられないことでしょうが、当時はバブルの余韻が残る空前絶後の超売り手市場。面接に行けば交通費は支給されましたし、内定を5社以上もらっている学生はザラでした。

 

私はあまり就職活動に熱心なほうではなく、面接マニュアル本のようなものも読まず、素のままで面接を受けていました。

また、ココと思った会社だけ受け、あっちこっち受けに行ったりもしないタイプでした。

今のご時世なら就職に苦労するタイプの学生だったかもしれません。

それでも時代に恵まれていたこともあり、3社ほど内定をいただいていました。

 

就職活動もほぼ終わりを迎えたある日、とあるご縁でそれまで全く興味のなかった業界の会社の面接を受ける機会が現れました。

 

もう何社か内定をもらっていたものの、交通費も出ることだし、見たことのない業界を見てみるのもいいか、という軽い気持ちで面接会場に向かいました。

 

一次面接は2名合同。

私の隣の学生はとてもハキハキしていて、話す内容も立派。

私の目にもとても優秀な学生に映りました。

 

一方の私は、面接対策も何もなく、ホントに素のまま。

当初は全く考えていなかった業界だったこともあり、ろくに業界研究もしていませんでした。

 

面接官の質問に対して、しどろもどろにしか答えられなかった挙句、「最後に何か聞いておきたいことはありませんか?」との問いに、

 

「・・・特にありません。」

 

などと、我ながらトホホな返事。

 

隣の優秀な学生は、私には考えも及ばないような核心に触れた質問をし、面接官も感心して何度も大きく頷いていました。

 

こ、これでは自分は絶対に受からない・・・と私は確信しました。

 

 

やがて面接も終わり、トボトボと会場を出ようとしたそのとき、面接官の私を呼び止める声がしました。

「島田くん、ちょっと待って。二次面接の予定があるから」

 

私はあまりにも意外な呼びかけに、ここでも間の抜けた返事。

「は。私がですか?」

 

 

一緒に面接を受けた優秀な学生は二次面接に進めず、なぜか私はその後の数回の面接を経て採用となりました。

 

今でもあの優秀な学生が採用されずに私が採用されたことが、私には不思議でならないのです。

 

 

私は結局それまでに内定をいただいていた他の会社に断りを入れ、その会社に入社しました。

就職活動の最終局面で面接を開始し、それまでは考えもしなかった業界の会社とご縁があったことも不思議です。

 

 

この経験が「人事って不思議!」なのです。

 

 

☆ ☆ ☆

 

ところで先日、パフ主催のイベントでの海老原嗣生さんの講演で、企業は「優秀な学生」を採用するのではなく、「自社に合う学生」を採用するのだ、というお話を伺いました。

 

そのお話を伺って、あのときの優秀な学生は、たまたまあの会社に「合わなかった」だけで、私はたまたま「合っていた」ということだったのかもしれないと思いました。

 

いや、単に、優秀な人間ばかり採用したのでは面白くないので、中には不出来な奴も入れておこう、という人事の方の思惑だったのかもしれませんが・・。

 

 

人の縁とは本当に不思議なもの。

あの面接官との出会いがなければ、私の人生は全く違ったものになっていたでしょう。

 

人の人生を左右する人事担当者。

しかし彼らは学生の適性を見抜き、自社に合う人材なのかどうかを判断できるという、私にとってはとても不思議に思える、素晴らしい才能を持っているのです。

 

やはり、「人事って不思議!」なのです!

 

 

次は、前回のブログで私と同い年であることを公表してしまった杉平です!

心がけ次第

2012年2月8日 (水曜日)

 こんにちは。
ポジティブ&ガッツフル(?)な木村です。
ガッツフルってなんでしょうか、大橋くん・・・。

さて、「ポジティブ」という言葉をもとに、今日はブログを書こうと思います。

私は、比較的前向きな人間なんだろうと思います。
正直、めちゃくちゃ落ち込むこともありますし、
悩んで動けなくなることも多々あります。

でも、周りからどう見えるかはさておき、
自分では前向きだと思っていますし、そうあろうと心がけています。
そう、書いていて気づきましたが、私は心がけているだけなのです。

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – - - – – – –

大学生のある時のこと。ショックな出来事があり、
「今日は外に出たくない!今日のバイト絶対行かない!」と、
相当落ち込んだ日がありました。

でも、休むわけにもいかず、落ち込んだ気分のままバイトに向かいました。

当時、あるイベントのスタッフの仕事をしていましたが、
その日は“来場者にカードをひたすら配る”というのが、
私に与えられたミッション。

イベントの来場者と言えど、街中で見かける「ビラ配り」や
「ティッシュ配り」のように、道行く人にカードを配る仕事です。

カードを受け取ってもらうために、
 ・何を配っているのかわかってもらう
 ・もらうとメリットがある、と理解してもらう
 ・来場者が受け取りやすいタイミングで、カードを配る
 ・警戒心を解くために、常に笑顔!
ということを心がけて、仕事をしていました。

中でも、笑顔でその仕事をしていたことで、スムーズにカードを
配ることができ、カードを自分からもらいに来る人もいて、
ある程度、貢献できたのではないかと思います。

そして、来場者とのコミュニケーションを笑顔で楽しみ、
「気持ち」まで笑顔になっている自分に気づき、はっ!としました。

時には無理矢理でもいいから、「そうあろう」とすることで、
後から自分の気持ちがついてくることがある。

その時の経験で、私の心がけは大きく変わったと思います。

ポジティブであろうとすること。
笑顔でいようとすること。
自分を作るのは、自分の心がけ次第、なのだと思います。

最近はポジティブも笑顔も不足気味だったので、
心がけ、しっかりやろう、と、自己反省の意味も込めてのブログでしたsun

お次は、前向き人間、即断即決タイプ、と思われる島田です。

隣人のバケツに水をくもう

2012年2月7日 (火曜日)

こんにちは、大橋です。 

さし飲みって、いいですよね。
この間は出向先のとある先輩と二人で日本酒2Lあけてしまいました。。


本日はある本の紹介です。
「心のなかの幸福のバケツ」という本をご存知でしょうか。

この本は現在、出向先の会社のマネジメント層向けの研修の中で
取り上げられている本で、人と関わっていく上で、
とても大切なことを示唆してくれている本なのです。

そろそろエントリーシートなどの選考がスタートしていてもしかしたら、
少し落ち込みがちな人には是非オススメなのです。

以下、本の一節を引用します。

(引用開始)
人は誰でも心にバケツを持っている。他人に何かを言われたり、
されたりするたびに、このバケツの水は増えたり減ったりする。
バケツの水がいっぱいのときは、気分がいい。
バケツが空になった時、気分は最悪だ。
バケツの他に、ひしゃくも持っている。
ひしゃくを使って誰かのバケツに水を注げば―
相手が明るくなるような事を言ったりしたりすれば、自分のバケツにも水がたまる。
逆に、ひしゃくで相手のバケツの水をくみ出せば―
相手を傷つけるような事を言ったりしたりすれば、自分のバケツの水も減る。
なみなみと注がれたカップと同じように、心のバケツに水がいっぱい入っているとき、
人は前向きで意欲にあふれている。バケツに水が一滴、注がれるたびに、
人は強くなり楽観的になる。
逆にバケツが空のときは、後ろ向きで元気がなく、意欲も低下している。
バケツの水をくみ出されるたびに、人は傷つく。
人はみな、日々のあらゆる場面で選択を迫られている。
自分と関わる人の心のバケツに水を注ぐのか、それとも水をくみ出すのか。
これは重要な選択だ。周りの人との関係や生産性、健康、
そして幸福に大きな影響を与える選択なのだ。
(引用おわり)『心のなかの幸福のバケツ』(日本経済新聞出版社)より

選考が始まると、合格か不合格が必ず決まりますよね。
一喜一憂するのが普通だと思います。
合格の通知をもらい、気分がいいときもあれば、
不合格連絡が続き、自信をなくすときだってあると思います。

耐えかねて、誰かに相談してみるも、厳しい一言を言われてしまい、
余計に落ち込んでしまったり。。
(仕事の場面でもよくあります。。。)

誰かに話を、悩みを、愚痴を聞いてほしいとき、誰しもありますよね。
そんなとき、少しだけこの話を思い出してみるといいんじゃないかと思うのです。

この本によると、どうやら、あなたは自らのひしゃくで
相手のバケツを満たすことができるようなのです。
(「そうかも」と思い当たること、ありませんか?)

自分のことでいっぱいいっぱいなときこそ、
相手のバケツにも目をやり、自分が彼/彼女のバケツに水を汲めないか、
少しだけ考えてみるとよいと思うのです。

そして、少しでもいいから、励ましの言葉を投げかけてみてください。
(とても恥ずかしいと思いますが、勇気を出して)

そして、自分のバケツに目を移してみてください。
きっと、そこには何か変化があるはずです。

オンリーポジティブだとしんどくなってしまうと思うのですが、
この先、結果がシビアに出てくる時期です。
こういったことも是非意識してみてください。
(やってみたら、私は、けっこう救われましたよ!)

 

次は、ポジティブ&ガッツフルな木村です!

 

価値を生み続けるということ。

2012年2月5日 (日曜日)

通勤時間は、もっぱら外の景色をじっと見ている大野です。
特に守谷~柏たなか間の、利根川とそれに面する畑の景色は日本百景に入れてもいいぐらいの美しい眺めです。
「寝ている場合じゃないよ!あんた!」と隣の人に声をかけたくなります。

○O。。。。。。。○O。。。。。。。○O。。。。。。。○O。。。。。。。○O。。。。。。。
さて先日、電車に乗った直後、珍しいアナウンスを聞きました。

うろ覚えですが、こんな感じだったと思います。

「左右を確認し空いているドアからご乗車ください。電車が遅れます。」

この「電車が遅れます。」の一言。
大袈裟に恐縮しすぎず、凛とした口調で、事実を伝えていました。お客様は神様という扱いではなく、まるでこの時間の走行を共にする同志ですよと言っているそんなアナウンスだったと思います。

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お客様は大切です。

でもビジネスはビジネスなので、仕事である以上、乗せ放題、おもてなし放題、では破綻して、その素敵なサービスはなくなってしまいます。

正当な価格で、正当なサービスをすることが、会社を存続させる上ではとても大切なこと。

でも、その正当な基準はどこにも書いてありません。

この時は、「電車が遅れます」の一言に好感を抱きましたが、心情が違えば、イラっとしたかもしれませんし、更に人が違えば、性別が違えば、国籍が違えば、きっと反応も全く異なるかもしれません。

基準は人や社会の中にあるのかもしれません。

私もいち営業マンなので、常にお客様と接しています。
この基準てどこだろうと、日々感覚を研ぎ澄まし、バランスをとりながら仕事を進めることが最近は楽しく感じています。
(もちろんそこには苦しみも悩ましさもあるのですが。。。ふふふ。)

全部ひっくるめて、サービスを生み出す側になったときに始めてわかる面白さ、大変さを、この車掌さんの一言から考えた今日この頃です。

○O。。。。。。。○O。。。。。。。○O。。。。。。。○O。。。。。。。○O。。。。。。。

皆さんはこのアナウンスをどう捉えますか?

次は、入社して始めて差し飲みをする予定の大橋です。

久々に思い出したこと。

2012年2月3日 (金曜日)

両親がお酒好きのため、実家には小さい頃からありとあらゆるお酒が
常備してあった岩崎です。しっかり血を受け継いだようです(笑)
でも実は、お酒それ自体というよりは、飲み会の雰囲気が好きなので、
自宅で一人で飲んだりすることはほとんどありません。
(今も飲みきれない赤・白ワインが冷蔵庫で眠っています)

昨年秋に引っ越しをしてから、約2ヶ月が経ちましたが、
当初からまた時間の使い方が大きく変わりました。
少しずつリズムが出来てきたように感じます。

通勤時間は読書タイムになったり(以前は睡眠時間)
日曜日は家事タイムになったり(以前は睡眠時間)

まだまだやりたいことを全部やるには、時間が足りないー!と
悔しくもあるのですが、自分の使い方次第だよなとひしひしと感じます。

時間について、久しぶりに思い出した文章があるので、改めてご紹介します。
(当時はこのブログも「日々是感謝ダイアリー」という名前だった…)

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★時間銀行★

次のような銀行があると、考えてみましょう。
その銀行は、 毎朝あなたの口座へ86,400ドルを振り込んでくれます。
同時に、その口座の残高は毎日ゼロになります。
つまり、86,400ドルの中で,あなたがその日に使い切らなかった金額は
すべて消されてしまいます。
あなただったらどうしますか。
もちろん、毎日86400ドル全額を引き出しますよね。

僕たちは一人一人が同じような銀行を持っています。

それは時間です。

毎朝、あなたに86,400秒が与えられます。
毎晩、あなたが上手く使い切らなかった時間は消されてしまいます。
それは、翌日に繰り越されません。
それは貸し越しできません。
毎日、あなたの為に新しい口座が開かれます。
そして、毎晩、その日の残りは消されてしまいます。
もし、あなたがその日の預金を全て使い切らなければ、
あなたはそれを失ったことになります。

過去にさかのぼることはできません。
あなたは今日与えられた預金のなかから今を生きないといけません。
だから、与えられた時間に最大限の投資をしましょう。
そして、そこから健康、幸せ、成功のために最大の物を引き出しましょう。
時計の針は走り続けてます。今日という日に最大限の物を作り出しましょう。

1年の価値を理解するには、落第した学生に聞いてみるといいでしょう。

1ヶ月の価値を理解するには、未熟児を産んだ母親に聞いてみるといいでしょう。

1週間の価値を理解するには、週間新聞の編集者に聞いてみるといいでしょう。

1時間の価値を理解するには、待ち合わせをしている恋人たちに聞いてみるといいでしょう。

1分の価値を理解するには、電車をちょうど乗り過ごした人に聞いてみるといいでしょう。

1 秒の価値を理解するには、たった今、事故を避けることができた人に聞いてみると
いいでしょう。

10分の1秒の価値を理解するためには、オリンピックで銀メダルに終わってしまった人に
聞いてみるといいでしょう。

だから、あなたの持っている一瞬一瞬を大切にしましょう。

そして、あなたはその時を誰か特別な人と過ごしているのだから、十分に大切にしましょう。

その人は、あなたの時間を使うのに十分ふさわしい人でしょうから。
そして、時は誰も待ってくれないことを覚えましょう。
昨日は、もう過ぎ去ってしまいました。

明日は、まだわからないのです。
今日は与えられるものです。

だから、英語では今をプレゼント(=present)と言います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

次は、通勤時間に何をしているのか気になる大野です。

この前のお休みは、ジムに行ったら、トレーナーのお兄さんが爽やかイケメンで張り切りすぎてしまい、家につくなり貧血になり、その後じっとしていた吉川です。

先日、就職活動中の学生と飲みながら、「社会人の普段の生活」について話をしていました。

話をしていて、学生が抱いている社会人像と一番ギャップがあったのが、
「飲み会での会話」についてでした。

学生たちは、「社会人は、飲みに行ったら上司の愚痴を言ってクダを巻いている」という
イメージしかもっていないそうです。

そこにいた社会人の人たちとは、こんな話をしました。

「確かに、飲み会で愚痴も言う。
だけどそのうち、愚痴言っている人に向かって皆が
『っで、お前はどうする?』って話になるかも。
最終的は『今の現状を打破するために、皆でどうする?』 って
話になるよね~」

学生がとても驚いていたので、私も改めてどうしてだろう?と考えてみました。

仕事って、必ず“成果”をださなきゃいけないもの。
どんなに嫌いな人とでも力を合わせて成果を出すのがお給料を いただいて働くプロフェッショナルというもの。
チームメンバーを愚痴るだけでは、全く成果に繋がらないので、誰かに愚痴を聞いてもらってスッキリした後は、結局「っで、次どうしよう?」って思考になるのだと思います。

思い出せば、私も学生から社会人になって一番ビックリしたことは、「社会人って、意外と熱い!」ということでした。

役職や年齢、意識が高い人ほど、自分のことよりも
「このチームを○○にしたい」とか「この会社を○○にかえる」とか
「この業界を」「日本を」「世界を」・・・と大きな単位で自分のしたいこと、
目指すことを語ることにとても驚きました。

最初は、「なんと夢物語みたいなことを・・・」と思っていましたが、社会で働くと、
自分は小さな存在でも、同じ思いを持った人が集まれば、会社を変えられるし、
会社として大きなことをしかければ、日本や世界までも変えられる、ということが
とても身近に感じられるようになりました。

またそんな仕事に携わった時のワクワクドキドキはスゴイもので、
「好き」とか「嫌い」とか、そんな小さなことはどうでもよくなっていたりします。

学生の皆さん。
今度、家で晩酌中に愚痴ばかり言うご家族がいたら、そこで呆れるのではなくさらに一歩踏み込んで、その愚痴の先にある思いまで聴いてみてください。
きっと、成し遂げたいこと、夢の話にまで行き着くはずです。

社会人の皆さん。
ショックですね。
「学生は社会人は酒飲んだら愚痴しか言わない」と思われているんです!

うん、今後は若者にもっと未来を語ろう!と決意した2月のはじめでした。

明日は、一緒にお酒を飲むと、ついつい飲みすぎてしまう酒豪の岩崎です。