パフスタッフが綴る何気ない日常。日々感謝をこめて。「パフ・ザ・マジックドラゴン 執務室」

おはようございます!ハム石河です。

3月にはいりもる春間際にになってきたはずなのに、あったかくなったり寒くなったりの連続で、体調が芳しくありません。笑
花粉症は持っていないのですが、偏頭痛持ちには辛い気候です。。。

今日は最近見た映画のことについて、書いていきたいと思います。



【いま関ヶ原という途方もない人間喜劇、もしくは悲劇を書くにあたって、どこから手につけたら良いものかとぼんやり苦慮していると、わたしの少年の頃の情景が昼目の夢のように浮かび上がった。ヘンリーミラーは、「今君は何か思っている、その思いついたところから書き出すと良い」と言ったそうだ。そういう具合に話を始めよう。】

この一節から始まる物語。

V6の岡田准一さん主演の映画「関ヶ原」。(公開は2017年。原作は司馬遼太郎さん。

基本的には、西軍・石田三成と島左近からの目線で描かれる、関ヶ原までの歴史小説と言った内容。

「関ヶ原の戦い」を簡単に一言でというと、

家康と三成が秀吉の死後ドンパチやって、のちの覇権を争ったら、味方だと思っていた秀秋に裏切られ、1日で決着ついちゃった!

という感じでしょうか。(雑ですいません。。。)

どうしても「戦さ」という所にフォーカスしてしまいがちなのですが、

しかし、司馬遼太郎さんに言わせてみると「人間喜劇(悲劇)」とのことで。

そう思って観てみると、この物語は『関ヶ原という戦い』にフォーカスした作品のようであって、

実は、その戦いの背後にある『人間関係』あるいは『人心掌握』といった類いをフォーカスした作品という解釈ができるのであります。

天下分け目の戦さを前にして、御家存続に揺れる各大名に揺さぶりをかけ、長い長い年月をかけて関係各所に根回しをし、「コレ!」というタイミングで一気に動く。

家康の人たらしさが垣間見える一方で、

三成はまっすぐすぎるくらい真面目に、家康に挑んでいく。

Historyの語源でもあるHis storyは、勝者の物語というだけあって、

歴史の敗者は悪いように脚色されるのが世の常です。

史実はひとつだけど、その解釈はいろいろ。

これが歴史の難しいところであって、また、面白いところ。その中にあって、この作品は後世に伝わっている、

三成の人となりや秀秋の裏切りとは少し違った視点から描かれているような作品でした。

結構長いですが、見応えはありますよ!

結局のところ、大きな何かを成し遂げようとするならば、1人では絶対にできない。

如何にして味方を集めていくか。

ある者には将来のビジョンを、

ある者には実益を、

そして、ある者には(その人が持つ)三成への憎しみの感情を、

その各々にあった接し方で、人心を掌握していった家康。

打倒家康!復興豊臣!を掲げてきた、三成。

やっぱり相手にあったアプローチで仲間集めをしていかなくては、と再考した出来事でした。

日々の営業にも似たようなものがあるような気がします。

さて、お次は鬼丸さんです!

歴史を紡いでいくということ

2019年2月14日 (木曜日)

おはようございます。ハム石河です。
今週は建国記念の日で月曜が祝日となり、営業日は4日間。とても短く感じています。
先週末はその3連休を使い、愛知県に小旅行へいってきました。

土曜日は、ビックサイトのキャリタスイベント後に、新幹線にとびのって名古屋に向かい、友人と日を越すまで飲み、
日月曜日は、車で東に横断し、大府→豊川→豊橋へと観光。
久しぶりに、動きまくりお金使いまくりの休日でした。

もともとこの小旅行の目的は、「鬼まつり」を見に行くというもので。
この祭り、歴史をさかのぼると1000年以上前の平安時代から執り行われているそう。

***HPより抜粋***

毎年2月10日・11日には、安久美神戸神明社の祭礼、天下の奇祭『鬼祭』が行われます。

このお祭りは、国重要無形民俗文化財のお祭りで、日本建国神話の田楽の舞で豊年と厄除けの祭として約1000年前から毎年行われた尊い神事です。
荒ぶる神の赤鬼が悪戯(いたずら)をするので、武神天狗が懲らしめようと神の前で秘術を尽くし戦い、最後に和解して赤鬼が罪の償いに厄除けのタンキリ飴を撒きながら嵐のごとく境外へ飛び去ります。

多くの神事が行われるが、祭りのクライマックスとなるのは『赤鬼と天狗のからかい』です。
暴れる赤鬼を天狗が退治する無言劇は天狗の勝利となるが、敗北した赤鬼は若衆等と共に、白い粉とタンキリ飴をまき散らし境外に走り出して行きます。
この粉を浴び、タンキリ飴を食べると厄除となり夏病みしないと言われ名物となっています。

*************

1000年以上もの間、こうして歴史や伝統をつないでいるこの事実に圧倒されました。

実は、このお祭りが催される豊橋市、私の祖父の故郷で浅からぬ縁もあったりなのですが(かっこよく言うと、石河家の本丸です)
このところ全然足を運べておらず、という状況があり、、、
裏目的には、本家のお墓参り&親戚一同と会するというのものでもありました。

ただ、その場に親戚があつまると、おじさんおばさんまでは何とか把握できるものの、おおばあちゃんの思い出話が始まると、もう頭の中は飽和状態。笑
「その人誰?」「誰のことを言ってるの?」「今の話とは別の人??」「あっ今の話は、ご近所さんのことね」みたいな感じで。笑
家系図を覚えていくべきでした。。。

おおばあちゃんと話たり本家のお墓参りをしたりする中で、
おおばあちゃんの「兄弟・親族・ご先祖様は大事にせないかんよ」っていう助言をいただき、なかなかに重みのある言葉だったのでした。

親子孫3世代で100年。
とはよく言ったもので、脈々と「家系」という形で歴史が受け継がれており、先の「鬼まつり」と通じる何かを感じた、そんなハム太郎の週末なのでした。

ブログというより、日記になってしまいました。。。

さて、お次は「鬼」つながりの、鬼丸さんです!

やりたいことを為すべきか

2019年1月23日 (水曜日)

おはようございます。ハム石河です。

年はあけましたが、
このところ100×10チャレンジ生の訪問も止まることは知らず気づけばこの半年で30人超受け入れていました。
たった2年の差ではあるけれど、僕らと同じだったこと違ったところとと様々で、就活最前線に立っている学生さんと対話することの意義を改めて感じています。
そんな中で、議題によく上がるのが「やりたいことをすべきか否か」あるいは、「やりたいことを見つけないといけないのか」というテーマです。
正解はないでしょうし、良い悪いでもないと思っているのですが、
先日、東進の林先生の言葉に痛く感動を覚えたので、このブログでシェアをしようと思います。
人は、「できるか否か」で考える人と「やりたいか否か」で考える人がいる。
まず、前者。「できるか否か」で考える人は、自分個人のスキルに依存していると言えるそうです。
(この場合、「自分の中ではできないと思っているけど、周囲から見ると向いている」という意味も含まれている。)
では、後者。「やりたいか否か」で考える人は、外的な環境を内面に取り入れて、それを自分の中で正当化させている、と言えるそうです。
「広告代理店で働きたい!」「キャビンアテンダントになりたい」「社長になりたい!」などのやりたい像もこれに当てはまるそうで。
では仮に、時間軸を200年に戻したとして、それらの仕事や概念がまだなかった時代に、全く同じような事を言えるかというと実はそうではなかったりします。
きっとその時代では、「立派なお侍さんになりたい」とかそんな感じではないでしょうか。
あるいは、アイヌ民族の例などもあるそうで。
ある日本の研究者が、アイヌ民族の族長にインタビューするという機会があったそうです。
研究者「この21世紀の現代、あなたがやりたいことはなんですか?」
族長   「…わしゃ、素手で熊を殺りたい」
研究者「…」
この文化が発展した現代において、アイヌ民族の族長は、素手で熊とやりあうことがやりたいことだと。
もし、外の世界を知るきっかけがあったならば「沖縄へいってみてぇ」なんて言ったかもしれない。
でも、アイヌという特有の文化の中で育ってきた彼だからそこでたこの発言。
きっと彼を取り巻く環境が、彼にそう言わせたんだと僕は思うのです。
つまり、やりたいことは、
自分の外的な環境や身近に関わる人物から受けた影響を、自分自身の中に取り込み、それがやりたいことだと錯覚している
まさにその状態の事を指す、ということなのです。
そう考えると、「やりたいこと」は時代や文化によっていかようにも変化し得えますよね。
一方で「出来ること」はその人個人のスキルに依存するので、時代や文化の影響をつけにくい。
また、社会に出ること(=働くこと)で、否応無しに経験とそれに基づくPDCAをガンガン回していかないといけないので、結果的に、出来ることの「範囲」は広がりをみせていく。
僕自身パフに決めた理由は、実はそんなところにもあったりもしました。
出来ることの範囲を広げていった先に、時代や文化と混じる接点があるはずだと。
それまでに、いろんな武器や装備を蓄えていきたい。
それが叶えられそうだったのが、パフだった。
そういえば先日、
ふるさと就職ネットワークに加盟する若手20名弱で合同研修を受けたのですが、
その講師の方の経歴が「金融機関→人事コンサル→講師」というものでした。
その方から意図があってのキャリアチェンジだというお話をお伺いしたのですが、
「やっぱり未来はどんなふうに広がりを見せるのが、ワカンナイから面白い!」と思ってしまいました笑
さて、明日は
「もう研修を受ける立場じゃなくなった」らしい仕事人・鬼丸さんです!

おはようございます。今日はメリークリスマスですね!
パフのハム太郎・石河です。

2018年も残り1週間となり、いよいよ年の瀬が迫ってきました。
が、まだまだパフには大事なミッションが残っており、私は年末の末までせわしく仕事に打ち込む所存であります。笑

さて、去る12月19日。
パフの大事なお客様のヒトシさんが人事を卒業されることとなり、
パフ社員総出で、採用担当卒業式(飲み会)を催しました。

歴史を遡ること、8年以上前、
タシロさんが書いていたメルマガがきっかけでパフを認知していただき 、
ナガサキさん(もとパフ社員)の助言で
ヨシカワさんが初回訪問に行き
ツチダさん(もとパフ社員)がパフとの口座を開いていただそうです。

ヒトシさん曰く、当初から【パフは「採用の哲学」が共有できる会社かもしれない】という想いがあったとのことでした。

直近でも、私の先輩・イシガミさんや、後輩となる・オカザキさんのパフ入社決意に直接的に関わっていたそうなのです。

おそるべしです。

かくいう私も、実は内定者の頃にはたいへんお世話になった方であります。

私が初めてお会いしたのはパフに入社を決意した1ヶ月後の、大学4年生の6月。
職サークルBookの取材の時でした。

当時は、採用担当と学生という構図での対談記事の取材だったと思います。
正直、なんの話をしたからなんて覚えていないのですが、ただ、こんなにも学生の目線に立って採用を行われている人事の方が世の中には存在するんだ!っという衝撃と感動を覚えたことは今でも鮮明に覚えています。

当時は、パフという会社に内定の承諾をしたものの、
たった20人で採用コンサルをやってるパフって、ほんとに大丈夫なのかなと…と心の隅で思っていた時期でした。

そんな時に、その職サークルBOOKの取材で、
お会いした採用担当の方のうちのおひとりが、ヒトシさんでした。

「もし、パフでお仕事をすることになった時、こんな素敵な採用担当の方とも一緒にお仕事ができるんだ!」と思い、自分の選択は間違ってはいなかったと、心の底から思えたということがあったのです。

そして、ハム太郎(ハム)というあだ名を命名していただいたのも、そうでした。

歌って騒いで笑いあり涙ありの会になり、2次会おわって気がつけば日を跨いでいました。笑

「採用の哲学を共有する」

私はまだまだ哲学の「て」の字も知らない新人かもしれないですが、ゆくゆくは、それを理解し体現できるようになるべしと、決意を新たにした、そんな日でもありました。

さて、お次は鬼丸さんです!

コンサルタントとオオキド博士

2018年12月4日 (火曜日)

おはようございます。ハム石河です。
先日、ニンテンドーSwitchからポケモンの新作ソフト「let’s go ピカチュウ」「let’s go イーブイ」がリリースされました。

携帯のアプリと連動できたり、小さなポケモンを肩に乗せられる仕様になっていたりと評判は上々みたいです。

日本で最も有名なアニメの一つといっても過言ではないと思います。

実は私、毎週末になると学生さんの訪問を受け入れているのですが、
そんなポケモンのことを題材として例え話をしてみると、目を大きく開いて「なるほどー!」といった反応をしてくれるので
本日のブログにてシェアをしようと思った次第です。

「社会貢献がしたいと思っていて、問題解決ができるような仕事に就きたい。だからコンサルタントになりたいのです。」
とある学生さんから相談を受けました。

すごくシンプルでいて、わかりやすい志望動機なのですが、
「問題解決ができる仕事=コンサルタント」という図式は、間違ってはいないけれど合ってもいない、なんとも言えないものだと思います。

「仕事は何かしらのニーズを叶えるために存在しているものだから、どの仕事だって問題解決しているんだよ(コンサルタントに限った話ではない)」
と真正面から話しても、ほとんどの学生さんは半分は理解したというような反応。

そこで、登場するのがオオキド博士で。

まず彼が行なうのは、主人公という初心者トレーナーにポケモンを授けること。
いきなり強いポケモン(例えばリザードン)を授けるのではなくて、扱いやすいポケモン(例えばヒトカゲ)を授けたりします。

この主人公の目標は、殿堂入りすること(最も強いトレーナーになること)なので、パッと強いポケモンを授けた方が手っ取り早いのですが、
強いポケモンほどトレーナーを舐める癖があり、信頼関係がないと「言うこと」を聞いてくれなかったりするのです。

なので、オオキド博士は
まずトレーナーの現状や課題を把握し、(トレーナーとして経験値がない)
叶えたい目標を共有して(でも、いつしかは最も強いトレーナーになりたい)
とを、総合して、あの最初3匹を選択肢として授けているのではないかと。

そして、オオキド博士の仕事はそれだけには止まらず、
時折のトレーナーへのハッピーコールで旅のアドバイスや育て方なんかも共有したりする。
つまり、「ポケモン授けたから終わり!」ではないということ。

別に、オオキド博士はコンサルタントでもないでもない、ただの博士なのですが
コンサルタントっぽいことをやっていて、

コンサルタントだからコンサルタントになるのではなくて
どんな人や職業だとしてもコンサルタントになり得るんだ。

こんな事を、話してみるとすごく納得してくれる反応が返ってきたりで
学生さんには就職の選択肢を広げてほしいなぁと思っている今日この頃なのです。

では最後に、
「ポケモン」とかけまして、「就活のポイント」解きます。
その心は、距離をおいて見(み)ることも大切です。

お後がよろしいようで(笑)

お次は、鬼丸さんです。

仕事が楽しくないのは、誰のせい?

2018年11月13日 (火曜日)

おはようございます。ハム石河です。
顔面蒼白だった10月が終わり、ほんの少しだけ余裕が持ててきたように感じる今日この頃です。

無理してでも運動するとか、お酒に頼るとか、友達とひたすら話すとか、
いろいろ試しながらの毎週末のリフレッシュ施策が功を奏しているようです。。。

 

先日、大学卒業以来はほとんど連絡を取らなかった友人と久しぶりに話す機会がありました。

 

石河「お仕事は順調?」

友人「毎日キレられるけど私は元気です」

石河「コンニャクのようなメンタルを手に入れたんだね(笑)」

友人「そうかな、(笑)とりあえず資格の勉強頑張るわ」

石河「公務員に転向するの、、、?」

 

~~中略~~

 

友人「仕事は、たのしい?」

石河「うーん、どうだろう。9割9分は辛いけど、残りの1分の達成感でなんとかもっている
   ような感じかな」

友人「そうか、、、そういう感じか」
  
  「俺のところは仕事のやり方がマニュアルとかでだいたい決まってるから、、
   毎日ミスしていないかめっちゃ怖いわ」
  
  「楽しくないっす!」

石河「マニュアルがあるっていうのも羨ましいなとは思うけど、そこまでガチっとなら
   辛いね…」

友人「まぁ、頑張りますわ」

 

おおかた、まとめるとこんな感じでした。

 



 

この会話をしたとき、ある一冊の本が頭をよぎりました。

 

「仕事は楽しいかね?」(出版:2001年、デイル・ドーテン)

 

仕事に生き詰まったとあるサラリーマンが、一人の老人に出会い仕事に面白さを見出していくという内容。

 

「試してみることに失敗はない」

「試してみた結果失敗に終わったんじゃない。試すこと自体が欠落していたんだ」

「あらゆるモノを変ええて、さらにもう一度かえること」

「試すことに喜びを見出してくれるといい」

 

といったことが、具体的なエピソードとともに書かれています。
本著の「試す」ということを、僕は「ほんのちょっとだけ工夫してみる」というように解釈しています。

 

『何かを変えることは難しいかもしれない。でも、「試すこと」は簡単である。』
『試してみることを続けた結果、成功するかもしれないし喜びを見いだせるかもしれない』

 

読了後、この本はそんなことを問いかけてくれた気がしました。

 



 

「毎日キレられるけど、、、」

「俺のところは仕事のやり方がマニュアルとかでだいたい決まってるから、、毎日ミスしていないかめっちゃ怖いわ」

 

きっと、このマニュアルは「新人でもできるように標準化したもの」であると同時に(否、それ以上に)
「誰であってもミスを起こさせないようにするもの」であるような気がしてなりませんでした。

 

前者であれば「できないことが前提」であって、後者は「できないことはそもそも想定されていない」

 

仕事柄ミスが許されないというのもあるかもしれないですが、
「マニュアルどうりにすれはミスなくできるんだから、マニュアルどうりにしろよ!」とか
「なんでマニュアルどうりにしないんだ!」とかで、上司の顔を見ながらの仕事になっているのを
想像するのは決して難しいことではないはずです。

 

きっと、仕事そのものが楽しくないわけではなくって、「こうすればできるようになるからやれ」という
自分なりの工夫ができる環境がないがゆえの

 

 

「楽しくないっす!」

 

 

という言葉に表れているように思います。

 

仕事が楽しくないのは、本人だけのせいなのでしょうか。

楽しくする工夫だけならは本人だけでもできるかもしれない。

でも、それを許してくれるほど組織は寛容なのでしょうか
そもそもそれをさせない環境がそこにあるのではないでしょうか。

 

いつか管理職になるかもしれない、将来の自分のために今日のブログを備忘録として残します。
このモヤモヤを忘れないためにも。

 

お次は、鬼丸さんです!

AI面接に物申す。

2018年10月24日 (水曜日)

おはようございます。ハム石河です。

 

クライマックスシリーズの激闘を終え、ホークスが日本シリーズ進出を決めました。(やったね!)

福岡出身の父と広島出身の母を持つ私にとって、ホークスvsカープという今回の日本シリーズの構図はほんとに涙ものです。(ありがとう!)

両軍とも、応援しています。(がんばれ〜!)

 

冒頭部分、(かっこ)を使って、「こころ」の声なるものを表現してみました。
なんか独り言っぽい感じになってしまいました。(笑)

 

さて、その「こころ」ですが、「脳」や「臓器」とは違って、目には決して見えないけれど、でも存在している不思議な存在ですよね。

「こころ」とは「人間が人間らしくあるためのもの」だと、私は勝手に考えてはいます。

 

もしも、「こころ」がなかったら。

 

きっと何かに喜怒哀楽を感じることもないでしょうし、そこから生まれる爆発的な感動もないのかもしれません。
ただ、目の前のことをこなしていっていくだけ。

そうなると、人は自分自身が行なってきたことのその経験則の積み重ねでしか行動ができなくなってしまうのでは、、、とこの頃考えてしまいます。

 

これって、まさしく「AI」のような感じでしょうか。
データ(=過去)の蓄積を基にして、未来を予測したりおすすめをレコメンドしたりといったように。

 

そこには「なぜ」という深い問いがなくって、あるのは「過去そうだったから」というもののみ。
ただ、この予測は往々にして当たらないです。もちろん、技術的な問題ということもあるやもしれませんが、

 

先日、立川市で行なわれた「箱根駅伝予選会」。
AIによる順位予測が、一部のファンやネット界隈で話題になりましたが、「見事おおあたり!」というものはなかったです。
(参照:https://gpscycling.net/wp/9237)
というのも、当日の体調や前日までの調整、レース展開など不確定要素が多かったためだと思います。

AIといえども、不確定な要素も含めた算出するのにはまだまだ難しいようです。。。

何でもかんでもデータ通りというのは、なかなかいかないみたいです。

 

では、話しを戻します。

 

この頃、「AI面接」なるものがあるそうです。もちろん、メリットデメリットもそれぞれあると思います。

でも、「何をもってその学生を採用するかどうか見極めるのか」というのが不透明な気がしていて、まだまだ私には理解が追いついていません。。。

 

合否を出す際に「なぜその学生が受かり、あの学生が落ちたのか」という問いに対して「明確な解」は存在するのでしょうか。
おそらく、「AI面接官がそう判断したから」それ以上の理由なんてないと思います。

たぶん、これで受かった学生はそんなにも嬉しくないだろうし、落ちてしまった学生は「ロボットに見極められるなんて」と思ってしまうのではないでしょうか。

 

どの会社にも「社風」という企業文化があって、それになじめば飛躍的に成長する人もいるでしょうし、なじめなくて腐ってしまう人もいるでしょう。

現状、感覚的に社風をしっている「人間」が選考を行なってもそんな事象が起こっているのに、
ましてや人間ですら言語化されていない社風を「AI」が認知して面接を行なって、ベストな採用ができるのでしょうか。

はたまた、不確定な要素である「社風」、それを含めた算出ができる日は来るのでしょうか。

 

まだまだ先のような気がしますし、

そこにあるのは、きっと、面接の効率化だけ。

 

採用のいきつく先が、そこでいいのでしょうか。

 

なかなか頭が固くて、ついつい偏った見方で考えてしまいます。。。

 

さて、お次は
なんでも器用にこなしてしまう、鬼丸さんです!

おはようございます。ハム石河です。

 

入社して半年が過ぎました。まだまだ自分の力不足を痛感する毎日ですが、「後輩」が入社するまであと半年と思うと、とてもゾッとします。

 

月次のタスク管理や週次のロープレ、日々の振り返りなどなど、チームの先輩・石上さんに負んぶに抱っこな状態なのに、

あと半年もすれば逆の立場になるし、自分自身の経験の棚卸しや言語化もできるようにならねば…!と。否、そんな度量がそもそも僕にはあるのか…!

 

そんなことを考えてしまう今日この頃です。

 

さて、今日のお題は

「なぜ、埼玉西武ライオンズは優勝できたのか」

 

先日から、ライオンズが10年ぶりに優勝したとのことが紙面を賑わせています。

 

「西武特急」や「山賊打線」など様々な愛称が付けられ、シーズン序盤から「今年のライオンズは一味違うぞ」と、そんな雰囲気があったように思います。

私は福岡出身ということもあり、根っからのホークスファンであります。

そのため、かなりの偏見があるやもしれませんが、チーム戦力や層の厚さは12球団No1だと自負しております。

(なぜNoか1を語ると、止まらなくなってしまいそうなので、割愛させていただきます。)

 

そんなホークスが優勝できず、なぜライオンズが優勝できたのか。

 

ライオンズは
1)一年間を通して主力の長期離脱が少なかった
2)昨年から起用し始めた若手の開花
3)投手力がないという弱点を、「打ち勝つ野球」で克服した

 

一方で、ホークスはというと
1)昨シーズンの選手の酷使による、主力の離脱
2)主力の固定化高齢化と、それに代わる若手の台頭が少なかった
3)打線にムラっ気があるという弱点を、「守り勝つ野球」でカバーできなかった

 

私の中では上記の理由で、この2チームの明暗が分かれたと感じています。

 

改めて、
埼玉西武ライオンズさん、優勝おめでとうございます。

 

***

 

話変わって、仕事の世界でも同様のことが言えるのではないかと思っておりして。

 

つまりは、どんなに優秀人が揃っていても、それだけできっと組織は回らないのではと。

 

もちろん好不調の波はあったとしても、長期離脱(怪我や病気)があってしまっては辛いですし、

 

ずっと、若手が負んぶに抱っこで燻っていては組織の底上げには繋がりにくいですし、

 

各々の弱みを、各々の強みでカバーできないと相乗効果が生まれにくいですし。
(昨日のブログで阿久根さんが言っていましたが)

 

「野球」と「ビジネス」目に見える形は違っていても、本質はそこまで変わらないな〜と改めて思った次第です。

 

10月という季節の変わり目で体調を崩しがちなこの頃。
特に、体調管理は気をつけていきましょう!

 

さて、お次は鬼丸さんです。

おはようございます。ハム石河です。

ちょうど1年前の出来事を回想しながら、ブログを執筆していこうと思います。

 

***

 

その日もいつもと変わらない、1日が始まるはずだった。

 

遡ること、ちょうど1年前くらい。
私は当時、青森県は下北半島の横浜町というところにいた。

そもそもの前提からお話しするならば、
あの時の私は、野宿をしながら本州をぐるっと旅をしていた。

前日に本州の最北端に到達し東京まで残り800kmを残し、旅も終盤戦に突入した矢先の出来事だった。

 

***

 

当時の1日のスケジュールは、

あさ、日の出とともに起床。

日中120kmくらい漕ぎ、隣町へ。

食事は現地で調達 or お恵みをいただく。

お風呂の代わりに、コンビニで2リットルの水を買い
人気のないところでその水を浴び、体を洗う。

そして、寝る
(公園、コインランドリー、その辺の軒下、海辺、道の駅、無人駅、その辺に捨ててあるダンボールの上…)

 

きっと今日も、明日も、明後日も、日常が続くと思っていたし、そのことに関しては疑いの余地も全くなかった、

 

はずだった…

 

***

 

9月15日。午前6時30分。青森県下北半島、北端。

 

いつもより少し早く起きて、日光浴をしていたその時、突如として町中にサイレンが鳴り響く。

 

それと同時に、アイフォーンが騒ぎ始める。
『Jアラート』と呼ばれる、気味の悪い警報があたり一帯を覆う。

 

どうやら、北朝鮮からミサイルが発射されたらしい。
前回と同じ起動なら、まさに上空を通過する。

 

防災無線では「地下に逃げろ」とアナウンスされる。

 

野宿なので、もちろんそんな退避場所なんて存在しない。

 

人生で初めて死を悟った瞬間だった。

 

本土上空を通過するまでは10分。
何かの間違いでミサイルが落ちてきたら、間違いなく死ぬ。

 

生きた心地が全くなかった。

 

***

 

人生〇〇時間というけれど、人生100年時代というけれど、
本当にそうなんでしょうか。

 

「ドラえもん」でお馴染み「藤子・F・不二雄」先生の作品で、『ある日』という漫画があります。
(https://m.youtube.com/watch?feature=youtu.be&v=nqB-2dRtulU)

 

ある日、唐突に日常が終わりを告げて来るはずだった「明日」が来なかったら…
そんなこと、明日になってみないとわからないけど、今日が人生最期の1日だっていう可能性だってないわけじゃあないか。

 

***

 

結局、ミサイルは無事(?)に通過し、ことなきを得たのは周知の通り。

 

「もしも今日が人生最期の1日だったらー」

 

自分には何ができるのか。
誰かのお役に立てているのだろうか。
感謝の気持ちをもれなく伝えられているだろうか。

 

最近物騒なことが多くニュースで報道される中、そんなことを考えながら、朝を迎えている今日この頃です。

 

さて、お次は鬼丸さんです!

遠い日の、スナバの思い出

2018年8月22日 (水曜日)

おはようございます!ハム石河です。

 

一人暮らし歴でいうと5年目に突入していますが、オトナな実感値はまだまだな今日この頃です。
今日はコドモの頃の思い出と共にブログを書いていこうと思います。

 

8月も残すところあと10日ほどになり、コドモの頃のこの時期の思い出として思い出すのは、

夏休みの大量の宿題が終わらず、でも自暴自棄になってしまって、結局は、外で遊んだりゲームに興じたりと、とことん現実逃避をしていた時の風景です。

 

(僕以外にも共感してくださる方がいらっしゃれば嬉しいです。笑)

 

僕の場合、その思い出といつも一緒に思い出すのは、近所の公園の大きな滑り台です。
その滑り台というのは、それこそ、その公園を象徴するような立派な滑り台であって、
いつもたくさんの小学生達と遊んでいました。

 

小学校の高学年となると、ある程度悪知恵というものが働き始める年頃にはなるもので、
いろんな悪巧みを悪友と一緒になってやっていました。

 

その一つが、
あの滑り台の、滑りきった一歩目に落とし穴を作るというものでした。

 

始めのうちは、片足が浸かるくらいのライトなものでしたが、
人間幼心にも「欲」は出てくるもので、
できることなら、それはそれは大きな穴を作って、誰かをすっぽりとハメてみたいな、なんて考えたりもするわけで。

 

そうして、どうしたら深い穴を掘ることができるかを思案する日々が始まって行った訳です。

 

おそらく、大きな穴を作ろうとして、
近辺にあっちもこっちも穴を作りまくるってことは、きっとしなくって、
ひたすらに深く深く掘り進めていくというのがセオリーだったと思います。

 

では、なぜそうしてきたのか。

 

当たり前のことですが、

 

深く穴を掘り進めることで、自然とその直径は広がっていくものだったからです。

 

あの遠い日の、スナバの思い出から、
気づけば10年は経っているような気がします。

 

もう穴を掘るようなことはめっきりしなくなりました。

 

ただ場所こそ、スナバからショクバに変わっても、実は変わらないものもあるような気がしています。

 

それは、
「深く穴を掘り進めることで、自然とその穴は広がっていく」という経験則です。

 

自分自身の能力や、誰かの関係性も、
本質は、この一言に帰結するように感じています。

 

例えば、自己啓発。
あれもこれも取り入れ頑張ろうとすると、結局収まりが効かずに、自暴自棄になってしまった!

 

あるいは、人間関係。(お客様との関係性)
人脈構築・販路拡大を狙い、たくさんの方と出会いの機会を持ったものの、広いケド薄い関係性になってしまった!

 

大きな穴を掘るために、あっちにもこっちにも穴を掘りまくっているような状況でしょうか。

 

面倒なことでも、コツコツやっていく。
地道で時には笑われようとも。

 

「狭く深く」ここから始まるストーリーでもいいのではないでしょうか。
ジワっジワと、ジワっジワとその輪を広げていく。

 

もしかしたら遠周りかもしれないけれど、振り返ると、大きな穴になっているかもしれない。

 

そんなことを
あの無邪気なころの懐かしさと一緒に、ふと思い出しました。

 

さて、お次は鬼丸さんです。