パフスタッフが綴る何気ない日常。日々感謝をこめて。「パフ・ザ・マジックドラゴン 執務室」

おはようございます、平原です。確かに大人になると雪って本当に面倒以外の何物でもなくなりますよね。一昨年、妊婦で雪の中二人の子を保育園まで徒歩で連れて行った際にいつも10分の道が1時間近くかかったのを思い出しました、、、恐怖。

 

さて、最近は「入社してから今までを振り返る」というテーマでブログを書いております。
前回は自分で自分に薄利多売のレッテルを貼ってしまったところまで書きました。
今回は予告していた「文章が書けない」ことについて苦しい思い出を振り返ってみようと思います

 

【 2005年4月~2008年(入社1年目から3年目)くらいまで 大の苦手のライティング 】

 

パフの仕事には、大量にライティングの仕事があります。入社当時で言うと、パフの就職応援ページへの掲載をご発注くださったお客様のところへあらためて取材に行き、私たち営業担当が顔出し、名前出しで「顔見世請負人」となのり、そのお客様の本当の素顔を学生に自分の言葉で紹介するという内容でした。内容も「誰に対してどんな価値を提供しているの」「熱き想い」「ウソのない採用」のようなほかのサイトにはない項目で、記事を流用したりリライトしたりすることなく、お客様に改めて取材をさせていただき、原稿を書いていました。

これがもう、しんどくてしんどくて、なんど泣いたかわかりません。

文章のうまい人ってパフにはかなり多くて、同期のタシロは大学時代は新聞部、普段は口下手だけど文章を書くとなったら目をキラキラさせてあっというまに感動する文章を書いてしまいます。上司のイトウさんも当時メルマガをずっと担当していた文章上手でライティング好き。1つ上の代のナガサキさんが書いた大手自動車セットメーカーの紹介記事は、日本を代表する超大手企業であるお客様が自社の紹介文に感動してしまうクオリティでした。これぞ第三者紹介の価値、という外部視点でナガサキさんという一人の人間から見たその企業の魅力を手に取るように切り取っていて本当に何度読んでも心が熱くなったのを覚えています。そもそもクギサキさんの文章が一流で、ついつい読ませる、人を惹きつける、人間臭いライティングをする人なのです。

そんなライティングに長けた人たちの中で、中途半端なものを出せないというプレッシャーを感じながら、1つの記事を書くのに5~6時間かけてしまっていたのではないでしょうか。。。もちろん当時日中にそんな時間は取れませんので、夕方以降、というか苦手な仕事は後ろに回しに回して大抵は深夜に書いていた気がします。

中途半端でも、いまいちでも、もっとさっさか書いて先輩に直してもらえばよかったのに、どうしても最初の一文から完璧なものを書かなくてはと悩んでしまう私。あの頃の「自分には文章が書けない」という苦手意識は本当に強いものでした。

そんな中、私にご発注を下さったあるIT機器の専門商社さんの記事を(これも徹夜で)書いたときに、「IT機器のスタイリストのような会社です」と表現したことを、当時の先輩にも、お客様にもすごく褒めていただき、お客様は「平原さんにこう書いてもらってやっと自分たちの仕事をどうやって伝えればいいのか分かったよ!ありがとう!」と言ってもらうことができました。

文章のうまさは全然いまいちだったはずですが、とにかく自分の頭で理解したことを、自分の言葉でアウトプットすることに価値があるんだなと気づけた瞬間でした。少しだけ、自分にもできるかもと思えたのでした。

とはいえストレスなく文章が書けるようになるまでは3年はかかった気がします。
やっぱり特効薬なんてなくて、それはそれは気の遠くなるほど大量のライティングをして、慣れていくしかなかったのです。このブログも当時から続くわたしの「苦悩仕事」のひとつ(笑)

今は時間はかかりますが、そんなに苦ではないですけどね。

 

次回は「提案書」で苦労した話を書こうと思います!(予告しておくと次回が楽、ということに気が付きました)

 

次回はこれまた文章上手の木村さんです。ライティングのコツ教えて~!

おはようございます、平原です。田代さんの仕事の早さ、クオリティ、こなしているボリューム、本当にすごすぎて目から水が出ます。
田代さんのブログを読んで、その域に全然達してない自分を恥じ、肩を並べられるように努力しなければと気持ちが引き締まりました!

 

さて、最近は「入社してから今までを振り返る」というテーマでブログを書いております。
前回は新人3名を釘崎さんが直轄で指導する虎の穴プロジェクトが始まったところまで書きました。
今回はその続き。

 

【 2005年7~9月 薄利多売のレッテル 】

 

私は就活をしていた時からよく営業向きだと言われました。自分でも初対面の人と話したり、人前でプレゼンすることに抵抗はなく、むしろ結構好きな部類に入ります。
また、当時の主力の商品はパフの就活応援ページというナビに近いもので、パフのナビエントリーを集めたりイベントでエントリー者を集めたりという時代。平原自身がこのサイトをこよなく愛し使っていたコアユーザーだったということもあり、学生視点でサービスのよさを語り、自信を持ってご提案していました。
結果、よくしゃべる私が自分の好きなものを一生懸命提案する、という営業スタイルになってしまっていて、お客様の本当の課題のヒアリングなんてなかなかできていなかったのだな、と今振り返れば思います。が、あの頃の私にはそんなことはわからず。

私の話を聞いて期待してくれたお客様が1年目だけでも先輩からの引き継ぎも含めて10社近くパフの就職応援ページに参画してくださいました。

そんなこんなで私は今思えば割りと順調に受注がありましたが、タシロはなかなか受注がとれずに苦しんでいました。
ところが、そんなタシロが10月下旬(だったかな?)に初受注!それがアウトソーシングも含む、私の案件額の3~4倍ある大型受注でした。
同期の受注を純粋に喜ぶ余裕は当時の私たちにはなく、タシロの為し得た大型受注がひたすらうらやましく、私は薄利多売だと自分で自分にレッテルを貼ってしまったのでした。タシロさんはこの後も社数は多くはないけれど、ガチっと信頼をつかんで丸っと任せてもらうというスタイルの営業が板につき、私はひそかに自分と比較して自信を無くす毎日でした。

素直にタシロに「営業でどんな話してるの?」と聞いてみればよかったのに、当時は同期でほとんど会話がなく、みな自分のことで精いっぱい。ダメダメでした。

このコンプレックスはこのあと3年ほど続きます。
コンプレックス解消までに、採用予算の大半を私に預けてくださったU野さんや、ミーティングで相談に乗るということにお金を出してくださったK木さんなどなど、私の人生に大きな影響を与えてくださったお客様との出会いがあるのですが、それはまた別の回でゆっくり書いていこうと思います。

ちなみにこの頃薄利多売と同時に悩んでいたのは「提案書を書く」ことと、「文章を書く」ということ。話すことは得意でも、文字にするのは超がつくほど苦手。提案書や文章のプロットを書いて肉付けしていくということができず、初めから完璧なものを作ろうとして無駄に莫大な時間を使っていました。次回はこの辺りを書こうかな。

今の若手を見てこんなにいいものがあっという間に書けるようになっていてひたすら「すごい」の一言。
お次はそんな若手を育てまくっている木村さんです。

こんにちは、田代さんの野球ネタを見るたびにそんなに面白いのか~とは思うものの、野球に全く興味がない平原です。

田代さんも書いていただいた通り、最近仕事が回しきれておらずテンテコマイです。

とくにイベント担当なのに準備がぐたぐたで本当に本当に大反省中!

ということで、今日はブログ執筆の時間を削って仕事するため、ブログは釘崎さんを見習って手抜きです。

でも内容はご期待下さい。

今日は、2005年、私たちが入社した年にいきなり1年目社員3名だけで企画から当日の運営まで一切合切を任された伝説のイベント、「就活ひらけゴマ」で公演した寸劇(台本執筆は田代さん)の台本を大公開!

 

就活イベントなのに、終了時に涙する人が複数いた、という心揺さぶるイベントの軸となった寸劇です。さすが田代さんの一言。そして、このマニュアル大魔王役を渾身の演技でやり切ってくれた当日のヨシカワさんとササキさん(東京と大阪で交代制)は今でも瞼に焼き付いています。

 

それでは、お楽しみください!

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「就活ひらけゴマ」寸劇台本

  • 寸劇をやる意義

・パフのイベント特有の雰囲気作り。応援イベントの代名詞。

・「泣き笑い」の一点。イベントのテーマである“愉快化”を寸劇でも表現したい。

・寸劇によって参加者の心を休ませる。プログラム間のつなぎ役。

 

◆伝えたいこと

・マニュアル就活ではなく、もっと自分らしさを大切にしよう。

・就職の手引はマニュアル本ではなく、一人一人が持つ「素直な気持ち」であること。

 

  • シチュエーション設定

2006年――、世間は売り手市場と言われ、ありふれた合同説明会、マニュアル本、対策講座の乱発が相次ぐようになった。そんな世情を受け、学生は「自分らしさ」をすっかり忘れ、知らぬ間に型にはまった退屈な就職活動をするようになった。

この寸劇物語は、そんな就職環境に疑問を持った一人の青年が「就活マニュアル化」の世情を阻止する奮闘振りを描いた作品である。

 

◆登場人物(目星)

・主人公(疑問を持った青年)=タカタ

・主人公の友達役=サクライ

・マニュアル大魔王=ヨシカワ

・マニュアル大魔王のしもべ=イトウ、澤井

 

◆寸劇の内容

2006年、合説の乱発、錯綜する情報、噂やマニュアル本。これはすべてマニュアル大魔王の策略(マニュアルで乗っ取る計画=通称:マニュアっとる計画)だった。この計画を阻止すべく、立ち上がったのがタカタ青年。しかし、タカタ青年の友達はまんまとマニュアル大魔王の手によって退屈な就職活動をしてしまう…。そこでタカタ青年は「就活ひらけゴマ」のプログラムを次々と体験(する流れにする)。プログラムを通じて友達を目覚めさせ、そしてマニュアル大魔王に立ち向かえるパッションを身に付けていく。そしてついにマニュアル大魔王との最終対決までこぎついた!その先にあるものとは…

 

◆進行について

前、中、後の3部構成。プログラムの前に、前振りとして登場させる。司会進行が中心というよりストーリーを展開させながらプログラムが進行していく感じ。もちろん総合司会みたいな存在も一人必要。「答えは次のプログラムにある!」みたいな流れ。

寸劇:第1部(タカタ青年 VS マニュアル大魔王の出会い)…(6分)

 

マニュアル大魔王の登場。学生たちを次々とマニュアル化していく様子を描く。

タカタ青年は友達のマニュアル化された自己紹介を改善すべく、友達理解・紹介の大切さ

を訴える。会が始まる前は、舞台幕は閉まったまま。時間とともにブーというブザーを鳴らし、暗くする(映画が始まるような感じで)

 

<暗転><会場暗くする>

――ブザーが鳴った後、寸劇開始

BGM【スパイの音楽】【CD:B No:14 】

全体マイク:「2006年――、世間は売り手市場と言われ、ありふれた合同説明会、飛び交う噂の数々、マニュアルの乱発が相次ぐようになった。そんな世情を受け、学生は「自分らしさ」をすっかり忘れ、知らぬ間に型にはまった退屈な就職活動をするようになった。これから始まる寸劇は、そんな就職環境に疑問を持った一人の青年と「就活マニュアル化」で日本を征服しようとする悪のマニュアル大魔王との対決を描いた作品である。ちなみにこれから登場する役者たちは、すべてド素人であるパフの社員である。悪しからず。

 

<スポット:タカタ青年>

――タカタ青年舞台下手から登場、スポットの中に入ってくる

 

タカタ青年:

「やぁ、みんな!こんにちは。俺の名前はタカタ。今、就職活動をしている大学3年生。

今大変なんだよ!悪のマニュアル大魔王って奴がさ、就職活動を完全にマニュアル化にし

ようとしているらしいんだ。俺は絶対にマニュアル化なんてさせない!それで、今からマ

ニュアル大魔王を倒しにやってきたんだけれども…どうやらこの扉の向こうにマニュアル

大魔王のアジトがあるらしい。

 

――【幕(緞帳)を開けようとするタカタ青年。しかし一人では開かない垂れ幕】

 

タカタ青年:

「あれ、開かないじゃないか。もしや、暗号が必要なのかな。まさか、ベタだけど「ひら

けゴマ!」とか言ったら開いたりして…、「ひらけゴマ!」

――【ここで緞帳が開く。中には椅子にどっぷり座るマニュアル大魔王と、

そのしもべがいた】

 

タカタ青年:「開いちゃったよ~」

<舞台は明るい>

【BGM】マニュアル大魔王登場【CD:B No:13】緞帳を上げている間。

緞帳が上がり、音楽がフェードアウト

 

マニュアル大魔王:

「おっ、変な奴がやってきたな。ってかよく暗号を解くことができたな。褒めてやる。」

 

タカタ青年:

「あ!お、お前がマニュアル大魔王だな。学生たちを惑わすようなマニュアル化はやめろ!俺がそうはさせないからな!」

 

マニュアル大魔王:

「そうさ。我こそが、悪のマニュアル大魔王だ。俺はな、情報に流され、自分では何もで

きない新社会人をどんどん企業へ送り込み日本の将来を根こそぎ壊滅させたいのじゃ。

つまり、マニュアルで世間を乗っ取る計画、略して…マニュアルで乗っ取る、マニュあ

っとる、『マニュアっ取る計画』じゃ!」

 

――しもべは「マニュアっ取る計画」と書かれた紙をドーンと広げる。

 

タカタ青年:

「なんだ、それは。そんなネーミングセンスもないふざけた計画なんて絶対にさせない!

俺が就活のマニュアル化を防いでやる!」

 

マニュアル大魔王:

「ふふふ、本当にそんなことができると思っているのかな。これを見てみろ。」

(澤井、上手へ)

 

――しもべ(澤井)は上手からマニュアル化されたタカタ青年の友達(サクライ)を連れてくる

おなかに紐をつけている。

 

マニュアル大魔王:

「おい、サクライくん。自己紹介の仕方をこの馬鹿に教えてやってくれないか!」

(タカタ青年を指差しながら)

 

サクライ

「ハイ、大魔王様。私ハ大学時代、少林寺拳法部ニ所属シ日本一ニナリマシタ。

TOEICで900点、ゼミ長モ務メ、ミス早稲田ニモエラバレマシタ。」

 

タカタ青年:

「さ、さ、さくらい~!どうしてそんなウソをつくんだ!!」

マニュアル大魔王:

「どうだ、びびったか。たじろいだか。俺様の手にかかれば、学生たちなんかイチコロでマニュアル化することができる。悔しかったらまずは、このマニュアル化されたキミの友達を元に戻すのが先決なんじゃないのかな??わはははは~。」

 

――マニュアル大魔王たちは上手へと消えていく。

 

タカタ青年:

「くっそ~、俺は負けないからな!まずは俺の友達・サクライを元に戻さなければ!

よし、今日はここにいるイベントに参加してくれた皆と一緒に戦うぞ!」

 

<暗転>

⇒切り返しのBGM【Puff】【CD:  No:  】

 

<舞台明るく>

総合司会(田代・平原)が下手より登場。最初の挨拶スタート

 

寸劇:第2部(マニュアル本ファイヤー)…(4分)

【中盤】

マニュアルにはない自分らしさ、新たな自己紹介の視点を体感したタカタ青年と友達たち。

一度は我にかえるも、面接のマニュアル本バラマキ攻撃によって、ありきたりな就職活

動に戻ってしまう。そこで「人事が本当に知りたいこと」が何なのかを理解すべく、次のプログラム「協賛企業のぶっちゃけトーク」へ移る

⇒「協賛企業ぶっちゃけトーク」以下へ移る

 

 

<暗転>

――舞台下手よりタカタ青年とサクライが一緒に登場

 

タカタ青年:

「いや~、友達理解・紹介ゲームで自分がどんな風に見られているのか、どう伝わっているのかが分かって良かった、良かった。お陰でサクライも正気に戻ったし、本当に良かった。」

 

サクライ:

「いや~本当に良かった。これでマニュアル大魔王の魔の手から逃れられるよ~」

 

BGM【CD:B No:13 】

――舞台上手からマニュアル大魔王が登場する

 

マニュアル大魔王:

「ウエイト、ウエイト!ウエイ~トッ!!(BGMをフェードアウト)その程度で私の『マニュアっとる計画』から逃れられたと思うなよ!よし、あの攻撃を食らわしてやろう。ふふふ…思い知るが良いっ!マニュアル本ファイヤ~!!!」

 

――マニュアル大魔王のしもべが大量のマニュアル本を手に持ち、サクライに渡しまくる。サクライはそのマニュアル本を頭を抑えながらむさぼるように読み尽くす。

 

マニュアル大魔王:

「いいぞ、その調子だ。これでサクライくんはどんどんマニュアル化していくぞ!」

 

タカタ青年:

「そんな馬鹿な!?サクライはさっきのゲームでもとに戻ったはずだ!」

 

マニュアル大魔王:

「馬鹿たれが~。じゃ、試してみようじゃないか。サクライくん、面接の常識を教えてくれないかな?」

 

――サクライ、本を読み終え、カチューシャをつける

 

サクライ:

「ハイ。受ケル会社ハスベテ御社(おんしゃ)トヨビ、一人称ハ私(わたくし)ニシマス。欠点ハ絶対ニ隠シマス!」

 

マニュアル大魔王:

「よ~しよくできた。じゃ、サクライくん。面接で志望度を聞かれたらなんて答えれば正しい?」

 

サクライ:

「ハイ。『何ガ何デモ御社ガ第一志望デス』ト答エマス。」

 

マニュアル大魔王:

「わはっは~、パーフェクッツ!そのまま全ての面接に臨めば面接官はみ~んなだませるのじゃ!じゃ~な、お馬鹿な諸君。じゃ、俺は東京ビッグサイト(大阪ドーム)へ行って、就活生をどんどんマニュアル化しに行ってくるからな」

 

――大魔王としもべ、サクライは、舞台上手へ消えていく。

 

 

タカタ青年:

「くっそ~、またしてもサクライがマニュアル化されてしまった…。でも人事が本当に知りたいことって何だろう??(下に落ちている新聞紙を広げ)おやっ、深夜放送の「就活のから騒ぎ」って番組の収録が今日あるらしい。これは行ってみるしかないな!」

 

――タカタ青年は舞台下手へ消えていく

<暗転>

 

寸劇:第2部(マニュアル本ファイヤー)…(3分)

【後半】

自由交流の後、サライの前。

今までのプログラムによって企業の本音を聞けたタカタ青年たち。そして、いよいよマニュアル大魔王と一騎打ちとなる。マニュアル化の攻撃にも耐え、自らの意志を貫きついに撃破!最後、サライの合唱をタカタ青年が「皆で歌おう!」と掛け声。

⇒田代・平原登場。青年・魔王たち全員で次のサライに移る。

 

 

<暗転><舞台明るくする>

――舞台下手よりタカタ青年・サクライ登場。

 

タカタ青年:

「今日一日、人事の方の本音を聞くことができた。就職活動で大切なのは変に装うのではなく、ありのままの自分でいれば良かったんだ。もう、マニュアル大魔王には負けないぞ!」

 

サクライ:

「そうだ!そうだ!もうマニュアルなんかに流されないわ!」

 

――マニュアル大魔王が上手から登場

 

マニュアル大魔王:

「よく、戻ってこれたなぁ~。俺は今東京ビッグサイト(大阪ドーム)の就活生どもをマニュアル化してきたところだ!あとは小ざかしいお前たちを倒すだけじゃ!」

 

BGM【CD:E No:16 】

 

――タカタ青年、怒りに身を震わせる。ドラムが終わったタイミングで台詞。

タカタ青年:

「お前を倒す!!」

 

マニュアル大魔王:

「馬鹿め~、マニュアル本攻撃じゃ~!それ~」

 

タカタ青年とサクライ: ⇒⇒ 受け取らないでマニュアル本を交わす

「もう、その手には乗らないぞ!」

 

マニュアル大魔王たち:

「なぜだ、なぜマニュアル本を受け取らない。これを暗記すればどんな会社にも内定をもらうことができるんだぞ!」

 

タカタ青年:

「人事担当者さんが本当に聞きたいことは、マニュアル化した答えじゃない。自分らしさ、テクニックではなく、ありのままの自分を出すことなんだ!くらえ~!」

 

――と言ってタカタ青年は着ているスーツをグルグル回して攻撃。

BGMをフェードアウト

 

マニュアル大魔王:

「う~!そんな馬鹿な~ BGM【CD:C No:27(ファンファンファンファンファ~ン、残念でした)】 こんな奴にやられるとは…」

――とその場でしもべと倒れる

 

サクライ:

「タカタくん、やったね!(大喜び)これで世の中をマニュアル化から防ぐことができたよ!」

 

タカタ青年:

「マニュアル化した就活は誰のためにもならないんだ!皆がやるから自分もやるんじゃない。もっと着飾らず、自分の軸を大切にすればいいんだ!」

 

サクライ:

「そうだね!私もウワサ信じていた。み~んなと同じ会社をとりあえず受けていればいいって思っていた。もっと自分の気持ちを素直に表現しよう!」

 

タカタ青年:

「素直な気持ち…な~んか歌を歌いたくなってきたなぁ。よしゃ、じゃ今日ここにいるみんなで歌っちゃおう!」

 

――サライのイントロが流れる。田代・平原が登場。サライの説明、みんなで歌う。

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もう1回やりたいね、コレ!!

 

 

お次は木村さんです。台風でぎっくりしないでね!!!!

おはようございます、平原です。田代さんキャンプすてき~!
向井家は意外とインドア派です。というか、この3連休は絶賛インフルエンザの秋が到来してしまい引きこもっていました。
保育園で予防接種開始前のインフルエンザの大流行。絶対に逃れられない恐怖に追われること3日間。
あっさりと感染しました。と言いつつも、三連休に丸々重なるように発症してくれた娘には感謝です。

さて、最近は「入社してから今までを振り返る」というテーマでブログを書いております。前回までは、入社最初の自力受注を経験したというおはなしでした。

そろそろ詳細が思い出せなくなってきたので、入社1年目の手帳を引っ張り出しました。
指輪物語かと思うほどの厚さ・・・これを持ち歩くってどういう神経?


しかも中身メインがフランス語でぱっと見何月の何曜日なのかわからない。
かっこいい社会人にあこがれたこじらせ大学生の黒歴史ですね。

ところで前回のQ末最終日当日受注の日の手帳を開くと、夜21:00~22:00でチームミーティングが設定されていました。
今見ると吹きますね。パフの黒歴史。

【 2005年7月 虎の穴プロジェクトスタート 】

 

7月に入ると、毎朝8:30~8:45に「虎M」という予定が登場します。
これは、釘崎さん直轄で新人3名を鍛え上げるぞ!という「虎穴に入らずんば虎児を得ずプロジェクト」略して「虎の穴プロジェクト」のM(ミーティング)です。
営業スキルもマインドもまだまだ未熟は新人を、釘崎さんが直々に毎朝詰めまくるという昭和なプロジェクトです。
今日の予定は?目的は?目標は?そのためには?と立て続けに詰められて四苦八苦する、営業同期のタシロとサワイ。
正直、私こういうの嫌いじゃないのです。厳しい環境こそ伸びる、という昭和マインドで生きてきたのでこれはラッキーとウキウキしていたのですが、2人が詰められまくっている横で私は報告をするだけで「はい、平原はオッケー」と軽く終わってしまう。

「え、私のことは育てるつもりないの?」「このミーティングの時間、私にとって何?」となんだか無性にヤキモキして、しばらく後に釘崎さんに「私にもちゃんと指導してください」とせっついたのは忘れられません。釘崎さん的には他の2名と比較して及第点だった?平原にあまり言うこともなかったとのことですが、いちいち噛みついてくる平原が面倒だったことは間違いないでしょう。

 

かまってちゃんなんだな、私。

37歳にしてひたすら黒歴史と向き合うのでした。

 

今日は短いですが、ここまで。

お次は、黒歴史ってありますか?木村さん。

おはようございます、平原です。田代さんのそんなにポイントにハマっていたのですね。わたしも産育休中はポイント意識して過ごすのですが、働きだすと面倒になってどーでもいい生活に戻ります。極端。生活の知恵よりも目先の楽さを優先している今日この頃です。

さて、最近は「入社してから今までを振り返る」というテーマでブログを書いております。前回までは、意外にもしっかり研修してもらい、テレアポ~訪問を経験したというおはなしでした。

 

【 2005年6月 暗中模索の第2Q 】

さてさて、衝撃の初訪問を経て、テレアポ・訪問を繰り返す毎日が始まりました。
私たち新入社員にとっての初めてのQ(クオーター)は当時のパフにとっては第2Q(今とは違って12月末が期末でした)。この時期の商品はほぼ内定者サイト。内定者サイトもまだSNS型のものは市場にでておらず非常にシンプルなものでしたが、パフが業界をリードしていた時代です。第2Qの営業目標として新人におりてきた数字は100万円。ざっと内定者サイト3台分の価格でした。
ちなみに2社既存のお客様を引き継がせてもいただきました。1社は某大手外資系メーカー様。もう1社は国内の独立系メーカー様。
先輩社員が築いてきた関係性を壊さないよう、頑張りたい。でも具体的に自分にできることが分からないというジレンマを抱えながら一生懸命ご訪問させていただいたことを覚えています。
平原の初受注はこの外資系メーカー様。と言っても、例年使ってくださっていた内定者サイトを引き続きお申込みいただいたという内容で、正直平原は全く何も貢献できず。もやもやしていました。
続いて、5月に実施した内定者フォローセミナーにご参加いただいた企業様へフォロー訪問にいくと、内定者サイトの導入をかなり前向きにご検討いただいており、受注。こちらは具体的にご訪問をしたのは私だけだけれども、ほぼセミナーの恩恵。自力受注を感じることはできず、もやもや。
とてもスムーズに聞こえますが、本当は泥沼を歩く毎日。アポがそんなにスムーズに取れるわけでもなく、訪問のない日は恥ずかしさいっぱいで(営業マンは社内にいると恥ずかしい)何とかアポを取ろうと直立したままテレアポしたりしていました。
そして迎えた第2Q営業最終日。忘れもしない朝のチームミーティング。最終日なのにアポもない。

イトウさん「目標あといくら?」
ヒラハラ「○○○円です」
イトウさん「どうやって達成すんの?」
ヒラハラ「今日はアポもなく、達成は無理なので、×××、、、」
イトウさん「え、あと一日今日があるのにあきらめんの?ありえなくない?吉川さんはその場受注したことあるよ?!」
そんな風に発破をかけられ、「ううう・・・」とうなりながら朝からテレアポに励みました。

するとある装飾品メーカーの担当者様につながりました。
「パフと申しまして、内定者サイトのご紹介に上がりたいのですが、、、」
「う~ん、聞いてもいいけど時間ないなあ。今日来れる?」
「は、はい!!!」

Q最終日に当日アポがもらえるなんて・・・!と運命的なものを感じながらご訪問しました。

すると、担当者さまは内定者サイトへの理解は高くなかったものの、お話をしっかりと聞いてくださりその場で質問をたくさんしてくださいました。答えられないものは「ちょっと社内にお電話してもいいですか」と電話してホサカさんやウメキに聞き、気づけば2時間もお打合せをしています。「かなり真剣に検討くださっているな。。。」と思いながら必死に対応していると、担当のKさん(女性、子持ち)が「パフさんちょっと怪しいけど、うん、いいよ。発注する!」とその場で意思決定してくだいました。
「え、あ、あ、あ、ありがとうございます!ああああの、今日がQの最終日なのですが、本日中にお申込書いただけますでしょうか」と言って、持っていた申込書を渡す。
すると「ちょっと待ってて」といいって、上司らしい人と一言二言会話し、印鑑を押した申込書を「はい」とその場で渡してくださいました。

私の営業人生、後にも先にもこんなご発注はこの時だけです。もちろん、私は涙を流しながらスキップして申込書を抱きしめて会社へ戻りました。

Kさんは本当に男前な女性担当者さまで、常に白黒はっきりさせるかっこいい女性でした。あとあとなぜご発注くださったのか聞いたところ「ちょうど内定者のフォローを効率化したいと思っていたタイミングだったし、平原さんがとにかく必死だったからさ」と。自分はいったいどんな顔で営業していたのか怖くなります。Kさん、実は割と早いタイミングで別部署に異動されてしまうのですが、異動後もとてもかわいがってくださり、産休に入られるときにはお手紙までくださいました。「もし仕事が大変でも、周りに文句をいっても何も変わらないよ。環境が変わることを期待するのではなく、自分が変わるんだよ」とメッセージしてくださり、これは今でも私の仕事信条です。

 

最終日、あきらめ気分でテレアポしていたらこんなことは起こらなかったと思います。
朝イチ私の甘い考えに喝を入れてくれたイトウさん、そもそも当日受注という前例を作ってくれていたヨシカワさん、仕事中に何度も質問電話に対応してくれたホサカさん・ウメキ、そしてご発注くださったKさん。みんなに助けてもらいながらも、「自力で受注できた」という経験をして、やっともやもやが晴れたのでした。

たしか、この受注で目標もクリアしたはず、、、(記憶薄いです)

 

今日はこの辺で。
お次は毎日本当に丁寧にチームメンバーと向き合っていて尊敬しかない木村さんです。

おはようございます、平原です。田代さんのカバンの中身、ヤバイですね。私は保育園の送り迎え問題により、少しでもカバンの荷物を減らしたいと考えていますが、PCと営業資料が入るとどうしてもズシっとします。

毎日自転車で家に帰りつく度に「今日も安全に帰って来られた、良かった」とほっとする日々です。

さて、最近は「入社してから今までを振り返る」というテーマでブログを書いております。前回までで入社後伊藤チームに配属された平原。本日は研修~営業スタートの思い出です。

※前回のブログ、メンバーの紹介URLのリンクが設定できていませんでした。
やっと直しました。見たかったのに、という方はこちらどうぞ
https://blog.shokucircle.jp/staff/2019/07/10/9950

 

【 2005年4月 新入社員研修~営業スタート 】

パフには研修なんて1個もないんだろうな、と思って入社した平原。ところが、3日間ほどちゃんとした新人研修を用意してくれていました。釘崎さんがパフについて語ってもらう研修、外部講師によるマナー研修、営業基礎研修、ウメキによるシステム研修(同期に研修をしてもらうナゾ笑 でも内容はすごくわかりやすかった)だったような気がします。

ノートを見れば思い出すのですが、あいまいな記憶です。でも「ちゃんと研修ある!すごい!」と思ったことを鮮明に覚えています。私の会社への期待値低すぎますね。

配属された営業チームの最初のミーティングで、イトウさんが「チームリーダーは立候補で決めます、やりたい人!」と言って、入社数日の私は当然手を挙げなかったのですが「え、立候補しないんだ、平原の積極性ってそんなもんなんだ」的なことを言われたことを覚えています。イトウさん、覚えてます?

さすがに最初からリーダーはできないよ、とは思いましたが、できる可能性のあるところはどんどん前にでなきゃすぐに評価が地に落ちる!と危機感とを抱きました。その後、イトウさんがリーダーになり、平原の営業生活がスタート。

テレアポ研修を受け、「アポが取れたら時間の空いている社員がだれか一緒に行くからね」と指示を受け、早速かけまくる。

学生時代にコールセンターのアルバイトをしたことがあったのが良かったのか電話にさほど抵抗はなく、ラッキーなことに初日に3大出版社の1社からアポをいただくことができました。

意気揚々とイトウさんに報告すると「すごいじゃん!でも誰も予定合わないから一人で行ってね」とのこと。

ま、まじかーーーー!!!!

全く何も知らないまま、初訪問を一人ですることになりました。結果、担当者さんがすごくいい人で、いろいろなお話をお聞かせいただくことができ、その後内定者サイトやHPなどいろいろとご提案させていただける関係になりました。本当にダメダメな状態での訪問だったのにチャンスをいただけて、人事担当者さんって懐深いんだということを最初の訪問で学ばせていただきました。

テレアポといえば、初日に研修を受けてかけ始めたものの、いまいちトークが呑み込めなかった自分は、その日だったか次の日だったかに夜残ってトークスクリプトをフローチャートにしたものを自主的に作りました。

あくまで自分がうまくテレアポできるようにと思ってやったことですが、これを先輩に見せたところすごく褒めてくれて、ほかのメンバーにも展開してくれました。

自分にとって必要だと思うモノを自分で作る。それはきっとほかの誰かの役にも立つ。どんどん共有しよう!私の一番最初の成功体験の思い出です。ナツカシー

 

今日はこの辺で。
お次は 保育園の送り迎え、どうしてる? 木村さんです。

おはようございます、平原です。田代さんオリンピック観戦楽しみですね!
私はオリンピックに全く触れずに過ごしてしまいそうです、、、、

子供とお出かけといえば、一番上の娘が5歳半になり「一緒にショッピング」が
楽しめる年齢になりました。先日も二人で新宿に繰り出し、キャッキャと洋服を
見て、子供服を山盛り買ってしまいました。もうタンスに入りきらないのに、、、

家に帰ったとたん、娘が旦那に「ママ無駄遣いいっぱいしたよ!」と報告していました。

さて、最近は「入社してから今までを振り返る」というテーマでブログを書いて
おります。前回までで希望いっぱいにパフへの入社を選んだ平原。
今回は入社直後です。

【内定期間~入社式】

まず、入社式の前に内定式。私たちの時代、内定式はありませんでした。
当時10名しか社員がいなかったパフでしたので、私も全く期待しておらず
10月1日の夜は家で普通に過ごしていました。
すると、携帯に電話が。
「お~!ひらはら~!内定おめでおう~!入社待ってるぞ~~!」
飲み会真っ最中の先輩方が電話をかけてきてくれたのです。
おいおいそれだけか、と今なら笑うところですが、当時の私はとっても
嬉しかったことを覚えています。

本来なら内定者期間中にインターンシップをして(社員と同じ仕事をして)
少しでも鍛えておかなければいけなかったパフなのですが、私は理系として
過ごす最後の1年を悔いなく研究活動に没頭するため、それをせず。
(確か研究室の夏休みだか何だかに1週間だけ出社したような)
イベントちょこっとお手伝いしたり、社員向けの研修(寺さん研修!)に
参加させてもらったりして入社までの時間を過ごしました。
当時の内定者サイト(元祖PNC)もご用意いただき、それも大喜びで使って
いたので、インターンができていたほかの内定者に比べるとパフとの接点は
少なかったかもしれませんが、パフへの熱が冷めることなく、アッツアツの
状態で入社式を迎えました。

そして4月、待ちに待った入社式!
釘崎さんからひとり一人へ期待を綴った個別のメッセージ、配属チームの
発表、先輩社員全員からの涙ながらのメッセージ。

今思うと入社式で先輩が「大変なこといっぱいあると思うけど…うううっ」と
泣き出すって、「先輩、どんだけ大変な思いしてるんだい!」とツッコミたく
なりますが、私のアツイ心はただ感激するばかりでなぜか一緒に泣きながら
「ガンバリマスっ!」と握手していたのでした。

配属発表~

※「」内は当時のチームリーダーの雰囲気を平原の独断と偏見で一言で書いています。

営業第1チーム「オラー!売るぞ~!」
5年目 ヨシカワさん(リーダー)
3年目 ナガサキさん
同期  タシロ

営業第2チーム「結論から先言って」
4年目 イトウさん(リーダー)
4年目 キミワダさん
ヒラハラ

営業第3チーム「うんうん、わかるよ~そうだよな~」
5年目 タカノリさん(リーダー)
4年目 ムラカミさん
同期  サワイ

システムチーム「暇つぶしに仕事してる」
4年目 ホサカさん(リーダー)
同期  ウメキ

おおお~ わかる人にはわかる、濃ゆい布陣。そして若い。。。。
営業グループをまとめる立場として、社長釘崎さん(当時45歳!)

入社と同時に「顔見せ請負人」という方肩書がついた憧れのアノ名刺を
もらえて嬉しくなり、いよいよパフ生活の幕開けです。

 

※同期メンバーをじっくり紹介したいところですが、まったく話が進まない
ので、釘崎さんが以前書いていたブログを転載します。

ヒラハラ https://www.puff.co.jp/member/column/kugi05/Colkugi_138.html
タシロ https://www.puff.co.jp/member/column/kugi05/Colkugi_139.html
サワイ https://www.puff.co.jp/member/column/kugi05/Colkugi_140.html ※S井として登場
ウメキ https://www.puff.co.jp/member/column/kugi05/Colkugi_137.html

今はサワイ、ウメキはパフを離れているけれど、ウメキとはママ友としても仲良くしているし、
2人とも20周年記念式典にも来てくれたり。サワイ、君はどうやったら連絡が取れるんだい。
今でも私の心を支えてくれている、ありがたい同期です。

今日はこの辺で。
お次は 手足口病流行ってるよね、木村さんです。

おはようございます、平原です。最近本当に睡魔に勝てなくて、今も自宅の床で突っ伏して寝てしまっていました。床で寝てしまったので、体が痛いです(涙)

 

さて、本日からしばらくの間は「入社してから今までを振り返る」というテーマでブログを書いていこうと思います。これを書こうと決めてから、少しずつ今まで何があったか思い出そうとしているのですが、入社1~3年目くらいまでのことは強烈に覚えている割にそれ以降(4年目以降)は時間軸があいまいでいろいろなエピソードが混ざってしまっています。それだけ、入社してからの3年間というのは仕事人生にとって特別な、濃い時間なのだなと痛感します。

 

【入社前 就職活動中】

私は理系(生物系)の学生で、勉強も研究も大好き、将来は研究者になりたいと思って就職活動を始めました。とはいえ生物系の学部生の研究職就職は非常に狭き門。フラスコが持てれば何でもいいやくらいのあきらめも持っていました。

そんな就職活動を始めて割とすぐ、たまたまパフのイベントに参加し、ものすごく心揺さぶられます。

大人って泥臭くてかっこいい。青臭くてちょっと小恥ずかしいような「人として大事なこと」に向き合って語り合える場がある、仲間がいる。まじめで熱くて面白い!

そんな風に感じてパフのイベントファンに。いろいろなイベントに一通り参加し、参加し終わるころにはパフが第一志望になっていました。

正直、営業って何をやるのかさっぱりわからない。イメージもつかない。

それでも社会人の人たちからは「平原は営業に向いている」と言ってもらえるし、私自身「何をやるか」ではなく「誰と、何の目的のためにやるか」のほうがずっと大事だと思うようになっており、パフのビジネスが飲食店経営だったとしても志望していたのではないかと思うほどほれ込んでいました。

 

就職活動について、働くことについて、本音で、まじめに、熱く語れる場を作りたい。

職サークルの考え方、そこに集う人たちは「正義」であり、これを広めたい。

自分のように、職サークルに触れることで働くことへの目が開かれるという学生を増やしたい。

 

当時は就職氷河期の終わりのころ。世はベンチャーブーム真っ盛り。パフは独自の就職ナビを持ち、イベントも多数開催していたこともあり、知名度も一定あり、05年は応募者殺到の人気企業でした。

そんな中パフの内定をもらえたことは、本当にうれしいことでした。

併願していた大手企業(研究職)の選考をあっさりとすべて辞退し、パフへ入社を決めた平原。

熱すぎる想いが空回りし、入社1年目ではGAPの連続を味わうことになります。

 

それではまた次のお話で。

 

お次は、腰、ダイジョウブ? 木村さんです。

あら木村さん、ブログ公開してないじゃない、と思った方。すみません。今日から田代のバトンを受けるのは平原に!と変更していたのです。そしてしょっぱなから落としてしまいました。すみません!!!!

 

改めまして、株式会社パフ2005年入社の平原葉子です。

みなさまご無沙汰しておりました。3回目の産育休を終え、4月末から戻ってまいりました!引き続きよろしくお願いいたします。

 

さて、平原のブログは高尚に書評などしていこうと思っていたのですが、まったく準備ができておりませんで、とりあえず最近自分でも思い出すことが困難になってきた入社から今までを少しずつ振返ってみようと思います。

 

2005年から数えて入社15年目になりました。

もう立派な社会人、中堅社員、おばさんです。

若手社員にも、時間がなくてあまり自分がどんな仕事を経験して今の姿になったのかを話す機会も持てていませんでしたので、それをココで書いてみようと思います。

 

繰り返しますが、まったく準備ができておりませんので、本日はエピソード0ということで「書くよ!」と予告だけして終わります。

てへっ(ペロッ)

 

「ブログ落としてるじゃねーか疑惑」をかけてしまいすみません、次こそは木村さんです!

これで打ち止めです

2018年3月27日 (火曜日)

おはようございます、平原です。
身近な方にはすでにお伝えしていますが、この3月末で3度目の産休をいただくことになりました。
出産は5月下旬、今回は女子のようです。
3度目の帝王切開となりますので、平原の出産はこれで打ち止めです。

もともと子供は3人欲しかったので、計画通りといえば計画通りなのですが、昨年の4月末に復帰してからのこの1年弱は4年ぶりに営業として活動させていただいておりお客様に一番近いところでご提案からサービス履行までメインで動いてきましたので、採用活動がまさに佳境になるこのタイミングでまたドロップアウトしてしまうのはとても心苦しく・・・
ご迷惑をおかけする皆々様、申し訳ございません!!

1年間、2人の子供を保育園に預けながらフルタイムで営業としてどこまでできるか、、、
正直未知数なところがありましたが、本当に良いご縁があり、お客様に恵まれ、今までの社会人人生でも1,2を争う充実した1年間になりました。

・20周年式典もあり、採用担当も兼務させてもらい、改めてパフという恵まれた環境に感謝しました。

・1社1社さんに向き合う時間を長くとれたこともあり、これまで以上に深いお仕事ができたように感じています。

・自分の強みと弱みもよりはっきりし、、、社会人13年目にして、改めて自分の仕事の進め方を見直すタイミングにもなりました。

一方で、数字は積み残してしまっており、思うように残業できないなかで営業と納品のバランスを著しく欠いてしまったと反省も多い年です。

来年復帰するときは5歳、2歳、0歳の3児の母。さーてどこまで何ができるか。
パワーアップして帰ってこられるよう、1年を大切に過ごしたいと思います。

引き続きよろしくお願いいたします!

 

お次は岩崎さんです。