One Hand, One Heart
2019年11月14日 (木曜日)
こんにちは。
急な気温の変化に体調を崩しまくっている大門です。
元々寒いのは苦手、乾燥も苦手、そろそろ口癖が「冬眠したい…」という頃合いな上、年齢的な問題で一度崩れるとなかなか元に戻らない…という今日この頃です。
早く自宅のコタツをセッティングしなければ。
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さて、先日こちらのミュージカルを観劇してきました。
「ウエスト・サイド・ストーリー」(以下WSS)です。
(ご存知ない方はこちら→ウィキペディア)
客席が360度回転するステージアラウンド初体験。
事前に聞いていた「アトラクションみたい!」という話そのまま、すごく没入感のあるステージでした。
(セット転換もスクリーンの使い方もこんなの初めて!映画みたい!と思うこともしばしば)
私がWSSに初めて触れたのは、たぶん中学生の時。吹奏楽部で演奏したWSSのメドレーが作品を知るきっかけでした。
当時の自分には技術的にハードルが高く、くそーって思いながら必死に練習していましたね。中学時代に演奏した曲の中では1・2を争うくらいはっきり記憶のある曲です。
作品全体を観たのは高校生になってから。
音楽の授業で映画版を観ました。2回くらいに分けて全部。
その時に、WSSは「ロミオ&ジュリエット」をベースにしたお話だと教えてもらいましたが、同時に音楽の先生がこんな話をしていました。
「舞台はアメリカになったり、銃が出てきたりしているけれど、一番の違いはマリアが死なないこと。
ジュリエットはロミオの後を追うけれど、マリアはトニーの後を追わない。生きると決めた。
それが、今とそしてこれからの社会を一番反映している」
女性の社会進出や、言い方は正しくないかもしれませんが「女性の社会的な人権」を得はじめているところが、この作品には反映されている、ということだったと思います。
今では当たり前のことが、全然当たり前ではなかった時代。
制作陣がどこまでそれを意図したかは分かりませんが、当時の私にはその先生の言葉がすっと入ってきて、今でもかなりのインパクトを持って残っています。
そして、当時すごく考えたのは、「あのあと、マリアはどういう生き方をしたのだろう?」ということ。
誰かと結婚したのか?元々恋人候補のチノと?全然違う、これから出会う人と?
それともトニーのことを思って独り身を貫いたのか?
ずっとウエストサイドに住み続けたのか?違う場所に移ったのか?国に帰ったのか?
マリアは「しあわせ」になれたのか…?
マリアの「しあわせ」って、そもそもなんだろう…。
もちろん答えは出ませんでしたが、いろんな分岐を考えました。
今思えば、前回のブログで書いた「妄想力」の一部はこの頃既に発動していたのかもしれません。
ちなみに授業ではその後、トニーをホセ・カレーラス、マリアをキリ・テ・カナワが歌い、バーンスタインが指揮をした録音盤のドキュメンタリー映像も見せてもらい、「オペラ歌手が歌うミュージカル」というのも知りました。映画版とはまた違うワクワク感あふれる映像だったことを覚えています。
大人になってから映画版のサントラを買い、有名なナンバー「Maria」や「Tonight」より、「Somewhere」や「One Hand, One Heart」に涙するようになり。
来日公演を知って観に行きたい!でもお金やスケジュールのタイミングが合わない!と思っていたら…
日本人キャスト版の主役トニーに、推し(声のお仕事する人)が選ばれて…!
いつかナマの舞台で観たいと思っていた作品の主役を推しがやる!
観に行かないなんて選択肢はない!
ということで、行ってまいりました。
顔をぐしゃぐしゃにして泣きました。
お芝居も歌も皆さんほんとにほんとによかったし(トニーめちゃくちゃカッコよかった!予想の斜め上をいくお芝居に心ガッツリ掴まれました。推しててよかった!)、冒頭にも書いたように会場の演出による没入感も相俟って、涙も鼻水も止まらなくなるという(苦笑)。
ストーリーを知っているからこそ、特に後半は涙がとめどなく出てくる出てくる。
一緒にいった友人と二人で泣きながら会場をあとにしました。
そして少し落ち着いてきた今日この頃、私はまた「妄想」しています。
マリアのその後の人生と、ほんの一瞬だけど強い輝きを残した、マリアとトニーのしあわせな時間を。
お次は阿久根さんです。