パフスタッフが綴る何気ない日常。日々感謝をこめて。「パフ・ザ・マジックドラゴン 執務室」

本日お休みいただきます

2019年11月25日 (月曜日)

B’zはもちろん大好きです。この世代で、歌えない人はいないのでは。。。
ということはおいておいて、珍しく、私用で有給休暇をいただき、旅行に出ているホサカです。

・・・

週末土曜日から、恒例の(静岡県)清水旅行に出かけております。
パフでは、社員旅行ではなく、有志による旅行企画が年2~3回あります。
私は皆勤ではありませんが、年1回の清水旅行には必ず言っております。

2016年秋から4回目の清水旅行。

今年は、釘さんはじめ、取締役3名が全員参加。9名宿泊組+ゲスト5名の参戦です!
が、たぶんこの話は、釘さんブログに書かれると思うので、私は書きません。

清水1泊のあと、さらなる有志4名(私含む)は、さらなる企画を計画していました。
それが、富山への旅行です。

大変お世話になった方が、富山にて新しいキャリアを歩んでいらっしゃり、
その方にお会いしに、富山に行くぞー!とアユさんと企画したのでした。

運転手としての参戦を快諾出てくれた、元社員のミゾブチくん。
富山に行きたい!と、手を挙げてくれたサトミさんと4人で、
24日朝8時静岡県・興津を出発し、富山を目指したのでした。

富山市内に着いたのは、夜18時半。
移動10時間の長旅でした(途中、2か所の観光含む)
いやーーー。疲れました笑。

そんな疲れを吹っ飛ばしてくれた、富山の空気と食事と、富山旅行のゲスト3名。

前出のお世話になった方だけでなく、
東京の就活イベントで偶然出会って仲良くなった富山大学の学生2名にも参加してもらい
富山の夜を満喫したのでした。

新しい土地へ出かけると、
新たな出会いがある。

だからこそ、新しい出会いを求めて、
新しいことにチャレンジする。

そして、出会った、ヒト・コト・モノをひとつづつ大切にする。

そういうことが、仕事・プライベート関係なく、
大切だな、と思った週末でした。

で、本日25日(月)有給休暇をいただきますので、みなさま、ご容赦ください。

富山をもう少し楽しみ、東京に帰ります!
(旅行の模様は、Facebookに投稿しているので、ご興味があれば、お時間あるときにご覧ください)

・・・

次回の清水旅行は来てね!タシロさんです。

ヒットはどこから生まれる?

2019年11月22日 (金曜日)

皆さん、こんにちは。吉川です。

サトミンのスポーツに触れて、楽しい!で終わらせずに、なんのためにあるのか?まで深掘りする思考いいですねぇ。
誘われたのに行けなくて残念!!

さて先日、学生の頃パフでインターンシップをしていた若手社会人くんと飲んでいました。

流れでカラオケで歌う曲の話になって、彼が「B’z」が好き!という話になり、
20代で「B’z」好きって珍しいね。いや、母がファンで…。そだよね。みたいな会話になりました。

その中で一番錘祖買ったのは、彼から聞いた「B’zの稲葉さんの名言エピソード」。

 NHKスペシャル「メガヒットの秘密 20年目のB’z」という番組のインタビューの一説。

 
 Q.稲葉さんは、アーティストですか?それともミュージシャンですか?

 「僕の中の意識はあまりアーティストっていうのもないし、
実はミュージシャンという意識もあんまり実はないですね、
まして音楽家というのもあまりないですね」

 Q.じゃ、稲葉さんは何ですか?

 「B’zのシンガーですね」

お~。痺れる!さすがイケメン!!

その話を聞いて、いろいろ調べていたら、その後、こんな話もあったらしいです。

 インタビュアーから「B’zはなぜヒットするのか?」と聞かれたとき。

 松本さんが「感覚だよね」と話す一方、
 稲葉さんは「手を抜いていないこと」と答えたそう。

私の勝手な解釈としては、自分のやりたいことをとことん追求してきたら勝手に結果がついてきた。
こうなりたい。ああなりたい。と目標を掲げてそれを達成した喜びよりも、とことん自分のやりたいことを追求した結果出てきた言葉なのかな、と。

あ~、カッコいい!!

人の評価は必ず周りがするものですが、周りからの評価を気にして考えや行動を起こしている人よりも、自分のこだわりや目指すものを見据えて行動を起こしいてる人の方が、多くの人の心を動かすのかな、と最近よく思うことがあります。

口だけでああするこうする!と言って何もしない。
自分の置かれた立場に満足して新たなチャレンジをしない。

そんな人にならないようにしよう。
もっともっと中から磨かないとな、と思いました。

さて来週は、カラオケで、一緒にB’zを熱唱してくれるホサカです。

おはようございます。にわか野球ファンになったサトミンです。

先週、WBSCプレミア12の試合を観に行ってきました。(写真の上げ方分からず、なしですみません。)

観たのはアメリカ戦。初東京ドーム、初プロスポーツ試合生観戦で、テンション上がりまくり!!
その予選で応援を楽しんだ結果、なんと決勝も観に行き、今デスクには大会公式ボールが飾ってあります。完全なにわかです。
パフの野球ファンの方々の会話を盗み聞きしながら、学んでいきたいと思います(笑)。
チケットを取っていただいた保坂さん、ありがとうございました!

今回のように侍ジャパンが優勝したり、先日はラグビー日本代表が快進撃をみせていたり、そういうことがあると、「スポーツで日本に元気を」とか言われますよね。もちろん、それが悪いとかじゃなくて。

ちょうど先日、野球枠の採用をご担当されている担当者の方にお会いしたり、それをキッカケに企業のスポーツチームに就職した友人のことを思い出したりして、企業チーム?実業団?プロと何が違うの?などなど調べてみました。

企業が実業団を持つことの始まりは、 社員のための福利厚生でした。それが現在では、社外的にはスポーツを通じて社会・地域貢献することが企業のイメージを上げる(広告宣伝効果)と考え、社内的には社員の士気高揚・一体感の醸成や同僚間相互効果などを目的としていることが多いようです。(参考:企業がスポーツチームを持つべきか

しかしながら、プロスポーツの視聴が容易になったことから企業スポーツへの関心が薄れ企業宣伝効果がなくなった、もう少し広く日本としての視点で見ると、選手のレベルの底上げにつながる(独占してしまうというデメリットも)、などなどなどいろいろ現状や課題や展望など大量に出てきて、2時間ほど調べまくってしまいました。

前置きから長くなってしまったのですが、実業団がどうとか言いたいわけではなくて(笑)、シンプルにその人たちはどういうモチベーションで仕事とスポーツをやっているのだろうと、とても疑問に思ったのです。
実業団に所属する選手においても、プロにおいても。

所属する会社(やスポンサー)への忠誠心?
プロ(もしくはもっと上)に行きたいという気持ち?(それなら仕事なんて本当はしたくない?)
お金のため?
そのスポーツをもっと世の中の人に知ってもらいたい/好きになってもらいたいから?
日本(あるいは世界)を元気にしたいから?
そのスポーツが好きだから?
家族のため?

極端な例も書きましたが、なんだか、今自分が仕事をしてお金がもらえるという仕組みと全然かけ離れたところにあるような気がして、とっっっても不思議に思ったのです。
答えはもちろんありませんし、ひとくくりに選手と言ってしまうのも失礼なくらい、皆さんがいろんな思いを抱えてされているんだと思います。

自分のいる場所ではない世界を想像するのは面白いですね。

読者の方々の中にそんな経験をされた方や、身近にいらっしゃる方、ぜひ体験談を教えてください。
(私も、ほとんど話したことのないその同級生に連絡、してみよう、かな、、、??)

お次は、今週末清水エスパルスの試合を一緒に観に行く、吉川さんです!

できるようになりたくないこと

2019年11月20日 (水曜日)

鬼丸さん、恐縮です…ありがとうございます!
実は先週金曜日の阿久根さんのブログに、心ぐわしぃっ…!と掴まれた岡崎です。
勝手ながら、阿久根さんの感性や繊細さ、解釈の仕方や表現などが大好きです。
あ、もちろん阿久根さんも大好きです!

さてさて。
昨日は珍しくブログ当番を忘れており深夜に用意しているので、いつか使えるかなとメモ帳に書いていたネタからおひとつ。笑
今日は、私が社会人になって、できるようになりたくないことについて書きます!

ジェネラリストもスペシャリストも、何かが「デキる」人、社会人って、言いようもなくかっこいいですよね。

私もできるようになりたいこと、山ほどあります。
バイク乗れるようになりたい、切り替え上手になりたい、算数できるようになりたい(?)。

でも社会人になって様々な方と出会うなかで、この人ものすごく優秀なんだろうなーと思いつつも、全然なりたいと思わない、憧れる気持ちが沸いてこない人もなかにはいたりしました。

「あれ、この人超「デキる人」のはずなのに、この冷めた気持ちはなんだろう 」
そう思ったとき、「こうなりたい」と思う像のなかには、「これができない人」という要素もあるのではないか、と思うようになったのです。

人材要件の定義に使う、「必須要件」「優秀要件」「ネガティブ要件」「不問要件」以外に、「不能要件」(これはできないことが望ましい)があったらちょっと面白いな、とも思いました。

例を挙げるならば、私にとっての憧れる人は、「繕えない」「嘘つけない」「迎合できない」という要素があります。

あとは、「大人になりきれない」「夢を捨てきれない」「好きなこと辞められない」ことも、とても重要な要素です。

他には、一見ネガティブにしか見えない、「人の言葉に耳を傾けられない」「常識がない」「うまくやれない」という要素も、本当は場面によってはとっても役に立つ、素晴らしい要素かもしれない、と個人的には思います。

またよく就活生は、自己PRを製作する段階で、「短所も言い換えれば長所になる!」みたいな回りくどいことをさせられます。
バカなんじゃない、伸び代があるんだ!みたいな。

でもそんなことしなくても、ストレートに「こんな短所ある人求めます!あなたうちに合ってます!あなたのそのコンプレックス、うちにとっては蜜の味」なんてことが言えたら、なんか楽しいですよね。

それどころか。
なんでそれを短所とみなされなくちゃいけないの?なんてこともあったりします。

別に「集団にうまく馴染めない」を「自立している」なんて言い換えなくても、「集団にうまく馴染めない」まんまで長所ととってもいいのではないでしょうか?

例えば、集団にうまく馴染めない人にとって、あまりに集団にうまく馴染む人は、そんなに身近に感じられません。
だからもし、集団に馴染みづらい人たちが、微妙な距離感を保ってうまく回っている組織があるなら、集団に馴染みづらい人が入ってきた方が、よっぽど「馴染む」とは思いませんか?

話があっちゃこっちゃ飛びました。

最初のテーマに戻りますと、私ができるようになりたくないことは次のようなことです。
「口でうまく乗せてやる気にさせる」
「納得してないことを納得したフリをする」
「その場だけうまくやるために誤魔化す」

賛否両論ありますよね。
多分、これができてこそ、できる営業マンになるんだ!という要素もあると思います。
でもそうしたら私は、デキる営業マンになんか欠片もなりたくありません。
そんなデキる営業マン、憧れません。
きっと、今でも会社が違えば、そんな訳分からんワガママ許されないんだろう、とは思うのですが。

とまあ、こんな啖呵を切ってしまいましたが、いざお客様の前に出ると、緊張と「真面目な岡崎さん」が顔をだして、Theなんの面白味もない人になっておる新人です。
はっ!気づけばあと数ヶ月しか、新人ですと言えない!

衝撃の事実に気づいてしまったところで。

お次は、笑顔がはじける愛媛っ子、さとみん!

文化財の魅力に触れる

2019年11月19日 (火曜日)

11月前半まで美味しいイベントが多く、すっかりダイエットから後退してしまった鬼丸です。

年内(年度内)には目標体重を達成できるよう、年内は節制を心がけます。

 

さて、先日東京国立博物館にて行われていた正倉院展に行ってきました。

元々国文学科で古典好き、博物館は大好きなのですが東京国立博物館は初めての来館でした(^-^;

正倉院に保管された宝物はどの博物館で見るよりも保存状態がよく光り輝き、また私自身は平安文学が好きなのですが、飛鳥~奈良時代の文化財があそこまでシャレたデザインで美しいと知り、心底感動しました!!

聖武天皇の直筆の書簡もほぼ虫食いもなくそのまま、見に来ていた小学生も「すげー!聖武天皇の直筆の書物が見れるなんて!」と大興奮していました。

(聖武天皇フリークの小学生が多かったのも話を聞いていて面白かったです。)

国宝という国宝は正倉院に保管していたらよかったのになと考えてしまいました。

そもそも正倉院自体が素晴らしい建造物なので、機会があればぜひ奈良の正倉院展に行きたいと思います。

 

そんな中でさらに気付きが合ったことは、テーマ展示の「日本の考古」を見たことです。

直近まで熊本は玉名エリアで仕事をする機会が多く、江田船山古墳公園で休憩していたのですが、今回の展示では江田船山古墳発掘の品が大量に展示されており、東京での思わぬ邂逅に感慨深いものがありました。

思い返すと地方で仕事をする時には必ず目ぼしい遺跡や古墳を見つけて歴史資料館に足を延ばしていました。

歴史資料館は無料で開放されている所も多く、ぼーっと古墳を眺めたり、設置されているその地方文化財クイズなどをやってその土地の歴史を学んだり、全然飽きずに何時間でも過ごせてしまいます。

丸みを帯びた愛らしいフォルムの埴輪と無造作に置かれた甕棺が無性に大好きで、資料館は最大の癒しスポットです。

私の歴史好きはさらに古代だったのだと改めて知り、これから勉強する範囲がさらに広がりました。

人生は勉強。もっといろいろと学び続けていきます!

 

それではお次はブログが好評!いつも読むのが楽しみな岡崎さんです。

おはようございます。ハム石河です。

 

11月初週に、中央大学の学祭にいってきました。

 

卒業して1年と半年が過ぎましたが、何も変わることがない母校。
隣の明星大学には、どんどん新しい校舎が建てられる中、ほんとに設備投資しないんだな(笑)と
懐かしいような、少し残念のような、そんな感情でいっぱいでした。

大学教室には、学生闘争があった時代の名残がいまだに残っていたり
サークルの部室等には、世紀末満載のストリートアート(過激な文言の落書き)が残っていたりと。

 

田舎から東京に憧れ、名前だけで決めた大学の進路。
東京の中央だとおもったら、八王子の中央だったことに衝撃を受けた、6年前の入学式。
ジモトの福岡の方が全然都会だったと、もう笑い話なのですが(笑)

 

でも、ユタっとした空気感は自分の肌には合っていたみたいで
東京にかぶれることもなく無事4年間を過ごせたのは、田舎の空気感ならではだったと思います。

 

足のついでで、学生時代のバイト先にいってみたら
当時お世話になった先輩がいっらしゃり、それこそ1年以上ぶりに再会。
相変わらずのお変わりがない様子で、時が止まったかのような不思議な感覚。

町の再開発で駅前がどんどん整備されて道や駐車場になったり
駅前のテナントは空きが増えていたりと、ハードなところの変化は早くて浦島太郎のような感じではあるけれど
なんとなしの空気感といいますかソフトなところは、なかなか変わらないものだなぁとしみじみでした。

 

思い出の詰まった場所って、ジモトとは違うけれども、でも向かえいれてくれるあったかい雰囲気があるように感じます。
まだまだ20と数年しか生きてしかない中で、そんな未来の思い出の地は現れるのか、わくわくしています。

 

まとまりがない感じになってしまいましたが、今日書きたかったことはそんな感じです。
お次は、鬼丸さんです。

ハロー、アゲイン

2019年11月15日 (金曜日)

ウエスト・サイド・ストーリー、素敵ですよね。

 

私も大門さんと同じく、WSSにはじめて触れたのは高校の音楽の授業でした。

 

当時はバッドエンドアレルギーで、何あの結末?!つらくない??!と

友人たちとぎゃーぎゃー騒いだ覚えがあります。

 

 

今改めて観ると、決して大人とは程遠い未熟な2人の若者が

葛藤し、悩みまくり、打ちひしがれても自分たちなりの答えを見つけようとする姿にとっても、心打たれました。

 

時間の流れを忘れてしまうくらいに深まる人間関係って、怖いけど良いな。

 

 

 

 

 

おはようございます。阿久根です。

 

この間、素敵な帽子屋さんとの出会いがありました。

出会いといいますか、再会です。

 

大学時代を渋谷で過ごした私は、授業の合間によくキャンパスの外を散歩していました。

(がやがやしている駅周辺を抜けて、タワーレコードで試聴しまくり、宇田川町のモガカフェでごはん、その後東急ハンズでお買い物をして代々木公園に向かうのがお気に入りです)

 

 

お金もないので、沢山のお洒落なお店のウィンドウをただ眺めながら、

たまに店内に入り、どうしても欲しいものがあれば3ヶ月待ち、その時にまだあれば買うような感じです。

 

 

 

そんなお散歩の毎日の中でたまたま見つけたお店。

外国の映画に出てきそうな、こじんまりとした、でもとてもキュートなお店。

絵を飾る額縁のようなショーウィンドウには、「これはいつ被るの?」と聞きたくなるような、

個性的な飾りつけがついた帽子が並べられていました。

 

 

かわいい、ほしい。

衝動的に値札をちらっと見ると、途端に諦めがつく価格がつけられていました。

 

肩を落とし店を出て、その後もそのお店の存在をふとした瞬間に思い出しながらも、

再び足を運ぶことはなく、卒業を迎えました。

 

つい最近、とある古着屋さんに行こうと思い立ち、

マップを頼りに探していると、

目当ての古着屋さんは見つかりませんでしたが(地図が読めないのです涙)、あの時の帽子屋さんが目の前に飛び込んできました。

 

 

4年前と変わらず、

個性的で、ピュアで、かわいい帽子たちが

持ち主となる人をただ待っていました。

 

定価のものには手を伸ばせませんでしたが、

その代わり、セール品で運命的な出会いがあったので

購入。店員さんにとっておきの被り方を教えてもらい、被って帰路へ。

帰り道、とっても嬉しくてわくわくしてニコニコニヤニヤしながら電車に乗っていたと思います。

 

ああ、この時を待っていたんだ。確かに、そう感じました。

 

 

 

世の中には、「未来の自分に投資する」という考え方があります。

多くは”なりたい自分を見越して高い買い物をする”ことを表しています。

 

ただ、私はすぐに手に入れようと思わないこと、自分がそれに見合うまで待つ、待つからこそまた会えるという楽しみがある事に、この帽子を通じて気付きました。

せっかくなら、身に着けているものに“着られる”自分ではなく、“着ている”自分になりたい!

 

 

他にもある、過去に諦めたものたちといつ再会できるのか、楽しみです。

 

次は石河さんです。

One Hand, One Heart

2019年11月14日 (木曜日)

こんにちは。
急な気温の変化に体調を崩しまくっている大門です。
元々寒いのは苦手、乾燥も苦手、そろそろ口癖が「冬眠したい…」という頃合いな上、年齢的な問題で一度崩れるとなかなか元に戻らない…という今日この頃です。
早く自宅のコタツをセッティングしなければ。

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さて、先日こちらのミュージカルを観劇してきました。

「ウエスト・サイド・ストーリー」(以下WSS)です。
(ご存知ない方はこちら→ウィキペディア

客席が360度回転するステージアラウンド初体験。
事前に聞いていた「アトラクションみたい!」という話そのまま、すごく没入感のあるステージでした。
(セット転換もスクリーンの使い方もこんなの初めて!映画みたい!と思うこともしばしば)

私がWSSに初めて触れたのは、たぶん中学生の時。吹奏楽部で演奏したWSSのメドレーが作品を知るきっかけでした。
当時の自分には技術的にハードルが高く、くそーって思いながら必死に練習していましたね。中学時代に演奏した曲の中では1・2を争うくらいはっきり記憶のある曲です。

作品全体を観たのは高校生になってから。
音楽の授業で映画版を観ました。2回くらいに分けて全部。
その時に、WSSは「ロミオ&ジュリエット」をベースにしたお話だと教えてもらいましたが、同時に音楽の先生がこんな話をしていました。

「舞台はアメリカになったり、銃が出てきたりしているけれど、一番の違いはマリアが死なないこと。
ジュリエットはロミオの後を追うけれど、マリアはトニーの後を追わない。生きると決めた。
それが、今とそしてこれからの社会を一番反映している」

女性の社会進出や、言い方は正しくないかもしれませんが「女性の社会的な人権」を得はじめているところが、この作品には反映されている、ということだったと思います。
今では当たり前のことが、全然当たり前ではなかった時代。
制作陣がどこまでそれを意図したかは分かりませんが、当時の私にはその先生の言葉がすっと入ってきて、今でもかなりのインパクトを持って残っています。

そして、当時すごく考えたのは、「あのあと、マリアはどういう生き方をしたのだろう?」ということ。
誰かと結婚したのか?元々恋人候補のチノと?全然違う、これから出会う人と?
それともトニーのことを思って独り身を貫いたのか?
ずっとウエストサイドに住み続けたのか?違う場所に移ったのか?国に帰ったのか?
マリアは「しあわせ」になれたのか…?
マリアの「しあわせ」って、そもそもなんだろう…。

もちろん答えは出ませんでしたが、いろんな分岐を考えました。
今思えば、前回のブログで書いた「妄想力」の一部はこの頃既に発動していたのかもしれません。

ちなみに授業ではその後、トニーをホセ・カレーラス、マリアをキリ・テ・カナワが歌い、バーンスタインが指揮をした録音盤のドキュメンタリー映像も見せてもらい、「オペラ歌手が歌うミュージカル」というのも知りました。映画版とはまた違うワクワク感あふれる映像だったことを覚えています。

大人になってから映画版のサントラを買い、有名なナンバー「Maria」や「Tonight」より、「Somewhere」や「One Hand, One Heart」に涙するようになり。
来日公演を知って観に行きたい!でもお金やスケジュールのタイミングが合わない!と思っていたら…

日本人キャスト版の主役トニーに、推し(声のお仕事する人)が選ばれて…!

いつかナマの舞台で観たいと思っていた作品の主役を推しがやる!
観に行かないなんて選択肢はない!

ということで、行ってまいりました。

顔をぐしゃぐしゃにして泣きました。
お芝居も歌も皆さんほんとにほんとによかったし(トニーめちゃくちゃカッコよかった!予想の斜め上をいくお芝居に心ガッツリ掴まれました。推しててよかった!)、冒頭にも書いたように会場の演出による没入感も相俟って、涙も鼻水も止まらなくなるという(苦笑)。
ストーリーを知っているからこそ、特に後半は涙がとめどなく出てくる出てくる。
一緒にいった友人と二人で泣きながら会場をあとにしました。

そして少し落ち着いてきた今日この頃、私はまた「妄想」しています。
マリアのその後の人生と、ほんの一瞬だけど強い輝きを残した、マリアとトニーのしあわせな時間を。

 

お次は阿久根さんです。

未来はどこにある?

2019年11月13日 (水曜日)

おおきに!カカこと石上です。
パフに入社して、2年8ヶ月目に入りました。
先週末に参加した、パフの清水さんの結婚式の余韻が今なお続いております!
Happyな時間をありがとうございました!
—————————–
今月の頭、社内で「職サークルみらい会議」なるものを実施しました。
パフメンバーほぼ全員で「今後の職サークルの姿」を語り、考える会議です。
(当日参加できなかった皆さん、業務遂行ありがとうございました!)
「パフにとっての職サークルの価値」や「学生・企業・社会に提供する価値」について事前にアンケートをとり、当日はその内容を踏まえて、改めてみんなで議論し、今後の職サークルをどうしていくかのヒントを見つける2時間でした。
顔の見える就職と採用とは何か。
ウソのない就職と採用の実現を目指しているのが、職サークルだ。
職サークルはパフのコア事業でありながら、その想いに引っ張られすぎた内容になっていないか。
そもそも、「学生と企業」というカテゴリ分けそもそもが本当に正しいのか。
さすが、本質好きのパフ社員。
全部で4チームに分かれて実施したグループワークの発表は、とてもおもしろく、ワクワクする時間でした。
色々とみんなで議論する中、私は「そもそも職サークルが解決したい課題って何だろう?」と立ち止まってしまいました。
世の中のサービスや商品は、「課題」の解決策として広く開発・販売されています。
もっというと、会社とは社会の課題を解決するためにできているともいえます。
そうなったとき、職サークルは何の課題を解決するんだろう、とふと思ったのです。
全社員が感覚的に「顔の見える就職と採用の実現のために職サークルがある」と当たり前のように認識していますが、「具体的にはどんな課題か」と言われると、一人一人違う答えが返ってきそうですし、もしかしたら、明確に言語化できないかもしれません。
学生の「働く」に対するネガティブイメージを払拭することが職サークルの解決したいことだ。
そんな風に入社した時から感じていたのですが、今回の会議を経て、「本当にそれが目的なのか?」と再考するようになりました。
「働くことにポジティブな学生もたくさんいて、彼らにもよりワクワクしてもらうことも、職サークルの使命なのではないか」と、他チームからもらったフィードバックもありました。
今、学生集客を担当する私として、「想い」を持つことだけでなく「解決したいこと」を明確にすることも重要なんだと、改めて気づくことができた時間でした。
そして同時に、社員みんなで「自社のコア」について語ることが、こんなにも素敵で、楽しくて、相互理解になるんだということも感じました。
職サークルの未来は、みんなでつくっていきたいです!
次回は、大門さんです。

不思議な出来事

2019年11月12日 (火曜日)

おはようございます。
前日、飲みの仕事でブログ更新が遅れた愚か者の大岡です。

清水が結婚式直後の更新なのに、まさかの日経テストネタでマジか!と。
なら俺が結婚式のレポートしなきゃ!
と思ったら社長がしっかりやってくれているので、
予定通り社会人生活を振り返るかなあ、と思ったのですが、
この間日経テスト→新聞がらみで思い出した不思議な話を書きます。

私が多分23〜24の頃だったと思います。
当時は最近ではいなくなった新聞の勧誘がちょくちょくやってきて
洗剤だの、野球のチケット(これが決まって日ハム戦)だの、
新聞がどうとは一言も言わずに、おまけ合戦で
「なんとか3ヶ月!」
というお願い営業をされたものでした。

しかし、ある日来た勧誘のおじさんは一味違いました。
おまけには一切触れず、新聞の必要性をとうとうと説いて、、、
とか言う話だと、営業の真っ当さの良いエピソードになるんですが、違います。

最初のやりとりは忘れましたが、そのおじさんはおもむろに紙を出し、
「今の夢を書いてみて。私に見えないように。そして書いたら小さく折りたたんで渡して」
と言いました。

訳がわからないと思いつつ、その勢いに負けて、確か
「役者として本多劇場に立ちたい」
とか書いたような気がします。
絶対に見られないように背中を向けて書き、何重にも
折りたたんで、
絶対何を書いたかはわからないようにしておじさんに渡しました。
おじさんはその紙を両手で包み、目を閉じると、

「へー役者さんなんだ。本多劇場に立ちたいんだね」

?????
なんで???

頭はクエッションマークだらけです。
「なんでわかったんですか?!」
と言う私の問いには答えず、B5くらいのちょっといい紙と
墨と筆を取り出したおじさんは、なんかよくわからん
凡字みたいなマークをさらさらと書いて、

「このお札をタンスに入れておきなさい」

?????

「あと、あなたのラッキーナンバーは8だから」

と矢継ぎ早にわけのわからん事を言います。
ありがとうございます、で終わるはずもなく、

「3ヶ月でいいから」

「はい」

もう狐に摘まれたまま、契約ですよ。
何だったんだろう、あれは。今でもわかりません。

ついぞ本多劇場に立つことはなかったので、そのお札の効果はわからないのですが、
この日から程なく、木津さんという先輩たちと麻雀をしているときに、
皆がネットで馬券を買おうとしていて、
それならと普段は馬はやらない私も買うことにしました。
思い出したのが

「あなたのラッキーナンバーは8だから」

8枠と8番の連単1点買い。1000円だけ。
これが何と的中して25000円になりました。
新聞代出ちゃったよ。と。
この日以来、私は自分で自分のラッキーナンバーは8としています。
あ、木津さんはその時5万円すりました。

あの力があればもうちょっと違う金儲けの仕方がありそうなもんですけどね。
という特にいい話にも何にもならない思い出でした。

明日は石上です。