「あなたの人生にいちばん影響を与えた人物は?」と聞かれたら、僕はまっさきに、このたびJリーグのチェアマンへの就任が内定した村井満さん(通称ムライさん)の名前を挙げる。
先週の火曜日の昼間、とある相談事でムライさんとやりとりをしていたのだが、まさにその日の夜、Jリーグチェアマン就任のニュースが飛び込んできた。
「俺の今後は金曜日には発表するよ」と言っていたので、何かあるなとは思っていたのだが、さすがにビックリした。が、意外ではなかった。「そうかー、そうきたかー、なるほどなー」という感じだろうか。
昔から会社の役員会をサボってでもサッカー観戦に行ってしまうほどのサッカー狂だったムライさん。Jリーグチェアマンへの就任は、まさに天職とも言えるのではないだろうか。
昨日、就任発表の記者会見でのコメントをたまたまネットのニュースで目にした。
「命を賭してでも受けようと思った。全てを懸けてJリーグの理念を大きくリードしていきたい」
ムライさんは、こう抱負を述べたという。
くーっ、かっけー。
本日は、ムライさんのチェアマン就任を記念して、9年前に「釘さんの100の出会い」というコラムのなかで書いたムライさんの記事を転載することにしよう。
ムライさんとの出会いは僕が大学3年生、ムライさんが大学4年生のときだった。
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<第46話> 「M井ミツルとの運命の出会い (前編) 」 | 2005/10/11 |
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何話かにわたって23年前のリクルート神田営業所を舞台とした出会いの数々 を書いてきた。どの出会いも、いまの僕が僕であるために、かけがえのない出 会いだった。しかし、今回登場する人物ほど僕に大きな影響を与えた人はいない。この人物 と出会っていなければ、僕はおそらく今ごろ、ぜんぜん違う道を歩いていたは ずだ。もちろん「パフ」という会社を創ることもなかったであろう。 とはいうものの、23年前の出会いのときに、この人物がそれほどの(僕の人 生にとっての)重要人物になるだなんて思うはずもなく……。ただただ、23 年前の今ごろは、いっしょに悪さばかりをしていた。 その人物の名前は、M井ミツルという。僕が初めてM井さんに会ったのは、僕 が神田営業所で働き始めたばかりの2月のあたま。M井さんはリクルートの内 定者として、神田営業所で企業向けの営業を担当していた。仕事内容は、僕と まったく同じだ。M井さんは当時、大学4年生。僕よりも1歳年上のM井さん と僕は、なぜだかすぐに仲良くなった。 僕が神田営業所で働き始めた頃、僕はまったく売れない営業マンだったという ことは、前回までのこのコラムでも書いてきた。 M井さんも、(僕ほどではなかったにしろ)内定者としてはとても出来の悪い 営業マンだった。しかも、売れていないことをまったく気に留めるでもなく、 一日中お気楽モードで過ごしていた。 当然上司のウケもよくない。怒られて席(僕のとなり)に戻ってくるなり、い つも「ぶっ」と屁をこく悪い癖が、ウケの悪さに拍車をかけていた。 ある日、そんなM井さんが、僕に見込み客を紹介してくれるという。M井さん の親戚が重役を務めているK社という会社だ。アパレル関係の企業で、ブラン ド力もそこそこある。 「おう、クギサキ。この会社、新規一発受注だ。売上げはオレとおまえで山分 けだな。ま、ざっと1千万円は軽いかな♪」 K社への訪問の日が来た。僕とM井さんは、肩を並べて意気揚々と、その会社 の本社がある東神田方面まで歩いていた。2人の頭のなかには、K社の人事担 当者がその場で申込書を書くシーンと、僕らの棒グラフがグングンと伸びてい る情景がありありと浮かんでいた。 (中編につづく) |
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このあと2話に渡って連載が続くのだが、それはまた今度。
それにしても僕は、つくづく人との出会いに恵まれている男だと思うこのごろだ。
さて、本日は早朝会議。ささっと朝食を食べて、体脂肪を燃やしながら行ってきます!