パフ代表の徒然ブログ「釘さん日記」

オヤジたちの新年会

2018年2月23日 (金曜日)

昨夜は60歳前後のオヤジたち5人が集まっての新年会。

このうち4名のオヤジ(イシヤマさん、ウラタさん、クニさん、ボク)は、年1回は必ず集まって飲んでいる。もう10年以上になるかな。真骨頂は、2009年の秋に4人で出かけた岡山研修旅行。閑谷学校や大原美術館や後楽園・岡山城などを訪ね歩いたこともあった。

今年の集まりは、渋谷の百軒店(ひゃっけんだな)。昭和のオヤジたちにとっては懐かしい場所だ。

 

 

学生時代(確か僕が2年生のころだった)学園祭の打ち上げでこの界隈で飲んでいた。酔っぱらった僕は、先輩と化粧品店の前でジャレて転んでしまった。転んだ勢いで化粧品店の前に置いてあった棚に衝突。陳列してあった商品を道路にドバーッとばら撒いてしまったことがある。さんざん怒られた。そんな思い出の地なのである(笑)。

あ、そうそう。道頓堀劇場にも何回か行ったことがある。純情だった僕はいたく感激したものだ。

当時から40年近く経った百軒店界隈での新年会。もちろん暴れて転ぶこともなければ道頓堀劇場に乱入することもなく、大人たちの品のいい(とも言い切れないけど)飲み会だった。特に若いころの恋バナは盛り上がって楽しかった。

一昨日、突然亡くなった大杉漣さんは僕らより少し年上なだけ。これはやっぱり僕らにとってはショックで、自分たちもいつそうなるか分からない。だからこそ、やりたいことをやれるときにやっておこう、なんていう話にもなった。「昔好きだった人に再会するならば今しかない!」なんていう話だ。僕はしょっちゅう再会してるので関係ないが(笑)。

年1~2回程度(しかも途切れることなく毎年)いっしょに飲む仲間がいるというのはいいもんだ。あと10年くらいは続けたい。次回は道頓堀劇場に足を運んでみるのもいいかな(#^^#)。

ところで、明日はヨコヤマの結婚披露宴が渋谷で執り行われる。僕は恒例の弾き語りをやることになっているのだが、ちょっとは練習せんといかんな。今夜は早めに帰宅して2月3日のライブ以来指一本触れていなかったギターを取り出そう。ピアノ(みね子)にも久々に触れてあげないとね。

では、朝食後ウォーキングで行ってきます!

2月10日からNewsPicsで始まった連載【リクルートからJリーグへ。「改革者」村井チェアマンの半生】を毎朝楽しみに読んでいる。

ムライさんと僕との関係は、いまさら(日記読者の皆さんには)説明する必要もないとは思うが、僕の最高の先輩であり、師であり、親友&悪友である。

僕が大学3年生、ムライさんが(リクルートの内定者だった)大学4年生のときからなので、丸35年の付き合いになる。

ムライさんがいなければ僕がパフを創業することはなかったわけだから、その影響力たるや計り知れない。

そんなムライさんの半生を綴った特集。僕が知っていることもたくさんあれば、この特集を読んで初めて知ったこともある(この特集では触れられていない、もっと面白くてヤバイ話もあるんだけどw)。

毎朝、ひとり笑いながら、時に涙しながら読んでいる。

僕だけの楽しみにとっておくのはもったいない。もっと広くの人たち。とくにパフの社員やその家族、お取引先の皆さんにはぜひ読んでいただきたいなと思って、本日の日記でお知らせすることにした。

 

 

第5話の「ほとんどストーカー。彼女を追いかけて早稲田大学へ」は、実に微笑ましい。奥さんとのエピソードも出てくる。

第7話は、ムライさんがなぜリクルートに入社したのか、という話。これは就活生の皆にも読んでほしい。やれ自己分析をしっかりやれだの、業界を絞れだの、軸をはっきり決めろだの、ESはこう書けば受かるだの・・・・・・。そんな大人たちの指導がバカみたいに思えてくるはずだ。

第8話や第9話は、ムライさんの新人時代の失敗談。現在のムライさんしか知らない人には信じられないだろうが、すべて本当の話である。仕事がうまくいかずに悩んでいる若手社会人にはぜひ読んでもらいたい。

 

 

第10話から第12話にかけては、ムライさんがリクルート事件やバブル崩壊の混乱時に人事の責任者として異動となったころの話。ここらへんの話は、経営者や人事担当者にはぜひ読んでもらいたい。ムライさんが周囲にもあまり語らなかった衝撃的な話も出てくる。

 

僕はNewsPicsとは何の関係もないのだが(たんなる購読者の一人なんだけど)、素晴らしい特集を組んでくれたことに感謝している。

購読は有料なんだけど、お金を出して読む価値が十分にある特集だと思う。

明日から2018のJリーグが開幕する。ムライさんのチェアマン続投も正式に決まったようだ。「お互い引退したらいっしょに世界を放浪しような」って約束していたムライさん。僕ももうちょっと続けますから、あと2年間の任期満了まで頑張ってね(^_-)-☆

では朝食後、すっかり足腰も回復したので早足ウォーキングで行ってきます!

北の国からが大好き!

2018年2月21日 (水曜日)

ケトルという雑誌をご存じだろうか?

wikipediaでは、次のように紹介されている。

===

本屋大賞」などの立ち上げに携わってきた博報堂のクリエイティブディレクターの嶋浩一郎氏が編集長を務める。本誌のコンセプトは「最高に無駄が詰まった雑誌を目指して」である。特集内容は、アート、食べ物、動物、文学、街など多岐にわたり、これまでで最も「無駄が詰まっ」ていたのは2012年6月の『調味料が大好き!』特集である。

===

ふむふむ。「無駄が詰まった雑誌」か。まるで僕のような雑誌だな(笑)。

このケトルの最新号の特集が「北の国からが大好き!」というものだった。

 

 

先日、僕の36年来の親友にそのことを聞き、早速買ってみた。

「北の国から」は、1981年の10月から1982年の3月末までフジテレビ系で放映されていた連続ドラマ。いまから36年前。当時僕は大学2年生だった。

当時から大好きだった。連ドラが終わった後も、スペシャルドラマが数年に一回の頻度で制作されていった。

純や蛍の成長とともに訪れる青春の蹉跌を追いかけつつ、親の老いと苦悩、人間同士の愛と憎悪、家族愛、隣人愛、都会と過疎地に生きる人々の人間模様を、北海道の大自然を背景にして見事に描き切ったドラマである。

詳しく語り始めると、一週間くらいかかりそうなのでやめておくけど。なんたって、1981年から始まったドラマが終わったのが2002年。ドラマスタート時、五郎46歳、純9歳、蛍8歳だったのが、最終話(2002遺言)では、五郎67歳、純31歳、蛍30歳になっていたのだから。20年以上におよぶこの父子の人生を語るだけでも、一升瓶が5~6本空いてしまいそうだ(笑)。

てなわけで、北の国からが大好き。

実は、今年の7月上旬、仕事で北海道に行くのだが、そのついでに一週間ほど休みを取って、北の国からの舞台となった富良野や麓郷や落石や羅臼を一人で巡ってみようかと思っていた。まさにタイムリーな今回のケトルの特集だった。

あ、そうそう。いまからちょうど6年前に、こんな(☟)記事を書いていたので「北の国から」と「ALWAYS三丁目の夕日」のファンのみなさんは、ぜひ読んでみてください(^^♪。

純と淳之介の関係が、五郎と純の関係に見えた日

 

さてと。膝の痛みもだいぶ和らいできた。きょうは鍼治療に行って、体調回復を万全なものにしたいと思っている。

では、リハビリモードのゆっくりウォーキングで行ってきます!

週末までにからだを復活させる。

2018年2月20日 (火曜日)

昨日の夕方の飛行機で熊本から帰ってきた。足腰の激烈な痛みのため熊本観光は諦めて午前中はホテルで大人しく過ごすことにした。

で、昨日の日記の終わりのところに書いた「きよさんからもらった焼酎」。やっぱり、ラーメン屋さんに置き忘れていたのだった。

僕はラーメン屋さんの名前も場所も忘れてしまっていたのだが、山田さんはちゃんと覚えており、お店の情報(食べログの掲載情報)を僕にメッセンジャーで知らせてくれた。そのお店に速攻で電話したら、「あー、焼酎のボトルでしょ。くまモンの化粧箱に入っとう白岳でしょうが。安心して。ちゃんととっといますよ」とお店のおばちゃんが温かな熊本弁で教えてくれた。

あー、よかった。

すぐにでも取りに行きたかったが、僕は足腰の痛みで歩けない。どうしようかと逡巡していたら山田さんから「取りに行ってあげましょうか」との連絡が。前夜の愚か者ぶりを、さんざん釘さん日記で暴露した僕に対するこの優しさ。なかなかやるじゃないか。感謝である。

で、手元に戻ってきたボトルがこれ。

 

くまモンはホントに可愛いね。

 

5時間55分32秒のタイムを書き込んでみました(^^♪

 

なんだか飲むのがもったいないな。特別な日にだけ飲むことにしよう。きよさん、あらためてありがとうございました!

 

さて、足(とくに膝と腿)と腰の痛みはまだ取れないが、いつまでも引きずるわけにはいかない。明日は鍼を打ってもらおうと思っている。

なんとか週末のヨコヤマの結婚式までは復活させなければ。恒例のギター弾き語りをスピーチに代えてやることになっているのだ。ヨコヤマの大事な舞台なので、僕も完全なコンディションで臨まなければね(#^^#)

では、通常の半分以下のスピードでしか歩けないので、ちょっと早めに行ってきます!

 

あー、しんどかった。しかし、心は晴れやかである。

自分の生まれ故郷である熊本で(おそらく)人生最後となるフルマラソンを完走できたのだから。

昨年の(ホントはこれを人生最後のフルマラソンにしたはずだった)東京マラソンのタイムをわずか5分だけだが上回ることもできたし。

上出来である。悔いはない。

無理やり誘ってくれた名大社の山田社長に感謝である(珍しく殊勝ではないかw)。

写真をたくさん撮ったので、以下アップしながら振り返ってみよう。

 

 

大会前日の朝の飛行機で飛んだ。

 

 

熊本空港に着いてまず最初に食べたのがこれ。

チャンポンに見えるけどちがう。熊本名物の太平燕(タイピーエン)という食べ物だ。麺は春雨なので胃に優しい。野菜もたっぷりで健康的。マラソンを翌日に控えた体にはうってつけだ。

 

 

空港からバスに乗って約1時間。大会受付のある辛島公園にやってきた。

 

 

ボランティアの高校生たちがテキパキと誘導してくれた。

町ぐるみのマラソン大会っていう感じでいい雰囲気(^^♪

 

 

 

夜は、僕よりちょっと遅れて熊本入りした山田さんと合流して晩飯を食べに行った。商店街は飲み屋だらけだったのだが、やっと見つけた食事中心のお店。六白黒豚のしゃぶしゃぶはなかなか美味しかった。禁酒を誓ったはずなのに、意志の弱い我々はビールも飲んでしまった(^^ゞ。

 

 

お堀の前でピース!

そして、大会当日。朝8時過ぎにスタートブロックに出かけた。このときはまだ余裕の表情だ。

ところで、僕の帽子は昨年の夏ニムラくんから巻き上げた名大社キャップ。山田さんも被ってくるかと思ったら、ぜんぜん違う帽子だった。社長のくせに(笑)。

 

帽子は違うのに、なぜかシューズはお揃い(@_@;)。へんなところで仲がいい(笑)。

 

 

午前9時02分。ついにスタートである。スタート地点には石川さゆりがいたんだけど、残念ながらシャッターチャンスを逃してしまった。

走ってる最中は、さすがに余裕がなく写真は一枚も撮れていないのだけど、下の画像が、5kmごとの記録である。

見ると25kmまでは快調だったことが分かる。トイレに行ったのでちょっと凹んでいるところもありますが(^^ゞ

 

 

しかし、25kmを過ぎたあたりからガクンと来た。膝と太腿が痛み始めたのだ。以降、40km地点くらいまでは痛みとの戦い。途中なんども歩いてしまった。

40km地点に差し掛かる直前、6時間のペースメーカーランナーが僕を追い抜く。「せめて6時間を切りましょう!ゴールまであと少し。さあ頑張って!」と声をかけながら。

そういえば昨年の東京マラソンは6時間ジャストのタイムだった。よし、最後のフルマラソン。しかも生まれ故郷でのフルマラソンだ。昨年のタイムを1分でも更新して締めくくろう!

膝も足裏(豆もできていた)も腿も腰もガタガタだったのだが、最後の力を振り絞って走り始めた。ペースメーカーランナーを41km地点くらいで追い抜いた。

そして遂にゴール!

ネットで5時間55分32秒。最初にも書いた通り、昨年の記録を5分上回ることができた。やっぱりマラソンは気力ですね(^^♪

 

下の写真が完走証だ。

 

で、ゴール直後に首にかけてもらった完走メダル。

 

このメダルをかけてくれた高校生とのツーショットも(^^♪

 

でも、まだ僕たちの熊本城マラソン終わらない。というか、ここからがお楽しみの始まりだったのだ(今日の日記は長いな…)。

 

熊本には湯布院中学3年1組の同級生の女の子。そう、女の子。僕にとっては永遠に15歳の、女の子ふたりが住んでいる。

「きよさん」と「ひーちゃん」だ。

 

 

中学の卒業アルバムから抜き出してみた。奇しくもふたりが並んで写っている。

左がきよさんで右がひーちゃん。

僕がきよさんのことを好きだったことは、当時の湯布院中学全体に知れ渡っていた。当の本人は冗談だと思っていたらしいけど(-_-;)。

今回の熊本城マラソン。山田さんに誘われたのは事実だけど、出場を最終的に決めたのは、このふたりと会うことが出来るかも、というのがイチバンの理由だったのだ(#^^#)。

 

で、マラソン完走後、いったん宿に帰って風呂に入り、二人が待つ熊本の市街地に山田さんと一緒に繰り出した。なんとアーケードの入口で、きよさんが待ってくれていた。

 

一軒目のお店では熊本名物の馬刺しや辛子レンコンを食べながら球磨焼酎を飲む。42.195kmを走り終わったからだにアルコールがずんずんと浸み込んでいった。

 

山田さんは僕らが中学3年生のころ、まだ小学校3年生の鼻タレ小僧だったはず。そのわりにお姉さま方といい感じじゃないか(笑)。

 

そして、二軒目は当然のごとくカラオケへ。

もうすっかり僕らは15歳のあの頃に戻ってしまった。山田さんだけは相変わらずの愚か者だったけど(笑)。

 

 

まあ、僕も負けないくらいの愚か者かな。まあ、名誉本部長なので仕方ないね(自爆)。

 

 

 

ひとつ大失敗したことに、いま気が付いた。山田さんのブログにアップされていたこの球磨焼酎。

 

 

これ、実は昨夜きよさんが僕らにプレゼントしてくれた、熊本城マラソン記念限定製造焼酎なのだが、なんと昨夜のカラオケ屋か三軒目に行ったラーメン屋に忘れてきてしまったようだ。ホテルの部屋を隈なく探したのだが見つからない。

あちゃー😵。ホテルをチェックアウトしたら取りに行かなきゃ。ちゃんと保管してくれてるといいんだけど💦

 

・・・てなわけで、最後はちょっと締まらなかったけど、以上、熊本城マラソン完走(後)報告でした!

では、これからホテルでゆっくりめの朝食の後、焼酎探索に出かけてきます!

昨年の9月アタマだったと思う。

===

山「熊本城マラソンに出ませんか?特別枠で出場できますよ?」

釘「ハーフ?フル?」

山「フルです」

釘「いや、フルは東京マラソンを最後に引退したのでもういいです。どうぞお一人で頑張ってください」

山「地震災害の復興支援になるんですよ。熊本は生まれ故郷でしょ?故郷を裏切るの?何の関係もない僕が出るっていうのに」

釘「うっ…”(-“”-)”…」

===

という会話があった。

「山」というのが何者なのかは、とりあえず伏せておこう(笑)。

まあ、経緯はともかく、どうせ出場するならば全力を尽くさねばなるまい。

昨年の2月に東京マラソンを完走して以降ほとんど走っていなかったのだが、熊本城マラソンに出場することを決めた9月は100kmを走った。10月も70kmくらい走っている。

しかし、11月は30km、12月はまさかのゼロkmと、完全に失速してしまった。首、肩、腰の痛みに襲われたり、自宅の引っ越しがあったりで(+o+)。

1月も正月の20kmのみ。2月は先日の3連休にやっと30km弱を走っただけだ。これは、大雪だったりライブの練習があったりで((+_+))。

まあ、要するに練習不足は否めないということだ。

首、肩、腰の痛みもひところに比べればずいぶん回復しているとはいえ、まだ不安を抱えている。

・・・と、悲観的なことをたくさん書いてみたが、実はとても前向き。

なんたって生まれ故郷を走れるわけだし。多少なりとも復興支援に役立つわけだし。そして何より熊本には、僕が行くのを待ってくれているマドンナもいることだし(#^^#)。

ってーことで、明日の朝の飛行機で熊本まで行ってきます!

大会本番は日曜日だけど、東京に戻ってくるのは月曜日の夜。せっかくなので熊本の街を散策してくるつもりだ。翌日歩ければの話だけど(笑)。

ランの結果は、月曜日の朝の日記でご報告することにいたしましょう。日記読者の皆さん、応援してねー(^_-)-☆

頑張ります!

 

 

義理チョコは減ったのか?

2018年2月15日 (木曜日)

「日本は、義理チョコをやめよう」という広告の効き目はどうだったんだろうか。

パフは圧倒的に女性が多い会社で、毎年(たぶん)誰が誰にプレゼントするかを決める当番制みたいな感じでチョコの授受がなされているようだ。

で、僕は今年こういうのをもらった。

 

ほほう、豆菓子か。落花生✖ホタテ燻製って書いてある。チョコではないわけですね。広告の効き目だろうか。

で、このようなメッセージカードが添えられていた。

 

お、1月に入社したばかりのダイモンさんではないか( ^)o(^ )。

いちばん社歴の長い僕にはいちばん社歴の浅い新人から贈ることにしたんだな。

なかなかやるじゃないか。

ふむふむ。

あれ?いま気が付いたけど「チョコを贈ります」と書いてある。もらったのは豆だけど……。

たぶん購買担当とカード執筆担当が分かれていてうまく同期が取れなかったのだろう。

と、細かいことはどうでもいいんだけど、嬉しいメッセージをありがとうございました。

 

で、昨日、僕のところに日にち指定でこれが宅急便で届いた。

 

 

送り主は毎年バレンタインデーに、きっちりとチョコを贈ってくださるA女史。僕がまだ30代前半、A女史が20代前半のころからのお付き合いだ。

いや、怪しいお付き合いではなく、最初はビジネスだけ(A女史が人事担当として勤務する会社のシステム導入や運用を手伝っていたのが僕)のクールなお付き合い。

チョコをもらい始めたのはいつからだろうか。もう忘れてしまうくらい昔からだ。

これはもはや「義理」ではなく「習慣」と呼ぶべきか。「いや、たんなる惰性でしょ?」という声も聞こえてきそうだが、僕としては毎年「本気の愛」が届いていると思いたい(#^^#)。

 

 

たとえ義理であっても惰性であったとしても、手書きのメッセージカードというのは嬉しいものですね。

ということで、僕の周辺では義理チョコが減ったかどうかは定かではないが、「恋人だろうがなかろうが、届けたい気持ちを遠慮せずに届けられる日が一日くらいあってもいいではないか」というのが僕の結論でした。

 

さて、本日は来客や打ち合わせがひっきりなし。夕方はボディーケアだ。明後日は熊本に飛ばなきゃいけませんしね。

では、いつもどおりアンクルウェイトを装着して行ってきます!