パフ代表の徒然ブログ「釘さん日記」

きょうは3大トピックスがあり、そのトピックの主役たちが最後、合流して締めくくりとなった1日だった。

 

1.アポ取り初成功

7月14日からパフでインターンを開始した筑波大学修士1年のK。営業活動を8月末まで体験してもらうことになっている。いや、「体験」というような生易しいものではない。「社員同様に」営業活動を実践してもらうことになっている。目標もある。

が、2週間以上経たいまでも、1件のアポイントも取ることができないでいた。まあ、まったく営業の経験のない「素人」なのだから無理もない。しかし、何度電話をしても断られる本人にとっては相当に辛い2週間であったろう。勉強もスポーツもできる(筑波のサッカー部員でもある)Kにとっては耐え難い屈辱だったであろう。

「よし、改造特訓をやるか」。見かねた僕は、きょうの午後2時から4時半まで、マンツーマンの特訓を行うことにした。徹底したのは「相手の顔が見えるようになる」ということ。「心から会いたいと思うようになる」こと。そのために「相手のことをキチンと調べ理解すること」 。 「相手の立場や気持ちを想像し理解すること」。

何度も何度も、ロープレを行った。「ダメ、ノートを読むんじゃない。やりなおし」「ダメ、会話になってない。やりなおし」「ダメ、迎合するな。やりなおし」「ダメ、それじゃ胡散臭いセールスマンだ。やりなおし」「ダメ、そんな敬語はない。やりなおし」。

野球で言うなら1,000本ノックだ。でも、次第しだいに良くなっていくのが、わかった。ちゃんと自分の言葉で、Kらしい言葉で話せるようになってきた。

「よし、じゃあ、あとは実践だ。まずは、いまロープレでやった○○電子のOさんに電話してみろ」

Kは、意を決して、受話器を持ち上げて電話をかけはじめた。周りの社員たちも聞き耳を立てている。

「はい、はい、そうなんです。え!、ホントですか!? じゃ、じゃ、ちょ、ちょっと待ってください。来週の○曜日の○時でいかがでしょうか? あ、ありがとうございます。では、パフのKが訪問させていただきます!!!」

初アポが取れた瞬間だった。

「Kくん、やったね、おめでとう!!」。周りで心配していた社員たちが駆け寄ってきた。Kの顔がクシャクシャになり、大粒の涙がこぼれてきた。

よかったな、K……。 

初めてのテレアポ成功の日。 きっと今後のKの人生にとって、重要な1日となったに違いない。

 

・・・ありゃりゃ。3大トピックのひとつめを書いただけで、タイムオーバーとなってしまった。続きはまた週末にでも書くことにしよう。

 

でも、残りを予感させる写真だけでもアップしておこうかな。

#ちなみに中央でVサインをしているのが、インターンのKです。

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本日はなんと、学生向けイベント(パフスタ)と、ふるさと就職応援ネットワークの幹事会と、うまれよ塾が、見事にバッティングした日だった。

おかげさまで、気の抜けない一日が続き、気がつけばもう深夜25時だ。

そしていま、ほとんど意地で、この日記を更新しようとしている。

 

 

あっ……。

いま目が覚めた。実は机にうつぶせで寝てしまっていた(苦笑)。

気がつけばもう深夜28時だ。

いかんいかん。布団に寝なきゃ。

スミマセン、今夜は超手抜きです。

 

おやすみなさいませ。ZZZ。ZZZ。ZZZ。

隣の芝生が大きく(?)見えた日

2008年7月29日 (火曜日)

とあるシステムの仕組みと、そのインフラを提供してくださっているV社という会社がある。まだ設立10年の会社だが、その独特の技術力と将来性を評価され、多くの事業会社が出資している会社だ。

そのV社が提供しているシステムの勉強会を、V社の若手営業担当者2名にご来社いただき、行った。パフからは5名の営業担当者(と僕)が参加した。

V社のシステムを最初に使わせてもらったのは昨年の1月ころ。そのときオペレーションを行っていたKさん(女性)が、パフの営業担当のひとりである。Kさんは当時入社1年目であるにもかかわらず、堂々とした対応ぶりであったことに、僕はいたく感心した覚えがある。

そのKさんに本日久々(1年半ぶり)にお会いしたが、一段としっかりしていた。まだ入社丸2年が経過したばかりだというのに。

聞けばKさんは、V社の新卒1期生だという。なるほど、相当な修羅場をくぐってきたのだろう。

もうひとりの営業担当者はFさん(男性)。彼も入社2年目と聞いてビックリ。安心感のある、しっかりとした説明がきちんとできている。

もちろん二人とも、若者らしい初々しさもあるのだが、それ以上に、安心感を提供してくれるのだ。こちらの質問に、自信を持って答えてくれる。「どんな質問でも、どんと来い!」という感じだ。

隣の芝生は青く見えるというが、他社の若手社員たちだからなのか、ずいぶんと大きく見えた。

うちの若い連中も、大きく見えてくれてるといいんだけど…と一瞬思ったのだが、いや、それはやっぱり違うな。

「大きく見える」ではなく、実際に大きくなってもらわなきゃ困るわけだ。

入社1年目や2年目の社員を見ると、その会社の実力や勢いや品性や文化や風土や将来性がよくわかる。まさに会社の素顔を映す鏡である。

そういう意味ではV社さん、(僕なんぞが言うのは生意気ではあるが)将来がとても楽しみな会社であると評価して良い。

V社のKさん、Fさん、本日はほんとうにお疲れ様でした。これからますます頑張ってください!!

久々に雷を落としてみた日

2008年7月28日 (月曜日)

その昔(7~8年前)、僕は毎日のように、雷を落としていた。

遊び半分で仕事を行なっていたインターン学生や、学生気分の抜けなかった内定者たち、二日酔いで遅刻してきた新入社員、まともな原稿が書けない社員たち、何回言っても同じミスを繰り返す連中。

特に、内定者と入社1年目の社員しかいなかったころのパフは、いま思い出しただけでもゾッとするくらい、信じられないようなミスやトラブルが連続していた。

その都度、僕の雷が落ちるわけである。怒っていないときのほうが珍しいくらい、怒っていたような気がする。

が、新卒1期生や2期生が部下を持つようになってきてからは、だんだんと雷を落とす回数も減ってきた。

遠慮か。気遣いか。疲れか。トシをとったのか……。

僕の昔を知っている連中から見れば、信じられないくらい仏の釘さんになってきていると思う。

そんな僕なのだが、きょうは久々に雷(そんなに大きくはないけど)を落としてみた。

「こりゃあ、ここで怒っておかないと。ここで戒めておかないと。ここで思いっきりショックを与えておかないと……」という、まさに絶好の教育の機会だと思ったのだ。

最近は怒ることのできない上司が増えたという。怒るというのは、確かにかなりのパワーを要する。

でも、怒らなければならないときに、きっちりと怒ることは大事だ。

「注意する」や「反省を促す」だけでは足らないときには、思いっきり怒る。時には感情的になってもいいと思う。

「なぜ俺がここまで怒っているかわかるか、この野郎!!」

と、大声で怒鳴ってみてもいいと思う。そうして初めて伝わることもある。

 

これから猛暑が続き、大気が不安定となる日も多くなりそうだ。

メンバー諸君、時節柄、予期せぬ方向から不意の雷が落ちることがこれからあるかもしれぬぞ。

くれぐれも気をつけたまえ。

パフが発行する企業向けのメルマガで僕は、『どげえするんか?』というコラムを書いている。

7月10日付のメルマガに掲載したコラムのタイトルは、「26年前の就職業界ベンチャー経営者のメッセージを、どげえ思う?」というものだった。

これは、就職情報誌業界の、かつてのベンチャー企業だった、株式会社UPUの元社長である吉澤潔さんのことを書いたものだった。

このメルマガが配信されたあと、「U社ってどこですか?」という、人事担当者の皆さんからの問い合わせが相次いだという。なかなか刺激的なメッセージだったのであろう。

長くなるけど、そのメルマガを以下、貼り付けてみる。

・・・・・

新卒学生と企業とを橋渡しするビジネスを最初に確立したのは、 誰もが知っ
ているリクルート。かの江副浩正氏が1960年に創業して以来、学生の就職と、
企業の人事採用戦略に、大きな影響を与え続けてきたすごい会社です。

リクルートが誕生した1960年は、奇しくも私がこの世に生を授かった年。そ
して私が(本来は就職活動をしなければならなかった)大学4年生のころに、
約1年間お世話になった会社もリクルート。さらに私が、このパフを起業す
るキッカケを作ってくれたのもリクルート(の先輩社員たち)。

深い縁と、大きな恩義を感じている会社が、リクルートという会社です。

そんなリクルートが、創業時のベンチャーを脱皮し、学生の就職活動におい
て圧倒的な影響力を有し始めた1970年代の中ごろ、この業界に誕生した新た
なベンチャー企業がありました(あえて社名を伏せて「U社」と呼びます)。

U社は、ある種の「こだわり」と「一家言」を持った、とてもユニークな会
社で、私がリクルートで営業マンを務めていたころ、「あの会社には気をつ
けろ。あの会社にだけはぜったい負けるな!」と、ライバル視されるような
会社でした。

企業の規模は(リクルートと比べれば)鯨とメダカ。情報誌のシェアなんて
比べるべくもないベンチャー企業に、なぜそんなにムキになっているのか不
思議に感じたものでした。

そのU社の創業メンバー(かつての経営者)であり、後に経営統合したW社
の役員をつい先ごろ退任されたYさんから、昨日、お手紙と、U社の歴史や
メッセージを綴った一冊の小冊子を頂戴しました。

そうかぁ。あの飛ぶ鳥を落とす勢いだった「大リクルート」が、なぜあんな
にU社を警戒していたのかが、やっとわかったぞ・・・。

頂いた小冊子を読んで、26年前の謎が一気に解けたのです。

頂いた小冊子には、かつてのU社の会社案内に載せられていたという、以下
のコピーが掲載されていました。

│「リクルート(新兵募集)からパーティシペーション(参加)へ」

│(中略)

│数年前、わたしたちは自らの仕事の問題意識を強烈なコピーで主張した。
│わたしたちは、リクルートの考え方は旧い工業化社会の「人手募集」とい
│う人材思想にすぎないと考え、新規採用の意義を「企業の持続的な世代交
│代」ととらえている。
│(中略)
│わたしたちは「採用のためのPR」というビジネスに、新しい企業社会の
│人間と組織の展望を追求してきた。そのテーマはいま、新しい経済社会の
│パラダイムの最大のキーになろうとしている。

またU社は1982年、「反ガイドブック宣言1982」というメッセージを、世の
中に送り出しています。そのときのことを振り返って、Yさんは以下のよう
に述懐しています。

│1982年、U社は新卒採用の世界の「標準」であったガイドブックに対する
│「否」を突き付けました。若気の至りといっていいでしょう。採用企業の
│表層的な情報を定型的に羅列する就職情報誌が、新卒就職・採用という社
│会システムを支配するのではないか、それでいいのか、という批判精神で
│す。

言葉は違えども、私たちパフが世の中に問いかけている「顔の見える就職と
採用」のメッセージと酷似していたことに、とても嬉しくなると同時に、こ
の危険を顧みない(?)、非難や批判を浴びることを覚悟したメッセージを
読んで、私は思わず感動してしまいました。

その感動をすぐにお伝えしようと思い、業界の大先輩であるYさんに、失礼
を承知のうえで「感動しました」というメールをお送りしてしまいました。

するとすぐに、「ぜひ意見交換しましょう」というお返事をいただいたうえ
に、私のブログ「釘さん日記」(
http://puff.weblogs.jp/kugi/ )にYさ
んの実名入りで掲載しても構わない旨の許可までいただきました。

ということで、この話の詳細は、後日(いつになるか分かりませんが)ブロ
グに掲載したいと思っています。私は、若気の至りというには、ちょっと年
を取り過ぎましたし、危険を顧みずに書けるかどうか、ちょっと自信があり
ませんが(苦笑)、若者の問題意識をくすぐるようなメッセージをYさんに
敬意を表しながら書いてみたいと思っています。

・・・・・

U社のYさんこと、株式会社UPUの吉澤(元社長)さんが、つい先日(23日)、パフに遊びに来てくださった。「かつての話」を、いろいろとお聞かせいただいた。

吉澤さんは、僕よりひと回り上。僕と同じねずみ年生まれで年男である。70年代、80年代、90年代、そして現在の2000年代。30年以上に渡って、そのときどきの若者たちに刺激的なメッセージを送り出している。

コラムでもちょっと触れたが、吉澤さんは、企業の表層的な採用情報を定型的に網羅した就職情報誌に痛烈な批判を行っている、

「100の企業があれば100の人材思想がある。100人の学生がいれば100の職業観や選択がある。そのマッチングを図るのに、定型情報が並ぶ就職情報誌システムですませていいのですか」と。

20年以上も前のメッセージである。

時代は変わり、企業の採用情報は、「就職情報誌」から「就職情報サイト」に変わった。しかし、上の図式は何も変わっていない。日本の就職と採用の仕組みというのは、この30数年間、何ら進化していないのである。

この業界に身を置くものとして、自分たちの努力不足を恥じなければならない。口では偉そうなことを言いながらも、結局は、巨大な力をもったモノに迎合したり追随したりしている自分たちがいる。

吉澤さんは、つい先日、UPUを引き継いだ某社の役員を引退し、これから「自由人」としての活動を増やしていくそうである。今後、この業界の大先輩に、いろいろと教えを請いながら、新しい枠組み作りにチャレンジしてみたい。「変える」にチャレンジできるのは、失うものがほとんどない、小企業ならではの特権なのだから。

今朝まで大人俱楽部だった日

2008年7月26日 (土曜日)

まずは昨日の写真の説明から。

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上の写真は、南こうせつ作詞・作曲の「うちのお父さん」の替え歌の歌詞カードだ。我がパフのお父さん的存在である、OHさんの定年をお祝いして、作られた歌だ。

下の写真は、その「うちのお父さん」の替え歌を作詞した、ジャンボリー福田(芸名)さんと、福田さんの奥さんが中学生の頃に買ったという白いギターと、僕が大学生の頃買った12万円のギターである。

 

昨夜7時半から、今朝5時までの9時間半。「大人俱楽部」という怪しげな団体が主催する大暑気払いが開催された。

大人俱楽部というのは、古くからの協賛企業の不良オヤジたち(一部不良マドンナ)で構成される飲み仲間。このうち1名が、このたび会社の要職(社長室長)に就任したので、その祝いを酒の肴にして、暑気払いをやろうということになったのだ。

そして、せっかくならパフの社員や、大昔の人たちもゲストとして招いて、パフのセミナールームを開放して、大人数でやろうということになった。

結局、参加人数30名の大宴会となったのだ。

参加者には、先のオヤジも入れて、6人(組)の祝い対象者がいた。

1.社長室長就任(前出)

2.執行役員就任

3.Jリーグ理事就任

4.会社設立10周年祝い

5.定年退職祝い

6.婚約祝い

の6つである。

事前に、30名の参加者を6つのチームに分け、チームごとにひとつの祝いプレゼンを割り当てておいた。宴会は、このプレゼン大会を中心に繰り広げられたのであった。

ということで、僕のチームでは、5の「定年退職祝い」を担当したというわけである。

各チームの祝いのプレゼン、とっても楽しく面白かった。もう最高である。

なかでも僕のチームのプレゼンは素晴らしかった(と、自画自賛)。

で、昨日の日記の写真は、ほとんどの参加者が帰宅した午前5時まえ、記念に残しておこうと思って撮影したものだったのだ。

ひっさびさに一睡もしない宴会だったが、終わったあとに、とても清々しくなる宴会だった。が、おかげで本日は、時差に苦しんだ1日だった(苦笑)。

人材ビジネスの連中に襲われた日

2008年7月24日 (木曜日)

明日は福井県の中小企業の経営者や人事の皆さんとの勉強会が、午前と午後の2回、ダブルヘッダーで開催される。僕は過去7年間連続で、福井の学生向けに講演をやっている関係もあり、この勉強会のゲストスピーカーとしてお邪魔することになった。

で、夕方の新幹線(米原からは在来線の電車)で福井に向かうことにした。

と、その前に、昨日から有楽町の国際フォーラムで開催されている、ヒューマンキャピタル2008という、人材ビジネスのイベントを見学していこうと思った。東京駅に向かうついでに立ち寄るには、ちょうどいいロケーションなのである。

このイベント、結構大きなイベントで、特に人事・労務向けのシステムや、教育・研修のプログラムを扱っているベンダーが数多く出展している。

パフと事業提携しているG社も出展していたので、陣中見舞い(お土産はなかったけど)も兼ねて顔を出してきた。

が、一歩、会場に足を踏み込んだとたん、餌食になってしまった。いろーんな会社が、呼び込みを仕掛けてくるのだ。一昔前の、歌舞伎町(新宿)や、国分町(仙台)や、中洲(博多)や、薄野(札幌)の歓楽街のようであった。

無理やり椅子に座らされ、聞きたくもない商品説明をされたり、人材ビジネスには不似合いなコスチュームを身にまとったお姉さまに誘惑されたり、複数のむさ苦しい営業マンたちに取り囲まれたり……。

「この人たち、飢えてるんだなぁ」と思わせるに十分なイベントであった。

人材ビジネスの展示会ではあるのだが、パフと同業の新卒採用の領域(とくにメディア系)の会社はほとんどいなかった。展示会には馴染まない業態なんであろうなあ。

なんだか筋の良くない会社もいたりして、いい意味でも悪い意味でも、この業界の雰囲気をよく醸し出した展示会であったような気がする。

ところで、いま福井のビジネスホテルにいるのだが、福井もやっぱり暑い。入室した時には、部屋にはクーラーが入っておらず、サウナに入ったみたいな感覚だ。

北陸といえども、夏はやっぱり暑いのだな。

さて。明日のために、そろそろ寝るとするかな。