パフ代表の徒然ブログ「釘さん日記」

晴れて無罪放免となった日

2008年10月31日 (金曜日)

#このところ「尿管結石」の話題ばかりで恐縮です。でも、それも今日で終わりですよ♪

突然の激痛に襲われ、救命救急センターに担ぎ込まれたのがちょうど一週間前。以来、禁酒、禁美食、禁大食いを、どうにかこうにか守りながら(ちょっと守れなかった日もあるが)過ごしてきた。

が、僕を苦しめたはずの「石」が、なかなか排出されずにいる。

「週末までに出ないようならレントゲンで詳しく診てみましょう」と、医者からは言われていた。

きょうは外出の予定も早急にやらねばならぬ仕事もなかったので、午前中に、歌舞伎座の隣のレトロな泌尿器科の病院に行ってきた。

「あ、クギサキさん。どう出た? え、出ない? あ、そう。じゃあ、レントゲンで細かく調べてみますか」

「は、はい。お願いします」

「じゃあレントゲン検査をやってくれる知り合いの病院を紹介するんで、ちょっと待っててね」

「え?別の病院に行くんですか?」

「うん。造影剤の点滴打ちながらのレントゲンだからね、うちじゃできないのよ。2時間くらいかかるんだけど大丈夫?」

ということで、別の大きめの病院で検査を受けることになったのだ。

血管から造影剤をぶち込まれる。2週連続の点滴だ。体中を造影剤が駆け巡っていることを想像すると、なんだか気持悪くなった。

2時間後、検査は無事終了。

何枚もの大きなレントゲン写真をお土産にもらい(?)、検査してくれた病院をあとにし、レトロ泌尿器科(勝手に命名)に舞い戻った。

「あれ、なくなってるね。腎臓も尿管もとてもキレイだよ。知らないあいだに出ちゃったのかもしれないね」

「そんなことってあるんですか?」

「ふつうは出るとき痛いんで、分かるんだけどね。まあ、石が小さかったりすると、まれに気づかないこともありますよ。でもまあ、良かったじゃない。手術なんてことになったら大変だからね」

なんだか拍子抜けしたが、石がないと聞いて、どっと肩の荷が降りた。

「っていうことは先生、もう薬も飲まなくて大丈夫ですね?」

「痛みが出ない限りは大丈夫でしょう」

「っていうことは先生、お酒はもう飲んで大丈夫ですよね?」

「ほどほどにしといてよ。お酒が原因かもしれないんだから」

「やった♪」

「再発しやすい病気なんだから、不摂生はダメだよ。お酒も食事もほどほどにね。水は日頃からよく飲んだほうがいいね。運動もちゃんとしてね」

「はい♪」

「痛み止めの座薬は大事にとっておいてね」

「はい♪」

ということで、きょうは、一週間の「石騒動」にピリオドを打つことができた、めでたい日なのであった。やった。

 
#心配していただいた多くの皆様、メールやコメント書き込みやお電話などでの激励、どうもありがとうございました。おかげさまで、無事、無罪放免されました。忘年会シーズンも近づきました。どうぞ遠慮なくお誘いくださいませ^^。

蒲田に行った日

2008年10月30日 (木曜日)

きょうは久々(といっても半年ぶりくらいかな)に蒲田に足を運んだ。

蒲田には、僕の大昔の会社の先輩であり、パフの監査役を務めているキムラさんが経営する会社がある。そこで打ち合わせを行うためだ。

蒲田って、不思議な雰囲気を醸し出した町だと、いつも思う。

なんというか、『人間くさい』のだ。

『お洒落』とか『上品』とかいう言葉がもっとも相応しくない町である。

駅を降りると、パチンコ屋さんや、居酒屋や、ちょっといかがわしいお店などが立ち並んでいる。

道行く人々も、他のターミナル駅周辺の人たちとは明らかに違う。表現は難しいが、 「にんげん」を感じる人々だ。

駅は改装され、周辺のビルも新しくなっているのだが、なんだか垢抜けない。レトロな雰囲気が染みついている。

けなしたり、馬鹿にしたりしているわけではない。

僕は、そんな蒲田の雰囲気になんだか惹かれてしまう。

東京の最南端の町、蒲田。ずっとこの不思議な雰囲気を保ち続けていってほしいと思う。

母校での仕事が大過なく終了した日

2008年10月29日 (水曜日)

先日の日記にも書いたように、我が母校(明治学院大)でのセミナーを、大学と共同で開催している。

パフの人手不足ということもあり、全18コマ中、僕が6コマを行なっている。

このセミナー運営って、体力的にも、精神的にも、そうとうにタフネスさが要求される仕事なのだが、僕の担当分が、本日の2コマ(ダブルヘッダー)ですべて終了した。

先週末、尿管結石が発症したのは、実はこのセミナーで司会をやっている最中だった。

現在、症状はすっかり落ち着いているとはいえ、いつ再発するかわからない。

きょうはダブルヘッダーなので、まるまる3時間、司会を務めなければならない。

「また、あの痛みが襲ってきたらどうしよう…」と、内心ビクビクしながら(そしてポケットには鎮痛剤を忍ばせながら)本日の司会に臨んだ。

 

結果。

あーーーーよかった(ほっ)。

ナニゴトも起きずに、無事終了した。

 

本来であれば、今夜あたり、打ち上げのビールで乾杯し、大好きな焼酎のロックをちびちびやり、好物の馬刺をパクパクしているはずなのだが……。

いや。めめしくなるので、これ以上書くまい(悲)。

あぁ…。それにしても、いつになったら、お酒を飲めるのであろうか…(嘆)。

お、おっと、やっぱりめめしくなった。

まあ、まずは母校での大仕事が終わったことを、喜ぼうではないか。

ウーロン茶で乾杯!

飲食できない懇親会の日

2008年10月28日 (火曜日)

きょうは、提携先のガイアックス社との共同セミナーの日。約200名の人事担当者をお迎えして開催した。

場所は新宿NSビル。高層の30Fにある、なかなかお洒落で立派なホールだ。

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 セミナーでは、リクルートエージェントの人材開発部長であり、アイカンパニーの校長である小畑さんに基調講演を引き受けていただいた。

小畑さんと僕とは、間接的な(?)、お友達。というのも、小畑さんの所属するリクルートエージェントの社長と僕とは、直接的な、お友達。そんな関係もあり、講演を引き受けていただいたというわけだ。やっぱり何歳になっても、お友達は大事である。

 

で、(ずいぶんと端折りますが)セミナーは盛況のうちに終了した。

問題は、そのあとの懇親会。

ワンフロア下の29Fにあるレストラン貸切で行ったのだが……。

いや、トラブルがあったわけではない。みなさん活発な情報交換をしており、会そのものは円滑に推移していた。

 

問題というのは僕個人のこと。

例の病気のせいである(ここ数日の日記を参照されたし)。

● アルコール禁止

● 肉禁止

● 脂っぽい食べ物禁止

要するに、 「飲むな!食べるな!」ということである。

せっかくの懇親会なのに、ビールを飲むことができない。

美味しそうな食事が目の前にあるのに、(そのほとんどは肉や脂っこい料理のため)食べることができないのである。

なんとも悲しいものである。

しかも、僕は懇親会の冒頭の乾杯を担当している。 「かんぱーい!」と元気よくやったはいいものの、発声をした本人は、ごくっと一口飲んだだけで、あとはコップを置いて、ただただ指を口にくわえて御馳走を眺めるだけだった(いや、実際にはお客様とお話をしていましたが、苦笑)。

まあ、ポジティブにとらえれば、体重と腹囲を減らす絶好のチャンスかもしれないのだが……。

でもその前に、禁酒のストレスでぶっ倒れないように気をつけなければ(苦笑)。

レトロな病院に行った日

2008年10月27日 (月曜日)

先週末は、救命救急センターでの慌ただしい診察と応急治療のみだったので、本日は専門医にきちんと診察してもらうことにした。

できる限り会社のそばにある診療所にしようと探していたら・・・あった、あった。歌舞伎座のすぐ脇。パフの事務所から歩いて3分程度のところに、泌尿器科と皮膚科だけの専門クリニックがあった。

予約の電話を入れてみると、「昼休みを避けてもらえれば、いつきてもらってもいいですよー」と、ゆるい対応だった。

行ってみてびっくり。ビルが相当に古い。築40年~50年くらい経っているのではないだろうか。

階段を上がっていった2階にその診療所はあったのだが、これまたレトロな空気が流れている。フーテンの寅さんでも出てきそうな雰囲気だ。

受付周辺には、50歳~60歳くらいのおじさんやおばさん(事務員なのか看護師なのかは不明)が忙しそうに(でも動作はゆったりと)動き回っていた。

待合室の患者さんたちも60歳以上の方々が中心。診療所全体を、昭和30年代の空気が支配していた。

僕はもともとレトロな雰囲気が好きなので、最初こそ少しびびったが、そのうち心地よくなってきた。

受付を済ませ15分ほど経つと、僕の名前が呼ばれた。

どんな高齢の先生が出てくるのかと思ったら、僕と同年代くらいの先生で、ちょっと拍子抜けした。

でも、この先生、なかなかできると見た。診察がとても手際よく、説明がむちゃくちゃ分かりやすい。しゃべりは「べらんめー」なのだが、思いやりを感じるべらんめーだ。この診療所の古さからいって、きっとこの先生は2代目なのだろう。お年寄りから、いかにも信頼されそうな若先生だ。

 

東銀座界隈の情緒ある風情に溶け込んだレトロな診療所。これから何回か通うことになるのだが、なんだかファンになってしまいそうだ。

すぐ隣の歌舞伎座は、老朽化のため再来年で取り壊されてしまうらしいが、この診療所のビルは、ずっとこのレトロな佇まいを残したままにしてほしいな。

久々に豊洲で映画を観た日

2008年10月26日 (日曜日)

ここしばらく映画を観にいっていなかった。

きょうも特に予定していたわけではなかったのだが、カミさんと娘が観に行くというので、ついていくことにした。

観たのは『容疑者Xの献身』。そう、テレビドラマ『ガリレオ』の映画化だ。

僕は、テレビドラマは一回も観たことがなかったのだが、それでもずいぶんと楽しめた。面白い映画だったと思う。

主人公の天才物理学者・福山雅治の大学時代の親友で、天才的数学者を、堤真一が演じていた。

堤真一といえば、『Always三丁目の夕日』の鈴木オートである。そして最近では、さまざまな映画、舞台、ドラマで大活躍の俳優だ。

今回も、なかなかの好演だった。

考えてみたら、俳優っていうのは凄い仕事だ。いや羨ましい仕事だ。

さまざまな役柄を演じ、さまざまな人格になってしまうのだ。ジキル&ハイドどころではない。たったひとりで、何十人もの人格を、演じ分けているのだ。

今回の堤真一は、鈴木オートでありながらも、天才数学者なのである。天才数学者を演じる堤真一には、(あたりまえかもしれないが)鈴木オートの面影は一切見当たらない。

 

ところで、この映画、実に切ない。

堤真一も切ないのだが、松雪泰子の切ない演技がとてもイケてる。

あんな美人が、貧乏で薄幸な役を演じると、逆にリアリティがある。

トリックも「なるほど、うまい!」と、唸らせる内容だった。

観に行っても損にはならない映画だと思う。

あまり引っ張るほどのネタではないので、結論を書く。

病名は、『尿管結石』。つまり腎臓で作られた石が、尿管に詰まったっていうことだ。

だから背中から脇腹に激痛が走ったのだ。

帰宅してすぐにネットで調べてみると、この尿管結石というのは、一般的に深刻な病気ではないものの、痛みは相当に激しいらしい。なので、発症した人の多くが、救急車で担ぎ込まれるとのことだ。

そうだよなあ。あの状態では歩くことなどできないよなあ……。と、ネットの情報を読んで深く納得する。

『尿管結石』だと分かっていれば、さほど慌てなかったかもしれないが、原因不明のまま突然のあの激痛。本当に死ぬかと思った。痛みに苦しみながらも、タクシーのなかでは、最悪の事態を想定してあれこれと考えていた。

会社のこと、仕事のこと、保険金のこと、娘のこと、自分の葬式の手配のこと(!)…etc.何の準備もないままだと、方々に迷惑をかけてしまうことに気づき、やっぱり簡単に死ぬわけにはいかないと思った(苦笑)。

 

さて、病院での過ごし方。

鎮痛剤を投与されてからは痛みも和らぎ、医師とも冷静に会話できるようになった。そこで、「尿管結石」にほぼ間違いないことを告げられたわけだ。

そして、腎臓に水分を送り込むために点滴を打つことになった。水を血管から入れるのって不思議な感覚だ。

500CCの点滴を2パック。計1リットルの水分を体内に送り込むことになった。所要時間が約2時間。時間が経過するごとに、どんどん痛みは和らいでいった。

救命救急センターなので、周囲にも多数の急患が横たわっている。カーテンで仕切られているので、中の様子をうかがうことはできないが、重篤な患者さんも何人かいたようだ。

切迫した医師の声が、あちこちから聞こえてくる。

人間の生死と向き合わなければならない医者という仕事は、ほんとうに大変な仕事だ。特に救命救急センターで働く医師たちは、いつ重篤な患者が担ぎ込まれてくるかわからない。気の休まる暇などないだろう。

もっともっと医師が尊敬される世の中にし、子供たちの憧れの職業にし、頭脳、人格ともに優秀な若者が医師を志すようにしていかないとなあ…と思う。

 

夜10時30分。

点滴も終了し、痛みもすっかりなくなった。まだ石は体内に残っているようだが、水分摂取を続け、薬を飲み続ければ、そのうちポロっと出てくるらしい。最終的な診察を受け、無事帰宅できることになった。

痛みは激しかったものの、難解な病気でなくて良かった。

それにしても、診察してくれた聖路加病院の若い医師と、病院に担ぎ込んでくれたタクシーの運転手さんには最大限の感謝である。ホントにありがとうございました。

あらためて健康の大切さと、医師の仕事の大切さ、人の親切のありがたさを身に沁みて感じた秋の夜長であった。

 

#下の写真は、点滴中、あまりにも暇だったので、寝ながら撮った写真です。

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