18歳の夏を思い出した日
2010年8月2日 (月曜日)
本日は、8月の最初の営業日。しかも月曜日。
パフでは毎月の第一月曜日の夜、月次キックオフ(全社員参加の会議)を行うことにしている。
各チームごとに前月の振り返り、報告、連絡、相談を行う。大切な情報共有の場なのだ。
そして会議後は、全員で乾杯し、軽食をつまみながらの小宴会を事務所の会議室で行う。
短い時間ではあるが、バカ話を中心とした社員同士の懇親の場である。
本日の小宴会の司会進行は、10月から(ちゃんと9月に卒業できれば、だが)正社員となるオオハシ。
オオハシは、本日のアトラクションとして、「仕事を始めてから記憶に残っている“ひと夏のアバンチュール”」を社員に発表することを命じた。
アバンチュールって、なんだか、とてもいかがわしい単語であるのだが(笑)。
社員たちの思わぬ秘話が飛び出した。いやあ、なかなかヒットなお題である。
で、僕の番。
いちおう立場上、めったな発言はできない。
そこで当たり障りのない、18歳の夏の体験を話すことにした。
僕の18歳の夏は、九州の田舎からひとりで上京してまだ数か月のころ。夜勤のアルバイトをしながら、昼は予備校の夏期講習に通っていた。上野駅のそばにある駅弁屋で、夕方の5時くらいから翌朝の7時くらいまで、大量の駅弁づくりに励んでいたのだった。
それはアルバイトがはねて、予備校に行かなくても構わない、土曜日の朝の出来事だったと記憶している。
九州から出てきたばかりの、うぶで純粋な18歳の釘崎少年。
思い出しただけでも恥ずかしくなるようなことを告白してしまった。
さすがに、この日記にも書けないような内容なのだな、これが。
あのころは、とてつもなく貧乏だったけど、将来にはたくさんの希望や夢もあって、楽しかったよなあ……。
“ひと夏のアバンチュール”を語ったことをきかっけに、あのころのことを懐かしく思いだした49歳の夏の夜なのでありました。
8月が始まった日
2010年8月1日 (日曜日)
8月である。もう8月である。すでに8月である。
早いなあ……。
7月は、超特急で過ぎた気がする。
でも、超特急で過ぎはしたのだが、振り返るとたっくさんのことがあり、つい最近のことであっても、遠い昔の出来事のような気がするから不思議なものだ。
・会社を休業にして全社研修を行ったのは7月2日~3日だった。
・パフ史上最大のセミナー「コロンブスのたまご」を開催したのは7月9日だった。
・不覚にも、急性胃腸炎でダウンしたのは、このセミナーの前日だった。
・新潟のささかみで(11月13日のライブを宣伝するための)プロモーションビデオを撮影したのは、7月17日~18日だった。
・ふるさと就職応援ネットワークの総会と、お仕事自慢全国大会を大阪で開催したのは、7月24日だった。
・そしてお客様やパートナー会社との夜の会食は、7月の平日22日のうち15回にものぼった。
こうやって眺めてみると、確かに一ヶ月前の出来事が懐かしくさえある。「あの頃は胃腸炎で苦しんでいたよなぁ…」と、まるで若かりし頃の思い出のようである(笑)。
特に7月は、上にも書いたように、会食の数が尋常ではないくらいに多かった。会食による新たな出会いと再会と、新たな機会の発見が相次いだのだった。
そういえば、先週末の金曜日の会食もそうだった。
とある会社の幹部の方から、とある大手化学メーカーの人事労務のキーマンをご紹介いただいた。
赤坂のはずれにある、小さくてお洒落な長崎料理のお店での4人の会食。「人材」や「組織」や「教育」や「世の中」のことを話題にして熱い議論が繰り広げられた。気がつけば閉店時間。まるまる4時間も話をしていた。
こういう会食というのは、とても心地が良い。7月は、初めて(あるいは久々に)会う方々と、この種の会食が多かったのも特徴的なことだった。
さて、8月。
お盆休みを含む月なので、仕事上の会食は(特に2週目以降は)少なくなってくる。少し落ち着いて、一人で過ごす夜が増えそうだ。最近自分のインプットの少なさが気になっていることもあり、本をまとめて読んでみたいと思っている。9月以降はアウトプットしなければならない場がたくさん控えているし。11月には50歳記念ライブも控えているし(笑)。
そしてパフの営業活動においては、8月はとても重要な一ヶ月となる。
多くの企業が次年度(2012年度)の新卒採用の企画を固めるタイミングがこの8月。多くのライバル会社の営業マンたちは、夏休み返上で足繁く人事担当者のところに日参している。我々の提案活動も、気を抜くことが出来ない。
ちょっと停滞気味だったNHKの龍馬伝も、いよいよ大きく動き出した。8月末には、ついに薩長同盟が結ばれるようだしね。
猛暑が続く8月であるが、「大事」のために、大切なカギを握るそれぞれの夏となりそうだ。