寸劇で面接官研修を行った日
2008年3月1日 (土曜日)
きょうは、取引企業T社の本拠地である宇都宮で、午後から面接官研修を行った。全国各地(すべての都道府県)から面接官を担当する現場の責任者の方々が、50名以上参加していた。
ちょうど一年前にもT社の面接官研修を引き受けた。今年で二年連続だ。
昨年と同じことをやるのも能がない。
そこで今年は、寸劇を交えた講義を行った。よくありがちな面接の場面を、寸劇で再現したのだ。
第一幕は、 『実はダメ学生 vs ダメ面接官の巻』 。第二幕は、 『実は優秀な学生 vs ダメ面接官の巻』である。
「実はダメ学生」というのは、一見明るくて元気だけど、実は何も考えていない中身のない学生。自分にはリーダーシップや、協調性や、コミュニケーション能力があると、堂々と主張する。が、実際にはそれは口だけで、彼の過去の行動には、それを裏付けるものが何もない。
「ダメ面接官」は、そんな彼を見破ることが出来ずに、彼の外見や言葉や第一印象だけに引きずられ、内定を出してしまう。
「実は優秀な学生」は、一見おとなしく自信がなさそうに見えるのだけれど、実際には、粘り強く創意工夫を繰り返しながら、ひとつのことを地道にやり続けており、大きな成果を生み出している学生。
「ダメ面接官」は、そんな彼の隠れた能力を引き出すことができず、不合格にしてしまう。
この「実はダメ学生」と「実は優秀な学生」を演じたのが、なんとT社の人事担当者Wさん。ひとり二役だったのだが、見事に、両方のキャラを的確に掴み、好演してくださった。
「ダメ面接官」を演じたのが、我がパフのヨシカワ。ダメダメぶりが実にリアルで、とても面白く、全国の本当の面接官の皆さんの笑いを取っていた。
正直に白状すると、この研修の話が持ち上がったときは、面倒だなあ…と、思っていた(T社のIさん、ゴメンナサイ!)。
しかし、研修を寸劇形式でやることにしたとたん、俄然やる気が出てきた。特に、自分で脚本を書いているうちに、ノリノリになってきたのだ。
そして研修を終えて、充実感、達成感を味わうこともできた。最初は、難しい顔をしていた受講者の皆さんが、寸劇を始めたとたん前のめりになって、ニコニコかつ真剣に、喰らいついてきてくださっていたのが、ひしひしと感じられたからだ。
今回の研修を引き受けたおかげで、またひとつ、パフのサービスメニューが増えた。しかも得意の寸劇領域で(笑)。
よかったよかった。
厳しさと、凄さと、大爆笑の渦だった、2月度締め会の日
2008年2月29日 (金曜日)
本日は、2月の営業最終日。
パフでは毎月末に、 『締め会』という社内イベントを行なっている。
時間は、18時半から20時までの真面目なミーティングの第一部。そして20時以降、ビールや軽食をつまみながらの「ぶっちゃけお疲れ様会」の第二部で構成されている。
2月度は、大小のイベントが集中して開催された月だった。なので、イベント班を中心に全社員が大忙しの日々だった。
ところが、この忙しさとは裏腹に、営業活動に時間を割くことができず、 『受注』という、企業活動にとって もっとも重要な成果を生み出すことのできなかった月でもある。
『働けど働けど我が暮らし楽にならず。じっと財務諸表を見る』という、冗談にもならないような詩が浮かんできた月だったのだ。
普通なら暗くなってしまう月末の締め会なのであるが、わが社の社員たちはサスガだった。
業績報告のあと、 「どうすれば3月以降、この数字を挽回することができるか」という議論が行なわれた。
そして、各グループや各プロジェクトの発表では、来月以降の成果を予感させるような、グッドな振り返りや計画も発表された。
また、日々各社(お客様)の採用のオペレーション業務を行なっているシステム&OSプロジェクトからは、膨大な仕事を、きっちり間違いなくスピーディーに回していっている秘密の仕組みが発表された。
いずれの発表に対しても、一同、感動と驚嘆と感心の嵐であった。
そして月間MVPなど、各種社内表彰の発表。これも、頑張った人がキチンと評価される結果となる、いい表彰だった。
そして第二部の、 「ぶっちゃけお疲れ様会」 。
イベント名プロデューサーのタシロ仕切りのもと、 『すべらない話』を社員ひとりひとりからプレゼンしてもらうという、ぶっつけ本番のアトラクションがスタートした。
いやあ、笑った笑った。
パフは、笑いのネタの宝庫であることがあらためて確認できた。
つい最近の失恋話でさえ、大爆笑の笑い話となる。 「他人の不幸は密の味」というのを地でいくノリなのだが、不幸な話をしている本人も楽しんでいる。
これだけの厳しい環境の中での締め会で、これだけの笑いが巻き起こる会社も珍しいのではないか。
これが、 「単なるノー天気なバカモノどもの集団」 であるのか、それとも、 「恐るべき、超活性化&ハイパフォーマーで構成された組織」であるのか……。
その答えは、そう遠くないうちに明らかになるであろう。
D社の説明会とグローバル会議の日
2008年2月28日 (木曜日)
創業時からのお取引企業D社の会社説明会が、パフ築地セミナールームにて午後1時半から開催された。
参加人数は予想を大幅に上回り、セミナールームは満員御礼。
D社のS専務(10年来のお友だち?)と、60分の対談を行ったのだが、とても爽快感溢れるひとときだった。
S専務は、やっぱり一流の人だ。すごい。本日の対談で確信した。
何がすごいって?
その答えは、D社の選考を受けてみるとわかるはずだ。
・・・・・
夜、NY本社のI社社長との真面目な打ち合わせ。とてもエキサイティングだったが、まだまだあと2、3回は、喧嘩が欠かせないと実感した(笑)。
外食チェーン店で感じたことを書く日
2008年2月27日 (水曜日)
きょうは日記で公開できるネタがないので(ずっと面接に立ち会っていたのだが、さすがにそのことを書くわけにもいかないので)、つい先日あった出来事を書く。
先日、午後1時のアポイントがあり、会社を12時過ぎに出発した。
昼食をカンタンに済まそうと思い、途中、新富町駅(有楽町線)のそばにある、某外食チェーン店に入って、すぐに出てきそうなカレーライスを注文した。
カレーライスを待っているとき、目の前のおばちゃん(たぶんこの店の店主と思われる)が、突然怒り出した。
僕にではない。隣にいた従業員に対してである。
どうやら間違ったオーダーを厨房に通していたようなのだが、それにしても、尋常ではない怒り方だった。「キーッ!!」という感じだ。
他にも3人ほどの従業員が働いていたのだが、名札を見ると、全員外国の人たちで、皆、「あぁ、またか…」という顔をしている。暗い険悪な雰囲気が漂っているのだ。
怒られていた従業員は、どうやらうまく日本語が聞き取れなくて、オーダーを間違えたようだ。おばちゃんとの会話もうまくできず、それがまた、おばちゃんのイライラ感を増幅させているように見えた。
ほどなく僕のカレーライスは出てきた。味は特段悪くない。いたって普通のカレーライスだ。時間もあまりないので、パクパク食べ始めた。
一方、目の前のおばちゃんのイライラはおさまらず、今度は他の従業員にその矛先は向かっていた。 「ほら、ちがうでしょ、そこ。早くしなさいよ!!」みたいな、ヒステリックな声の指示が飛んでいる。従業員達が、すっかりやる気を失っているのが分る。あれじゃ奴隷と同じだ。
こういう態度はいくらなんでも良くない。目の前に客がいることを、すっかり忘れてしまっている。なんだか、せっかくのカレーライスが不味く思えてきた。
そういえば、お昼時真っ盛りだというのに、この店はあまり混みあっていない。僕はこの店を普段は利用しないから分らないのだが、ひょっとしたら、この おばちゃんが原因かも…と思えてきた。
おそらく僕も、もう二度とこのお店で昼食をとることはないだろう。殺伐とした雰囲気のなかで働かされている従業員には可哀想だが、このような店で調理される食べ物には信頼がおけないし、第一、こんな雰囲気の中で、食事をしたいとは思えない。
従業員が、楽しく和気藹々と働いているお店の食事は美味しい。間違いない。
これは外食のお店だけに限ったことはない。従業員が元気なく、暗い雰囲気で働いている会社の商品を買いたいとは思わない。きっと商品もサービスも粗悪に決まっている(というイメージを受ける)。
他人事ではない。
うちの従業員は楽しく和気藹々と働いているだろうか。目の前のお客様の存在を忘れて、内輪のことに対してパワーを使っていないだろうか。理不尽に、ヒステリックに怒りまくっているおばちゃんはいないだろうか。なにより自分自身が、そんなヒステリックなおばちゃんになってしまっていないだろうか。従業員の士気を落としてしまっていないだろうか。
カレーライスを食べながら、そんなことを考えたお昼の10分間だった。
ちょっと喋りすぎた日
2008年2月26日 (火曜日)
きょうの夕方、2名の学生がパフを訪れてくれた。両名とも、パフを就職先候補として考えている学生だ。
パフの社員に様々な質問をし、疑問を払拭したうえで、本選考に臨むのだと言う。
僕も時間があったので、この2名の学生の質問に立ち会った。
「なぜ、釘崎さんは会社を作ったんですか?」
まあ、ありがちな質問だ。
しかし、この質問にきちんと答えようとするならば、僕の生い立ちから、小学生、中学生、高校生、大学生、若僧社会人として過ごした、数十年もの半生を語らねばならない。
やめときゃいいものを、ビールを飲みながらだったこともあり、ついつい喋り始めた。
幼稚園中退のエピソードを話すだけでも5分間ほど要した。
延々30分ほど喋ったところで、やっと36歳のころの、創業を決意する歴史的シーンがやってきた。
でも、肝心の会社を作った理由の部分は、「まあ、行きがかり上かなあ……」というひと言だけ。
つまり会社を作った理由は、36年間の半生の中にこそ隠されているし、蓄積されているんだ……と、いうことなのである。
#それにしては、ちょっと喋りすぎたかな(苦笑)。
きょうわざわざ足を運んでくれた二人の学生君。質問をたくさんしてもらうはずが、こっちからの話ばかりでゴメンナサイ!
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この『釘さん日記』をお読みの方の中で、パフを志望する人がいたら、ぜひ、『パフの創業物語』『パフの自転車操業物語』『素晴らしき100の出会い』の三つのコラムを読んできてくださいい。
きっと、
パフはなぜ生まれたのか、
どうやって続いてきたのか、
誰が支えてくれている会社なのか、
何を大事にしている会社なのか、
どういう仲間が働いている会社なのか、
社長はいったいどんな奴なのか……。
といったことが、よく理解できるのではないかと思いますよ。
#画面右側(⇒)の、カテゴリー2の『パフの創業物語』のメニューからご覧いただけますので、みなさんどうぞご覧ください。
硬派の社長の記事を読んでスカッとした日
2008年2月25日 (月曜日)
多額の負債を抱えあえいでいた総合商社、伊藤忠商事を、みごと復活させた名社長、丹羽宇一郎さん(現在は同社の会長)。その丹羽さんが、本日の日経新聞夕刊の「あすへの話題」というコラムに、寄稿されていた。
タイトルが、 『遁辞(とんじ)を弄する』。
最近の、行政や政治に対して、“喝”のメッセージを書いている。
「遁辞」とは、つまり、 「言い逃れ」「言い訳」ということ。
丹羽さんはコラムのなかで、 「最近ではどうやら行政や政治に、外からみると首をかしげるが、中にいたら何とも思わないという深刻な事例が多いようだ」と語っている。
行政や政治だけではない。自分たちの組織の中にも、そういったことはきっとあるはずだ。
「言い訳をしない」、「人のせいにしない」、一人ひとりが主体性と責任をもった組織にしていかなければ、その組織は、世の中にとってお荷物になるだけだ。
丹羽さんのコラムを読んで、「遁辞」ということを、あらためて考えさせられた。
靴を磨いた休みの日
2008年2月24日 (日曜日)
僕は案外、物持ちがよい。貧乏性だということもあるのだが、買ったものは長いあいだ使っている。
例えばスーツ。
会社を立ち上げようと思った10年前。安定した収入のあてがなく、当面はスーツを買うことすらままならないと思い、会社員時代の最後のサラリーで、2着のスーツを買った。
なんとそのスーツは10年たった今でも着ている。腹回りは2度ほど服の仕立て屋さんで広げてもらったが、今でも十分着られる。
先日の10周年記念式典では、あえてその10年前に買ったスーツを着て臨んだ。肘や膝は、ややツルツルしてはいるのだが、あまり気にならないし、わからない。
そろそろ買い換えたら…と言われることもあるのだが、創業時の思い出のスーツでもあるので処分することができない。きっと、ずっと、ボロボロになるまで、着続けるんじゃないかな。
例えばノートPC。
会社のPCはよく壊れてしまうので、数年に1回のペースで代替わりしているのだが、自宅で使っているノートPCは、すでに7年間使い続けている。
特に大事に使っているわけでもないのだが、なぜか壊れない。出張の時はいつも持ち歩いているノートPC。
自宅で作業をすることが多いので、使用時間は会社のPCよりも、だんぜん長い。いまブログを書いているのも、このノートPCだ。
例えば腕時計。
物持ちがいい、というより、僕はそもそも高価なものを身に着けたいと思わない。時間さえわかればいいものなので、ブランド品の腕時計を自慢している連中の気持ちがよくわからない。
ちょっと前まで使っていた腕時計は、6、7年ほど前に、家電量販店で1万円くらいで買ったものだった。が、その時計を、昨年の秋、五反田で飲んでいたときに失くしてしまった。
それ以来、腕時計なしで過ごしていたら、カミさんが不憫に思ったのか(苦笑)、誕生日プレゼントに買ってくれた。いまはその時計を大事に使っている。丈夫そうな時計なので、失くしさえしなければ、きっと死ぬまで使うんじゃないかな。
それから最後に靴。
僕は仕事用では、黒と茶色の革靴をそれぞれ一足ずつしか持たないことにしている。我が家の下駄箱が小さいのでそれ以上収容できないという理由もあるのだが、必要最低限の靴だけで済ませている。
なので当然、消耗も早い。少しでも長持ちするように、たまの休日には、靴墨をたっぷりつけて磨いてやることにしている。
きょうも午前中、自宅でせっせと靴磨きを行った。
まずはブラシで表面の埃をはらって、アルコールで古い墨をふき取ってから新しい靴墨を塗る。そして古い下着をぐるぐるまきにした布で、丹念に磨き上げる。15分も磨き続けると、新品の靴とは違った、風味のあるツヤになる。
茶色の靴は、もう履き始めて2年を超える。黒い靴はまだ3ヶ月程度だが、その前の黒い靴は、4年間履いていた。
僕は毎日、徒歩通勤をしているので、踵(かかと)の減りは早い。さすがに社長という立場上、踵(かかと)が磨り減った靴をいつまでも履いているわけにもいかないのだが…。それでも、靴屋さんで(踵の交換の)修理をしてもらいながら、履き続けている。
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僕は何かと飽きっぽい性格なのだが、このように案外、いったん買ったものは大事に、長く使う人間なのだ。
しかし一方で、この2年間に、財布を2度も失くしている。物持ちがいいのは、買いたくても買えない財布の事情があったりするのかもしれない(苦笑)。