パフ代表の徒然ブログ「釘さん日記」

吉永小百合のことを書く日

2008年1月22日 (火曜日)

昨日の日記に、吉永小百合のことを少し書いた。彼女が可憐な少女のころに歌った唄である(実はデビュー曲だった) 『寒い朝』を、僕は口ずさみながら通勤しているという話を書いたのだ。

そして今朝。

朝食のトーストをかじりながら何気なくTVを観ていたら、なんと吉永小百合が映っているではないか!!

数時間前に僕の日記に書いたばかりだったので、この偶然に、なんだかとても幸福な気持ちになった。

今週の土曜日(26日)から公開予定の映画『母べえ』の特別試写会が、昨日ロケ地の埼玉県川口市で行われたらしく、そのときの舞台挨拶の様子が映っていたのだった。

このテレビを観ていて思い出した。

今年の正月、なんと吉永小百合から年賀状をもらっていたのだ

郵便受けから年賀状の束を取り出したとき、その年賀状は束のいちばん表にあった。

達筆の文字で綴られた年賀状を見て、「へぇー、キレイな字だなあ。誰からだろう?」と行末に目をやった。

なに!!!

一瞬ビックリした。“吉永小百合”と、これまたキレイな字で書いてあるのだ。

「なぜオレなんかに吉永小百合から直筆の年賀状が来るんだ?」と、一瞬まじめに考えてしまった。

まあ、すぐに謎は解けたわけだが(苦笑)。

吉永小百合からの年賀状。JPもなかなかやりますなあ。日本中の中年のオヤジたちは、さぞかし喜んだことであろう。

手元にあるので、ちょっと書き写しますね……。

明けましておめでとうございます
年賀状にはすてきな力があると思います
長く会っていなくても心が通う
そう信じて、私の気持ちを贈ります
今年公開される映画『母べえ』は
あたたかな手紙で結ばれる家族の愛の物語
山田洋次監督のもと思いを込めて演じた
作品をご覧いただきたいと願って居ります
今年が平和な一年になりますように

平成二十年一月一日     吉永小百合

うーん。うっとりするくらい、洗練された文字と文章だ。きっと吉永小百合が自分で考えた文章なのだろう。

『母べえ』を、さりげなく宣伝するあたりもニクイ。この映画では“手紙”が大事な要素になっているらしく、きっと商売センスのある広告代理店あたりが、JP(日本郵便)と松竹とをタイアップさせたのであろう。

そういえばパフの事務所の目の前には京橋郵便局があり、そのすぐ隣には、松竹の本社がある。これもなんだか因縁めいてるよなあ。

そうそう、さらにこじつけていえば、明日はパフの事務所に松竹さんがお見えになる。パフのセミナールームで、とあるイベントを開催することになっており、僕も参加することになっているのだ。これも縁というものだろう。

ちょっとネットで調べたら、吉永小百合は1945年(昭和20年)3月13日生まれとのこと。なんと僕の結婚記念日と吉永小百合の誕生日は同じ日だったのだ。これも偶然とはいえ、嬉しいことだ。

おっとっと。脱線しまくりで脈絡のない日記になってしまった……。

ともかくも、こうなれば絶対に、映画『母べえ』は観に行かねばなるまい。

せっかくなので、パフの事務所から徒歩1分の東劇(松竹さんの本社ビルでもある)に、観にいくことにしよっと♪

寒い日

2008年1月21日 (月曜日)

きょうは暦の上での“大寒”。そして本当にきょうは大変寒い日。この冬いちばん寒かったのではないかな?

朝の徒歩通勤、ひさびさに手がちょちょ切れそうで辛かった。特に勝どき橋のうえ。風の冷たさが身にしみた。

たしかに寒いのはつらいのだが、温暖化が進む昨今、本来の冬らしい寒さには、なんだかホッとする。

ところで僕は、寒い朝になると必ず口ずさむ唄がある。吉永小百合の『寒い朝』という唄だ。

♪きーたーかぜ吹きぬくー 寒い朝もー、 こころーひとつでー 暖かくなる ♪ で、始まる唄。

確か1960年代に流行った唄である。可憐だけど芯の強さを感じさせる吉永小百合の若かりし頃のヒット曲だ。

この唄を口ずさんでいると、どんなに寒い朝であっても、吉永小百合の顔が浮かんできて、がんばろうと思えるようになるから不思議である。

僕にはこんな感じの、いろんな辛いシーンでの『マイ励ましソング』がいくつかある。

また追々、この日記でも紹介していくことにしようかな♪

がんばれNHK!の日

2008年1月20日 (日曜日)

NHKの職員がインサイダー取引をしてしまったらしい。

とても残念だ。

実は僕は、NHKの番組がとても好きなのだ。

年を取ってきたせいもあるのだが、民放の番組がどうも好きになれない。どうみてもアタマの悪そうな、アイドル化した女子アナウンサーだけがキャピキャピと目立つ番組作りしかできない民放の番組を観ていると、なんだか悲しくなってくる。

昭和40年代のテレビ黄金期にテレビっ子だった僕からすると、最近の民放テレビは、どうも質が悪くなってきたように思える。創意工夫を絶えず繰り返し、日々チャレンジしていた、かつてのテレビマンたちの情熱がなくなっているような気がする。

そんななか最近のNHKは、とても頑張っているように思える。

一連の不祥事をうけて、現場の職員たちは汚名を返上すべく、「これぞ制作、これぞドラマ、これぞドキュメンタリー、これぞ報道、これぞNHK」という気概を持って、番組作りに励んできたのではないだろうか。

この年末年始のNHKの番組を観ていても、おもしろいなあ、やっぱりNHKだなあ、と感心することが多かった。

定番の紅白歌合戦も工夫が随所にみられてよかったし、さだまさしが出っ放しの正月番組もよかったし、「プロフェッショナル 仕事の流儀」はなかなかいい番組だし、今年の大河ドラマも、単発のドラマもなかなかいい。

昨日(土曜日)の夜のドラマ「フルスイング」にも感動した。(現中日監督の)落合やイチローの打撃コーチを務めた故・高畠導宏さんをモデルにしたドラマなのだが、NHKらしい、民放には決して作ることの出来ないドラマだと思った。

そんななかでの、NHKの新たな不祥事。実に残念でもったいない。

職員数が1万人以上もいるわけなので、毎年犯罪者がでるのは、確率的にはしょうがないのかもしれない。

しかし、僕のようなNHKファンも世の中には少なからずいるのだ。NHKの番組に元気がなくなるのは困る。もっともっと質のいい番組を作ってもらわないと。民放にはできないNHKならではの安心して観ることの出来る番組を生み出して欲しい。

NHKの経営や管理に携わる幹部の皆さんには、二度とファンを残念にさせるような不祥事が起きないような仕組みを作って欲しい。

現場の皆さんには、今回のことで腐らず、落胆せず、萎縮せず、でも反省はきちんとしたうえで、目の前の仕事に今まで以上に真剣に取り組んで欲しい。

・・・と、なぜか今夜の日記は「NHK特集」になってしまいました(笑・・・うことではないな)。

日本列島ジグザグの日

2008年1月19日 (土曜日)

木曜の夜から土曜の夜にかけて(17日から19日)、あっちいったり、こっちいったりの日々を過ごした。

17日の夜、新幹線で神戸まで。一昨年から引き受けている神戸芸術工科大学でのキャリアデザインの講義を翌日行うためだ。

18日、講義は無事終了。睡眠学生ゼロを目指したが、達成ならず。朝1限ということもあり、最初から熟睡している学生も。なかなか手強かった。今年度の授業は今回で終了となるのだが、次年度こそは、睡眠学生ゼロの目標を達成したい。

講義が終了し、夕方、東京に戻る。会社で雑務を行った後、品川へ。場所は、品川プリンスボウル。創業時からの協賛企業D社の専務を筆頭とした社員の皆さんとのボウリング大会に参加するためだ。

D社とパフとのボウリング大会は、これで4回目となる。毎回、会社対抗で競い合っている。1回目(たしか4~5年前?)はパフが惨敗したのだが、その後の2回はパフが連勝している。

僕は会社の勝ち負けは別にどうでもよくて、個人での優勝を密かに狙っていた。

が、見るも無残な結果。優勝どころか、ガタガタの成績で終わってしまった。パフの新入社員のイワサキに個人優勝をさらわれてしまったのが、悔しさに拍車をかけた。1ゲーム目は、もうひとりの新入社員キムラにも負けてしまった。

ああ、悔しい。D社のS専務も、同様に絶不調。ふたりで優勝を競い合ったのは今は昔。もうあのころの輝きは、ふたりには戻ってこないのだろうか(涙)。あ、ちなみに団体戦はパフの勝利。まあ、個人が散々だったので、嬉しさもあまりないんですけどね(苦笑)

ビールと焼肉で打ち上げ(残念会?)を行った後、帰宅。

数時間の睡眠後、朝5時半に起床し、羽田空港へ。熊本に行くためだ。

熊本到着後、地場の同業者であるT社の部長と打ち合わせ。その後、コンサル先のK社に入り、4時間連続の打ち合わせ。

この日は宿泊せずに、東京にとんぼ帰りした。慌しい1日だったのだが、空港で熊本ラーメンを食べられたのは嬉しかった。なかなか美味しかったのだ。

と、この3日間は、あっちいったりこっちいったり、日本列島をジグザグ・うろちょろしてしまった。

また一週間を振り返ると、今週は毎日、朝から晩まで(夜の付き合いも含めて)よく働いたと自己評価。

明日の日曜日は、ちょっとゆっくりさせてもらおうかな。あ、でもジムに行って、脂肪だけは燃焼させなければ!

評価会議を行った日

2008年1月18日 (金曜日)

この日記でも何回か触れてきたが、パフは昨年の7月1日(今期スタートの日)を境に、理念/ミッション/ビジョンを再定義し、組織も一新し、人事制度の改革も行った。

その新しい人事制度に基づいた人事評価が始まった。

メンバーは、自分で立てた目標や行動に対する自己評価を、シートに書き込む。そしてそのシートに対し、上司であるグループ長は、コメントと上司評価を書き込む。

この本人と上司の評価が書き込まれたシートをすべて持ち込んで、本日、「評価会議」を行った。

この評価会議の目的は、単純に昇格や昇給を決めればいい、ということではない。主眼は、ひとりひとりの社員の強みや弱みを明らかにし、どのように育成指導していったらよいかを、皆で話し合うことにある。

パフには現在、3人のグループ長がいる。この3人プラス社長である僕。そして、今回の人事制度構築のコンサルを引き受けてくださったマングローブ社の今野社長にオブザーバー(というよりアドバイザー)として加わっていただいた。

午後1時から始まった会議が終了したのは午後5時半。延々4時間半かけて、皆で真剣に討議した。途中休んだのは5分間のアイスクリームタイムと、4分間のトイレタイムだけである。

この会議を通じて、僕は感心を通り越して、感動してしまった。

我がグループ長に対してである。メンバーひとりひとりに対する深い愛情を感じたのだ。

彼らは真剣にメンバーの育成のことを考えている。他のグループ長や周りの意見に左右されず、きちんと自分の軸を持ちながらメンバーの評価をしていた。厳しい目と、温かい目と、公平な目と、おとなの目で、自分のグループのメンバーだけでなく、すべての社員のことを、自分のことのように真剣に考えていたのだ。

まだ30歳にも満たない連中ではあるのだが(ひとりはちょうど30歳だが)、きっとよその会社の名マネージャーと呼ばれる人たちと比べても、(少なくとも意識面においては)負けていないと思う。オブザーバーの今野さんも、会議が終わったあと、感心しきりであった。数多くの会社の評価会議に出席している今野さんからみても、彼らの「目」や「考え方」や「姿勢」には、抜きん出るものがあったという。

最初から、このようなものの見方が出来ていたかというと、決してそうではない。成長したのは、この半年間ほどではないだろうか。いや、この数ヶ月かもしれない。20歳近くも年上の(しかも社長である)僕よりも、高い視点での、冷静でぶれないものの見方をしてくれる。

とても嬉しくなるとともに安心した。彼らが合議して決めたことがらであれば、間違った方向に進むことは絶対無いと確信した。

僕には珍しくちょっと褒めすぎてしまったが、それだけ感心・感動したということだ。この感覚を忘れないうちに、この日記に残そうと思ったわけである。

<追伸>

マングローブの今野社長は、『月刊パフ The Movie』の1月号にもゲスト出演しています。

パフの強みを紡ぎだした日

2008年1月17日 (木曜日)

本日(16日)の午後、3時間ほどかけてパフの強みをベテラン社員(ベテランといっても最年長で30歳だが…)5名プラス國さんと僕とで議論した。今後の商品企画に向けての欠かせないプロセスのひとつである。

いやあ、出た出た。他の会社じゃ絶対出ないようなパフの強みが。しかも、全員コトバや表現方法は違っても、ほぼ共通の強みが出てきたのだ。

でも最大の強みは、社長も社員も、根っこのところで感じている自社への思いが共通しているっていうことだろうな。

夜、創業時からの協賛企業であるKD社の元人材開発部長(教育と採用の責任者)Mさんと、このKD社を担当していたパフ歴代営業マン3名との飲み会があった。

Mさんが年末、歴代の3名の営業マン(マンといっても2名は女性だが)に、「行こうよ」と声をかけてくださり実現した飲み会だ。

僕も急きょ、二次会から合流することになった。

ここでも、パフの強みが話題になっていた。

KD社のMさんが、すでに一次会の場でパフの強みとして3つを挙げてくださっていたのだが、その3つとは……。

1.不器用さ
2.粘り強さ
3.温かさ

ということであった。

なーるほど。長年パフといっしょに採用の仕事をやってきた重鎮からみると、パフの強みってそうなんだな。午後の会議ではいずれも出てこなかったコトバではあるが、いずれも納得できるキーワードである。

やはり自社の強みを考えるには、内と外、両面から眺めてみる必要がある。

それにしてもMさん、ホントにありがたい。採用の現場を離れて、もう2年ほどになるが、ずっとパフの社員たちを心配してくださり、こうやって時折声をかけてくださる。心の名誉顧問である。

折りしもMさんの先輩であるMさんの一代まえの人材開発部長Oさん(いまは某財団の常務理事)からも、この日、久々にお電話をいただいた(ぜんぜん別件だったのだが、やはりパフのことを気にしていただいて)。

Oさんも現場を離れてすでに6年くらいになるのだが、こうやっていまだに気にかけてくださっている。あぁ、ありがたや。

ところであすは、夕方から久々の神戸に行かねばならぬ。大学での後期最後の授業なのだ。お、じゅ、準備が間に合わない……。本日は、ここまで!!

連休明けは慌しいぞ…の日

2008年1月16日 (水曜日)

このブログシステムは、どうやら日付の自由が利かないようだ。僕が家に帰宅して、そろそろ日記でも書いて寝ようかな、と思う時間というのは、だいたい深夜1時から2時くらい。日付は翌日に切り替わっている。すると、きょうの日記が翌日の日記として掲載されてしまうのだ。

たとえば今日の日記。僕は15日(火)のできごとを書きたいのだが、すでに正確な時刻は午前0時を回っているため、16日(水)の日付の日記になってしまうのだ。

ちょっと気持ち悪いのだが、システムに逆らうわけにもいかない。

ということで、基本的にこのブログは、オモテの日付の前日のことが書いてあると思ってください>親愛なる読者の皆様へ

さてさて。きょうは3連休明けの火曜日だった。僕は前日までの3日間、あえて会社には行かなかった。年末年始の6連休でさえ、ほぼ毎日会社に足を運んでいたのだが、この3日間に限っては、強い意志を持って(?)、会社に行くのを我慢した。

じゃあ何をやっていたかというと、ひたすらジムで(エアロバイクで)汗を流しながらの読書と筋肉トレーニングを行っていたのだが、この話はまた別の機会に^^;。

で、3日も完全に仕事をしないでいると、休み明けの仕事はたいへん慌しいことになる。特に先週末は出張もあったため、受信メールへの返信だけでも、相当な仕事だった(返事を要するメールだけでも50通前後溜まってしまっていた)。

パフは毎週最初の営業日に、全社朝ミーティングを、早朝8時から行うことにしている。毎週1回は、全員が顔を揃えて、ホウ・レン・ソウをやりましょうという趣旨だ。

そしてその後、ミーティングのオンパレードとなる。僕は出来る限り、現場の打ち合わせに顔を出そうと思っているので、ほぼぎっしり、分刻みなのだ。

しかも本日は、法務局で資本金変更(昨年末増資をした)の登記日。会議の合間に慣れない書類を短時間で作成して、九段下にある法務局のお役人さんに申請しに行って来た(次の会議まで時間がなかったので、往復を走ってしまったのだが、それはそれでジムに通わずして、安上がりで脂肪を燃やしたことになる)。

さらに加えて本日の夜は、「うまれよ塾」の日。僕は、いつも塾が始まる前まではテンションが低いのだが、いざ始まってしまうと熱が高まる体質だ。18時~21時過ぎまで、みっちりと学生と一緒に過ごした。

で、席に戻ったのは21時半。そこからさらに、頭を使う仕事、頭の痛い仕事に集中。しかし残りの仕事は、「あしたのほうが絶対集中できる」と、割り切って帰宅。時刻は23時30分だった。

と、まあ、終わってみたら、慌しい1日だったわけだ。明日からは仕事に追いかけられずに済むようにしたいものだ。

さ、ということで、そろそろ寝よう。

#「日記を毎日書く」と宣言したものの、こりゃなかなかシンドイ。明日からは3行日記にしてみるかな……。