パフ代表の徒然ブログ「釘さん日記」

新聞少年たちとの模擬面接

2016年3月16日 (水曜日)

昨日は職サークルの協賛企業にもなっていただいている日本経済新聞育英奨学会(日経奨学会)との共催で、面接講座を茅場町のセミナールームで実施した。

※日経奨学会とは?(ホームページより転載)

家庭で新聞に目を通すことは、日本ではごく当然のことだと思われています。宅配制度により維持されているこの習慣を支えているのが、新聞奨学生のみなさんです。
日本経済新聞社ではこの事実を深く認識し、昭和43年(1968)に日本経済新聞育英奨学会(日経奨学会)を発足。在学中に新聞配達業務をして頂くことで、卒業までにかかる学費と、東京での住まいを日経奨学会が提供します。月々の給与も支給しますので、親に負担をかけずに自立が可能となります。

この日経奨学会が職サークルに協賛してくださったばかりのころ、僕は次のような日記を書いていたので一部抜粋してみる。

 
 

がんばれ新聞少年! 2014年2月14日 (金曜日)

昔、山田太郎という歌手がいたのだが、その代表曲が「新聞少年」。僕がまだ小学校に入学する前だったと思うから50年近く前のヒット曲だ。

 

僕のアダナを知ってるかい

朝刊太郎というんだぜ

新聞配ってもう三月

雨や嵐にゃ慣れたけど

やっぱり夜明けは眠たいなあ

 

という歌詞の唄である。

昔は家計を助けるために、新聞配達や牛乳配達をする若者たちが大勢いた。

うっかり「昔は」と書いてしまったが、もちろん今でも新聞配達をしている若者たちはいる。その貴重な労働力のおかげで日本の新聞事業は成り立っているといっても過言ではない。

新聞各社には育英奨学会(新聞奨学生)の制度がある。奨学生には学費や生活費の(ほぼ)すべてが支給される。食事や寮(または借り上げアパートなど)も用意されている。親に一切の経済的負担をかけることなく学校に通い卒業することができるのだ。

しかし、その仕事はとってもハードだ。山田太郎の唄のごとく、雨の日も嵐の日も新聞を配らなければならない。先日のような大雪の日の配達は、想像を絶する辛さだったろうと思う。(以下、省略)

 

昨日、講座に参加したのは首都圏の販売所に勤務する大学三年生10名。早朝3時から朝刊を配ったのち、自宅でスーツに着替えたうえで茅場町のパフ事務所に集合してくれた。とても引き締まった顔つきだ。

講座では、企業の採用の論理・考え方を一通り説明したのちに、学生同士での模擬面接を実施。そして後半では、代表者2名を選出したうえで僕との模擬面接も実施した。

大学入学以来3年間、毎朝、毎夕、新聞配達をし続けてきた学生である。学費、生活費の一切を他に頼らず、自分自身で稼いできた学生である。僕はそのことがいかに大変なことであるかよく知っているので、この事実だけでも彼らのことを評価する。

ところが、「そんなに新聞配達が好きなら、卒業後も続ければいいんじゃないの?」などという心無い言葉を採用担当者から吐かれた学生もいるのだという。どんな文脈でそんな言葉を吐いたのか分からないが、度し難い採用担当者である。「どこのどいつだ?そんな馬鹿野郎は、俺がぶん殴ってやる!」と、思わず腹を立ててしまったり(苦笑)。

彼らはまだまだ表現下手ではあるが、芯をしっかりと持った学生たちである。そのことは短い模擬面接を通じてもよく理解できた。

しかし、就職活動に割ける時間が一般の学生と比べると圧倒的に少ない。これは不利と言わざるを得ない。

企業の採用担当者には、ぜひとも彼らの事情に配慮した選考を行ってほしい。入社後、すぐに辞めたり、仕事を投げ出したりする若者ではないことだけは確かなのだから。

 

さて、本日は会議や打ち合わせや来客が目白押し。夜は、昨年の秋からとあるプロジェクトにチャレンジしてきた学生との打ち上げに参加しようかと思っている。

ではまずは、いつも通り朝食&あさ後、行ってきます!