新・パフの創業物語<第33話>「ち・ちがう!これは自分の道じゃない!」
2020年8月14日 (金曜日)
20年前(2000年7月から約1年間)、メルマガで連載していた自伝(自虐?)のコラムを不定期で再掲しています。きょうは第33話です。
※第1話はこちら⇒新・パフの創業物語<第1話> 「最初の出会いは産婆さん?」
※原則として昔の原文のままですが、事実とは異なっていた内容、誤字も含めての不適切な表現、「てにをは」のおかしな個所は、修正しています。また当時の写真やイメージ画像等を追加で掲載しています。
※文中にある「今」の内容は、すべて執筆したとき(西暦2000年当時)のものです。
時はすでに1990年。
リクルートでの売れない営業マンを皮切りに、ベンチャー企業での人事担当者、 システム経験ゼロのニセSE、大手コンピュータメーカーでの販売推進プロジェクト…。
さまざまな職を渡り歩いてきた釘崎青年も、ついに30歳を迎える年になっていました。
30歳になるまであと半年ほどとなった1990年4月。 それまで自分が歩んできた道を振り返り、そして、今の自分を見つめ、「いったいオレはこの先、どう生きていきたいんだろう…」と、自問自答することが、やけに多くなっていました。
なぜか?
直前の1年間は、大手コンピュータメーカーF社で多忙ながらも充実した時を過ごしていたものの、そのプロジェクトが3月で解散。ボクはもともとの転職先であった系列のディーラーM社に籍を移していました。
M社の職場環境はそれまでのF社の環境とは全然違っており、周囲から聞こえてくるのは、会社や上司や経営者や取引先への悪口、F社への愚痴、そしてため息ばかり……。
考えてみれば1年前、このM社に転職をしたものの実際に働いていた場所はメーカーであるF社。1年後のこの時、なんだかまた別の会社に転職してきた感覚でした。
それまでの職場とは180度ちがう環境とカルチャーに、居心地の悪さを感じてしまう毎日。そして、だんだん自分の気持ちも萎えて、腐りはじめてきたことに気づきました。
「オレはいったい何のために、1年前S社を裏切るように辞めてきたんだろう」
「オレはこの会社で、自分の自分らしい道を見つけられるのか?」
「おいクギサキ、お前はもうすぐ30歳だぞ。どうするんだ?」
と、自分を追い込むようなことばかり考えるようになってしまったわけなのです。
そして、
「まずは、この場所を離れなきゃダメだ!」
と、当てなどなにもないにもかかわらず、半ば衝動的に辞表を提出してしまったのでありました。
(そんな!随分と短絡思考じゃない?…つづく)
このときの僕は、ネガティブ思考のほんとダメなサラリーマン野郎でした。そんなネガティブな自分が嫌で嫌でたまらなかった時期でした。
それを会社のせいにして辞表を出してしまうなんて心底ダメな奴なんですが、でも、このときのこの短絡的な思考と行動がなければ、後々パフを創業することもなかったわけで……。人生とは、キャリアとは、まことに不思議なものですね。
さて、本日から3日間は個人的にお盆休みをいただきます。
といってもどこかに出かけるわけではなく、ずっと家に籠ってインプットに励もうと思っています。
では、朝食&エール再放送後、まずは読みたかった本を読みます!