パフ代表の徒然ブログ「釘さん日記」

森の熊さん、さすがと思った日

2008年4月25日 (金曜日)

森の熊さんというのは、パフの監査役を務めてもらっているキムラさんのこと。僕の大昔の会社(小さなシステム開発会社)での先輩であり、協賛企業エフティエスディスカの創業社長でもある。

きょうキムラさんは、パフの監査役という立場で午後パフに来社し、その後、大活躍して帰っていった。

詳しい内容は書けないが、「さすが!」と思うことが、ふたつあった。

ひとつめは技術屋の先輩としてのキムラさん。ふたつめは経営者の先輩としてのキムラさん。

僕では考えつかなかったことを、いともカンタンに、「釘、こうすりゃいいんだよ」と教えてくれた。

いやあ、さすが。

持つべきものは、大先輩である、

根を詰めた日

2008年4月24日 (木曜日)

2週間ほど前より、今月中にまとめ上げなければならない案件が急浮上。きょうは朝から、そのための仕事をやっていた。

社会に出て25年間。ずいぶんといろんな仕事(会社や事業を立ち上げることも含めて)をやってきたつもりだが、今回のような案件は、初めての経験である。

専門家の知恵やアドバイスを頼りにやっているが、なかなかどうして。細かいところでは、正直言って、ようわからん。

ただ、ゴールは見えているし決まっているので、迷いはない。あとは方法論の問題だけ。

この歳になって、初めての仕事に携わるとは思わなかったが、それでも初めての仕事というのは面白いものだ。ちょっと今夜は根を詰めてしまって、家に帰るタイミングを逸してしまった。

とりあえず、日課である「日記」だけは、いま会社で書いた。さて、これからどうしようかな……。

きょうは朝8時の飛行機で、九州に飛んだ。

営業担当のヨシカワと一緒に、コンサル先のK社に向かうためだ。

その機内でのヨシカワとの会話。

ヨ:「先日、学生時代の女友達3人で、温泉に浸かってきましてねえ、よかったですよお」

釘:「おお、そうらしいねえ。羨ましいなあ」

ヨ:「そういえば、その友だちが、『釘さん日記』のファンで、やたらとパフのことに詳しいんですよ」

釘:「へー、そうなんだあ」

ヨ:「『釘さん日記』に登場する人たちが羨ましいんですって。彼女も一回登場したいって言ってましたよ」

釘:「へー、そんなのお安い御用だけど。でも俺、会ったことないしなぁ…」

ヨ:「登場するために、パフでアルバイトしたいって言ってましたよ」

釘:「え、そりゃまた、すごいなあ!」

この日記に登場するために、わざわざパフでアルバイトをするっていう発想に恐れ入ってしまったのだが、こんなヘナチョコ日記に、そんな好意を抱いてくださる読者がいるということに、すごく恐縮するとともに、嬉しくなってしまった。

こりゃ、「きょうの日記はなし!!」なんて、これからは書けないなあ……と、プレッシャーも感じてしまった次第である(苦笑)。

日記が消えた日

2008年4月22日 (火曜日)

4月22日、25時47分。

かなりのボリウムの日記を書いていた。

さあ、書き終わった!!

「保存」のボタンを押そうと思った。

たぶん眠くて意識が朦朧としていたのであろう。ぜんぜん関係ないボタンを押してしまった。

気がついたときは後の祭り。

ブラウザで戻るボタンを押そうがどうしようが、入力した文章が元に戻ることはなかった。

この操作ミスは、このシステムで日記を書くようになって2回目である。自分の学習能力の無さにあきれてしまう(苦笑)。

もはや書き直す気力は無い(おもしろい内容だったんだけどなぁぁぁぁぁ)。

ということで、きょうの日記は、なし!!

朝からずうっと面接だった日

2008年4月21日 (月曜日)

パフ自身の新卒採用も、いよいよ佳境である。

3月末に第一陣の(1名だけだが)内定者が現れた。その内定者は、すでにインターンシップとして週2回ほど出勤している。

そしてきょうは、第二陣の内定者を出すべく社長面接を、朝から晩まで行った。

ただし、社長面接を行ったからといって、すぐに内定を出すわけではない。

数日間パフで過ごしてみて、実際の仕事に携わってみる。そして周囲の社員たちの喜怒哀楽を間近で見てみる。社員たちと同じ空気を吸ってみる。

そのうえで、「ここなら頑張れる」と思えるかどうか。それをその後の面接で再度確認してみる。そして双方が「大丈夫だ」と思えたら、正式に内定を出そうと思っている。

時間と手間はかかるが、双方の納得のためである。双方が十分な覚悟をもって、「決める」ためである。

会社は、やっぱり「ひと」次第である。だから、人の採用には、時間もお金もかかる。

朝から晩まで面接だと、他の仕事は、ほぼすべてぶっ飛ぶ。しかし、次代のパフを築いてくれる大事な「ひと」の採用。もうひとがんばりせねば!!

自宅のノートPCが壊れた日

2008年4月20日 (日曜日)

本日未明。正確には、4月20日午前2時半ころ。自宅の自室で仕事用に使っているノートPCが、何の前触れもなくぶっ飛んだ

日記を書き終え、寝る前にちょっとだけ資料をまとめておこうと、ワードとエクセルといくつかのホームページを同時に開いて、かちゃかちゃとキーボードを叩いているときだった。

「ビッ」という音とともに、画面が真っ暗になった。

「ありゃ?」

困った。作っていた資料をまだ保存していなかった。が、一切のキーボードを受付けないので、やむなく主電源を、バチっと切った。

だいたいパソコンが固まったときは、このように主電源をバチっとやって再起動すれば、元通り使える。

が!今回は違った。

起動した直後、真っ青な画面に、なにやら英語の文章が10行ほど画面に表示されたまま、うんともすんとも言わない。何回やっても同じだ。いや、何十回やっても同じだった。

ほんとに困った。

真っ青なのはパソコンの画面だけじゃない。僕の顔も真っ青だ。大事なデータのいくつかが、このノートPCに入っている。しかも、このノートPCは、2001年からずーっと7年間使い続けている愛着のあるPCなのだ。

なんとしてでも復旧させなければ!

いったん寝て、朝7時から復旧作業が始まった。

こうみえても、僕も昔は、技術屋である。

DOSでパソコンを起動しなおして、プロンプトからのユーティリティで、不良セクターの修復を試みた。フロッピィディスクを使いながらの作業である。フロッピィディスクなどを使うのは、何年ぶりだろうか。おそらくいまの若い連中は、触ったことすらないかもしれない。

それにしても、フロッピィディスクドライブの駆動する音は、のんびりしている。 「慌ててもしょうがないでしょ?」と言っているようだ。

 

朝7時から始まった作業。全ハードディスクの修復作業が終了したのは、すでに13時を回っていた。

そして、フロッピィディスクドライブをはずして、再度、ハードディスクからの起動に挑戦。おそるおそる電源を入れた。

やった!!

Windows2000のいつもの画面が表示された(僕のPCは、昔のタイプなので、WindowsXPではないのです)。

大事なデータも、使える状態で残っていた。やれやれ、ひと安心である。

それにしても、IT社会は恐いよなあ。こんなことで半日以上を費やしてしまった。ITは、効率がいいんだか、悪いんだかわかりゃしない。

一時は買い替えを覚悟した、自宅のノートPC。無事復旧したことで、あとしばらくは買い替える必要もなさそうだ。すごく得した気がするし、何しろ独力で修理できたことに、えも言われぬ達成感を感じた、日曜日の昼下がりであった。

きょうは夕方から、日本橋にある(パフの会計顧問を引き受けてもらっている)会計コンサル事務所にて、顧問会計士Tさんと財務・IRコンサルのSさんと僕の3人で打ち合わせを行った。

アタマを使う打ち合わせであったが、知的筋肉が鍛えられ、なかなか楽しかった。

打ち合わせが終わり、Sさんとの帰り道。「メシでも食べて帰りましょう」ということで、日本橋の路地にある古くて地味な寿司屋に入った。

カウンターにオヤジさんと、若い男の店員のふたりしかいない寿司屋だった。

刺身の盛り合わせをつまみに、ビールと日本酒を少々飲む。日ごろ築地の寿司屋で舌が肥えている僕ではあるが、それでも悪くないネタの刺身だった。

お酒を飲むのは控えめにし、その後握りを一人前ずつ注文した。寿司が出てきたあと、店員のお兄さんに、 「あ、それからお椀をふたつお願いね」と、味噌汁をお願いした。

店員は、 「は、はい」と返事をし、厨房の棚からお椀をふたつ取り出し、それをそのまま僕らのテーブルに置いた。

僕とSさんは、そのお椀を見つめて、キョトンとした。テーブルに置かれたお椀は、まさに“お椀”そのもので、中には何も入っていないのだ。

「ちょ、ちょっと、お兄さん。あの、お椀っていうのは、お味噌汁のことを言うんだけど……」

店員は、「あ、そ、そうなんですか」と慌てて、そのお椀を下げて戻っていった。僕とSさんは顔を見合わせて、思わず「ぷっ」と吹きだしてしまった。

いやあ、びっくりした。この初々しく若い店員くん、なかなかやってくれる。頭脳労働のあとの僕たちに、新鮮な笑いを提供してくれた。Sさんも、「いやあ、クギサキさん、これできょうの日記ネタができましたね」と言ってくれた。

ということで、本日の日記は、 「お椀が出てきてびっくりした日」決定!!

 

#ちなみに、お椀を慌てて下げた店員くん。その5分後に、味噌汁が入ったお椀をふたつ、ちゃんと持ってきてくれました(笑)。