パフ代表の徒然ブログ「釘さん日記」

今夜の『天地人』(NHK大河ドラマ)は、石田三成が話の中心人物だった。

石田三成の人柄や能力については諸説あるようだ。

数ある説の中でも、「きわめて有能ではあるのだが、対人的には冷徹で、不遜で、横柄なところから、人望はなかった」とする内容が多いようである。

今夜の『天地人』でも、そのような石田三成を、小栗旬が好演していたように思う。

小栗旬は、13年前の大河ドラマ『秀吉』(秀吉を演じたのは竹中直人だった)でも、子どもの頃の石田三成を演じている。

今夜の放送では、その13年前のシーンを白黒で流していた。NHKのキャスティングや演出の妙に感心した。

 

脱線したが、石田三成のような人材って多いような気がする。「有能ではあるのだが人望がない人材」である。

そもそも人望のない人材を、「有能」と呼んではいけないのかもしれないが、それはともかく。

せっかくの優秀さを、人望のなさ(対人関係の未熟さ)のために生かし切れていない人材。仲間となるはずの者が、いつしか気がつけば敵に回ってしまい、滅ぼされてしまう(あるいは窮地にあっても助けてもらえない)ような人材。そんなもったいない人材が、最近は多いような気がする。

では、人望のある人材となるためには、何が必要なのか。

いろいろあるとは思うのだけれど、いちばん大事なのは、「アホになれること」なんじゃないかと思う。

中途半端に有能な人材は、自分の足りないところを隠すのに一生懸命だ。アホなどやる余裕がない。だから、必要以上に人に厳しかったり、理不尽に高圧的だったりする。つまり、アホのできない人材は、本当の意味で「有能」ではないのだと思う。

今夜の石田三成(小栗旬)は、そのことに少し気づいたようだ。アホのできる直江兼続をみて、そう理解したようだ。

アホのできる有能な人材。僕も憧れる。

少なくとも、「無能なくせに、アホになれない(無能を隠す)人材」ではなく、「無能を隠さず、アホになれる人材」のレベルはキープしていたいものだ。

京都を歩いた日

2009年5月23日 (土曜日)

昨日から僕は、京都に来ていた。

ふるさと就職応援ネットワーク(Fネット)の全国加盟社会議が京都で開催されていたのだ。

京都の加盟企業である株式会社OVO(オーボ)さんのご厚意で、グループが運営するホテルを格安で提供してくださった。全国12社の加盟企業の代表者がこのホテルに集まって、みっちりと会議を行った。

そして夜は、やはりOVOさんのグループ会社が経営している京都鴨川倶楽部で、加茂の流れを眺めながらの会食。なかなか優雅なひとときだった。 

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明けて本日。きょうは完全休日で、皆で東山を散策した。

知恩院から円山公園、八坂神社を通り抜け、祇園の街を歩いた。

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にしん蕎麦を食べたあと、先斗町・歌舞練場での『鴨川をどり』を観劇し、舞妓さんたちの踊りで目を楽しませることができた。

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この季節の京都。本来は、修学旅行客などで賑わっているはずなのだが、きょうは新型インフルエンザの影響もあって観光客がまばらだった。地元の方々にとっては大きな打撃だと思うのだが、僕らにとっては、ゆったりと観光することができたので、(甚だ不謹慎ではあるが)ラッキーだった(それにしても帰りの新幹線の乗客の少なさにはビックリだった)。

ということで、束の間の休日の京都散策だったのだが、さすが日本の歴史を感じさせる素晴らしい都市だ。また今度、数日間かけて、ゆっくり寺巡りでもしてみるかな。

最近、中学校(あるいは小学校)のころの同級生からメールをもらうことがよくある。

僕の出身小中学校は、由布院小学校と湯布院中学校。

中学校は町にひとつしかなかったので、小学校の同級生は(よそに転校したり、よそからの転校生じゃない限り)全員が中学校の同級生である。一学年180人ほどだったのだが、とても気のいい連中ばかりだ。

昨夜も、会議室で遅くまで会議や勉強会をやっていて、夜9時過ぎに自席に戻ったら、 『いま湯布院の愉快な仲間と飲んでま~す♪』という、メールが写真付きで届いていた。懐かしい仲間たちの写真に疲れがいっぺんに吹っ飛んだ。

メールを送ってくれたのは、僕が昔書いたメルマガのコラム(「パフの創業物語」や「すばらしき100の出会い」)に登場したことのある同級生だった。

そして今夜も、同業者たちとの難しい会議を終えたあと携帯を覗いてみたら、また別の同級生(やっぱりコラムに登場したことのある女の子?)から、嬉しい癒しのメールが届いていた。僕のこの日記やパフのホームページをよく読んでくれており、 「パンダの楽しそうな顔を見てると、すてきな会社なんだなあって、うらやましくなっちゃいます」という内容だった。

こうやって、30~40年の歳月を経てもなお、幼いころの友達と交流できるというのは、とても嬉しい。これって、インターネットや携帯のおかげである。

ネットや携帯の普及は、若者たちのコミュニケーション能力の発達を阻害している一面もあるのだが、我々おじさんや、おばさんたちには、いったん途絶えたコミュニケーションを復活、継続、活性化させるという、プラスの効用をもたらしてくれた。

僕のこのブログ(日記)を、楽しみにしてくれる同級生もたくさんいる。遠く九州の地から、パフや僕のことを見てくれている幼馴染がいるって考えると、自然と力が湧いてくる。とても嬉しいことだ。日記の更新にも手が抜けない(日記の中身は緊張感に欠けてるけど)。

なにかと厳しく辛いことの多い時代だけど、これからも古き良き仲間たちに癒されながら、励まされながら、そしてもちろん僕も、みんなを元気にしてあげられるようなメッセージを発信しながら、頑張っていきたいなって思う。

ちょこまかと、よく動いた日

2009年5月21日 (木曜日)

今週は先週とは一転。会社の社長としての仕事を、相当な割合で実施している(あたりまえか、苦笑)。

本日も朝礼後、すぐに外出して、計6件(組&人&組織)の方々との打ち合わせや商談や交渉や勉強会などを行った。

日記には書けないことばかりなんだけど、変化のある盛り沢山の一日だった。

(おっと、きょうの日記は、なんと3行だけだ。釘さん日記の本領発揮です!!)

もうひとつのP社と球磨川の日

2009年5月20日 (水曜日)

わがパフは、よく“P社”と呼ばれることがある。“P(ぴー)”という響きは、可愛くもあり、危険でもあり、うるさくもあり、面白くもある。

ところで本日は、“もうひとつのP社”の方々といっしょに会食を行った。

場所は、(この日記にもよく登場する)東銀座の球磨川。P社からはKさんとTさん。パフからはキムラと僕が出席した。

P社は、昨年からパフとの本格的な取引を開始してくださった比較的新しいお客様。しかし、その濃さにおいては、10年来のお付き合いのお客様のような錯覚を覚える。

実はP社のKさん。この日記への登場は初めてではない。今年の1月11日の日記にも登場しているのだ。

その日記のタイトルは、 「私の誕生日に載せてください♪」とお願いされた日 というもの。キムラの誕生日に、お花を届けてくださったことを書いている。

本日の球磨川での会食は、このときに決めたもので、なんと4ヶ月経ってやっと実現したというわけだ。

P社のKさんもTさんも、もともとは、パフと同じ新卒採用支援会社の出身者。共通の知人や話題もたくさんあり、球磨川での会食は盛り上がった。

KさんもTさんも、パフの考え方や取り組みに対して、とても共感してくださっている。11年度以降の採用でも、「ぜひ一緒にタッグを組んでいきたい」と、おっしゃってくださっている。さらには、「他の協賛企業各社ともいっしょに何か仕掛けをつくっていきたい」と、おしゃってくださっている。

とてもありがたいし、心強い。

キムラ!! P社のKさんTさんとの連絡を、これからますます密にするんだぞ。ボっとしてたら置いて行かれるからね(笑)。

 

(下の写真は、「釘さん日記掲載用に」ということで撮った、球磨川での写真である。左からKさん、キムラ、Tさん。なんだか全員同じ顔をしているような……。ひょっとして兄妹?)

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きょうは、今年(10年4月就職のための)最後の「うまれよ塾」を開催した日だった。昨年の秋口から開始してきたこの塾。パフの数あるイベントのなかでも最も古い歴史を有するイベントなのだ。

1999年2月が第一回目だったと記憶しているので、すでに10年以上が過ぎたことになる。

こりゃすごいことだ、と我ながら思う。

そういえば先日、この、第一回目のうまれよ塾の塾生(女性)から連絡があった。現在では結婚して北陸地方で起業し、旅行業を営んでいるという。他にも、この時代の塾生たちとは、たまに連絡を取り合っている。みなすでに30歳を超えた中堅どころのビジネスパーソンたちだ。進路に悩んでいた20才ちょっとの若者たちが企業の要として活躍している。とっても嬉しいことだ。

ところで、本日の参加者のうちのひとりの学生が、終了後、僕に聞いてきたことがある。

「クギサキさんは、いつパフに入社したんですか? もう何年くらいいるんですか?」

「え?うーん。創業時からなので、もう11年以上だね」

「へー。じゃあ、創業者と一緒にやってこられたんですか?」

「う、うーん。一緒っていうか、僕一人しかいなかったんだよなあ」

見かねたパフのスタッフが、「この人が社長なんだよ」と、その学生に耳打ちした。

「え、えー! そうなんですか。 それは失礼しました!!」

なかなか新鮮な会話だったのだが、社長が自分で机を並べたり、片づけたり、お茶を出したり、資料を配ったりする塾って、たしかにあまりないかもしれない。

そんな「うまれよ塾」。たぶんまた今年の秋から再開することになるだろう。それまでみなさん、ごきげんよう!!

僕は持論として、「“切り捨てる採用”から“育てる採用”への転換」ということを昔から言ってきた。

根底にあるのは、【若者は社会共通の財産である】という考え方である。

だから、新卒採用における『母集団』という言葉に寒さを感じてしまう。一人ひとりの「ひと」を軽んじた言葉のように思えるから。「切り捨てる」行為を前提とした言葉のように思えるからである。

この数年間、学生の売り手市場となってきたこともあり、表面上は「切り捨てる」行為が少なくなり、手段としての「育てる」は増えてきたようにも思えた(僕は苦々しく眺めていたが)。

しかし、この不況で、ふたたび「切り捨てる」が横行している。

僕は2週間ほど前のメルマガのコラム(企業の人事担当者や経営者、数千名に配信されている)に、以下のことを書いた。

 

(前略) 

人事担当者が独断で、採用人数を増減させることは難しいかもしれませんが、
少なくとも若者たちの「就職への意欲」を損なわせないようにすることはで
きるはずです。

不採用通知を受け取った若者たちが、「自分は世の中に必要とされていない
人間なんだ」などという馬鹿げた勘違いをさせないようにすることはできる
はずです。

自社の採用の枠組みを越えて、若い人たちに「何とかなってほしい、必ず社
会に出て活躍してほしい」と願う気持ちを伝えることはできるはずです。

将来の日本を支える若い人材が、社会へのスタートラインにさえ着けないと
いう事態を、私たちは絶対に防がなければなりません。

それが「社会の公器」たる企業で働く、私たち先輩社会人が果たすべき義務
なのではないかと考えます。

( 「『企業は社会の公器』であることを忘れて、どげえするんか?」より抜粋)

で、本日。

若者は社会の共通の財産」であると捉え、「企業は社会の公器」だと自認し、「育てる採用」を実践している、採用責任者と面談した。

この採用責任者が行っていること。

なんと応募者(約400名)全員と、1対1で面接している。しかもその際、事前に受けてもらっている適性検査(足切りで使用しているわけではない)のフィードバックを、一人ひとりに丁寧に行っている。そして、面談結果と適性検査の情報を踏まえて、学生に今後の就職活動に向けてのアドバイスを行っている。

素晴らしい。

一般の学生にはほぼ無名の会社なのだが、このような採用の姿勢が口コミで伝わり、応募者には、「先輩から勧められて来ました」という人が急増しているのだという。

このような姿勢や考え方をもった採用責任者が増えることで、日本はいい国となるはずだ。

「しょせん就職なんて、騙し合い、馬鹿し合いの場だよ」などという若者の諦観を撲滅し、将来に明るい希望をもった若者を増やすことにつながるはずだ。

僕たちも、少しずつ少しずつでいいから、「若者は社会の共通の財産」、「企業は社会の公器」、「育てる採用」というキーワードを、世の中に発信し続けることが大事なのだと、あらためて思った日だった。