パフ代表の徒然ブログ「釘さん日記」

社長席と決別する日

2009年11月5日 (木曜日)

現在、11月5日(木)の24時30分。正しくは、11月6日(金)の午前零時半である。

今夜は、珍しく会社で日記を書いている。

というのも仕事が終わらないから。

いや、正確に言うと、片付けが終わらないから。

ちょっと前の日記でも書いたが、社長席がついに本日(明朝)でリストラされる。

現在、12年分の資料の大整理中なのだ。

明日は午後から会議や講演の仕事が夜遅くまで入っているため、残された時間は12時間を切ってしまった。

いまちょっと息抜きに、メールをチェックしながら日記でも書こうと思って、パソコンを立ち上げたのだ。

社長席でパソコンを操作するのも、たぶんこの日記の執筆で最後だろうな(僕のこのパソコンは、サーバールームに引っ越すことになっているのだ)。

そして僕は明日からは、持ち運びできるノートパソコンを使用することになる。

そうだ!

最後の記念に、社長席と社長パソコンの記念写真を撮っておこう。

社長席くん。長年、お疲れ様でした!!

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まずはこの写真を見てもらおう。

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誰だか分かるかな?

分かんない人には、日本人をやめてもらおうかな。

 

そう。5年前のアテネオリンピックと昨年の北京オリンピックで、2大会連続の金メダルを獲得した女子柔道の谷本歩実選手(63Kg級)である。

この日記でも書いたことのある「知的障害者雇用勉強会」にご協力いただいた)コマツ人事部ビジネスクリエーションセンタの木村所長は、コマツ女子柔道部の顧問でもあった。

その関係で、本日、柔道場にご招待いただいたのだ。

江東区の門前仲町からほど近いところにあるコマツ永代柔道場。ビルの2階が一面青畳で敷き詰められた練習場である。

部屋を覗くやいなや、目の前に投げを打たれた選手が転がって来た。総勢10名の部員と応援に来ていた日体大男子柔道部の学生が乱取りを繰り返していた。

僕らが道場に入ったのは午後4時くらいだが、練習はすでに3時から始まっていた。

11月14日から、講道館杯(全日本柔道体重別選手権大会)が開催されるので練習にも熱が入る。

僕らが見学を始めて30分ほど経ったときだった。10分程度の休憩タイムになった。

監督(ロス五輪65Kg級金メダリストの松岡義之氏)と助監督(98年のフランス国際金メダリストの徳野和彦氏)にあらためてご挨拶させていただいた。

そして、道場のいちばん奥で練習していた谷本歩実選手が僕のところまで駆け寄ってきてくださり感動の握手。記念写真撮影となったわけだ。

それだけじゃない。

谷本選手は全部員を招集して、色紙に名前を書くように指示してくれた。以下がコマツ柔道部全員が書いてくれた色紙である(監督と助監督の名前もある)。

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それだけじゃない。

パフが、これからの厳しいビジネスの戦いに勝つようにと、谷本選手が、 「パフさんへ“一本柔道”」とコマツ柔道部特製の色紙に書いてくれた。

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もう、感動を通り越して、大感激である。

これでパフのこれからの戦いは、「鮮やかな逆転一本勝ち」が決定づけられたようなものだ。

 

色紙を書き終えると、あっという間に休憩時間は終了。全員すぐに乱取り稽古に取り掛かっていった。

試合が近いせいか、監督と助監督の檄も厳しい。「やる気がないなら、とっとと帰っちまえ!!」なんていう言葉も出てくる。いやあー、いいなー、この真剣な勝負の世界。

練習は厳しいのだが、雰囲気は決して殺伐としたものではない。終始、温かな空気が流れている。休憩時間に見せてくれる皆さんの笑顔は、とても素敵なのだ。そして皆、とっても可愛い。

谷本選手は次のオリンピックも十分に金が狙える。他にも、かなりいい線行きそうな有望な選手が育ってきている。

結局練習が終了する18時過ぎまで、見学を続けさせてもらった。

 

ホントに感謝、感激、大感動。

僕も実は35年前までは柔道少年(一応、黒帯)。久々に血が騒いだ。思いっきり畳に投げつけてもらいたい衝動に駆られてしまった(笑)。

よーし、コマツ女子柔道部。これから精一杯、応援するぞ!!

まずは11月14日の講道館杯、優勝目指して頑張ってください。

皆さん、本日は本当にありがとうございました!!!

(以下、練習風景の写真を抜粋して貼り付けておこう)

 

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爽やかな休日だった日

2009年11月3日 (火曜日)

昨日の夜は突然の冷たい雨と風だったが、きょうは朝から澄み切った青空。気温こそ低かったものの、とても気持ちのいい一日のスタートだった。

朝、住吉神社にいつもの願掛けに行くと、着物姿でお参りに来ている家族がいた。

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そうか。もう七五三の季節なんだなぁ。うちの娘も(たしか数えで)三歳のときと七歳のときに、着物を着せて神社に連れて行ったっけ。懐かしいな。

 

その後、会社に行く。

マングローブの今野社長と打ち合わせを行うためだ。

10月5日と6日の連続2日間、全社で会議を行ったことをこの日記でも書いたが、そこで全員で決めたロードマップがある。それがいま、どのように進捗しているのか。問題点はないのか。問題があるとすれば、これからどのように改善していくのか。

そんなことを討議する会議を、来週の月曜日に行うことにしている。前回に引き続き、今野社長にファシリテータ役を引き受けていただく。その会議の進め方を、今野社長と打ち合わせたのだ。祝日だというのに、わざわざパフまでお越しいただいた今野社長に大感謝である。

 

打ち合わせが終わったのが、12時過ぎ。するとタイミング良く、もうひとりの来客が現れた。S社のS社長である。

S社長は、僕のギターを引き取るためにやってきた。そう。僕が21歳のころから使ってきた愛着あるギターを、S社長に譲ることにしたのだ。

・・・え、なぜ?

先日の日記でも書いたように、このたび社長席がリストラになったためギターを置くスペースがなくなった。自宅にも置く場所がない。思い出がたっぷり詰まったギターなのだが、断腸の思いで手放すことにした。でも、せっかくなら大切に使ってくれるであろう人に譲ろうと思い、白羽の矢が当たったのがS社長だったというわけだ。

S社長は、奥さんと娘さん(今年の2月に生まれたばかりの0歳9カ月の赤ちゃん)とクルマで来てくれた。

この娘さんがまた可愛いのだ。記念にパフの看板の前で抱っこさせてもらった。

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うちの娘にもこういう時代が(もう18年も前だけど)あったんだよなあ……。

 

その後、僕らはS社長の運転する車に乗って、多摩川の河川敷に向かった。

向かう途中、高速道路から富士山が見えた。写真だとよく分からないのだが、雪が積もった白い富士山。キレイだったなあ。

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多摩川では、パフの社員たちと、現役の大学生、パフの会員OBOGたちが集まって、BBQ大会が催されていた。5年ほど前からだろうか。すっかり秋の恒例行事となっている(昨年のBBQの日の日記はこちら)。

僕のカメラに風景を収めるのを忘れてしまったのだが、ワイワイガヤガヤ、とても楽しいひとときだった。

 

こんな感じで過ごした文化の日。気温はかなり低かったのだが、空気はいつもより澄んでいた。なにより青空が気持ちいい。とても爽やかな一日だった。

11月最初の営業日は月曜日。昨日とは打って変わって朝から気温は低め。緊張感ある一日の始まりだ。

きょうは午後から企業向けのセミナーが開催された。このところ企業向けセミナーの開催が続いている。今週末(6日)にも開催される。中旬(16日)にも開催される。16日はなんとダブルヘッダーの開催だ。

昔(7~8年前)は、せいぜい年に数回開催するだけで手いっぱいだったのだが、ここ数年は平均すると、月に二回はセミナーを開催している。7月~11月だけでみると、週に1回くらいは開催しているんじゃないかな。集客力、実施する体力、企画力ともに、ずいぶん向上してきたものだと(自分の会社のことながら)感心する。

きょうのセミナーのタイトルは、 『~大改造before after~比較して分かった大手に負けない採用成功の理由』というもの。中堅・中小企業の皆様向けに、大手企業に負けない採用成功の秘訣を、3社の事例をもとにご説明させていただいた。

講師を担当したのは、パフのヒラハラ(入社5年目)、タシロ(入社5年目)、タカタ(入社4年目)という中堅どころ。3人とも同い年でもある。

僕はずっと後ろで聞いていたのだが、なかなかどうして、立派なプレゼンだった。お客さまと一緒に苦労しながら培った、現場ならではの知恵や工夫が満載されている。これぞノウハウだ。この3人をひさびさに褒めてやろうかと思ったくらいだ(思っただけで、実際には褒めなかったけど)。

 

セミナー終了後は、11月度のキックオフ会議だった。開始時間は夜の8時。セミナーの関係で開始時間はいつもより遅くなってしまったが、フェニックス完全復活作戦の進捗を確認し合うためにもきっちりと実施した。

完全復活を遂げると約束した期日まで、あと54日。進捗は必ずしも順調とは言えない。より緊張感をもって臨まなければならない。この11月は、作戦を成功させるための超重要な一ケ月となりそうだ。

全メンバーとも、明日の祝日を利用して、エネルギーを体中に充満させ、明後日から爆発的な成果を生み出してもらいたい。

11月初日は夏日だった日

2009年11月1日 (日曜日)

ちょいと買い物で、汐留、新橋、銀座を歩いて回った。

いやー、暑かったなー。聞くところによると、最高気温が25度を超す夏日だったとのこと。11月になったっていうのに異常である、これは。

こういう天候だと、道行く人の服装が面白い。

時季に合わせた初冬の恰好をしている人。25度という実際の気候に合わせた恰好をしている人。冬と夏が混在した街の風景。なんだか滑稽だったな。

明日からは一挙に気温が10度くらいいっぺんに下がるらしい。

インフルエンザも、いよいよ急拡大の様相を呈してきた。景気や雇用の状況も予断を許さない。パフの状況も同様だ。今年の冬は気が抜けないことがたくさんある。

そんな混沌とした季節の始まりを象徴するような、11月の初日だった。

午前中からお昼過ぎまで、もろもろの私用を済ませて会社に向かった。途中、銀座の山野楽器で、ギターの弦を買った。

会社に着き、僕の席の後ろに置いてあるギターを取り出し、すべての弦を(たったいま買ってきた新品の弦に)張り替えた。

ちなみに、このギターはいまから27年前。僕が大学三年生のときに買ったものである。当時の価格で12万円。貧乏学生の僕にとっては、家を買うくらいの思い切った買い物だった。

(このときのエピソードは、ここに書いてあるので興味のある方はどうぞ⇒釘さんの素晴らしき100の出会い『夏休みと12万円のギター』

このギターを持って8Fのセミナールームに移動した。

セミナールームでは、今年就職活動を終えた大学四年生(特にパフの夏のイベントを手伝ってくれていた学生たち)が集まって、パーティーを行っていたのだ。

パーティーは、時節柄、ハロウイン風。僕も小一時間ほど交ぜてもらい、歌の披露をさせてもらったというわけだ。

最初、松山千春のデビューしたばかりのころの唄を2曲ほど歌った。先週、松山千春の映画を観て、感化されたばかりだったのだ。

しかし、学生たちはポッカーン。そりゃあ32年も前の唄じゃ無理もないか。当時はだれもが知っていた松山千春なんだけどな……。

気を取り直して、いまの学生でも知っている唄を3曲。コブクロの「ここにしか咲かない花」と「轍(わだち)」。そして、長渕剛の「乾杯」を歌った。

「乾杯」は皆で合唱したりして、無理やり盛り上げた。

そういえば、うまれよ塾で一緒だった学生や、先日僕がこの日記で紹介した(感動する手紙を出してくれた)学生も来ていた。

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たまには、こうやって若い連中といっしょにハシャグのもいい。

でも考えてみれば、もう親子の年齢差なんだよなぁ。

うーん。感慨深し・・・である。

リストラを開始した日

2009年10月30日 (金曜日)

なんとも穏やかではない日記のタイトルである。

いよいよ我がパフでもリストラが始まった。

気になるリストラの対象は……。

 

 

社長……なのである。

 

い、いや、僕がクビになるのではない。

「社長席」をリストラすることにしたのだ。つまり、僕の席がなくなるわけだ。

 

パフの事務所は現在、ビルの2フロアを使用しているのだが、経費削減のため、1フロアに集約することにした。

いままで2フロアに分散していた会議室や倉庫などを1つのフロアに集約する。

だから、要るものと要らないものとを峻別して、捨てても構わないものは廃棄処分にして、面積を確保しなければならない。

社員数が減るわけではない(むしろ今後増えていく)ので、社員の机の数を減らすわけにはいかない。

そこでリストラの標的となったのが社長席。つまり僕がいま座っている席なのだ。

僕はいま、会社の中ではイチバン広い面積を使わせてもらっている。書棚やキャビネやギター(?)を置いている面積まで含めると、社員3~4人分くらいの面積を使っている。

「それだけの面積が必要か?」と言われれば、ぜんぜん必要ない。確かに創業以来12年間のいろんな資料が溜めこまれているので、キャビネや机の引き出しはパンパンなのだが、ほとんどが捨てても問題のない資料なのである。これはもう、恰好のリストラ対象なわけだ。

でも社長席をなくすのはいいけど、そのあと僕はどこに座るのか……。

実は決まっていない。今後も決めない。住所不定の流浪の徒になる。

その日の気分で社員席の空いているところに(たぶんその時々の“要注意社員”のそばに)座ることにする。カッコよくいえば、フリーアドレスなのである。社長がフリーアドレスの会社っていうのも珍しいのではないかな。

で、きょうから社長席を撤去すべく、膨大に溜めこまれた資料の処分作業に入ったのである。

いやあ、これがたいへん。懐かしい資料(たとえば大昔の社員の評定表とか新聞記事とか新年の挨拶文とか)がたくさん出てくるものだから、作業している時間よりも「思い出迷子」になっている時間のほうが長い。

社長席の撤去日は来週の金曜日。それまでになんとか12年間の思い出を断ち切るように頑張ろう!