パフ代表の徒然ブログ「釘さん日記」

ちょっと前の日記( よわい者いじめをするな。強い者の理不尽に負けるな。2019年2月7日 の日記 )で、「筋の通らないイチャモンを付けられてしまって憤慨している」ということを書いた。

そして、「売られた喧嘩は買わなきゃ男じゃない」「強い者の理不尽に負けるな」「義を見てせざるは勇無きなり」……なーんて勇ましいことを書いていた。

僕はどっちかというと平和主義者で、争いごとは好まない。なので、できれば喧嘩になるまえに丸く収めたいと思っていたのだけど、今回は無理やり土俵に引きずり込まれてしまったのでやむを得ない。勝負する。

ということで、昨日はその勝負に勝つための準備を進めていた。

第一ラウンドが連休明け早々に大阪で始まるのだが、第三ラウンドまでには敵をリングに沈めたいと思っている。

昨日の準備状況を見る限りは、こちらにはまったく隙がない。対する相手は隙だらけ。イチャモンの論理が破綻しまくっている。そもそも筋の通らないイチャモンなのだから、論理なんてあるはずもないのだけど。

早く決着をつけて今回のイチャモンの事実を世の中に知らしめたい。業務妨害で訴えたいくらいだけど、ま、それはいま売られている喧嘩に勝ってからかな。

ほとんどの読者の皆さんには何のことだか分からないと思いますが、経過を日記に残しておくことも大事なので、本日はご容赦のほどを(^^;

さて、本日は数年ぶりに子分が僕のところにやってくる。堅気の仕事にはもう慣れたかな?

では、本日はちょっと早めに行ってきます。なつぞらは録画して今夜観ます!

 

平成最後の皇居ラン

2019年4月22日 (月曜日)

先週末は、皇居ランを決行した。

今週末は(GWなのに)福岡に出張となってしまったので、おそらくこれが平成最後のランニング。

であれば、やっぱり皇居を走ろうと思ったのだ。

まずは自宅のある浜町公園付近から皇居の大手門まで準備運動を兼ねてのジョギング。約3kmの距離だ。

そこから左回りで皇居を一周するのがいつものコース。

 

 

上の写真は大手門から平川門に向かう途中で咲いている八重桜。ソメイヨシノよりも2~3週間遅れで満開になるこの桜。ピンクの色がキレイですよね。

 

 

時間は6時前。夕暮れ時だ。向こうに見えるのは毎日新聞やマイナビさんの本社があるパレスビル。前日はあのビルの2階で打合せしてたんだよな……。

 

平川門から北詰橋門、そして千鳥ヶ淵の交差点に出る。

いつもならここを左に曲がって、千鳥ヶ淵公園を抜けて内堀通りを桜田門まで駆け降りるのだが、この日は反対の右に曲がった。

千鳥ヶ淵沿道を走ってみようよ思ったのだ。

 

2週間前まで、このあたりは花見客で大賑わいだったはずだが、いまでは桜の花も散ってしまって、人影はない。

でも景色はいいし、ランニングするには絶好の環境だ。

 

 

 

ボート乗り場もあるんですね。ここでデートするのもいいかもね(#^^#)。

 

咲き遅れたソメイヨシノが寂し気にひっそりと。

 

 

沿道にはまっすぐツツジが植えられています。あと1週間もすれば、一面見事な色で染まりそうですね。

 

 

対岸に見えるのも遅咲きのソメイヨシノ。あの向こう側は北の丸公園、そして武道館ですね。

 

そして靖国通りに出て、九段下、神保町、大手町、日本橋を抜けて、また自宅のある浜町公園まで。約10kmのランニングでした。

最近は走ることが激減したのだけど、こうやってのんびりとマイペースで走るのはいいものだ。

平成のランはこれで終わりだけど、令和になったら週に1回は走ることにしよう。

まずは令和の第一日目は、朝ランして朝日を浴びるつもり。晴れますように。

そういえば昨年は、北海道ひとり旅のとき富良野の町を朝ランしたなあ。今年もまたふらっと行ってみようかしら。

では、昭和30年の十勝を描いているなつぞらを観てから、行ってきます!

 

分かる人にはわかると思うけど、井上陽水の名曲の数々で日記タイトルを作ってみました。考えるのに10分くらいかかってしまったけど(笑)。

昨夜は、井上陽水のデビュー50周年記念ライブ。数か月前にチケットを入手してこっそりと行ってきた。

 

 

陽水のライブには昨年初めて出かけたのだけど、そのときに生で聴くあの歌声とおしゃべりにすっかり魅せられてしまった。

※そのときの日記はこちら⇒ 東へ西へ (2018年7月4日の日記)

陽水が元気なうちに(僕も元気なうちにだけど)絶対もう一回行こうと思っていたのだが、そのチャンスが意外と早く訪れたのだった。

場所は渋谷区神南のNHKホール。3,800人収容の会場はもちろん超満員。

 

 

周囲は明らかに60歳を超えていると思われる方々が多かったのだけど、若い人の姿もチラホラ混じっていた。僕は全体の平均年齢よりは少し若い方ではないだろうか。

陽水は現在70歳(今年8月の誕生日で71歳)。今から50年前、福岡から上京しデビューする。陽水が21歳になったばかりの時だ。

そのときの名前は陽水ではなく「アンドレ・カンドレ」。そしてデビュー曲が「カンドレ・マンドレ」。冗談みたいな芸名とデビュー曲で、案の定まったく売れず、陽水は3年間は暗黒の日々を過ごす。

が、1972年に芸名を「井上陽水」にし(字は本名そのまま。本名のヨミは「いのうえあきみ」)、「人生が二度あれば」や「夢の中へ」で一挙にブレークする。

そして、陽水の地位を決定的なものにしたのは、1973年12月にリリースしたアルバム「氷の世界」だろう。スゴイとしか言いようのない曲ばかりが詰まった日本初のミリオンセラーアルバムだ。

陽水さん、これからも、ずーっと元気でライブをやり続けてほしい。昨日も、あの美声と脱力系のお喋りは健在だったし。

来年の「春よ来いライブ」でも、また陽水の曲をひとつくらいはやってみようかな…。「傘がない」をギター一本でやってみるのもいいかもね(^^;

そういえば先日のSONGS ☝ でも「傘がない」をやってましたね。

 

さて、今週も今日でおしまい。今夜は雨が降るかも、ということだけど、こないだ出張先のホテルに置き忘れて、傘がない……。

では、なつぞら後、行ってきます!

会計は大事ですね。

2019年4月18日 (木曜日)

昨日は、月に一度の顧問税理士さんとのミーティング。

パフの会計処理は、自分で言うのもなんだが、そんじょそこらの中小企業よりもずっと厳格に行われてきた。

創業以来、四半期ごとに財務諸表のすべてを株主の皆さんに公開。いわゆる「ディスクロージャー」を上場企業並みにやってきており、銀行もビックリするくらいの財務資料を作成している。

リーマンショックの時の経営危機を乗り越えることができた(銀行の支援を仰ぐことができた)のは、このへんのことも大きかったんじゃないかと思う。

それはともかく、今期もそろそろ本決算のタイミングが近づいてきており、どのように数字をまとめていくかという話を、昨日は税理士さんとしていた。

パフ本体の決算は黒字が確定しているのだけれども、関係団体の会計と相殺すると儲かっているとは言い難い。だけれども、単体では昨年並みの黒字になりそうなので、税金がドーンと重く圧し掛かってくることになる。

リーマンショック後は、大赤字の決算が数年間続いたので税金はほとんど払ってこなかった。赤字の貯金?がたっぷりあったおかげで昨年までの税金も少なくて済んだ。

しかし、その貯金も昨年の決算で使い果たしてしまい、今期からは経常利益の約35%のお金をお国に納めなければならない。田舎なら家が一軒建つくらいの金額になりそうだ。

うーむ。苛政は虎よりも猛し……(-_-;)

ところで本日の夜は、とあるイベントが渋谷区神南方面で開催される。税金のことなんか忘れて盛り上がろう。

では、なっちゃんを観てから行ってきます!

脱力系のこの日記。平日はほぼ毎日書いている。好きで書いているわけではなく、さりとてガチガチの義務感で書いているわけでもない。

まあ、しいて言うならば、朝食前のルーティーンワーク。おじいちゃんおばあちゃんのラジオ体操のようなものだ。

「パフの社長は日々こんなことやってます、こんなこと考えてます」

「昨日は会社の中でこんなことがありました」

「会社の外ではこんなことがありました」

「社員たちは今こんなことやってます」

・・・といったことを、僕やパフを取り巻く方々に向けて(ときとして社員たちに向けても)発信している。日ごろお会いしない方々へは「僕はわりと元気にやってます。心配しないでね」という僕の生存確認みたいな意味合いもある。

仕事に関することよりも、仕事以外のこと。真面目なことよりも、オチャラけたことのほうが圧倒的に多い。

でも、毎日書いているとネタがない日がある。大きな出来事があってもヒミツにしておかないといけないこともある。

自分だけのことなら、いくらでも晒せるんだけど、相手のあることだとオブラートに包んだり、コトと場合によっては墓場まで持って行かなきゃならないようなこともある。

そんな日の日記はツライ。

月曜日は「食べ物ブログ」、火曜日は「映画評論ブログ」、水曜日は「音楽ブログ」、木曜日は「書評ブログ」、金曜日は「ランニングブログ」みたいに、曜日によって書くネタを決めておくのもいいかもしれない。

それはそれでツライのかな? 名古屋の某社長のブログからはツラさみたいなものはあまり感じないけど(笑)。

・・・ということで、本日はネタがない日のつぶやき日記でした💦

 

さて、本日は朝から会計士兼税理士さんとの月次ミーティング。決算も近いので、あれどうする、これどうする、といったことを相談しながら決めなければならない。

では、朝食&なつぞら後、行ってきます!

 

素晴らしき神田営業所に乾杯❣

2019年4月16日 (火曜日)

「あの日々があったからこそ今がある」ということを、この年齢になるとつくづく実感することが多くなってくる。

僕にとってのいちばんの「あの日々」は、大学三年生の後半から大学四年生の後半にかけて過ごしたリクルート神田営業所。

そのことは「パフ創業物語」「釘さんの100の素晴らしき出会い」のなかでも書いている(書いたのはもう20年近く前だけど)。

それから先月出版された「『最高の人材』が入社する採用の絶対ルール」のあとがきの中でも書いている。

それだけ僕のキャリアにとって、いや、人生にとって、大切な日々だったのだ。

昨夜は、その「あの日々」を一緒に過ごした仲間たちが集まっての同窓会。いまは北海道に移住しているミクニさんが久々に上京してくるということで、集まろうということになった。

 

 

神田営業所の同窓会は数年に一度の頻度で開催されている。当時入社2年目だったナカムラBさん(今は不動産会社の社長)がハブになって、マメに幹事役を務めてくださるからだ。

一昨年のパフ設立20周年記念パーティーのときも、当時の営業所長ワカスギさんを始めとして、皆さんが集まってくださった。ワカスギさんの「クギサキはあのとき売れない営業マンだったからこそ今があるんです」という乾杯の名スピーチがとても嬉しかったり(笑)。

昨夜も、あの頃の話が次から次へと飛び出して、36~37年前のあの日々が鮮やかに蘇ってきた。よくもまあそんなディテールな部分まで覚えているよなあというほど。

「次回は、クギのフォークソング居酒屋でやろう!」ということも決まった。神保町は、あのころの神田営業所のテリトリー(毎日のように自転車で駆けずり回っていた場所)なのでちょうどいいかも。

ということで、神田営業所の素晴らしき仲間たちに乾杯❣ また次回の集まりを楽しみにしています(^^♪

では、そろそろ朝食&新展開のなつぞら後、行ってきます!

 

先週末、創業間もないころからお付き合いしていたお客様の「還暦祝い」を、その頃のパフの担当者たち(パフOGやパフ準社員?も含む)と一緒に、開催した。

 

還暦祝いの贈呈シーン。

iさん、あらためておめでとうございます!

 

ところで、そもそも「還暦」というのは単に60歳を祝うということではなく、「十干十二支が一巡してもとの暦に還(かえ)る」まで長生きしたことを祝うものだった。

そう、昔は「60歳まで生きれば長生き」とみなされていたのだ。

僕が子供のころ(企業や公務員の定年が55歳だったころ)60歳と言えば、ご隠居であり、正真正銘のおじいちゃんだった。

今は、60代で死んだら「まだ若いのにねぇ…」と残念がられる高齢化社会。時代もずいぶんと変わったものだ。

先のお客様は、いままで過ごした会社を退職して、このほど新しいことを始めるという。まさに、もとの暦に還って、第二の人生のスタートを切るわけだ。

僕も来年は還暦。僕の周囲にも、あと数年以内に還暦を迎える友人がたくさんいる。皆、環境も思いもそれぞれだと思うけど、それぞれが人生の第二ステージを迎えることになる。

僕の第二ステージは(読者の皆さんはもう聞き飽きて耳にタコかもしれませんが笑)、フォークソング居酒屋だ。

ご同輩、もう一度生まれたときに戻って、無垢な気持ちで人生を楽しみましょう。

そういえば今夜は、そんなご同輩たちとの同窓会がある。詳しくは明日の日記で…書けるかな?

では、還暦を過ぎたあたりから渋みを増してきた草刈正雄を観てから行ってきます!