パフ代表の徒然ブログ「釘さん日記」

毎月10日を発行日として、パフ/マジックドラゴンのメルマガを、社会人向け(企業の人事担当者を中心に数千名)に配信している。

そのなかで僕は、「どげえするんか?」というコラムの執筆を担当している。今月の配信で、もう58回になってしまった。

メルマガのコラムなので、SNSやブログの記事と違って、読者の反応が見えにくい。毎回ネタ探しに苦労している割には、ちょっと報われない執筆なのだ(苦笑)。

このコラム、(朝ちょっと日記を執筆する時間がないということもあり)最新のものをコピペしておこうと思う。

今回のコラムの題材は、山本五十六。

東映の配給で上映中の傑作の映画を観て、「あ、これ書こう♪」と思ったのだ。

では以下、最新の「どげえするんか?」。ぜひ読んでやってください。

で、ついでに、「いいね!」をポチっとしてもらえると、とてもありがたいですね^^。

 

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【01】釘崎の「どげえするんか?」

 

第58回  山本五十六の言葉に学んでみんか?

 

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パフ代表釘崎が、現在の採用市場、就職活動、世の中のあれこれについて、

日々感じることを徒然なるままにお届けします。

 

※「どげえするんか?」=大分弁で「どうするんだ? どうしたいんだ?」

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この三連休の中日に映画を観ました。「聯合艦隊司令長官 山本五十六」。

役所広司が演じる山本五十六に、いたく感動しました。

 

山本五十六は、海軍次官のとき、日米戦争への発展を懸念し、日独伊三国

軍事同盟に強硬に反対していたのですが、皮肉なことにその後、連合艦隊

司令長官に任じられ、日米開戦のきっかけとなる真珠湾攻撃の総指揮者と

なります。

 

最期は1943年4月。前線で戦う兵士たちを激励するために訪れたソロモン

諸島ブーゲンビル島上空で(山本五十六の行動予定を打電した暗号電文を

解読していた)米軍機の待ち伏せ襲撃によって59歳の生涯を閉じました。

 

映画では、この山本五十六の生涯を淡々と描写していました。

 

軍人として、というよりも、人間としての山本五十六の魅力が存分に表現

された映画でした。

 

戦争を扱った映画としては珍しく、戦闘シーンがあまりなく代わりに山本

五十六の食事のシーンが目立ちました。

 

水饅頭、干し柿、干しイモ、カレイの煮付け、鰯の海軍食、イモの煮っ転

がし、お汁粉、お茶漬け、スイカ、妻と幼少の子供たちとの食卓……。

 

美味しそうに、そしてある時は、ただ黙々と食べ続ける役所広司の演技に

は、戦闘のシーン以上に、観客に訴えかけるものがありました。

 

この食事のシーンだけでも、山本五十六の人間味あふれる人柄が存分に伝

わってくるのですから、役者っていうのは、本当にスゴイ職業です。

 

☆☆☆

 

ところで山本五十六といえば、私たち、若者と接する仕事に携わる者たち

にとって、学びや教訓となる名言を数多く残した人としても有名です。

 

もっとも有名な言葉がこれですね。

 

 

| やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、

| ほめてやらねば、人は動かじ。

 

 

この言葉には以下の続きがあります。

 

 

| 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。

| やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。

 

 

しびれますね。組織のリーダー、マネージャーは、肝に銘じなければな

らない言葉です。

 

 

そして、特に経営者にとって、ぐっとくる言葉が次のものです。

 

 

| 苦しいこともあるだろう。

| 云いたいこともあるだろう。

| 不満なこともあるだろう。

| 腹の立つこともあるだろう。

| 泣きたいこともあるだろう。

| これらをじっとこらえてゆくのが男の修行である。

 

 

はい。私まだまだ修行中の51歳。じっと堪えることにします(苦笑)。

 

☆☆☆

 

次は、昨年の職サークルシンポジウムのときにもご紹介した言葉です。

 

 

| 実年者は、今どきの若い者 などということを絶対に言うな。

| なぜなら、われわれ実年者が若かった時に同じことを言われたはずだ。

| 今どきの若者は全くしょうがない、年長者に対して礼儀を知らぬ、

| 道で会っても挨拶もしない、いったい日本はどうなるのだ、

| などと言われたものだ。

| その若者が、こうして年を取ったまでだ。

| だから、実年者は若者が何をしたか、などと言うな。

| 何ができるか、とその可能性を発見してやってくれ。

 

 

これを読んで、耳が痛くなった上司の方々も大勢いらっしゃるのではない

でしょうか。

 

山本五十六は、非常に部下思い、若者思いの上官だったそうです。

部下が無事帰還した際には涙を流して喜び、部下が戦死したときには名前

を一人ひとり手帳に認め、常に携行していたといいます。

 

任務遂行のためとはいえ、数多くの部下を犠牲にせざるを得なかった山本

五十六の無念たるや、いかほどのものか……。

 

 

最後に、次の言葉です。

 

 

| 人は神ではない。

| 誤りをするというところに人間味がある。

 

 

山本五十六が生きたのは、少しの失敗であっても、それが死に繋がる危険

の大きかった時代です。いかに現代の日本社会が「大変」だと言いながら

も、戦争の時代とは比較にもなりません。

 

怠慢や不注意による過ちならまだしも、挑戦の結果招いてしまった少しの

過ちをも許容できなくなった、「潔癖症」ともいえる現代日本社会は、こ

の山本五十六の言葉を謙虚に受け止める必要があるでしょう。

 

☆☆☆

 

昨日は成人の日でした。

 

ピークだった1970年代と比べると、その数が半減してしまった新成人世代

ですが、これからの日本を支えてくれるのは、間違いなく彼ら彼女らの世

代です。

 

戦後生き残った、昭和20年代の若者世代が、たとえ少数であっても、日本

の復興を力強く担ったと同じように、現代の若者たちにも、大いなる期待

を寄せていきたいものです。

 

そのためにも、若者と日々接する私たち大人は、山本五十六のように、愛

と情熱をもって彼ら彼女らと向き合い、社会への巣立ちを応援していきた

いと思います。

 

 

 【今回のどげえするんか】

 

本文とは関係ないが、映画には、柄本明や、阿部寛や、香川照之と

いった名優たちがたくさん出ちょったの。さすが唸る演技じゃった。

ん?でもよく見れば「坂の上の雲」に出ちょった俳優と同じじゃの。

うーん、そうか。俳優の世界も人材不足っちゅうことか。

これはいかんの。どげえかせんと。

そうだ。俺も役者デビューするかの。

どげえですかね?

 

昨日の午後、銀座7丁目の中央通り沿いにある某金融機関で打ち合わせを行っていた。

打ち合わせが終わったのが午後2時半。次のアポが京橋で午後3時。

中央通りをまっすぐ日本橋方面に歩いていくと、15分程度で京橋に着く。

時間的にちょうどいいので、銀ブラ(死語?)モードで京橋までテクテク歩いて行くことにした。

銀座4丁目の交差点を渡って、和光の前を通り過ぎ、木村屋のアンパンをモノ欲しそうに眺めていたときである。

聞き覚えのあるメロディが耳に入ってきた。

音の元は、木村屋のお隣にある山野楽器店の軒先からだった。

 

由紀さおり

軒先にはこんなデカイ看板が。

そして、大音量で流れていた曲は、なんと我がパフの主題歌なのであった(上の看板の4曲めですね)。

それにしてもニクイ演出ではないか。僕がちょど店の前を通りかかろうっていうときに、この曲を流してくれるなんて(笑)。

時間もあったので最後まで聞いてから京橋に向かうことにした。

ついでにiPhoneで上の写真を撮って、投稿もしちゃった。

すると、多くの方から「いいね!」が押されているではないか。

嬉しいことだなぁ。

社員のブログによくコメントを投稿してくれる(関西在住の)フクイさんなんて、わざわざyoutubeの動画まで見つけてくれてコメント欄に投稿してたし。マニアックだな^^。

 

ということで、この「釘さん日記」にも、そのyoutubeの動画を貼り付けておこう(いつかは削除されると思うけど)。

由紀さおりさん、銀座の中心でパフを歌ってくれて、ありがとうございました!

 

さて、本日は朝8時から経営会議。

それが終わるやいなや、東京駅にダッシュ。こだまに乗って三島まで行く。某社の面接官研修を行うのだ。

そういえば去年もいまくらいの時期に行ったっけかな。富士山がきれいだったのを覚えている。

きょうもいい天気。きっと素晴らしい富士山を拝めるだろう。

ということで朝早くから、行ってきます!

 

先週の金曜日のことだが、いまから13年前(1999年)、創業2年目のパフでインターンとして働いていた二人の(当時の)学生と新年会をやろうということになった。

ひとりは大学卒業後、証券会社に入社し、いまでは営業の管理職として活躍(苦労?)している。

もうひとりは大学卒業後、大手人材派遣会社に入社し、拠点長まで務めたのち、いまはハローワークの職員に転じている。

二人ともすでに30代半ばである。

が、僕にとっては、いつまでも若者ならぬバカ者学生。毎日のようにブチ切れながら鉄拳制裁していた13年前のあのころを懐かしく思い出す。

まあ、雇っていたパフ(当時は僕一人)側も、相当に酷かった。なにせ、交通費以外は無給なのだ。

インターンシップとは名ばかりで、その実、徹底的などぶ板営業。しかも、成果があがったら海外旅行くらい軽く行けそうなニンジンをぶらさげていた(もちろん海外はおろか熱海にも行けなかった)。完全なブラックベンチャーだった(苦笑)。

にもかかわらず、僕はやましい思いなんかこれっぽっちもなく、来る日も来る日も、彼らを思い切り叱り飛ばしていたのだから、ある意味たいしたものだ。そんな理不尽な仕事を続けていた彼らも、それ以上にたいしたものだ。

そんな彼らだったのだが、不思議なもので、いまだにずっと付き合っている。年に1~2回は、飲みにいったりもする。

しかし、金曜日の新年会では異変が起きた。

いままでの飲み会では(昔タダ働きさせていたという負い目もあり)もっぱら僕がご馳走していたのだが、金曜日の新年会では、彼らが僕にご馳走してくれたのだ。しかも帰りのタクシー代まで払ってくれた。

いやー、たまらなく嬉しかった。

ただ数千円を奢ってもらっただけといえばそれまでなのだが、それがたまらなく嬉しかったのだ。

僕にとっては、会社を創って最初に苦楽を共にした教え子のようなものだ。

その彼らが立派な大人になってくれたような気がして。いや、事実、もうとっくの昔に立派な大人なのだが、それが酒をご馳走になることで、あらためて証明されたようで。

自分の子供が、ちゃんとした大人に成長する。ただそれだけのことなのだが、それが嬉しい。

実は昨日は、本当の子供(いや他に隠し子がいるわけではないですよ)が、成人式を迎えたのだが、やはり想像した以上に嬉しいものだったし…(実の子からは、まだ酒はご馳走になっていないが、あと数年後の楽しみにとっておこう)。

こんなこと(って酒をご馳走になることね)で喜んでしまう僕は、やはり年をとったということだろうか。

いや、こういうことで喜べる年の取り方なら幸せなことである。もっともっと喜ぶべく、いろんな連中から酒をご馳走になりたいものだな(笑)。

さて、では連休明けの本日。もう正月気分ともおさらばだね。

では夜が明けたら、行ってきます!

昨日は仕事始め2日目。そして今期の第3Qキックオフ会議の日だった。

午後1時から6時まで。ずっと真剣モードの会議が行われた。

今期の折り返し地点。楽観はできないものの、運気が上昇してきているのは確かだ。下期は、この運気を確かな成果に変えていけたらと思う。

 

ところで、本日の日記のタイトルは、この真剣モードの会議が終了した後の懇親会の場所でのこと。

今年は、パフ設立15周年を迎える年。

そこで、(僕の強い希望もあり)記念イベントを開催することに決めたのだ。

しかも、出来る限り多くのゲスト(お客様や、パートナーの皆さまや、職サークル会員OBOGや、社員OBOGや、たんなる野次馬も?)をお呼びしようということになった。

大きなイベントを実施するためには、実行委員を決めなければならない。そして、ぐいぐい推進させるリーダー(委員長)を決めなければならない。

昨日のキックオフの懇親会の場では、極めて民主的な方法で委員長が選任されたのだった(誰が委員長になったのか? もったいつけて、まだ伏せておこう)。

そして、委員長主導のもと、イベント開催候補日と、イベントのコンテンツ案が話し合われた。

パフの設立日は1997年12月12日。

普通なら、この設立日の近辺でイベントを実施するのだが、12月といえば、我々のお客様やパートナー企業が、休日も含めて無茶苦茶に忙しいタイミング。仕事の都合でご来場いただけないのでは寂し過ぎる。

ということで、実施のタイミングは10月にしようということになった。

コンテンツは、堅苦しい儀礼的なものではなく、ゲストの皆さまと一緒に楽しめるものにしようということになった。

そこで発案されたのが、キャンプ。

キャンプ場を借りて、特設ステージや、いろんなコーナーを設けて、夜通し皆で飲んで、食べて、歌って、踊って、ハグして(それはしないか?)、楽しもう!ということになったのだ。

ということは、多くの人が参加できる、金曜の夜から土曜日の朝にかけて、ということになる。

そこで開催候補日として決まったのが、10月12日(金)~13日(土)。

この10月12日という日も、パフ設立の鍵となる、実はとても意味のある日なのだが、その説明はまた今度。

さてさて。

いったいぜんたい、どうなることやらさっぱり分からない状況ではあるのだが、「ぜひ参加してみたい!」と思っている方は、まずは上記日程を空けておいていただけたらと思う。

 

※いろんなことが正式に決まったら、お取引先の皆さまには最優先で正式なルートよりご案内させていただきます。それまでのあいだは、「釘さん日記」や、スタッフブログや、twitter,Facebookなどを通じて、不確定・無責任情報(?)として流していこうと思います^^。

ということで皆さま、パフの15周年記念イベント、乞うご期待です!

 

昨日は仕事始め。いつも通り、いつもの道を歩いて会社まで向かった。

月島の自宅を出発後、佃公園を横切り、中央大橋を渡り、新川を通り抜け、八丁堀をかすめながら新大橋通りへ。新大橋通り沿いを永代通り方面に3分ほど歩けば、そこは茅場町のパフ事務所だ。

自宅から早歩きで約30分。朝の運動と考えれば、ちょうどいい距離とコースなのだ。

新川から新大橋通りに出るまでの道の途中では、多くのビジネスパーソンとすれ違う。たぶん住友ツインビルや、その周辺の大きなビル群に入居する大企業の社員たちなのだろう。

一昨日まではほとんどひと気がなかったのだが、昨日の朝はもういつもどおり。ついに2012年が本格的に動き出したなあ、という感じだった。

兜町方面にある神社に初詣に向かうときにも、街はいつもどおりの風景だった。全国的に見れば昨日まで正月休みという会社も多かったと思うのだが、茅場町、兜町界隈は証券金融の街ということもあり、もう完全にビジネスモードに切り替わっていた。

我がパフも、昨日こそスタンバイモードだったが、本日から本格始動モードだ。午後からは第三クオーターキックオフのロングミーティングもある。

社員たちに真剣モードで伝えなければならないことが、本日はたくさんあるのだ。

 

あ、そうだ、思い出した!

今朝は通勤路を外れたところにある住吉神社に立ち寄って、昨年のお札を納めにいかなきゃならなかったんだ。ゆっくりしてる場合ではなかった。

ということで、ちょっと中途半端だけど、早めに日記は切り上げて、行ってきます!

 

さあ、仕事始めだ!

2012年1月4日 (水曜日)

正月三が日もあっけなく終わり、いよいよ本日から仕事始め。

仕事始めの本日のメイン行事は、神社への集団参拝。

昨年までは築地の波除神社に参拝していたが、今年は茅場町に本社事務所を移転した関係で、近くの日枝神社(日本橋摂社)にお参りすることになった。

手を合わせて、心を無にし、新たな気持ちで2012年の仕事をスタートさせることにしよう。

そうそう、以下のURLは、パフ&マジックドラゴン社の年賀メール用の画像である。

タシロが年末の多忙ななか苦心して作ってくれた傑作なので、ぜひ皆さんに見ていただけると嬉しい。

http://puff-c20.s3.amazonaws.com/uploads/file/pmgroupnenga2012.pdf

では、仕事始めの本日も、いつもと同じくウォーキングで、行ってきます!

 

皆様、あけましておめでとうございます。

今年は2012年。辰年です。辰=龍=ドラゴン=パフ。つまり、我らがパフ・ザ・マジックドラゴンの年。12年に1回しかない当たり年なのです。

12年前の辰年はどうだったかというと…。

そう、12年前。西暦2000年は、まさにパフにとって飛翔の年。新年早々、事務所移転とともに初めての新卒採用を決意した年でした。

この12年前の西暦2000年が、現在のパフが組織として実質的にスタートした年。この事務所移転と新卒採用が功を奏して、毎年(売り上げベースで)前年比30%~50%の成長を遂げることとなりました。

知識も常識も経験もスキルもない、ないない尽くしの若者たちに振り回されながらの(毎日のようにトラブルが起きてしまうような)大変な会社運営でしたが、反面、驚くほど前向きで純粋で愛すべき若者たちに囲まれて過ごせた、幸せな成長の時代でした。

 

しかし、2008年のリーマンショックを境にして、それまでの成長がストップ。企業の新卒者採用が(人数だけでなく予算も)大幅に抑制され、この数年は厳しい状況が続いています。

そんななか、我々は起死回生(というのは言い過ぎですが)を期すべく、事務所移転と体制の大幅な変更を、昨年の夏に一気に実行しました。まだ結果こそ出ていませんが、いい気運が訪れているような気がします。

昨年の体制変更に伴い生み出された新会社の名前は、マジックドラゴン株式会社。実はこれがパフの正体です。パフの社名の由来をご存じない人は「なんじゃそりゃ?」と思われたかもしれませんが、ファンの方々にとっては、大ヒットの社名だったようです。

西暦2000年に生まれたばかりのパフが飛翔していったように、2012年の今年は、パフが生んだマジックドラゴンとともに、もういちど空高く飛翔していく年となっていくことでしょう。

 

そうそう。2012年はパフの設立15周年の節目の年でもあります。これ以上の良いタイミングはありませんね。

今年は15周年記念イベントもやろうと思っています。

パフのイベントといえば寸劇です。

すでに役者を希望している人も現れています。笑いと涙が満載の、とっときの脚本を書きあげようと思っています。

 

そして唄です。

MSPのメンバーにも手伝ってもらって15周年記念ライブもやりたいと思っています。今野さん、下薗さん、荒木さん、住本さん、まだなんの相談もしていませんが、よろしくお願いしますね^^。

 

そしてマラソンです。

今年52歳になる僕ですが、ハーフマラソンを、なんとか2時間以内で走ってみたいと思っています。(名大社社長の)山田さん、負けませんよ^^。

 

なんにしても当たり年の辰年2012年。

ビジネスも、エンターテインメントも、スポーツも、大勝負の一年にしていきたいですね。

釘さん日記の読者の皆様、パフ&マジックドラゴン&釘さんを、本年もどうぞよろしくお願いいたします!!