パフ代表の徒然ブログ「釘さん日記」

一昨日の朝のこと。

こんな一通のメッセージがいきなり送られてきた。

 

フォークソング居酒屋の看板の写真だ。

送り主は21年半前、僕をそそのかしてパフを創業させたMさん。

「釘崎の新規事業?」と尋ねてきた。

後で聞いたら、Mさんの通勤途中、上野広小路付近で見つけたお店なのだそうだ。Mさんは最近、健康のために上野から勤め先の本郷まで徒歩通勤しているのだという。

で、僕はMさんに「なんと!競合ですね。どこですか?敵情視察に行きましょう😎」という返事を送った。

Mさんは善は急げのタイプで、「お、いいね。じゃ、明日行こう!パフの不器用な若い連中もいっしょに連れてきてよ。俺もオジサンひとり連れて行くから」とのリクエスト。

ということで、パフの不器用な新人イシカワと、イシカワを日々不器用に指導しているイシガミを誘って、昨夜この店への「敵情視察」を敢行した。

まずは僕とMさんの二人で開店間際の誰もいない段階から忍び込んでお店の様子を撮影した。

 

 

なかなか、いい雰囲気のお店だ。1970年代の空気が充満している。

ステージには、アコースティックギターが2台、ドラムセットが一台、ベースもキーボード(電子ピアノ)も置いてある。スゴイ。

さらに凄かったのは、実はこのお店1980年前後にプロのフォーク歌手として活躍されていた方々(ご兄弟)が店主として切り盛りされていたところ。特にお兄さんは、ギター演奏とともにステージや会場を絶妙に盛り上げてくださる名司会者だった。

僕とMさん、そしてMさんの同僚のカガヤマさん(僕らと同年代)、イシカワ、イシガミの5人は、この名司会者にすっかり乗せられてステージに引っ張り出され、気持ちよく歌ってしまった(笑)。

以下、その写真をアップしておこう♪

トップバッターは、Mさん。曲は古井戸の「さなえちゃん」。誰も知らないだろうな(笑)。右隣でギターを弾いているのは名司会の店主。

 

お次はカガヤマさん。歌うは拓郎の「たどりついたらいつも雨ふり」。なつかしいー!

 

そして不器用な若者代表のイシカワ。なんと、西城秀樹のYMCAを踊り付きで披露(@_@)

 

日ごろは人前で歌わないイシガミもついに。歌うはゴダイゴの「ガンダーラ」だ。僕も初めて演奏して歌った。

 

Mさんが「おいクギサキ、音楽居酒屋ぜったいやろうよ、今夜は記念となる日だからちゃんと記録しとけ。来年おまえがやるっていう音楽居酒屋、俺も出資しようかな」などと調子のいいことを言っていたが、さて、どうなるか。

それはともかく、本当にとても素晴らしい音楽居酒屋だった。僕が来年開業しようとしているお店のお手本とさせていただこうと思う。これからしばしば通うことになるだろうな。

関係ないけど昨夜のアジアカップ、日本勝ってよかったね、Mさん(笑)。

てなわけで、朝食&まんぷく後、行ってきます!

 

いやはや、この冬の風邪はしつこいですな。一週間たってもまだ、鼻水、痰、咳、それから頭の中のボーっとした感じが取れない。

今日は午後から柄にもなくお客様先で面接官研修の講師という役目を与えられてしまったのだが、さて、ちゃんとボーっとせずに全うできるだろうか。

 

あ、チコちゃんに叱られてしまった…💦

 

それより前に研修の準備がまだ済んでいない。これからやらなきゃ……。

でもその前に、昨日の出来事をひとつだけ。

校正、校正、校正・・・。校正一色である。

昨年から書き続けてきた採用本(書名もやっと決まりました!)の出版まであとわずか。

夕方からは共同執筆者の伊達さんと、編集者のお二人がお見えになり、最終的な詰めの打ち合わせも行われた。

打合せの結果、新たに書き直さなければならない箇所も発生したのだが、来週のアタマまでにはすべてを仕上げなければならない。

正月は寝込んでいて何もできなかったのだが、いよいよ待ったナシ。ボーっとしてる場合ではなくなった。

今週末はたぶん休み返上だな。世の中は3連休みたいだけど(*´Д`*)。

では、研修準備のオシゴト&朝食&まんぷく(これだけは忙しくても欠かさない)のあと、行ってきます!

 

2019年の社長メッセージ

2019年1月8日 (火曜日)

昨日は仕事始め。朝8時45分からの朝礼では、13か月前の設立20周年祝いで頂いていた日本酒で乾杯した。

 

 

これがすごく美味しかったのだが仕事始めの朝から酔っぱらうわけにもいかないので、みんなコップ10分の1くらいで我慢した。

10時過ぎには皆で東京大神宮へ。

 

 

「東京のお伊勢さま」とも呼ばれるこの神社、有名なだけあってすごい人出だった。

が、我々はちゃんと団体祈祷の予約をしてあったので、すぐに控室に通され、予約時間通り10時半から社殿に上がり、お祓いを受け、祝詞を上げていただき、玉串を捧げ、二礼二拍手一礼の拝礼を行った。ありがたや~。

 

帰りには、こんなにたくさんのお土産(?)をもらったり。他にも破魔矢とかお財布とか冊子とか、たっぷりと頂戴して帰ってきた。

 

そして午後は、全社員が参加したうえでの第23期下期キックオフミーティング。上期までの業績と、下期に向けての体制や戦略が発表されたり、新企画のアイディアコンテスト(のようなもの)が最後に行われた。

写真はアクネの発表シーンですね(^^)

 

で、このキックオフの冒頭、僕からは年始恒例の「社長メッセージ」を読み上げた。あくまで社内向けのものだけど、今年は特別に、釘さん日記にも公開しましょう。

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2019年の社長メッセージ

パフで働くすべての皆さん、あけましておめでとうございます。
2019年の仕事、そして第23期下期の仕事が本日より本格スタートしました。
本年もよろしくお願いいたします。

 さて、平成から新元号に切り替わる記念すべき今年、皆さんにとっては、どんな一年になるのでしょうか。

昭和から平成に切り替わったのが1989年1月8日でした。その前日、当時の官房長官で後に総理大臣となる小渕恵三さんが「新しい元号は『へいせい』であります」と、墨で書かれた「平成」の2文字を掲げて記者会見に臨んだ姿は今でも目に焼き付いています。その日は土曜日でしたが、システム開発の納期に追われていた私は当時在籍していた会社に出勤しており、開発プロジェクトのメンバーたちと、テレビを見ながら新しい時代の幕開けにワクワクしたものです。小渕さんが平成を発表したのが1989年1月7日の14時過ぎ。奇しくも、ちょうど30年前の今くらいの時間でした。

 ところで、平成元年という年は私のキャリアにとっても大きな節目の年でした。それまでの零細企業でのシステム開発の仕事から、大手コンピューター会社での営業に関わる仕事に大きく舵を切ったのが平成元年4月のことです。このキャリアチェンジは実は大失敗で、約一年後に挫折してしまいます。しかし、このキャリアチェンジによる挫折のおかげで、その後パフを設立するうえでの、貴重な仕事と人脈と機会を得ることができました。ですから、この平成という時代は、私の20代後半から、30代、40代、そして50代が終わろうとする現在に至るまで、かけがえのない経験をさせてもらえた時代だったと言うことができます。

 そして、平成から新しい元号となる今年。皆さん個人にとっても、パフという会社にとっても、「振り返ってみれば新しいことが芽を出した節目の年だったんだよね」と、あとから言えるような、そんなメモリアルな年になるような気がしています。

皆さんにとってワクワクできるような一年となることを心より願っています。そして30年前の、これからの生き方に悩んでいた弱冠28歳の自分に今会えるなら「お前の選んだキャリアは、いまは失敗だと思っているかもしれないが、最後には大正解になるぞ」と伝えてあげたいと思います。
 

2019 年 1 月 7 日
株式会社パフ代表取締役 釘崎清秀

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いかがだったでしょうか。平成最後の新年メッセージなので、平成元年のころのことを思い出しながら書いてみました💦

さて。今日は朝から冬休みの宿題を猛スピードでやらなければ。では、朝食&まんぷく後、行ってきます!

本日は2019年の仕事始めです。

2019年1月7日 (月曜日)

長かった年末年始休暇も終わって、本日が2019年の仕事始めという会社も多いだろう。わがパフもご多分にもれず、本日から平常通りの仕事が始まる。

本日は、午前10時過ぎに全社員で徒歩5分くらいのところにある東京大神宮に行って新年の団体祈祷を行う。毎年仕事始めの日に実施している恒例行事だ。

ちなみに昨年までは茅場町にある日本橋日枝神社で、8年前までは築地にある波除神社での祈祷だったのだが、やり始めたのはリーマンショックで先行きに暗雲が垂れ込めていた2008年くらいからだったと記憶しているので、今年で12年目になるだろうか。仕事始めの日に気を引き締めることができるので、とてもいい慣習だと思っている。

などと清々しいことを書いている僕だが、今年の正月は散々だった。

年末は29日から休んでいるので9連休だったわけだが、元日の夜から体調を崩してしまい(単なる風邪だと思うが)、朝ランもできず、遊びに行くこともできず、勉強も宿題もすることができず、悶々としてしまった。

元日の朝、11kmの朝ランを敢行したまでは良かったのだが、そのあと日本酒をカッポカッポ飲み過ぎたのが良くなかった。知らぬ間にうたた寝してしまい、目覚めたときには扁桃腺のいや~な痛みが襲ってきた。翌日から重い頭痛と鼻水と咳の症状が始まってしまった。

平成最後の正月なので、2日の日は皇居まで一般参賀に出かけようと思っていたのだがそれもかなわず。3日の日は、箱根駅伝の復路の応援に出かけようと思っていたのだが、それすらもかなわず。

でも、自宅に籠ってばかりいてはかえって体に悪いと思って、4日は会社に出かけてみたり(事務所では何人かが仕事をしていたw)、5日は音楽スタジオでピアノの練習をしてみた。

その甲斐あってか現在は少し持ち直して、鼻水の量も減ってきた。アタマはボーっとしているが、それは風邪のせいではなく元々だな(苦笑)。

ともあれ!

ボーっとするのはあと1時間でおしまい。出社したらシャキッとしましょう。

本日は2019年の仕事始めの日でもありパフ第23期下期がスタートする日でもある。午後からはキックオフミーティングも行われる。今週中に片づけないといけない宿題もたくさんある。

ということで、今年一発目の行ってきます!

 

みなさま、あけましておめでとうございます。

ただいま、2019年1月1日午前9時30分。

朝6時半に自宅をスタートし、初日の出とともに皇居までランニングして、8時過ぎに帰宅。その後、初風呂をゆっくりと浴びて、今年初めての日記を書いています。

 

下の写真は、千鳥ヶ淵公園から見る初日の出です。神々しいですね。

 

 

ちなみに下の写真で僕が着ているTシャツは、昨年の9月、パフチームが勝利したナゴヤドームでのリレーマラソンで着ていたものです。

縁起ものなので、元旦ランのために引っ張り出してみました(^^)v

 

 

ところで僕は今年、東京に出てきて丸40年となります。

田舎育ちで世間知らずの18歳の少年が、この大都会東京で、よくもまあ今日まで生き延びてきたものだと、この40年間を振り返りながら走っていました。

1979年2月、大学受験のために九州・大分の片田舎から上京。当時大学4年生だった兄貴のオンボロアパートに居候をしたのが東京暮らしのスタートでした。

受験した大学にはすべて落ち、でも田舎には帰らず、そのまま東京の予備校に入学手続きを済ませ、兄貴が就職先の会社の寮に引っ越していったのをいいことに、そのままオンボロアパートに居抜きで住み着いたのでした。

懐かしいですね。あれから40年。明日をも知れぬ身でしたが、人間生きてればなんとかなるものです。

考えてみれば、東京で暮らした40年のうちの半分以上を、パフの社長として過ごしてきました。

なんだか感慨深いものです。

昔のことを思い出しながらの帰り道、このビルの前を通りました。

 

 

東京駅の丸の内北口を出たすぐのところにあるこのビルに入居する会社に、僕は平成元年、転職しました。28歳の春。東京に出てきて丸10年が経っていました。

この転職先で過ごしたのはわずか1年間でしたが、このとき僕の社会人としての運命は大きく決定づけられたんじゃないかなと。

あれから30年。平成元年に働いていた場所を、平成最後の元旦に眺めながらランしているっていうのも不思議なものです。

おっと、元旦早々、うっかり思い出迷子になってしまいました(笑)。

未来のことを書きましょう。

今年パフは22歳になります。人に例えるなら大学4年生。社会人となるための準備をする年です。

これから何十年も続く、しっかりとしたキャリア(事業基盤)を構築する一年にしたいと思います。

そして今年僕は59歳となります。サラリーマンなら定年まであと一年。そろそろ次のキャリアの準備を本格化しようと思っています。

未来のことを考えると、なんだかワクワクしますね。

ということで、元旦早々まとまりがありませんが、基本はユルく、たまにだけ真面目なことを綴る「釘さん日記」を、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

皆さんにとってハッピーでラッキーな一年となることを心から願っております。

では、おせちをつまみ、お酒を飲みに、行ってきます!

さあ、暮れもいよいよ押し詰まってきた。今日は前置きなしに振り返りの最終回を書いておこう。

 

【2018年重大ニュースその8】パフ社外取締役に名大社社長 山田哲也氏が就任

これは内外にもインパクトのあるニュースではなかったろうか。外向きには愚か者ぶりを振り撒いている昼行燈な我々であるが(少なくとも山田さんはw)、その実、経営のことをかなり真面目に考えている(少なくとも僕はw)。

なぜ山田さんがパフの社外取締役になったのかということはその経緯も含めて、僕の日記と山田さんのブログにも書いてあるので、まだ読んでいない方はぜひご覧ください。

本日はパフの第22期定時株主総会なのです。(釘さん日記2018年9月26日)

なぜ山田さんがパフの取締役に?(釘さん日記2018年9月27日)

社外取締役 就任(名大社社長ブログ2018年9月27日)

 

【2018年重大ニュースその9】HR業界の経営者たちとの面談を日々重ねる

今年ほど同業他社の経営者との面談をたくさんもった年はなかった。履修履歴活用コンソーシアムが今年の6月から一般社団法人となり、正式に仲間になっていただける加盟企業を募り始めたのだ。

おかげで多くのHR事業者のみなさんが、加盟を表明してくださった。まだ検討が継続している会社もあるが、現在のところの加盟企業はコンソーシアムのホームページに掲載されているので、よかったらご覧ください。

 

【2018年重大ニュースその10】パフ満21歳。そして第23期を昨年並みの業績で折り返す

2018年12月12日にパフは満21歳を迎えた。特別なイベントは何もやっていないが、一人でこの21年の重みを噛みしめている。そしてここ数年この時期になると、自分はなんてラッキーで幸せな奴なんだろうと思うことが多い。

今年の第一四半期(7月~9月)の業績は、かなり低迷してしまったのだが、第二四半期(10月~12月)の三か月でみごと跳ね返してくれた。

僕は何もしていない。すべては社員たち、そして社員たちの頑張りを支えてくださるお客様やパートナーの皆さんのおかげだ。月並みだが、社員とすべてのパートナー・お取引先企業に対して大感謝である。本当にありがとうございました。

今日でパフは仕事納め。第23期をいい形で折り返せそう。来年も引き続き、社員一同がんばってまいりますので、皆さんよろしくお願いいたします。

さて、この日記も今年はこれで最後。次回は2019年1月1日の朝ラン後、お昼くらいにはアップされると思いますので、その時にまたお会いしましょう。では、今年最後の行ってきます!

 

昨日に続いて2018年を振り返ってみましょう。今日は、重大ニュースその4からその7まで。

 

【2018年重大ニュースその4】春よ来いライブ2018を開催

僕が「なんちゃっておやじコンサートライブ」をスタートしたのが2008年の暮れ。以降、最低年一回は、多くの方々にお越しいただいて開催している。

2017年からは、「春よ来いライブ」という名前のコンサートライブを、2月の立春の時期にあわせて開催している。

今年も2月3日の立春に、「春よ来いライブ2018」を開催した。今年は、僕には珍しく英語の唄を多く歌った。ビートルズに偏っていたけれど💦。バイオリンのすみもっちゃんが体調不良で参加できないというアクシデントがあり、僕がそのパートを急きょ慣れないハーモニカで代わりに演奏したり、ということもあった。

この「春よ来いライブ」は、来年ももちろん開催する。そして再来年(2020年)は、さらに思い切った企画を構想中だけど、そんな先の話をすると鬼が笑うどころか呆れてしまうので、またいずれ。

 

【2018年重大ニュースその5】熊本城マラソンに出場、愚か者が熊本侵略を果たす

2017年の東京マラソンに当選したことをもって、僕はフルマラソンを引退したつもりだった。が、愚か者名古屋本部長こと名大社山田社長の策略にまんまと嵌まって、熊本城マラソンに出場することになった。2月18日(日)。これが大会の模様を綴った日記だ⇒ 熊本城マラソン、無事完走しました。

 

マラソン後は、熊本に住む僕の幼馴染(中学の同級生)と再会して、球磨焼酎とカラオケを楽しんだり。愚か者ぶりをいかんなく発揮した熊本ツアーとなったのだった。

 

 

【2018年重大ニュースその6】約半年間の通院生活

熊本城マラソンを頑張りすぎたのが良くなかったのか、3月くらいから体調を崩すことが多くなった。

単なる風邪だと思っていたのだが、なかなか治らず、鼻水や喉の痛みが続くようになった。内科のクリニックで「花粉症かもしれない」と言われ、耳鼻咽喉科に行ってアレルギー検査をしてみたのだが陰性の診断。急性の副鼻腔炎とも診断されたり。逆流性食道炎の疑いも持たれて、急きょ大きめの病院で胃カメラを撮っての精密検査をしたり。

あ、それと昔治療した歯(かぶせ物)がボロボロと割れ始めたのも今年の出来事。計算した訳じゃないけど、今年の通院回数と治療にかけたお金は、史上最大ではなかったろうか。

 

【2018年重大ニュースその7】北海道ひとり旅を決行

北海道ひとり旅を決行したのも今年の大きな出来事。7月13日から7月18日までの7泊8日を、北海道で過ごした。折しも、東京は(というか本州は)記録的な猛暑。連日35℃を超えるような暑さだったようだが、僕が過ごした北海道は20℃前後の快適な気候。ひとりだけの気ままな旅をさせてもらった。来年もまた行きたいなあ……。

 

上の写真は北海道で撮った写真の中での一番のお気に入り。

 

と、本日は仕事とは関係のないことばかり並べてみました。

明日もまた続きをお届けしましょう。

では、今年の(会社での)シゴトもあと二日。まんぷく後、行ってきます!