経済誌の取材を受けて感動した本のことを語った日
2009年6月25日 (木曜日)
本日、某著名経済雑誌の取材を受けた。
「私の感動した本」というコーナーの取材で、僕がいままでの人生で出合った本の中で、いちばん感動した本の話を聞かせて欲しい…ということだった。
僕は、いまでこそいろんな文章を、いろんなところに書いているが、そんなに本が好きっていうほどではない。感銘を受けたり、勉強になった本はいくつかあるが、「感動」というと何だろうか。
若いときに読んだ『竜馬がゆく』(司馬遼太郎)には、いたく感動させられたが、あまりに定番すぎて雑誌の記者にとってはあまり面白くないだろうし。
あと、結構マニアックな小説(児童小説とか)を読んでいたことがあり、これにもかなり感動していたのだが、細かなところを忘れてしまい、うまく説明する自信がなかったので、やっぱりやめた。
いろいろと考えていたら、はたと思いだした。僕がその昔、心を揺さぶられた二冊の本があった。
いずれも、以前メルマガで3年にわたって執筆していた 【素晴らしき100の出会い】というコラムで取り上げた本だ。いや、本というか、漫画(コミック)だ。
漫画とはいえ、あなどれない。多感な少年時代の僕のこころを支え、悩める青年だった僕の眼を開かせた本である。
雑誌社の記者に、その本の内容のことを話したら、とても興味を持ってもらった。取り上げてもらえると嬉しいな。
ちなみに、その本のことは以下のリンクから読めますので、興味のある読者の方は、どうぞクリックしてご覧ください。
【本1】http://shokugakkou.com/member/column/kugi05/Colkugi_013.html
【本2-1】 http://shokugakkou.com/member/column/kugi05/Colkugi_020.html
【本2-2】http://shokugakkou.com/member/column/kugi05/Colkugi_021.html
長距離移動は疲れるわい…の日
2009年6月24日 (水曜日)
きょうの朝の新幹線で東京に戻ってきた。新幹線車中の空調の調子がよくなかったのか、混み合っていたからなのか、僕の席まではみ出してきていた隣の人の体温が高かったせいなのか、珍しく気分が悪くなってしまった。
気分が悪いのは天候のせいかな。湿度が異常に高くなってきた。東銀座から徒歩4分の会社がなんだか遠く感じてしまった。
それでも会社に着き、自分の椅子にどかっと腰かけると、多少は落ち着く。
いやあ、長距離移動は疲れるわい。
夕方6時過ぎ。
お客様との会食のため外出。銀座8丁目まで歩いて行く。やっぱりジメジメしてるなあ。
会食そのものは、気を使わないフランクな昔からのお客様だったので、しばし楽しく過ごす。
帰り道。
まだバスが走っている時間だったので、歩いて帰るのをやめてバスに乗る。普段なら歩くんだけどなあ。
先日の日記でも書いたが、これからの季節は体調管理が重要。いつまでも若いつもりでいるのは禁物だ。悔しいけど。
このジメジメの梅雨の季節のあと、カラッとした夏が来るのを期待したい。
感慨深い福井出張の日
2009年6月23日 (火曜日)
朝8時の新幹線に乗って、米原経由で福井に向かった。福井県とふくいジョブカフェ主催の合同企業説明会にゲスト参加するためだ。
福井(ジョブカフェと商工会議所)とは、ずいぶん昔からの縁で、学生向けのイベントや企業向けのセミナーに、毎年一回は呼んでいただいている。
が、いつもは学生の就職活動がピークとなる3月が多く、この時期の福井は初めてだった。
実は主催者側も、この時期の合同説明会は初めての試みだとのこと。学生の内定取得状況のあまりのひどさに、急きょ開催に踏み切ったというのだ。体感値として、内定を取得して就職活動を終えた学生は、まだ半分にも満たないのではないかとのことだった。福井県内では、まだまだ多くの学生が就職活動を行っているのだ(もちろんこの状況は福井に限ったことではない。今年の内定取得率は全国的に芳しくない。就職情報各社が発表している数値以上に悪い状況である)。
僕の本日の役目は、そんな就職活動を頑張っている学生たちを対象とした講演を行うことだった。主催者からは、「ぜひ彼らを励ましてあげてください」というリクエストをいただいていた。
会場には、黒いリクルートスーツを着た学生たちがぎっしりと集まっていた。皆、真剣な面持ちだ。
講演のタイトルは、『就職活動の成功って何なのか? ~会社選び、仕事選び、キャリアづくりで大切なこと~』。いつも『うまれよ塾』で語っていることを、きょうの来場者のみなさんに聞いてもらった。
講演ののち、僕も企業ブースを回らせてもらったり、関係者の方々と話をさせてもらったり。
予想以上の学生が来場してくれたのでイベントとしては大成功なのだが、逆に、この時期に、まだこれだけの学生が動いているということには、皆さん複雑な心境のようだった。
いずれにしろ、きょう来場してくれた学生諸君には、焦らず、慌てず、もうひと踏ん張りしてほしい。そして来年の春には、社会人の一員としてのスタートを切ってほしい。
イベント会場を後にした僕は、同じ福井県の美浜に向かった。福井から敦賀まで特急で約30分。そこから小浜線に乗り換えて約20分。
五木ひろしの出身地としても、原子力発電所の所在地としても有名な美浜。静かでのどかな漁師町で、駅を降りると、まるで“ふるさと”に帰ってきたような佇まいだった。
なぜ僕が、この美浜までやってきたのか。
そのことについては、今週末の日記でたっぷりと書きたいと思う。きちんと説明しようとすると、いまから10年以上も前にまで遡る必要があるからだ。
いま敦賀のビジネスホテルに戻ってきてこの日記を書いているのだが、パフをつくってホントに良かったなと、感慨深く思えた一日であった。
筋肉痛だった日
2009年6月22日 (月曜日)
昨日の日曜日、僕はジムに通って筋トレを行っていた。
この数週間(一カ月近く)、ジム通いをサボっていたこともあり、その分まで取り戻そうと、3時間ほどたっぷりと行った。
僕の通うジムは、毎月定額で1万円。ということは、毎日通っても1万円。一回行っただけでも1万円。まったく行かなくても1万円。だったらたくさん行ったほうが得なのだが、なかなかそうもいかない。
なので、久々に通うと、ついつい張り切りすぎてしまう。
昨日もそうだった。
で、きょうは筋肉痛。予想はしていたけど、腕があがらなかったり、足が開かなかったり(苦笑)。
僕は全身の筋肉の中でも、背中の筋肉と肩の筋肉が特に弱い。これは、あまりよくないことらしい。大事な頭を支える首。その首を支えるのが背中と肩の筋肉だ。3年ほど前にも、筋肉のバランスを崩して、一時、首が回らなくなったことがある。なんとか強化しなきゃいけないのだ。
それに、これから体調を崩しやすい季節を迎える。
健康な体が維持されるように。筋力が劣化しないように。そして毎月1万円のモトがきっちり取れるように。筋肉の痛みを乗り越えて、週末のジム通いを、これからも続けなくっちゃね。
それにしても痛いなあ……。
刑事ドラマの原点を見た日
2009年6月21日 (日曜日)
僕は、テレビドラマをたくさん観て育ってきた世代だ。なかでも刑事ドラマは、ドキドキワクワクハラハラしながら観ていた。
僕らの世代の刑事ドラマの代名詞といえば、『太陽にほえろ』だ。もうこれしかない!っていうくらいに、夢中になったドラマだった。
僕らより少し上の世代になると、『七人の刑事』とか『特別機動捜査隊』なんていうのもあった。
最近では、『踊る大捜査線』や『古畑任三郎』も、刑事ドラマと言えなくもないかな。
単発もののドラマや映画まで含めると、この数十年間の間に、数多くの刑事ドラマが作られてきた。なかでも松本清張の小説をドラマ化(映画化)したものには、秀作が多かった。
そんな多くの刑事ドラマのなかに登場する“刑事”のモデルになった人物がいる。
平塚八兵衛(ひらつかはちべえ)という人物だ。昭和の多くの大事件をことごとく解決に導いた名刑事だ。
その職人魂、プロ根性たるや、壮絶なるものがあったらしい。
この平塚八兵衛を主人公にしたスペシャルドラマが、昨夜と今夜、二夜連続で、テレビ朝日系で放送された。
いやあ、見ごたえあったなあ。
主役の渡辺謙の演技はさすが。共演した高橋克実も光っていた。原田美枝子(八兵衛の奥さん役)は年齢を増すごとに美人になっていくような気がする(たしか百恵ちゃんと同い年。不思議な女優だ)。そしてなにより誘拐犯を演じた萩原聖人。久々に見たが、秀逸の犯人役だったと思う。
その他、ものすごい役者陣が勢ぞろいしていた。テレビ朝日の開局50周年記念ドラマ。相当に気合いが入っていたことが覗えた。
罪を犯した人間。追いかける刑事。その周りに渦巻く幾多の人間模様。事件を生み出した時代背景…。刑事ドラマは、人間の深層を描くにもっとも適したジャンルかもしれないな。
刑事ものに限らず、これからも秀逸な人間ドラマがたくさん生み出されることを期待しよう。
中島みゆきにハマった日
2009年6月20日 (土曜日)
盟友マングローブの今野社長が運営するホームページに、 「今野誠一のパーソナルライフ」というコーナーがある。
「音楽」、「環境」、「健康」、「植物」、「運動」という5つのカテゴリーに分かれているのだが、それぞれに蘊蓄のあるコラムで構成されている。
あんまりたくさんあるものだから(しかも、ある日突然いっぺんに更新されるものだから)、盟友のコラムとはいえ、たまにしか目を通していなかった(今野さんゴメン!)。
数日前、ふらっとこのコーナーに立ち寄り、「音楽」のコーナーを流し読みしていたら、聞き(読み)捨てならないコラムに出くわした。
このコラムは、今野さんの音楽の師匠である、似内康典(にたないこうてん)さんという方が執筆しているのだが、これがすごい。氏の音楽への造詣の深さが存分にちりばめられている。
特に第八回目のコラムには感銘を受けた。
【 女流ニューミュージックの三傑】と題して、中島みゆき、荒井由美(ユーミン)、竹内まりや のことが書いてあったのだ。
僕らは、まさにこの3人の女流ミュージシャンとともに歩んだ世代だ。
特に僕は、高校生から大学生にかけて、中島みゆきとユーミンを好んで聴いていた。
陰と陽。 影と光。 対照的なふたりである。
昼間はユーミンを聴くことが多かった。ドライブ(これでも昔は、車を運転していたこともあるんですよ)のときのカーラジオは、かならずユーミンだった。
そして夜は、圧倒的に、中島みゆきの音楽だった。
6畳一間の下宿で、30Wの裸電球の下、ひとり飲む安酒……。そこには必ず、中島みゆきの音楽があった。
寂しいとき、悲しいとき、ひとりで感慨に耽りたいとき。中島みゆきを聴きながら、空が白むまで、ウイスキー(決まってホワイトか角瓶だった)を飲んでいた。
そんな時代を、似内さんのコラムを読んで懐かしく思い出した。
で、思い出したら、久々に中島みゆきを聴きたくなった。
平日はなかなか難しいので、土曜の今夜、家族が寝静まったあと、自分の部屋(なぜか大学時代の下宿よりもさらに狭い部屋なのだが、苦笑)に閉じこもって、トコトン聴いた。
いやあ、いいですねー。感性を思いっきり揺さぶられますね。
似内さんは、中島みゆきのことを、「平成の美空ひばり」と評していた。まさに同感。
1970年代、80年代、90年代、2000年代。時代は変わっても、中島みゆきの音楽は変わっていない。一貫した音楽とメッセージを届けてくれる(ミュージシャンという枠組みを超えた)アーティストだと思う。
3年前、かぐや姫&吉田拓郎が30年ぶりの「つま恋野外コンサート」を敢行したとき、中島みゆきが、突如ゲストとして登場したことがある。「永遠の嘘をついてくれ」という唄を、拓郎といっしょに歌っていたのだが、そのときの圧倒的な中島みゆきの存在感。その姿は、すでに美空ひばりを超えていたかもしれない。
・・・おっとっと。このまま書いていったら、どんどんマニアックな方向に走ってしまうので、きょうの日記はこのくらいにしておきましょう(笑)。
最後に、角瓶を飲みながらよく聴いた中島みゆきの「歌姫」。YouTubeで見つけてきたので、下にリンクを貼っておきます。名曲なので、読者のみなさん、ぜひ聴いてみてください。お酒が進む唄ですよ。
学生モニターとの交流会だった日
2009年6月19日 (金曜日)
パフでは毎年、就職活動中の学生に、イベントの参加者としてではなく、事業の協力者として集ってもらうことがある。
学生に意見を伺うためだ。
これは創業時から言ってきていることだが、我々は、「学生の視座で企業の採用を考える」会社である。
これってあたりまえのことのように聞こえるが、案外どこの採用支援会社でもできていない。企業側(の視点)にべったり擦り寄った独りよがりのものが多い。
我々も、ともすると、学生の視点で考えているつもりが、いつのまにか企業側の視点(または都合)に流されてしまうなんていうことが、知らず知らずのうちに起きてしまう。
そういったことを防ぐためにも、「お客様」としての一般の学生ではなく、「事業推進者=仲間」としての学生の存在は、我々にとって、とても貴重だ。
インターンシップという形態もある。毎年、人数にバラつきはあるものの、パフの事務所にはインターンの学生が、普通に仕事をしている。創業2年めなどは、僕以外は全員インターンの学生だった。
それからもうひとつの形態が、必要な時に集まってくれるモニター学生だ。
きょうは、そのモニター学生との、2011年度就職&採用に向けた第一回の交流会だった。
すべての仕切りは、現在パフでインターンとして働いているオオハシが行った。
合計10数名の学生がパフのセミナールームに集合し、オオハシがあらかじめ用意していたプログラムに沿って、ワークやゲームやトークを行った。
後半は、パフの社員たち10数名も加わって、皆でビールを飲みながらの交流会。
大学3年生、4年生、社会人1年生~27年生(ボクです)と幅広い世代の交流会だったのだが、それぞれがそれぞれの立場を少しずつ理解できたんじゃないかと思う。
これから夏、秋にかけて、こういった学生との交流会はしばしば開催される。パフの協賛企業の皆さんにも加わっていただくこともある。
きょう参加してくれたモニター学生諸君。それと、次回以降参加予定の学生諸君も含めて、これからよろしくお願いします!!