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パフ代表の徒然ブログ「釘さん日記」

昨日の日記は、市川染五郎さんの話だけで日記のスペースが埋まってしまったのだが、実はもうひとつ書き残しておきたいエピソードが昨日あった。一日遅れではあるが、きょうは、そのことを書く。

 ・・・・・

OMSという会社がある。創業時からずーっと、丸10年間、お付き合いいただいているパートナー企業だ。正式社名を、株式会社オフィスマネジメントシステムという。何屋さんかというと、(カッコいいコトバでいうと) 「トータルオフィスコーディネータ」屋さんである。

オフィスのデザイン、オフィス家具の選定・調達、事務所移転、オフィス工事、文書管理、オフィス設計コンサルテーションなどなど、オフィスにまつわるあらゆる課題を解決する会社だ。

僕がパフを立ち上げる前、ひょんなことから、この会社の幹部であるIさん(現、常務)と知り合い、パフの初代オフィス(っていうほど立派なものじゃないけど)の机や椅子などの家具の調達を、超低価格で行ってくださった。

それだけではない。まったく売上のなかった創業直後のパフに、たくさんの仕事を作ってくださった創業時の大恩人のひとり(1社)である。Iさんだけではなく、現・専務のFさんや、管理部門の才媛Gさんから、温かなご支援をいただいた。

そんなOMSさんから、 「ゲスト講師を招いて、月に一度勉強会を行っているんですが、3月の勉強会をクギサキさんにお願いできませんか?」というリクエストを、2ヶ月ほど前にいただいていた。

恩あるOMSさんからのお願い。これは引き受けないわけにはいかない。勉強会後、食事会まで付いてくるというのだから、ご馳走の誘いに弱い僕が断るはずもない(笑)。

で、その勉強会が昨日だった。

懐かしい皆さん、新人の皆さん、いつも会ってる営業マン、いろいろいらっしゃった。

僕がお話したのは、 「現代の若者たちとの向き合い方」

日頃、学生たちと接するなかで感じていること。大学の授業や、「うまれよ塾」を通じて、若者たちに伝えていること。我々40代、50代のおじさん、おばさんたちが気をつけなければならないこと、などなどを1時間ほど講演させていただいた。

僕の目の前に座っていた、若手の社員の方々が、目を輝かせながら、ニコニコしながら、うんうん頷きながら聞いてくださるので、とても気持ちよくお話しすることができた。

普段、学生や人事関係のみなさんの前でお話しする機会は多いのだが、今回のように一般の社会人の皆さんの前でスピーチする機会というのは、今までほとんどなかった。今回のために、あらためてパワーポイントで資料なんかも作ってみた。案外いけるものだと感じた。

OMSの皆さんからは、ヨイショもあるのだろうが、「いやあ、釘さん、感動しましたよお」と言っていただけた。これから講演稼業でも、食べていけるかも(?)と、うぬぼれた次第である。

勉強会後に開いてくださった食事会も、なかなかだった。10年前の思い出の場所での食事会だったのだ。

10年前、仕事のなかった僕は、OMSさんの家庭教師(社員の皆さんへのITの勉強会)を2週に一回くらいの頻度で行なっていたのだが、家庭教師が終わるたびに皆さんと一緒に食事をしていた。OMSさんが昔入居していたビルの地下にある中華料理屋さんだ。

「あれからもう10年ですかあ。早いですよねえ…」と、しみじみと、でも賑やかに、美味しい食事をご馳走になった。

昼間は、市川染五郎に会えて嬉しかったこの日。夜は、さらに嬉しく幸せなひとときを過ごせた一日だった。

パフが作っている学生向けの小冊子(フリーペーパー)。  『SHOKUNIN魂』という名前で、1月に第一号を発刊した。

次回、第二号を、6月下旬に発刊する予定だ。

現在、制作班が、第二号発刊に向けての準備に着手している。

きょうは、冊子の表紙と巻頭インタビューに出演していただく方への取材と撮影の日。

なんと、今回の登場は、歌舞伎役者の、市川染五郎さんである。染五郎さんは、歌舞伎だけでなく、演劇、映画、テレビなど、幅広く活躍している役者さんだ。

僕も、染五郎さんが主役を務めた演劇や映画を何回も観にいったことがある。

いまの染五郎さんは七代目。六代目染五郎は、お父様の、松本幸四郎さんだ。

余談だが、僕が東京に出てきて初めて観た演劇は、六代目染五郎さんが主役を務めている『ラ・マンチャの男』だった。そのとき、いまの染五郎さんは、たしかまだ小学校低学年だった。

なにしろ、『市川染五郎』といえば、日本の伝統芸能を伝承している第一人者。平たくいえば、すごい人なのだ。

そんな染五郎さんへのインタビューが実現したのは、パフのお客様である松竹さんの取り計らいによる。本当に感謝だ。

 

午後12時過ぎ、僕ら取材陣は、東銀座の歌舞伎座に集合した。歌舞伎座の二階にある貴賓室が、きょうのインタビューの場所。パフから歩いて5分もかからない、たいへん便利な場所だった。

インタビューの中味は、6月下旬に小冊子が完成するまでのお楽しみ。なので、きょうは触れないことにしておこう。

ただ、どんなにすごい役者さんであっても、やはり一人の人間。いろんな悩みや苦しみを普通に抱いている。苦悩しながら、自分自身の芸を必死に切りひらこうとしている。仕事の怖さや厳しさに、押しつぶされそうになることだってある。

・・・そんなことが分かって、ぐっと距離が近くなり、今まで以上に、染五郎さんに親しみが持てるようになった取材だった。

 

実は僕の娘(こんど高2)は、染五郎さんの大ファン。4年前から染五郎さんが出演する映画や演劇をよく観にいっていた(僕も娘と一緒に、染五郎さんの舞台挨拶を間近で見たことがある。寒い朝、3時間も並んで整理券を取らされた・・・苦笑)。

ここは社長の役得で、娘も取材に同席させてもらった。「私は隅っこでおとなしくしてるよ」と、娘は遠慮がちにしていたのだが、インタビューの最後に、染五郎さんが娘に話しかけてくれ、握手までしてくれた。彼女にとっては、一生の思い出であろう。

『自分を信じて生き続ける』 。最後に、染五郎さんが、スケッチブックに書いてくれた言葉だ。

どういう思いがこの言葉に込められているのか…。その答えは、6月下旬に完成する小冊子を見て、確かめてほしい。

糸井重里さんという著名なコピーライターがいる。僕よりも一回り年上だから、今年で60歳のはずだ。奥さんは、かの有名な(NHKの大河ドラマ「篤姫」で、篤姫の実の母の役をやっている)女優の樋口可南子である。

このイトイさんの記事(インタビュー)が、本日(3月24日朝刊)の日経新聞に載っていた。「インタビュー領空侵犯」という記事だ。

秀逸だった。イトイさんは常々、「公私混同しろ!」と言っているらしい。イトイさんの事務所では、社員たちに、勤務中に映画を観ることを認めているという。

単にサボれと言っているわけではない。自分の感性を磨いたり、インプットを増やすことを、奨励しているのだ。本当の楽しみを知らないと、人の心を打つ仕事はできないとの考えからだ。

これからは「心」の時代だ。 「心を動かす」企業や人が、必ず脚光を浴びることになる。

パフがこの1月に発刊した小冊子(フリーペーパー『職人魂』 )の冒頭に、 「ほぼ日刊イトイ新聞」でのイトイさんのコピーを掲載させてもらった(もちろんイトイさんの事務所の了解を得たうえで、である)。

下手なキャリアコンサルタントよりも、単なる大手有名企業の人事採用担当者よりも、 「本当のハタラク」をイトイさんは的確に捉え、とてもわかりやすいコトバで語ってくれる。

必見である。

ほぼ日の就職論 ⇒ http://www.1101.com/job_study/index.html

本日は朝の9時から夕方の6時まで。昼食の時間もいれると、まるまる9時間、ずーっとミーティングを行っていた。

来シーズンの商品についてのミーティングである。

今回、商品の構想を、社内のメンバーを3つのチームに分けて練ってみようということになった。

僕もそのうちのひとつのチームに属している。

僕の属しているチームは、僕を入れて5名。なぜか学生のTくんも加わり、計6名でミーティングを行った。

全員の方向性は一致しているのだが、肝心の「どうやってお金にするのか」というところで、皆、うんうん唸り始めた。

仙人ではないので、霞を食べて生きるわけにはいかない。

そもそも、お客様に、喜んでお金を払っていただいてこそ、その商品には価値があるということになる。

うんうん唸っているようでは、まだまだなのかもしれない。

「産みの苦しみ」とは、よく言ったもので、苦しみぬいて産まれた商品にこそ、人々は強い思い入れを感じてくれるものだ。

なので、今しばらく、皆で苦しみ続けようと思う。

福岡出張2日目。きょうはM社の九州地区での会社説明会。午前と午後のダブルヘッダーだった。

現場で活躍する先輩社員をゲストに招き、僕があれこれ仕事の苦労話、失敗談や成功談などをほじくり回してホンネを聞き出す、といった趣旨のものだ。

きょうの先輩社員は平成4年入社。入社16年目のベテラン社員。技術部門の役職者である。名前をTさんという。

学生向けの説明会で、このようなベテラン社員が登場するのは、かなり珍しいのであるが、きょうは休日なので、一般社員は(労務管理上)なかなか引っ張りづらい。そこで、上位の役職者が自ら登場した という訳だ。

説明会の本番前に10分程度、リラックスしていただくための打ち合わせを行った。

打ち合わせの終盤。採用の責任者である(僕と一緒に毎度の説明会を企てている)F部長が尋ねた。 「そういえば、Tさんはご出身はこちらのほうですか?」

するとTさんはこう答えた。

「いや、私は湯布院なんですよ」

え、えぇぇぇぇぇ!!!!

すかさず僕が会話にしゃしゃり出た。

「あ、あの、僕も湯布院なんですけど。由布院小学校と湯布院中学校の卒業生ですよ」

「え、えぇぇぇ!? ホントですかあ!!! あの、ボクは、金物屋のTの倅(せがれ)ですよ」

「えぇぇぇぇ!? ホントですかあ!!! ボクは、いつもそのTで買い物してましたよ。あの由布院小学校の正門のすぐ前のTですよね? うちのオヤジは旅館Sの板前をやってたんですよ」

「え、えぇぇぇぇ!? ホントですかあ!!! ボクの結婚披露宴は、その旅館Sでやったんですよ!」

という、超ローカルな会話のやりとりが、しばらく続いた。周りにいた、人事のF部長や担当の皆さんは、あっけにとられていた。

こんなことってあるもんなんだなぁ。

詳しく聞くと、Tさんは僕よりも7学年下なので、Tさんが由布院小学校に入学したときは、僕はすでに湯布院中学校の2年生だったことになるが、それでも、共通の知人はたくさんいるし、絶対何度も町の中で顔を合わせていたはずだ。

ベテラン技術者の登場ということで緊張していた我々の場も、これで一気に和んで、その後の会社説明会の本番が、とても楽しいひとときになったことは言うまでもない。

それにしても、昨夜は、由布院小学校・湯布院中学校時代の友だちと昔話に花を咲かせたばかりだというのに、二日連続で(しかも公務中に)、湯布院ネタで盛り上がるとは思わなかった。

これだから、人との出会いのある仕事は面白い。

ところで、M社の保養所が湯布院の別荘地にあるという。今年度の採用活動が落ち着いたら、この湯布院の保養所で、採用の振り返り会議をやろう!ということまで、本日決まってしまった。もちろんTさんを特別ゲストに招くのは言うまでもない(笑)

東京は雨。福岡は快晴の日

2008年3月21日 (金曜日)

けさの東京は、雨と風が酷かった。傘をさして歩いていると突風が吹いてきて、傘の骨が脱臼しまくりだった。

朝8時からの早朝ミーティング(PNCの勉強会)に参加した後、すぐに会社を飛び出した。福岡行きの飛行機に乗るためである。

東銀座発、羽田空港着の京浜急行に乗ったのだが、運が悪いことに、事故で徐行運転。予定時刻よりも10分以上遅れて到着。

ダッシュで手荷物検査を済ませ、搭乗口へ。ぎりぎりセーフだった。

機内でくつろいでいると、あっという間に福岡。本当に近い。

福岡の空は快晴。出かけるときに見た東京の空とは、格段の違い。日本列島は本当に長いんだなあと実感した。

本日の福岡での仕事は、パフ取引企業某社の九州統括関連会社に伺って、取引の土壌をつくること。いろんな意味で耕しがいのある会社だった。

夜は、小・中学校時代の友人を誘って念願の水炊き を食べた。とても美味しかった。

でも、福岡の水炊きも、東京の水炊きも、あんまり変わらないような……。いやいや、違う。やっぱり福岡で食べることに意義があるのであろう^^;

 

余談だが、小・中学時代の友人と話をしていて意外な事実に気がついた。僕はその子とは、小学校5,6年のときだけの同級生だと思っていた。

が、昔話をするうちに、小学校2年生のときの担任の先生が同じだったことが判明。つまり小2時代も同級生だったことになる。記憶からまったく消えていた。昔のことは細かいところまで覚えているつもりだっただけに、軽い衝撃。考えてみたら、40年も昔のことなんだもんなあ……。

お彼岸と卒業式の日

2008年3月20日 (木曜日)

きょうは春分の日。いわゆる、お彼岸だ。お彼岸といえば墓参り。きょうは朝から家族で父親の墓参りに出かけた。

外はあいにくの雨。しかも寒い。雨脚も強い。親父の墓は、世田谷の駅から歩いて20分ほどのところにある。この雨の中、歩いていくのは、ちとシンドイ。

タクシーを拾っていこうと思ったのだが、なかなかタクシーが来ず、結局は20分間、冷たい雨の中を歩きどおしだった。いやあ、寒かった。

もうすぐ桜も咲くというのに、この寒さのせいで、蕾もびっくりしてしまったのではないかな。

 

墓参りの後、会社に向かった。「卒業式」に参加するためだ。

この1年間、パフに関わってくれた学生たち。あんDショージさんといちゃんおーしまくん、なぜか といちゃんの彼氏が、パフのセミナールームに来てくれた。皆、この3月で卒業し、4月からは晴れて社会人となる。そのことを皆でお祝いしようということで有志たちが企画したのが、きょうの「卒業式」なのだ。

しかもこの卒業式は、同窓会も兼ねており、過去、パフに関わった旧学生たちが多数集まってくれた。皆、現在ではバリバリの社会人である。

4年前、パフの最終選考で僕が面接し、泣く泣く落としてしまったT君も来ていた。「元気にしてるかなあ」と、ずっと気になっていたT君。会うのは、なんと4年前の最終面接のとき以来。会えて、いや、T君がこの場に来てくれて、とても嬉しかった。

他にも懐かしい顔がたくさんいた。懐かしくはないが、久々の顔もたくさんいた。

こうやって何年経っても、パフのことを思い出して遊びに来てくれるのは嬉しいものだ。

今年卒業していく面々も、ぜひまた社会人として遊びに来てほしい。いつでもパフは扉を開けて待っている。