パフ代表の徒然ブログ「釘さん日記」

2018年度入社予定者の内定式

2017年10月3日 (火曜日)

昨日は多くの会社で来春入社者の内定式が開催されていた。

そして、わがパフでもお決まりの内定式が朝9時ジャストから始まった。

以下、写真を中心に綴っていこう。

まずは、先輩社員たちとのまじめな集合写真。

 

主役の内定者は・・・

青山学院大学4年の阿久根美咲と、

中央大学4年の石河誠司。

 

以降、先輩社員たちからの祝福の言葉が続く。

 

その後、日中は普通に働いて(テレアポとか大掃除とかやってたな)夜の社長接待。

向かうは築地のお寿司屋さんなのだけど、まずはそのすぐ近くにある旧パフ事務所(2004年~2011年まで入居していた)に訪問した。

 

お寿司屋さんでは、大将に「内定者スペシャルコースで!」と注文して、一生に一度食えるか食えないかと思われる高級で美味しい料理をふんだんに出してもらった。

 

では再度、全体集合写真(内定者のアタマ押さえつけ版)をw。

 

巻末付録は、内定証書を特別大公開!(クリックするとPDFが表示されます)

 

阿久根内定証書

 

石河内定証書

 

阿久根、石河、あらためて、おめでとう。

そしてパフを選んでくれて、ありがとう。

では、今日も一日、頑張っぺ!

 

みんな一緒に頑張っぺ!

2017年10月2日 (月曜日)

毎朝、楽しみにしていた「ひよっこ」がついに終わってしまった。

気になっていたあれこれは、最終週にみごとすべて回収されていった。

谷田部家は一家そろって、TV番組「家族みんなで歌自慢」(50年ほど前に流行っていたTBSの「家族そろって歌合戦」のオマージュだと思われる番組)に出場するために東京に出てきた。そして「涙くんさよなら」を一家全員で歌った。みね子の頬は涙で濡れていた。

 

 

番組収録後、一家はすずふり亭にやってきた。省吾(シェフ)や秀や元治が心を込めて作ったハヤシライスを「うめぇ~」といいながら食べた。

そういえばドラマが始まった第一週め、稲刈りに帰ってきた実さん(みね子の父)が、「いつかみんなで東京に行って、ハヤシライスを食べられるといいな」って言っていた。

第三回目の放送でした。

 

ハヤシライスを食べ終わったとき、秀(すずふり亭の見習いコック)は、一家全員を目の前にして「みね子と結婚させてほしい」と頭を下げた。

数秒間の静かな時間が流れる。そして実さんから発せられた第一声は、「おめでとう!」だった。

 

そのあとの宗男おじさんの感動の言葉がイケていた(僕は登場人物のキャラのなかでは宗男さんのことがイチバン好きだった)。

「最高だよ・・・」

 

「勝ったんだ!今 たった今!」

 

「悲しい出来事に幸せな出会いが勝ったんだよ」

 

宗男は、太平洋戦争で(最も悲惨で無謀なな戦いだといわれたビルマでのインパール作戦で)多くの仲間を失った。奇跡的に生き延びた宗男は「拾った命なんだから笑って生きようって決めたんだ」と言いながら、底抜けに明るいキャラを最後まで発揮し続けた。その裏側にある悲しい出来事によって、宗男の底抜けの明るさが一層引き立った。

 

・・・と、もう書き始めると終わらないのだが、本当にいいドラマだった。

みね子ほか谷田部家のみなさん、赤坂すずふり亭のみなさん、あかね坂商店街のみなさん、あかね荘のみなさん、それと墨田電機や乙女荘の乙女たち(愛子さん含む)、悲しい過去を背負ったけれど、あかね荘で元気に強く生きようとしている女優の川本世津子(菅野美穂)。あ、それから日本橋の米屋の米子と結婚することになった三男や女優への階段を上り始めた時子。本当に素敵な登場人物ばかりだった。

これから寂しくなるけど、僕らもまたこれから頑張っぺ。

 

 

さて、本日は朝いちばんから内定式だ。夜は内定者たちに最高の寿司を御馳走することになっている。詳細はまた明日の日記で。

では、今日も一日、頑張っぺ!

というのは、昨日の日経産業新聞一面の大見出し。

これだ。

 

ここに登場している来春社会人デビューする内定学生5名は、全員昨年の100×10チャレンジ修了生なのだ。

つい先日(9月24日の日曜日)、九段下の職サークルセミナールームに集まってもらって座談会を実施した。その時の模様を、日本経済新聞社が取材して昨日の記事となったのである。

詳細は買って読んでもらいたいのだが、今年、就職活動を行った学生たちのホンネの意見が赤裸々に書かれている。

(学生を)採るほうと採られるほう。(会社を)選ぶほうと選ばれるほう。それぞれの言い分はある。

でも、大人にならなきゃいけないのはどっちか?社会的責任が大きいのはどっちか?

自明ですよね。

ぜひこの記事を読んで、われわれは襟を正していかなけばならないと思う。

 

来週以降、多くの企業で内定式(内定証書授与式)が行われる。わがパフでも10月2日(月)は、朝イチバンから内定式だ。

実はついさっきまで「内定証書」に載せる文章を作成していた。短い文章だけど、内定者たちへの最大限の愛情と期待を込めて書いてみた。

たぶん来週の日記で全国公開すると思いますので、どうぞお楽しみに(^_-)-☆

では、ラス2となったひよっこ。みね子との別れを惜しみながら、行ってきます!

第21期定時株主総会だった日

2017年9月28日 (木曜日)

昨日はパフの株主総会。

現在、パフの株主総数は101名、発行済み株式総数は6,708株。未上場の中小企業としては珍しい多さだ。

当然、株主向けの報告は定期的にきちんと行っている。三か月に一度は「四半期報告書」としてその時々の業績開示も行っている。

そして昨日は、第21期決算の報告を行うための株主総会。

決算報告だけでなく、いくつかの決議事項もあった。

以下、株主の皆さんにお送りした「招集通知」を貼り付けてみよう。

 

 

読めますかね?

第1号議案から第3号議案まである。

第1号議案が、決算の報告&承認である。

パフの会計は、分不相応とも言えるくらい立派な会計事務所の税理士&会計士に指導してもらっている。なので、不適切な会計処理(いわゆる粉飾決算)となることがない。そんじょそこらの上場企業よりもクリーンな決算なので、いつも第1号議案は全員賛成での承認可決となる。

問題は第2号議案。

パフの取締役の任期は1年(定款を変更して、それまでの2年から1年へと短くした)。なので我々の寿命は1年こっきりで、いつクビになってもおかしくない。取締役を継続するためには再選されなければならないのだ。

さらに今回は、「秋山安由」を新任取締役としての選任を決議してもらうことにしていた。パフ初のプロパー取締役を誕生させようと思ったのだ。

否決されたらどうしよう……。

心配で心配で、ここ数日は夜も眠れなかった。

ウソですが(笑)。

 

さて、どうなったか。

 

 

無事、賛成多数で承認可決されました(^◇^)。

 

新任取締役として承認可決された秋山安由。そう、新卒一期生ヨシカワのことである。

彼女は総会の新任挨拶で、「3倍の緊張感と2倍の気合で頑張ります」という、なんとも彼女らしいコメントを発してくれた。

緊張感も気合も大事だけど、これからは経営者の一員として、株主を始めとするステークホルダーの皆さんに信頼されるよう精進してほしい。

パフ初のプロパー女性取締役として大いに期待してますよ(^_-)-☆

 

さて、外は大雨。電車は動いているのだろうか。きょうはお客様のところに直行なので、「みね子」はナシにして早めに出ることにしましょう。

では、行ってきます!

九州の写真集

2017年9月27日 (水曜日)

金曜日の朝は、この衝撃的な出来事から始まった。

 

 

朝ランの最中に、ランニング用のポシェットから(カバーの閉じ方が緩かったようで)iPhone(3年前に買ったiPhone6)が飛び出て、地面に転がり落ちてしまった。

無残iPhoneは表面ガラスのヒビが全面に広がっていき、タッチも出来なくなってしまった。

 

急きょ自宅からいちばん近くの(豊洲にある)auショップに電話をかけて、iPhoneの在庫があるかどうか問い合わせした。

奇しくもこの日は、iPhone8の発売開始日。僕はiPhoneXにしようと思っていたのだが、これも何かのお導きだと考えて、iPhone8に機種変更することにした。

店頭での機種変更手続きは案外時間がかかってしまい、福岡行きの飛行機を危うく逃すところだった。

 

金曜日は福岡に泊まったわけだが、そして当然のごとく中洲で飲んだわけだが、残念ながら写真も記憶も残っていないのでここでは割愛( ˘ω˘ )。

翌朝は、博多のバスセンターまで歩いていき、日田行きの高速バスに乗った。

 

 

が、ここでまた事件。

急ぎの連絡用に使っているメッセージアプリ( messenger)がなぜか使えなくなってしまった(起動してもすぐにダウンしてしまう)のだ。

日田で待っている岡野さんとは、いつもこのアプリでやり取りしており、ほかの連絡手段を知らない。まあ、定刻通りにバスが運行してくれれば問題ないのだが。

しかし、悪いことは重なる。なんとバスが一時間近く遅れてしまったのだ。

岡野さんとは、Facebookのタイムライン上でのやり取りで、なんとか日田市役所で巡り合うことができ、事なきを得たのだが…(ホントは岡野さんとランチを楽しむはずだったのだが、時間の関係でお流れ。あーあ)。

 

日田市役所では、岡野さんが急きょ用意してくださったお弁当を大急ぎで食べて、日田市職員のみなさんとの情報交換会に臨んだ。

この日は土曜日で、ホントは市の職員のみなさんもお休みだったのだが、わざわざ僕のために市庁舎まで駆けつけてくださったようだ。感謝です。

 

まずは、心ばかりの義援金を商工労政課の課長さんに手渡した。


 

その後、若者のUIターンや、キャリア支援をテーマとした情報交換会。

 

こんなスライドも用意して、お話しさせていただいた。

 

あ、そういえば岡野さんとのツーショットの写真を撮り忘れてしまった。残念( ;∀;)。

 

日田市役所のあとは、一度は行きたいと思っていた咸宜園まで足を延ばした。

咸宜園、ご存知ですかね?

江戸後期、広瀬淡窓が創立した日本最大級の私塾で、全国各地から若者たちが集まって学んでいたらしい。高校の日本史の教科書には必ず出てきますね。

知らない方はこちらをどうぞ ⇒ 「咸宜園」(wikipeddiaにリンク)

 

昔の建物がそのまま残っていました。

 

 

咸宜園からJR日田駅までは、歩いて20分くらい。

 

豪雨災害のため急行電車はいまだに全線運休なのだが、普通列車は一日に数本だけ運行している。2両編成の列車に乗って、いざ湯布院へ。

 

 

懐かしい風景が車窓から浮かぶ。

 

そしてついに着きました、わがふるさと湯布院へ。

 

湯布院中学3年1組の仲間たちが、集まってくれた。

二次会では町のスナックでカラオケ大会をやったりして、楽しかったなー。15歳の頃に戻った気分だった。

 

 

 

以下は宿泊した金鱗湖のほとりにあるペンションから見える風景だ。

 

 

翌朝。朝食後すぐに由布院駅前のバスセンターに移動。熊本行きのバスに飛び乗った。

熊本直行便は1日に2便しかなく。朝の9時発を逃すと、次は夕方の4時。なんて不便なんだだろ”(-“”-)”。

 

 

バスはやまなみハイウェイ、九重の山々、そして地震で大きな被害を受けた阿蘇を抜けていく。

 

 

そしてやっと着きました、熊本へ。

 

熊本では。10歳年上の従兄が迎えに来てくれて、従兄の自宅で手厚いもてなしを受けた。

地元の日本酒や、

 

 

馬刺しや、辛子レンコンや、天草で捕れた魚の刺身などなど御馳走がズラリ。

 

感動的な鮎の塩焼き。鮎もびっくりして直立不動になっている(笑)。

 

 

日本酒が終わったら、赤霧島へ。

 

従兄の家には、僕らが育った田舎の旅館にあった柱時計が掛けられていた。もう60年以上、動いている。

 

そして最終日は、熊本城へ。

あの勇壮な熊本城が、可哀想な姿に変わっていた。

 

石垣も崩れたまま。

 

熊本城に来たのは、約20年ぶり。前回来たのは、会社(パフ)を作る直前のことだった。

 

熊本城の敷地内にある清正神社。加藤清正を祭っている。

 

 

そして帰りは、新幹線で博多。博多から福岡空港へ。

空港の売店では、稚加栄の明太子をお土産に買ったのでした( ˘ω˘ )

 

 

ということで、先週の金曜日から3泊4日の九州行脚の写真集でした。あまり面白くなかったですね(^^ゞ

 

さて、本日は年に一度の株主総会。重要な決議事項もあるので気を抜けない。

ではまずは腹ごしらえして、みね子で心を落ち着けたうえで行ってきます!

 

九州から帰ってきました。

2017年9月26日 (火曜日)

予告通り、先週の金曜日から昨日まで3泊4日で九州各地を転々としてきた。

今年7月の九州北部豪雨で大きな被害を受けた日田、わが育ちの故郷である湯布院、生まれ故郷である熊本。これら3つの土地が、今回の九州遠征の目的地だった。

 

JR日田駅。

 

日田は温泉地なのです。

 

由布院駅(湯ではなく由なのです)。

 

駅からみえる由布岳。いつみても優美かつ勇壮な山だ。

 

熊本駅にいるくまモン。

 

昨年の地震で大きな痛手を負った熊本城。

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え?たったこれだけ?

いえいえ、もっとたくさん写真はあります。

それぞれの地で何があったかは、そのほかの写真とともに、明日の日記で詳しく書くことにしましょうかね。

では、久々の朝ランに行ってきます!

 

これから来週の月曜日まで九州に行ってくる。

今夜は福岡に泊まって、明日の朝バスで日田に向かう。日田に行くのは40年ぶり。なんと高校生のとき以来だ。

日田は大分県の北西部。僕が小学校、中学校時代を過ごした湯布院からだと久大本線で一時間ほどのところ。福岡からも久留米を経由して一時間半くらいだったろうか。

しかし、今年7月の九州北部豪雨災害によって、日田に向かう途中の鉄橋が流されて現在不通になってしまっている。この久大本線の完全復旧までにはまだ一年近い時間を要するらしい。鉄道だけでなく、道路、家屋、田畑、森林なども大きな被害を受け、現在もなお復旧作業は続いている。

日田は僕の出身地(湯布院)の隣町ということだけでなく、その昔僕の父が板前として働いていた町でもあり、今回の災害が他人事のように思えなかった。

ということで、このたび休暇を取ってお見舞いに伺うことにしたのだ。久大本線では行けなくなってしまったので博多からバスに乗って。

日田には、数年前に知り合った観光親善大使の岡野涼子さんがいらっしゃる。現在は「日田しごと学び舎」という(主には)高校生向けのキャリア支援プロジェクトも運営されており、明日はこの方を訪ねることにしたのだ。岡野さんのYoutubeもあるので、貼り付けておこう。

 

日田のあとは、もちろん湯布院にも行く。中学校の同級生たち何人かが集まってくれて、プチ同窓会を開くことになっているのだ。

そしてその翌日は、僕の生まれ故郷の熊本にも行き、夜は従兄の家に泊まらせてもらう。昨年の大地震以来行けずじまいだったので、この機会に行かねばと思ったのだ。

まあ、そんなわけで、この日記も来週の月曜日までお休みだ。火曜日の日記では、この九州行脚の様子をご報告できればと思う。

ではこれより、わがふるさと九州に行ってきます!