パフ代表の徒然ブログ「釘さん日記」

下関で幕末を辿った日

2008年10月12日 (日曜日)

明治維新において偉大な功績を残した長州藩。きょうは高杉晋作の幕府軍に対しての挙兵の地としても知られる功山寺(仏殿は国宝に指定されている)をはじめとする下関市内の各地を散策した。

写真をたくさん撮ったので、以下アップしておこう。もちろん高杉晋作の像もありますよ。

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実は昨夜から、僕の育った故郷である大分・湯布院に帰省している。出張と連休を利用して、ひとりで暮らしている高齢の母親の様子を見に来たのだ。

母親の面倒をみてくださっているご夫婦がいるのだが、ご主人が体調を崩され、別府(湯布院からクルマで30分ほど)の病院に入院している。そのお見舞いも兼ねての帰省だ。

宿泊したのは、実家ではなく、中学生時代の友人エトちゃんが経営する旅館。 『御宿なか屋』という旅館なのだが、とっても情緒あふれる宿だ。なんといっても料理が優れている。「豪華、贅沢」ということではなく、選りすぐりの素材を活かしながら、丹精込めて料理しているのがよく分かる。手作りの胡麻豆腐などは、最高の味だった。

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エトちゃんは地元の高校を卒業したあと、板前の修業をするために、大阪に単身渡った。5年間の修業を終え、湯布院にもどり、この旅館の主人となった。料理の腕前は天下一品であり、うちの死んだ親父(やっぱり湯布院の板前をやっていた)ともかつて親交があったという。

加えていうと、エトちゃんは中学生時代、僕と同じく柔道部に所属していた。いっしょに黒帯を目指し、きつい練習に耐えた仲間だったのだ。なんだかんだの深い縁がある友人なのだ。

夕食と翌日の仕込みが終わった後、一升瓶を片手に夜遅くまで語り合った。中学生時代の思い出、湯布院の現状、教育論、子育て論、これからの町づくりのことなどなど。話は尽きなかった。

 

明けて本日は、(先に書いたように今回の帰省の目的のひとつである)別府の病院へのお見舞い。おじさんは、思ったよりもとってもお元気で安心した。

 

お見舞いのあと、少し時間があったので、水族館と高崎山の見学をしに行くことにした。

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水族館は、昔は「マリーンパレス」という名前だったが、いまは「うみたまご」という名前になっている。別府湾に面した、とても立派な水族館だ。そしてこの「うみたまご」の向かいにある山が、 「高崎山」だ。自然のお猿さんがたくさん暮らしていることで有名な山である。

この水族館と高崎山に行ったのは、小学校の社会見学以来。たぶん40年ぶりくらいだったのかな。いやー、心が洗われた。特に無邪気なお猿さんたち。童心にもどった時間だった。

 

夕方、前日のエトちゃんに続き、もうひとりの中学時代の同級生、イオちゃんと会う。会うのは30年ぶり。まともに話をするのは33年ぶりである。過去の同窓会ではいつもすれ違いで、会えていなかったのだ。

イオちゃんが別府で働いているということは、昨年の暮れころ、別の同級生から聞いており、ぜひ会いたいなあと思っていた。その念願かなって、きょう会うことになったのだった。

「顔わかるかなあ…」と不安になりながらも、待ち合わせ場所である別府駅前の「手湯」のところでボッと立っていたら、 「パンダ? わたしや、イオやイオ」と、突然ひとりの女性が眼前に現れた。

「イオ? わあ、ひっさしぶり!」と声をあげたら、 「パンダ!ちょっと声でかいよ!」と33年ぶりに怒られてしまった(笑)。

僕の中学生の頃のあだ名は「パンダ」である。あだ名というよりも実名のようなものだった。先生たちも含め、僕を「クギサキ」と呼ぶ人は誰もいなかった。3年間ずうっと「パンダ」と呼ばれ続けてきた。

なので、前日、エトちゃんと飲んでるときもそうだったが、今夜イオちゃんと話をするときも、ずっと僕は「パンダ」だったのだ。

酒を飲みながら昔話をしていると、30数年前の記憶が見事によみがえってくる。僕は当時クラスの班長で、イオちゃんが副班長。イオちゃんはいつも僕の隣の席にいた。尊敬すべき先生方といろんな個性が集まった愛すべき同級生たち。七転八倒しながら一緒に過ごした多感な時代。

なーんて、ノスタルジに浸りながら過ごした別府の夜だった。

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「好きです」と言われた日

2008年10月10日 (金曜日)

神戸芸術工科大学での「キャリアデザイン」の授業。きょうで僕の受け持ち部分は終了となる。

僕自身は、キャリアデザイン論について学んだことも研究したこともない。学生に対しては、ただただ26年間の職業経験を通して、僕が思っていることを伝えることに専念した。

きょうの授業では、まず最初に、前回の授業のあともらった、たくさんの質問への回答を行った。

「クギサキさんには悩みはあるんですか?」とか、

「会社をつくっていちばん辛かったことはなんですか?」とか、

「クギサキさんは、なぜ、何のために働いているんですか?」とか、

「クギサキさんの年収はいくらですか?」とか(笑)、

いろんな質問にひとつひとつ答えていった。

きょうの授業は、「働くよろこび」と「自分にふさわしい仕事や会社の見つけ方」といったもの。

内容は割愛するが、結構、みな真剣に聞いてくれたんじゃないかな。

そして最後にはお決まりの「う・ま・れ・よ」。なんと、自然と拍手が沸き起こった。感動である。

 

で、きょうの日記の本題はここから。

授業終了後、学生が感想を書いた紙を提出してくれるのだが、ひとりの女子学生が、次のようなコメントを残してくれていた。

「クギサキさん、とても好きです。私も過去うじうじしていたので、これからは考え方を変えようと思います。すごーくためになる言葉が多かったです。本当にありがとうございました」

いやー、嬉しいなあ。

こんなダイレクトな表現で、「とても好きです」なんて言われたのは、僕の48年の人生の中で、数えるほどしかない(いや、数えるほどもない)。

こりゃ、やっぱりやめられませんなあ(照笑)。

神戸サウナ&スパで極楽の日

2008年10月9日 (木曜日)

あすの神戸芸術工科大学での授業に備え、今夜は神戸泊だ。

定宿の対面に、『神戸サウナ&スパ』という、とても大きなサウナ施設がある。

『神戸サウナ』は、ずいぶんと歴史のある有名なサウナなのだが、13年前の阪神淡路大震災によって、全壊してしまった。

しかし、万事塞翁が馬。

震災後、この建物の跡地から、天然温泉が噴き出してきたらしい。そして、現在の大きくて立派な施設『神戸サウナ&スパ』として蘇ったとのことだ。

定宿の部屋にはユニットバスがついてはいるのだが、僕は今夜はあえて、このサウナ&スパで汗を流すことにした。

いや~、極楽、極楽。

サウナでたっぷり汗をかいて、その後、ぬるめの温泉にゆったりと浸かる。ここ最近、肩凝りや首の痛み&頭痛に悩まされていたのだが、それがずいぶんと楽になった。

風呂からあがったあとは、上の階にあるリラックススペース&レストランで晩御飯。これまた、くつろげる。ビールを飲みながら、そして雑誌を読みながら、広いスペースのソファとテーブルでゆったりと過ごす。まさに極楽気分だ。

約2時間を過ごして、会計が(食事&ビール2本も入れて)約三〇〇〇円也。リーズナブルだ。病みつきになりそうだ。

たまにはゆったりと、こういう至福のひとときを過ごすのもいい。

今夜は、ゆっくり眠れそうだ。

・・・といっても、1限目の授業なので、早起きしなきゃいけないんですけどね(苦笑)。

深夜、会社に居残っている日

2008年10月8日 (水曜日)

ただいま、深夜26時(つまり翌日の午前2時)。普段なら、日記を書き終え、とっくに寝ている時間だ。

ところが今夜は、まだ会社にいる。珍しく会社で日記を書いている。

実は。。。

#理由を書こうと思ったが、安全対策上、書かないほうが良さそうなのでやめた(笑)。

まあ、本日中にやらねばならぬことが山積していたからだ。

そうそう、やらねばならぬことで、やり終えたことをひとつだけご紹介。

来たる12月11日(木)の夜に行なう、僕の『デビューコンサート』。本日、ピアノ奏者の菊池南里氏と打ち合わせを行い、候補曲を絞り込んだ。

たくさんの方々からリクエスト曲をいただいているのだが、残念ながらすべてを網羅することはできなかった。

でも、セカンドコンサートもサードコンサートもあるので(おいおい、調子に乗ってそんなにしょっちゅうやるんかい!)、楽しみは、また次まで、とっておいていただけたらと思う(笑)。

ということで、候補曲をちょっとだけ、ご紹介しちゃおう。

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【30年前の思い出の文化祭】
1)青春の影(チューリップ)

【青春の影に次ぐチューリップの名曲】
2)サボテンの花(チューリップ)

【大分舞鶴高校の先輩に敬意を表して】
3)神田川(南こうせつとかぐや姫)
4)22才の別れ(風)

【なんたってビートルズ】
5)レットイットビー(ビートルズ)
6)ヘイ ジュード ( 〃 )

【社名の由来を】
7)Puff(PPM)

【なつかしの70年代J-POP】
8)いとしのエリー(サザンオールスターズ)
9)卒業写真(荒井由実)※インストゥルメンタル
10)あの日に帰りたい(荒井由美) ※インストゥルメンタル
11)いい日旅立ち(谷村新司、山口百恵)
12)愛を止めないで(オフコース)

【70年代フォークといえばこの人たち】
13)外は白い雪の夜(吉田拓郎)
14)いつのまにか少女は(井上陽水)

【クラシック&賛美歌コーナー】
15)アメイジング・グレイス ※インストゥルメンタル?
16)荒野の果てに ※インストゥルメンタル

【こりゃあいい!】
17)ウィアー・オール・アローン(ボブ・スキャッグス)
18)明日に架ける橋(サイモン&ガーファンクル)
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以上、まだ「候補」の段階です。練習の結果、断念する曲もたくさんあると思われます。

でも、この候補曲を見て、コンサートに行ってみたくなった方は、こちらからお申込みどうぞ。

⇒ 過去の日記の記事中のURLからどうぞ(そのうちホームページ作ります)。

残席わずかですぞ(ホントか?笑)

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本日は夕方の16時半より、企業の人事採用担当者様向けセミナーだった。

タイトルは、~有名・人気企業に負けないシリーズ第一弾~『学生に響くオープンセミナーと会社説明会』である。

まったく同じタイトルのセミナーが9月25日にも開催されている。実は、前回のセミナーへのお申込みが殺到し、すぐに定員締め切りとなってしまった。そこで急きょ、追加開催することにした。それが、本日のセミナーなのである。

本日のセミナーも30名以上のご参加で、セミナールームは8割以上の埋まり具合。企業の皆さんの関心の高さがわかる。もう目の前に、「オープンセミナー」や「説明会」が近づいているので、少しでもヒントを得ようという目的で参加しておられるのだと思う。

このセミナーの企画・運営は、マーケティンググループのイトーとナガサキが担当している。

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#そういえば、この10月1日より、社内のグループ構成が変わったのでご説明。3つのグループ+社長室(全社お助け部門)という組織になり、思いっきり簡素化されました。

1)営業グループ……まさに営業。直接お客様と向き合い、お仕事を頂戴します。

2)マーケティンググループ……営業推進、販売推進、商品開発、顧客開発、学生開発などなど。

3)サービスマネジメントグループ……顧客向け全サービスのマネジメントと運営スタッフのマネジメントなどなど。

それまでは、なんと(最盛期には)10以上のグループ・プロジェクト・委員会で構成されていたので、随分とすっきりしたのです。

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すべてのプログラムを、イトーとナガサキの2名でやり切っているので、ボクは登場しないつもりだった。

が、直前になって、ナガサキから 「やっぱりクギサキさんが挨拶すると、参加した企業さんの契約率が違うんですよ。だから挨拶してください!」という、おだてとも脅しともつかない依頼があったので、ご挨拶させてもらうことにした。ただし、 「挨拶のときに歌ってもいいんだよね?」という条件付で(笑)。

イトーとナガサキは、 「まあ、毎度のことなので、どうぞどうぞ」という顔をしていたのだが、きょうは狙っていたことがあった。 「オレの挨拶は、最初より、いちばん最後のほうがいいや。イトーが最初の司会のときに、いちばん最後に社長が挨拶とともに唄を歌うって、予告しといて」とお願いまでして……。

セミナー終了の時間を迎えた。

イトーが「それでは最後に、弊社代表よりご挨拶させていただきます」とボクを呼んだ。

お決まりのご挨拶のあと、 「では歌わせていただきます」で、パフの社名の由来である、PPMのPuff  the magic dragon♪ が始まった。

普段なら2小節程度でやめるのだが、きょうは終わらない。なんと一番の歌詞をすべて歌いきって、最後のリフレーン(繰り返し)までやってしまった。しかも、途中から拍手をなかば強要して(^0^)。

いやあ、楽しかった。社員たちは「うわ、クギサキさん、やっちゃったよ!」と、後ろで真っ赤な顔をしていたが、企業の皆さんは、(最初こそあっけに取られていたが)拍手しながらニコニコしてくださった。

この奇襲作戦が功を奏したからかどうかはわからないが、その後の情報交換会では、いつもより多くの情報が飛び交っていたようだ。

やっぱり、企業向けの真面目なセミナーであっても、硬軟織り交ぜて、楽しむところでは楽しまなくっちゃね。・・・って、楽しんでいるのは僕だけか?(笑)。

さて、次回は、フルコーラスに挑戦だ!!

内定式と第二Qキックオフの日

2008年10月6日 (月曜日)

きょうは朝9時より、来春入社する3人(オオノ、コン、ツチダ)の内定式だった。

パフの新卒第一期生が内定者だった時代は、いまから丸8年前。

この8年間の歴史の中で、『内定式』を正式に行なったのは、なんと今回が初めてだった。8年前などは、内定者たちは10月1日、ごくふつーに労働していた。

以降の年も、徹夜で原稿を書いていたり、イベントのスタッフをやっていたり、営業の提案書を作っていたりで、内定者も社員も関係ない。皆、仕事が終わらずヘトヘトの状態で、「内定式」どころではなかったのだ。

あの時代と比べれば、なんてまともな会社になったことだろう(苦笑)。

 

内定式では、和紙で作った『内定証書』なるキッチリとした書類を、一人ひとり違えたメッセージを書いて手渡した。

この内定証書に書いたメッセージ。文字数にすれば、ひとりたかだか300~400文字程度なのだが、相当に考えた。書きたいことは山ほどあったのだが、それを1枚の紙に、3人のボリウムを揃えて書くことに、結構苦労した。3回は書き直した。

その甲斐あって、我ながら結構いけてるメッセージになったのではないかと思う。3人それぞれの選考のときの印象や思い出や、今後期待することなどを、短い言葉だけど込めることができた。

 

内定式後は、全社会議。第2Qのキックオフミーティングだ。内定者もすべての会議に加わった。

世の中の景気も、楽観を許さない状況になっている。いわんやパフにおいてをや、である。

この厳しい環境と状況を乗り越えるべく、戦略や計画や目標が、各グループから発表された(あっさり書きましたが、ミーティングは4時間以上に及んでいます)。

最後は、一人ひとりからの決意表明。

とても前向きなパワーに溢れたもので(気合とか精神論とかだけではなく、もっと清々しく、知性と品格のあるものだった)、きっとこの連中なら、すごい結果を残してくれるのではないかという期待が、僕のなかで一気に膨らんだ。

内定者にとっては、恐らく初めて目にするであろう先輩たちの真剣な会議。会社の(大袈裟に言えば生き死にをかけた)リアルな現場である。内定式の日に体験するにふさわしい、最高の機会になったと思う。

 

ミーティングの全プログラム終了後は、第一Qの各種表彰と、内定祝賀会である。

いつもはオーダーしない、寿司の盛り合わせや、(ちょっとだけ)贅沢なオードブルを囲んでのひと時。

先輩社員たちから内定者への、厳しくも優しい突っ込みインタビューを行ないながら、ゲラゲラと笑って過ごした。

 

仕事には、幾多の試練や高いハードルが常に付き物である。カンタンで楽な仕事など、滅多にない。

でも、だからこそ、それを一緒に乗り越えようとする仲間とのチームワークが生まれ、互いを高め合う意識が生まれ、褒め合う風土が培われ、目標をなんとか皆で突破したいという意欲が生まれる。

その先には、何ものにもかえ難い喜びや達成感や幸福が待っているということを、先輩たちは知っている。だからこそ皆、真剣になれるのである。

・・・てなことの何分の一かでも、きょうの内定式&キックオフミーティングの中で、内定者諸君が感じ取ってもらえると嬉しいな。

 

(以下内定者の3人+釘さん。左からツチダ、オオノ、コンです。読者の皆さん、今後よろしくお願いします!)

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